彩都メディア図書館の試み

2007年7月20日号

白鳥正夫


大阪万博記念公園内にある彩都メディア図書館の入口

インタートネットの普及により情報化社会が一段と進んでいます。展覧会情報は居ながらにしてパソコンで入手できます。ただ多様化するアートの専門的な情報、特定の作家や作品について詳しく知ろうとすると、図書館に出向くことになります。しかし公立図書館は幅広いジャンルに対応できても、アートの分野となると、限界があります。まして限定発行の展覧会カタログは、ほとんど揃っていません。ところが写真を中心に美術やデザイン、映像など国内外のアート分野の資料約3万点を集めた情報拠点が大阪にあります。このメディアに特化した図書館は、資料閲覧にとどまらず写真と映像の講座を併設、さらに展示スペースを活用するなど、ユニークな活動を続けています。

『LIFE』1800冊を揃える


玄関ホールから見える『太陽の塔』

彩都メディア図書館は、大阪府吹田市の万博記念公園内に開設されています。大阪万国博記念協会の建物を間借りしており、岡本太郎設計の『太陽の塔』も望めます。もともと写真家の畑祥雄さんと中川繁夫さんが写真集などを持ち寄り、マンションの一室で1992年に創設した「写真図書館」が始まりです。蔵書が増え何度か移転し、2001年に現在地でオープンしたのです。その年、専門図書館では関西初のNPO法人として認められたのでした。

3代目館長の畑さんは「15年経ってここまで整備することができました。行政に求めるだけではなく、自分たちで出来ることから始め、多くの協力者を得られたことが大きい。とりわけ専門家たちに呼びかけ、その社会的な役割が理解されたのです。これからも市民らの参画を進め、NPO図書館の可能性を高めたい」と話しています。

閲覧室の中で目を引くのが、アメリカのグラフ・ジャーナリズムを代表する週刊写真誌『LIFE』です。1936年の創刊から1972年に休刊するまでの約1800冊がプラスチックの特製ケースに入れられ保管されています。全巻所蔵となると、日本でも東京都写真美術館など数箇所ですが、すべて書庫に収まり、国内で全巻閲覧できるのはここだけです。


ジャンルごとに整理されている書棚

『LIFE』は、マーガレット・バークホワイトが創刊号の表紙を飾り、W.ユージン・スミスが撮った水俣で世界に衝撃を伝え、ロバート・キャパら後世に名を残す写真家らが活躍した雑誌としても知られています。日本からも名取洋之助、をはじめ土門拳や三木淳らの写真が紹介されました。ベトナム戦争などジャーナリズム史を考察する上で重要な役割を果たし、最盛時は約850万部以上を発行したのです。休刊後も月刊誌として再刊し、その後も新聞折込みの無料週刊誌などで続刊していましたが、今春ついに廃刊となっています。

書棚には、細江英公が三島由紀夫をモデルにして話題になった『薔薇刑』の横尾忠則エディション版や、ロバート・メイプルソープのノーカット版写真集など「お宝本」も惜しみなく、開架されています。

個人・団体のコレクション収蔵

所蔵資料の特徴は、こうした図書館活動に賛同する個人や団体からの寄贈、寄託によるコレクションです。例えば美術史家・伊藤俊治氏寄託の蔵書があります。写真・映画、風俗・ファッション、音楽、科学、美術、メディアアート、パフォーマンス、文学・思想、建築・デザイン、情報・通信の10のジャンルに系列化したビジュアル系ライブラリーで、伊藤氏のデータベース構築理念を基に構成されています。


創刊から休刊までの約1800冊が揃う『LIFE』

『LIFE』を収めた特製ケース

美術に関しても、美術評論家として活躍中の金澤毅氏から寄託された国内外の現代美術を軸に、彫刻・版画・陶芸・ガラス・現代書・建築・生花・紙といった多岐におよぶ蔵書約4000冊を収蔵。学芸員の中塚宏行氏からも写真、映像、美術に関する書籍やカタログ類約950冊、現代美術のコレクターである山本明代氏の収集した展覧会カタログ約300冊を寄託されています。展覧会カタログでは、私も朝日新聞社時代に約150冊の寄贈を世話しました。

現代美術に関しても、国内書のみならず、世界各地の展覧会やアートフェスティバルのカタログを収集。「美術手帖」約500冊や「Inter Communication」など、アートの動向を知るための雑誌も揃っています。今年は2年ごとに開催の国際美術展「ヴェネツィア・ビエンナーレ」や、ドイツ:カッセルで5年ごとに開かれる大型祭典「ドクメンタ」、そして10年に1度の野外彫刻展「ミュンスター彫刻プロジェクト」の3大国際展が6月から一斉に開催され、これらの主要なカタログ類を現地で入手したそうです。

さらにデザインでは、グラフィック・デザイナー奥村昭夫氏寄託の蔵書があり、『日本タイポグラフィ年鑑』や『GRAPHIS』をはじめ、国内外のデザインに関する年鑑、作品集、機関誌など約2000冊を所蔵しています。映像でも、国内外のアート・ドキュメンタリービデオ、DVD、CD‐ROMなど約350点を閲覧できます。現代アーティスト束芋氏のアート・ドキュメンタリービデオから元NHKディレクター林勝彦さん制作の「驚異の小宇宙 人体シリーズ」など、アートから科学まで幅広い分野を横断したコンテンツが揃っています。


DVDやCD−ROMを視聴できる映像閲覧コーナー

とりわけ1960年代の貴重な資料は他機関で閲覧が難しいものばかりです。写真史上の著名な作家から若手写真家までの写真集も充実しており、評論や雑誌、展覧会カタログまで、写真の歴史を体系的に学ぶ上ではもちろんのこと、研究資料としても価値の高い資料が整っています。実際に手に取って閲覧ができるので、写真や美術の愛好家をはじめ、研究者の基礎資料としても活用されています。

このほかジャーナリストで元NHK解説委員の福田雅子氏が収集した人権関連資料約700冊や、関西ドイツ文化センター寄贈の写真集と美術書約100点、千里文化財団が20数年間にわたり収集しれた民族学全般に関する資料約3100冊などを所蔵しています。

図書館(水曜休館)の閲覧は正午から午後7時までの開館時間内なら閲覧は無料で利用できます。写真や美術の愛好家をはじめ、研究者の基礎資料としても活用されています。貸し出しは会員のみで、入会金1000円、年会費3000円となっています。現在の入会者は約130人ですが、2006年度の年間の利用者は月平均217人でした。

写真や映像の講座、写真展開催


写真表現大学で講義する畑祥雄・関西学院大学教授

図書館には現在、7人の専任スタッフが運営に当たっています。図書館業務のほかに講座があります。1992年から続けている「写真表現大学」は、大学と言う名前が付いていますが、試験がなく学費を払えば誰でも受講できます。趣味の延長であるカルチャーと違って、大学教授や写真家を講師陣に大学並みのカリキュラムなのです。

カメラの性能が良くなり、誰もが簡単に写真を写す事ができるようになった今、重要なのはテクニックだけでなく、撮影者が込めたテーマや考えにあります。そこで「撮る・見る・創る・考える」の4つの視点から体系的に写真を学べる講座になっています。「技術」を先行して学ぶのではなく、「何を表現するのか」というテーマ探しを優先し、撮影から編集、展示までを一貫して学べます。

私が参観した講座は、関西学院大学メディア情報学科の教授でもある畑さんが担当していました。「ビジュアル・ジャーナリスト史のスライドレクチャー」をテーマに、ルーマニアの独裁政権崩壊など特別に編集したビデオを見せながら、カメラやビデオが果たした役割を講義していました。

写真表現大学では2006年11月には、私が朝日新聞社時代に企画した緑川洋一展で監修や展示指導をしていただいた写真評論家の平木収さんと写真家の石川直樹さんの対談「写真と冒険」など、随時、魅力的な特別公開講座も組んでいます。2007年度前期には写真評論家の飯沢耕太郎さんや美術作家のやなぎみわさんの授業もあります。


写真家としての畑さんの撮った写真が教材に

熱心に聴く写真表現大学の20歳代から60歳代の学生

授業は土・日曜なので学生や会社員も受講できます。このため20歳代から60歳代まで、初心者からプロ志望者まで80人が受講しており、これまでの修了生は延べ2000人にもなり、多くの写真家を輩出しています。

一方、映像部門では、1996年に発足した「彩都IMI大学院スクール」を改組して、今春から「IMI スクール総合映像講座」として再スタートしました。「写真表現大学」での実践、制作サポート力なども加味して一体的な教育をめざしています。こちらの受講生は35人です。 「文章を書くように、映像をつづる」ことを目標に新しいカリキュラムを組み、映像、サウンド、web/デザイン、アートの領域を横断して、制作から発表までを学べます。近未来の映像制作システムを提供し、独自のブロードバンド放送局から作品や番組を世界に配信するなど、より可能性を求めています。


写真表現大学での「フォトセラピー」講座の修了展

もう一つ、彩都メディア図書館では展示コーナーもあります。ここでは「写真表現大学」の卒業生らの作品展やプロになった写真家の展示会などを催しています。さらに図書館内の特設コーナーでは7月末まで「異国の視点」のテーマで展覧会カタログや写真集を紹介しています。

世界を移動し、移動し続けることによって既存の価値観や偏見を削ぎ落とし、「現実」を直視ようとする港千尋さんや、旅の過程で突然襲いかかる自己喪失の感覚を「自由な気分」と主張する大島洋さんなど、様々な土地で、そこにいる人の生活感やその場所特有の空気感などを、独自の視点で切り取った写真家たちの作品を見ることができます。

畑館長は「この千里の地は世界から6400万人が集まった文化とアートの交流の場です。さらに後背地に新しい彩都の開発が進んでいます。今後は地域や他機関との連携し、情報発信力を高めたい。またメディア表現の集積地としてのライブラリーをめざしていきます」と、抱負を語っています。


しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
第一章 いま問われる、真の豊かさ
第二章 「文化」のある風景と、未来への試み
第三章 夢実現のための「第二の人生」へ
第四章 「文化」は人が育み、人に宿る

本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、きめ細かい実地踏査にもとづいていくつも報告されている。それらはどれをとっても、さまざまな可能性を含む魅力ある「文化のある風景」である。
(宗教学者。山折哲雄さんの序文より)
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
新刊
第一章 展覧会とその舞台裏から
第二章 美術館に行ってみよう
第三章 アーティストの心意気と支える人たち
第四章 世界の美術館と世界遺産を訪ねて
 本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信・兵庫県立美術館長の序文より)
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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