沙漠緑化一筋 遠山正瑛さんを悼む

2004年3月5日号

白鳥正夫

 「文化」には人を動かす力がある。
 この「ぶんかなび」のサイトに私がエッセイを担当して、冒頭に書いた、河合隼雄・文化庁長官の言葉です。それを実践し97歳の生涯を貫いた人がいました。中国の広大な沙漠を緑化しようと一筋の道を歩まれた遠山正瑛・鳥取大学名誉教授です。大阪をはじめ関西にも先生の薫陶を受け緑化活動に取り組まれておられる方や、講演を聞かれた方も多いのではないでしょうか。その生き方に共鳴する一人として、先生の偉業を紹介し、その死を悼みたいと思います。

地道な活動にマグサイサイ賞

 遠山さんは2003年8月、「アジアのノーベル賞」と呼ばれるマグサイサイ賞を受賞されました。この栄誉は、私自身にとっても感慨深いものでした。私が初めてお会いした時、すでに80歳を超えていましたが、「100歳超えても沙漠緑化を」の心意気に打たれ、私は前著『夢をつむぐ人々』(東方出版刊)にその生きざまを取り上げました。
 その本には、文化における国際貢献を果たしている平山郁夫画伯のことも書き込んでいました。2001年にマグサイサイ賞を受けている画伯が、遠山さんの業績に目を留め、マグサイサイ賞に推薦することになりました。私も推薦の資料を準備するなどお手伝いをさせていただきました。それが遠山さんの受賞につながった経緯がありました。私がお祝いを伝えますと、「実践活動に参加して下さった全ての方々への受賞だと思い、感謝と感激でいっぱいだよ」と、遠山さんは声を弾ませていました。私も夢がつむがれていく喜びをかみしめたものです。
 私は朝日新聞鳥取支局に着任直後の1989年10月、「支局長はいるかな」と、リュックを背負い登山帽姿の遠山さんが支局にふらっと現れました。その後もしばしば姿をのぞかせましたが、話題はいつも鳥取砂丘の保存。「鳥取のシンボル砂丘は死にかかっている。その原因を人間がつくったのなら、人間が生き返らせなけりゃならん」。歯に衣着せぬ言葉と、熱意に心が動かされました。私は翌年の鳥取版の年間テーマに鳥取砂丘を取り上げ、保存問題へ一石を投じることができました。
 時を経て2002年1月、人材養成講座の講師として大阪に来られた遠山さんに十数年ぶりに再会しました。「人生95年一筋に生きて」と題して、約200人を前に1時間20分にわたって講演。立ったまま手振りも交え「沙漠開発一筋、私は二筋を歩まない」と力説されました。それも自宅から持参の重い石を振りかざして語りました。「路傍の石でもいいんだよ。石と対話をしてみたらいい。私の書斎には石が何百もあるんだ。これに語りかけていたら退屈しない。石から返事があり、心がいやされるんだ」
 その数日後、私は鳥取の自宅に遠山さんを訪ねました。当時、まだご存命だった90歳の奥さんは老人ホームに居て、遠山さんは一人暮らしで自炊をしていました。1年の内、200日以上を中国の沙漠で暮らす遠山さんは掘りごたつで、好きなたばこをくゆらせていました。すぐ側に万年床、壁には大きな中国全土の地図が掲げられていました。寝ても覚めても沙漠緑化に想いを馳せ、「砂丘の父」といわれる明治生まれの気骨の老学者の日常に心打たれるものがありました。

大きく育ったポプラの木を、
まるでわが子のように
いつくしむ遠山正瑛さん
(中国のオンカクバイで、
日本沙漠緑化協会提供)
自宅から重い石を持参して
講演する遠山さん
(2002年1月、
大阪市内の人材育成講座で)

 

「人生に休みなし」を信条に実践

 遠山さんは富士山のふもと、山梨県都留郡で生まれました。お寺の6人兄弟の三男で、仙台の第二高等学校を経て、1931年に京都大学農学部に入学し、運命的ともいえる菊池秋雄教授に指導を仰ぐことになります。「君、農学を選んだ以上、人生には休みはありませんよ。植物は一日も休んでいない」。これが教授の教えでした。与える温度、土や水の工夫、植物の育て方など実践を学び、和歌山県にあった亜熱帯植物園へ。そこで外務省文化事業部から留学生として中国へ派遣されます。中国語を勉強する傍ら、黄河流域で農耕について調査し、初めて大陸の砂と向き合いました。1937年に盧溝橋事件が勃発し、中国軍に監禁されますが、決死の脱出を図り帰国したそうです。 
 30年余り在籍した鳥取大学を1972年に定年退官した遠山さんには、やるべき課題がありました。かつて砂を握りしめた中国の沙漠開発でした。「沙漠の砂には生産力がある」と確信していたからです。しかし日中戦争と国交の断絶は沙漠との再会を許さなかったのでした。やがて国交樹立して待つこと7年、1979年にやっと時機が到来しました。中国西域学術調査団に参加できたのです。44年ぶりの再訪でした。
 「中国で沙漠緑化を」との思いは募る一方。遠山さんには体験も技術もありましたが、肝心の資金がなかったのです。視察旅行から帰国して5年後、その熱意が通じたのか、1984年に第一次中国沙漠開発日本協力隊が結成され、隊長として赴きます。この時73歳でした。二度にわたる訪中調査で、トングリ沙漠とトルファンでの緑化構想を描き、中国の沙漠の生産緑地化事業が動き始めたのでした。1991年には日本沙漠緑化実践協会を設立し、募金キャンペーンと緑化体験派遣隊を募りました。反響は予想を上回り、学生から主婦、会社員らへ広がったのでした。
 この緑の協力隊は11年間に335隊を派遣し、内蒙古の毛烏素(モウス)沙漠などで、延べ6665人が300万本の植林を実現したのでした。今や遠山さんは中国でもっとも尊敬されている日本人の一人として、その偉業を顕彰する銅像が1999年、沙漠開発モデル地区のオンカクバイ(恩格貝)に建立されています。

「プロジェクトX」で感動的に紹介

 2002年秋、遠山さんの緑化活動がNHKの人気番組「プロジェクトX」で取り上げられました。そのタイトルは『運命のゴビ砂漠 人生を変えた300万本のポプラ』。

果てしなく続く沙漠は、滑らかな曲線に美しい風紋を描く。しかしその一方、灼熱の不毛の地であり、時に凶暴な爪を持つ。砂嵐は家を、人を容赦なく襲う。こんな途方もない世界に300万本ものポプラを植えようとした人がいた。ナレーションが語る。「挑戦したのは95歳の遠山正瑛さん」。「やればできる。やらねばできない」。


 沙漠緑化に賭ける遠山さんの言葉は、二人の人生も大きく変えたのでした。遠山さんの呼びかけに参加したボランティアの中に、社長業を部下に譲った経営者と、窓際のサラリーマンです。金もうけやストレスの多い人生に疑問を感じた二人の生き方も追う。せっかく植えたクズが羊に食われ、砂嵐や洪水がポプラを襲い、住民らは金儲けに走る。しかし二人は、遠山さんの変わらぬ意志に奮起し、一つ一つ克服していく。2001年、ついに三百万本の植林が実現したのでした。広大な沙漠に緑の衣が着せられ森に生まれ変わったのです。ポプラの木を抱き締める遠山さんは、まさに中島みゆきのテーマ曲にうたわれる『地上の星』でした。
 2003年11月末、大阪で開かれたマグサイサイ賞の祝賀会に、遠山先生は車イスで姿を見せました。かつての闘士の面影が薄くなっておりました。会場から「また中国へ行きましょう」の激励に、柔らかい笑顔で返しておられたのが印象的でした。私にとって、生前の最後の姿でした。
 遠山先生の葬儀は先月29日、鳥取市郊外の葬祭会館でしめやかに営まれました。中国国家専門家局局長ら内外からの供花が並び、300余人が参列しました。出棺前の献花で、安らかに眠る遠山先生にお別れしましたが、思わず「もうゆっくり休んで下さい」と声をかけずにおれなかったのでした。戸外では別れを惜しむかのように小雨が降り続いていました。

在りし日の遠山さん。
講演を終え、
花束を贈られにっこり
(2003年2月、鳥取で)
300余人が参列し
しめやかに営まれた
遠山さんの葬儀
(2004年2月29日、
とっとり葬祭会館)

しらとり・まさお
朝日新聞社大阪企画事業部企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から、現在に至る。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)などがある。


新刊
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたち平山郁夫画伯らの文化財保護活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者の「夢しごと」をつづったルポルタージュ。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
「ぶんかなびで知った」といえば送料無料に!!

 

もどる