民族藝術学会の活動から

2007年6月20日号

白鳥正夫


壮大なインドのラタ・ヤットラ(山車祭り)

オリッサ州州都ブバネシュワルから64キロ、プリー市から36キロのベンガル湾海岸近くにある太陽神スーリヤ寺院の太陽神殿

「所かわれば品かわる。芸術についても、民族あるいは文化の違いに応じて、美の規準や表現が異なることが、美術、音楽、芸能などの諸分野で立証されてきた。(中略)芸術においても既成のジャンルをこえた活動が創作、享受、研究のそれぞれにみられるようになった。このような時代思潮を背景にして、民族芸術学が提唱された」。民族藝術学会の入会案内に書かれた木村重信会長の言葉です。かねて木村先生からの勧めもあって、昨年8月に入会しました。今年4月末に開かれた大会のテーマは「巡礼と民族藝術」でした。その研究報告と、国立民族学博物館(民博)で開かれた「聖地★巡礼」の展覧会を合わせリポートします。

壮大で華麗なインドの山車祭り

大会は東京のお茶の水女子大学で開かれました。出席する予定で上京していたのですが、急用が入り初の総会と研究発表をキャンセルしてしまいました。ところが後日、ある会合で「インド・オリッサ州ラタ・ヤットラ(山車祭り)の神々と巡礼者について」の研究発表をした国際日本文化研究センター共同研究員の森田登代子さんとお会いし、その写真資料などを入手することができました。

森田さんによると、現地はインド東部コルカタを海岸線沿い南に500キロ下ったオリッサ州(1990年代の調査で人口3700万人、現在は5000万人とも。州都はブバネシュワール)のプリーです。ここにはヒンドゥー教四大聖地の一つジャガンナート寺院があり、インド最大の祭り、ラタ・ヤットラが6月から7月の間の特別の日に行われています。


プリー市からバスで24時間以上ゆられ、コプラト市を越えた山中の山岳少数民族のバザール

ダンスを楽しむ山岳少数民族。女性全員斜めストライプ柄のタオルケットサイズものを体に巻きつけている。髪型にも特徴

プリー遺体を焼いているところ(以上、5枚の写真は森田登代子さん提供)

この壮大な山車祭りは、寺院に祀られるジャガンナート、バラバドラ、スバドラーの弟・兄・妹の三神がジャガンナート寺院を出て故郷に帰るという設定で3台の山車が1キロを行幸するイベントです。本来はヒンドゥー教ビシュヌ神の8度目に化身した姿であるクリシュナ神(9度変身)がGokulからMathuraまで旅をする神話に依拠するそうです。

3神の神体は、高さ14メートルにもなる大きな山車3台内に鎮座しています。ジャガナート寺院付近は、朝早くからインド各地の巡礼たちで身動きができないほどに。祭り全体を通して200万人の巡礼が訪れるという説も。山車の綱を引くことは栄誉なことであり、先を争って山車に近づこうとし、以前はこの山車に飛び込む巡礼も多かったといいます。いわゆる「即身成仏」です。

現在は山車周辺を警察が警備しており、山車自体もゆっくり動き、少し進んでは止まるようにして事故防止に努めています。午後3時半過ぎ、この3台の山車が寺院横の大通り1キロをそろりそろりと動きます。朝から待ち望んだ見物客たちの高揚した気持ちが最高潮に達し、大歓声が轟きます。

ラタ・ヤットラは祇園祭の原型とも言われています。森田さんは「たしかに幌の形状は似ていなくもないが、宗教的属性も違うし山車祭りの発生時期、あるいは車の形状の違いからも異なる次元からの発生だと考えたほうが妥当。インド固有の祝祭と判断したほうがよいでしょう」との見解です。

祭りが終わると幌自体は処分されます。神体はだいたい12年ごと(文献によっては20年)に新しく作り替えられるとのことです。森田さんは学会の発表で、ラタ・ヤットラの一部始終をビデオでたどり、インド創出神話の意味や巡礼たちについても考察しました。「車の壮大さ、華麗さ、そしてうだるような酷暑のなか、山車を引く巡礼者たちの熱狂さは一見に値する」と強調しています。

聖地巡礼を追跡し記録映像に

一方、巡礼をめぐって、民博の「聖地★巡礼」は、一人のキリスト教徒の巡礼の旅を追跡するユニークな展覧会でした。さらにこの展示方法にも特色があります。巡礼に関する資料展示だけでなく、ハイビジョンの大型映像やパソコンも駆使して観賞するなどの工夫がこらされていました。いわゆる「モノ」「映像」「写真」「スケッチ」さらには「音」などの異なるメディアを組み合わせ、聖地巡礼を体験する新しいスタイルの展示なのです。


国立民族学博物館の「聖地★巡礼」展入口

映像が中心の「聖地★巡礼」会場風景

展示の中心は、フランスからスペインの西端にあるサンチャゴ・デ・コンポステラまで全行程1350キロの聖地巡礼を記録した映像です。フランス人退役軍人の巡礼者ミッシェルに民博の大森康宏教授が同行し、彼の話と解説を聞きながら、映像による巡礼の旅が展開します。展覧会のサブタイトルに「自分探しの旅へ」とあり、聖地と人びとの関わりや、巡礼することの意味を考えようとの意図が込められています。

サンチャゴ・デ・コンポステラへの巡礼は、ローマ、エルサレムと並ぶキリスト教三大聖地で、その巡礼路はユネスコの世界遺産に登録されています。この聖地から90キロの大西洋に面した地にフィニステルがあります。「地の果て」という意味の岬で、4度目の巡礼を終えた2001年時、67歳の退役軍人は「全部新しくなったよ。またゼロから始めて再生して大地の端、フィニステルを見た。とてもいいよ」と語り、旅を終えるのが印象的でした。


巡礼するフランス人巡礼者を後から同行する大森康宏教授

黙々と歩き続けるフランス人巡礼者

展示ではサンチャゴ・デ・コンポステラとともに、奇跡の泉として話題になり、19世紀になってから聖地となったルルド、八十八ヶ所の寺を巡る四国巡礼、死者の霊と会うために人びとが訪れる霊場恐山を取材した映像もあります。さらに彫刻家池田宗弘さんのスケッチや、写真家野町和嘉氏の世界の「祈り」の写真なども展示されていました。

巡礼に同行した大森教授は図録の中で、「人はなぜ、何を求めて巡礼に出るのでしょうか。また、巡礼にはどういう意味があると思われますか」との質問に、次のように答えています。

当初は、人生を長く生きてきた人が巡礼をとおして自分の人生を問い直す、あるいは新しい人生を見いだすという目的があったと思います。ところが実際には、スポーツ感覚で巡礼に出る人も少なくありません。(中略)黙々と一生懸命歩くうちに、歩いている感覚もなくなって、ただ足だけが動いていると感じられるようになる。そういう状態が続いた後、町に着いて教会に入ると、ほっとして、自分のそれまでの人生がいっせいに身体のなかにはいってくる。疲れてなにも考えられなくなるところから、巡礼のもつ空白の時間が生まれ、新しい人生観が紡ぎだされてくるのです。


巡礼手帳

道標

学問領域を超える「民族芸術」

巡礼といえば、日本人としては四国八十八ヶ所や西国三十三ヶ所、さらには東国八十八ヶ所などの札所巡りが思い浮かびますが、まさに「所かわれば品かわる」の感を深めます。インドのラタ・ヤットラもスペインのサンチャゴ・デ・コンポステラも興味深いテーマでした。


サンチャゴ大聖堂(以上5枚は民博提供)

年刊の学会誌『民族藝術』

民族藝術学会に話を戻しますが、テーマの「巡礼と民族藝術」でシンポジウムも開かれ、大森教授もパネリストの一人として「映像で訪ねる巡礼地の藝術」と題して映像資料も披露しています。このほか「音の聖地巡礼」の事例報告や「仏蹟パガン巡礼」「仁和寺八十八ヶ所霊場巡り」の研究発表がありました。

年一回の大会のほか研究例会も年四回開かれ、民族芸術に関する幅広い研究成果が発表されています。とりわけ年刊となっている学会誌『民族藝術』が年度末に発行されており、200ページを超す重厚な内容になっています。

最新刊第22号では「沖縄の民族藝術」が特集されています。第20号では、森田さんが「西ヒマラヤ、インドヒマチャルプラディシュ州キナール地方サングラ峡谷のプューリッチ祭について」の研究報告をしています。

木村会長は、建築・美術・工芸・芸能・舞踊・衣裳・音楽・文学・宗教・歴史・地理・デザイン・映像・生活文化・民俗・芸術学・民族学など多方面の研究者が、従来の学問領域を超えて新しい民族芸術学の研究と啓蒙を進めたいと、力説されています。

なお入会は民族芸術に関心を持つ人なら、年会費1万円で入会でき、年刊学会誌の無料配布や大会・例会への参加などができます。
【申し込み先】 〒560−8532 大阪府豊中市待兼山町1−5
大阪大学大学院文学研究科 芸術学・芸術史講座内
TEL(06)6850−5120 FAX(06)6850−5121


しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
第一章 いま問われる、真の豊かさ
第二章 「文化」のある風景と、未来への試み
第三章 夢実現のための「第二の人生」へ
第四章 「文化」は人が育み、人に宿る

本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、きめ細かい実地踏査にもとづいていくつも報告されている。それらはどれをとっても、さまざまな可能性を含む魅力ある「文化のある風景」である。
(宗教学者。山折哲雄さんの序文より)
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
新刊
第一章 展覧会とその舞台裏から
第二章 美術館に行ってみよう
第三章 アーティストの心意気と支える人たち
第四章 世界の美術館と世界遺産を訪ねて
 本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信・兵庫県立美術館長の序文より)
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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