五輪まで1年余、故宮博物院再訪

2007年3月20日号

白鳥正夫


堀の内側に連なる城壁と修復工事中の神武門

元、明、清の三代の王朝の居城であった紫禁城内の故宮博物院を、ほぼ10年ぶりに訪ねました。北京オリンピックまで1年半足らずとなり、市内各所は建設ラッシュでした。故宮でも、皇室儀式があった太和殿など主要な宮殿建築で大規模な修復工事が行われていました。このため所蔵文物も一部しか見ることができませんでした。故宮敷地内では、修復費の一部にと近現代の美術品の即売をしていました。中国では最近、日本から美術品を買い戻す動きも活発になっています。今回は、日中国交正常化35周年を迎えた北京で見聞したリポートです。

商代の青銅器を中心に鑑賞

故宮とは、故(もと)の宮城という意味があるそうです。東西750メートル、南北960メートルで、その広さは72万平方あり、部屋の数は9000以上といいます。何しろ24人の皇帝が約500年にわたって統治した居城なのです。


商代の「三羊尊」

「獣面紋じこう」

10年前は午門と呼ばれる正面入り口からでしたが、今回は北側の神武門から入りました。ここは2006年10月から修復工事中で、故宮博物院の看板を残しネットに覆われていましたが、安全措置を施しており、門をくぐることができました。

壮大な紫禁城の一部が博物院となっています。フランスのルーヴル博物館やロシアのエルミタージュ美術館と同じように、かつての宮殿を活用していますが、故宮博物院はいくつもの建物に展示室があって、陶磁や青銅器、絵画や書画、工芸館などが散在しています。

北京は7度目となりましたが、仕事がらみと、西安訪問の行き帰り立ち寄った程度で、観光目的としては初めてです。故宮博物院は1998年に「シルクロード 三蔵法師の道」展に絡み、百橋明穂・神戸大学教授と同行しました。副院長室を表敬訪問し、太和殿をはじめ一通り見学したのでした。

今回は、2月に東京国立博物館で見た「悠久の美−中国国家博物館名品展」の印象が強かった青銅器を中心に鑑賞しました。主に紀元前1300−1050年頃の商代の「三羊尊」や「獣面紋じこう」に着目しました。この時代の青銅器は鬼神へ捧げる器で、形も文様も奇異です。

昨年は白鶴美術館でも重文の「饕餮き龍文方ゆう」(とうてつきりゅうもん ほうゆう)に目を奪われましたが、饕餮文とか「き龍文」とかいった怪獣の姿は神の化身であり、その力を借りて、害を避けようとした造形の知恵が伺えて興味深いものがありました。

西周前期(紀元前1050年〜950年頃)に移ると、酒器と共に穀物を盛る食器も多く作られます。こうした酒器や水器、食器は日用の器としてではなくもっぱら祭祀や饗宴用に供されたものであろうと思われます。


外朝の主要建築の保和殿内部

内廷から外朝に足を進めると、九竜壁を通り過ぎたところに、珍宝館がありました。元は皇極殿と寧寿宮と呼ばれていた所で、皇太后や太政皇の隠居所として使われた所です。現在はその名の通り、歴代の皇帝の宝物を集めて陳列している場所で、陶器や絵画、時計などが展示されています。博物院には、その数100万点ともいわれる貴重な文物が所蔵されていますが、なかでも乾隆帝が母のために作らせた125キロの純金の塔などが有名です。

修復費見込んで美術品販売も

故宮博物院といえば、台北にもあり、その所蔵品は秀逸で世界の四大博物館に挙げられています。そもそもラストエンペラーとなった溥儀が紫禁城から退去させられ、1925年10月に清朝が持っていた美術品などを一般公開したのが始まりですが、現在は北京と台北の二カ所に分かれて展示されているのです。


美しい彫りで飾られている保和殿

日本軍の展開で、蒋介石の国民政府(1948年からは中華民国政府)は、戦火から守るべく重要文物を南方へ疎開させたのでした。第二次世界大戦後、運び出された所蔵品は再び南京と北京に戻されましたが、国共内戦が激化するにつれて1948年秋に中華民国政府は故宮博物院から精選して台北へと運んだのでした。これによって誕生したのが台北市の國立故宮博物院です。

かねて朝日新聞社企画部時代に、二つの故宮博物院から出品された展覧会が実現できれば画期的だと話題になったこともありましたが、当時の両国の政治状況では実現不可能でした。ところが北京五輪の時に台北からも出品されれば、世界から脚光を集めると、北京の政府が働きかけているといいます。この里帰り展が実現できれば、まさに夢のまた夢の出来事と言えます。


建物の基台には排水口を兼ねた龍頭も

さて博物院を回っていて気を止めたことがあります。鐘表館を入った右手の建物内では、書画骨董を観光客に販売していたのです。聞くと中華人民共和国政府の準直営の店舗で、買い上げには博物院の鑑定書も付くといいます。その売上金は修復費のチャリティーになるそうです。

店員の話では、中国を代表する現代画家や書家の作品も扱っていて、日本円で数10万から100万円を超える高価な作品もあります。後日訪ねた元、明、清代の最高学府であった国士監でも同じような光景が見られました。

北京で文化財の売買に関わっている知人に会い、率直に文化財ビジネスの話を聞くことができました。いま、中国では会社経営者や富裕層で芸術品を買い求める需要が高まっており、かつて日本に流出した文化財の買戻しが進められているといいます。一級文物などは国家が購入するそうです。


実物大の写真が取り付けられて工事中の太和殿

工事中の太和殿

毛沢東の大きな肖像画が掲げられている天安門

施設拡張のために休館中の中国国家博物館

故宮博物院などの販売も多分に民間業者が暗躍しており、真贋についても保証のかぎりではないそうです。日本人観光客は格好のお得意さんで、書画の軸や置物などが人気といいます。五輪がらみのたくましい商魂を垣間見たようで、せっかくの珠玉の名品鑑賞も色褪せた感じがしたものです。

伝統文化と新時代のパワー融合

故宮の魅力は収蔵品より、壮麗な宮殿建設です。皇室ゆかりの黄色の瑠璃瓦に朱色の壁のいくつも建物を見ながら、玉座のある太和殿にたどり着きました。残念ながら修復中で、ネットの裏には実物大の写真が取り付けられており、遠くから見れば実物が透けて見えるようでした。太和殿から太和門、そして金水橋を渡り、午門をくぐり、明時代の正門である天安門を出ると、眼前に広大な天安門広場が望めます。

背後を振り返ると、門口上部に毛沢東の大きな肖像画が掲げられています。広大なスペースを見ていると、昨年行ったモスクワの赤の広場を思い出しました。その設計思想を擬したのかどうか、赤の広場を圧倒する100万人が収容できるという規模で、巨大な国であることを実感させられてしまいます。天安門から望めば周囲三方には人民大会堂・毛主席記念堂・中国国家博物館の建物が配置されています

中国国家博物館の前身は中国歴史博物館と中国革命博物館です。その中国歴史博物館だった頃に訪ねており、三蔵法師ゆかりの「石製三蔵法師玄奘銘仏座」などと再会したかったのですが、施設拡張のために1月末から休館中でした。

中国国家博物館の収蔵品は62万点を超えており、旧館の西、南、北の建物を改造・補修し、新館の建設も行われるそうです。工事が完了すると博物館の面積は19万2000平方に達し、世界の博物館の中でも最大となるとのことです。当初はオリンピック前に増改築を終える予定だったのですが、計画が遅れ新装オープンは2010年頃の見通しといいます。

北京では故宮をはじめ、皇室の庭園「?和園」、「万里の長城」、中国最大の祭祀木造建築である「天壇」、北京原人の遺跡「周口店」、さらには昨年7月に登録された「明の十三陵」など六件の世界遺産を見学しました。いずれも中国ならではのスケールでした。

そのほか日中戦争勃発の地「盧溝橋」や、チベット仏教寺院群の「雍和宮」、さらには下町情緒たっぷりの「胡同」などにも足を延ばしました。悠久の歴史を持つ伝統文化と同時に、新時代のパワー併せ持つ姿も垣間見ることができた旅でした。


しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
第一章 いま問われる、真の豊かさ
第二章 「文化」のある風景と、未来への試み
第三章 夢実現のための「第二の人生」へ
第四章 「文化」は人が育み、人に宿る

本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、きめ細かい実地踏査にもとづいていくつも報告されている。それらはどれをとっても、さまざまな可能性を含む魅力ある「文化のある風景」である。
(宗教学者。山折哲雄さんの序文より)
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
新刊
第一章 展覧会とその舞台裏から
第二章 美術館に行ってみよう
第三章 アーティストの心意気と支える人たち
第四章 世界の美術館と世界遺産を訪ねて
 本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信・兵庫県立美術館長の序文より)
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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