懐かしくも新鮮な未来画 真鍋博展

2004年2月20日号

白鳥正夫

 私の郷里に大きな業績を遺した一人のアーチストがいました。21世紀の近未来の世界を描き続けたのに21世紀まであと2ヵ月で他界されました。その人の名前を知らない世代が増え、かつて黒ぶちの眼鏡のその人の顔に見覚えがあったのに、その名を忘れた世代の方も多いと思います。でも、自然や人間に温かいまなざしに満ちあふれ、どこか懐かしさを感じさせる作品は記憶の中によみがえってくることでしょう。

イラストレーターの草分け的存在

 そのアーチストの名前は、真鍋博さんです。日本を代表したイラストレーターを回顧して、これまでの主要作品を集めての展覧会が3月4日から16日まで京阪百貨店守口店で開催されます。1950年代に前衛的な油彩画を試みていた真鍋さんは、高度成長期の60年代、70年代に雑誌や書籍、新聞、ポスターといった印刷メディアの影響力にいち早く注目して、新たな創作の場として選び、当時なじみの薄かったイラストレーターという職業を今日のものとした先駆者です。

アトリエでの真鍋博さん
(1997年 撮影・西村満
真鍋博回顧展図録から)
ミステリマガジン表紙
(1966年7月号)


 この展覧会では、八面六臂の活躍をし、20世紀を駆け抜けた真鍋さんの膨大な作品、書籍、資料の中から約300点が3つのコーナーに分けて紹介されます。私自身がこの展覧会の企画から展示まで関わりましたので、その内容を紹介し、ぜひ会場に足を運んでいただきたくご案内します。

科学技術の先行する未来でなく、有機的で神経や精神につながった未来。変わるべきもの、変えてはならないもの、変貌の早いもの、遅いもの、動かぬもの、それを調整し、それを前進させるのは人間だけだ。
未来を占ってはならない。創るべきものだ。

(1967年4月『Energy』特集・未来学の提唱より)



 1969年のアポロ11号の月面着陸成功、1970年の日本万国博は、私たちに輝く未来を提起しました。私自身、わくわくした未来像へのあこがれを憶えたものです。真鍋さんは、日本万国博覧会の三菱未来館の起案に参加し、ポスター、ガイドブックなどのイラストを手がけました。その後の高度成長下、各地で博覧会ブームが起こり、20年後、30年後の社会や生活の有り様を予測することが社会現象にすらなりました。こうした時代背景を受け、真鍋さんのイラストはもてはやされました。
 真鍋さんは旺盛な好奇心と機知を駆使して、実在しない道具や乗物、さらに都市を紙の上に描いて見せ、豊かで遊び心あふれる未来像を示すとともに、高度経済成長に伴う環境問題などの社会のひずみにも目を向け、ユーモアと風刺をもって独自のライフスタイルを提言し続けました。
 しかし真鍋さんは単に時流に乗るだけでなく、「未来を占ってはならない。創るべきものだ」との信念を貫きました。真鍋さんの作品の真骨頂は、予測を超えて進歩発展する都市文明と、自然や本来的な人間のあり方との調和を求めております。

ピクニック・サイクル
(1973年)
日本万国博 会場全景
(1967年)



「夢の家族自転車」を製作展示

 本展では、まず「SF・未来学をテーマにした未来画」、次いで「ミステリーを中心にした本のイラスト」、そして最後に「万博グッズなどのデザインを中心とした仕事と自著の三つのテーマ」で構成されています。
 未来画の分野では、SFマガジンの原画、星新一さんの本や表紙・挿絵原画などが展示されます。おなじみの『ボッコちゃん』は多くの人に愛されました。筒井康隆さんの『朝のガスパール』の挿絵の原画も一部紹介します。また真鍋さんはアイザック・アシモフ、アーサー・C・クラーク、マイケル・クライトンの表紙も手がけました。夢のある未来から絶望的な未来まで、多彩な未来画が、今も新鮮で、懐かしく楽しめます。
 ミステリーを中心にしたコーナーでは、真鍋さん自身がT私の勲章Uと語る、ハヤカワのアガサ・クリスティーの本を展示します。本屋で見かけた人も多いと思いますが、あらためて「こんな仕事をしていたのか」と注目していただけると思います。『ミステリマガジン』の表紙も13年間にわたって手がけております。この色彩鮮やかな原画も多数、見ていただけます。
 デザインや本の仕事では、万国博覧会全景図原画や、自著、色鮮やかな絵本『エキスポ・ファンタジー』『星を食べた馬』の本や原画などを紹介します。真鍋さんは環境問題を考え、バイコロジーの活動をしましたが、本展では『自転車讃歌』で発案された「家族自転車」を実際に製作し、特別出品します。
 『真鍋博の鳥の眼』(1968年)に描かれた大阪(北)(南)の地図の上空から見た原画も見所です。鮮やかな色と繊細な線の世界、よく知っていながらまだまだ奥の深い真鍋博さんの芸術を、この機会にぜひご覧ください。

数多くの作品に囲まれている
真鍋博さん(1971年頃
真鍋博回顧展図録から)
大気は走り、地球は巡る
(『旅』4月号 口絵
日本交通公社 1971年)



大阪では3月6日に記念ウオーク

 展覧会は、大阪会場を皮切りに、4月23日から6月6日まで倉敷市立美術館、8月7日から9月12日まで東京ステーションギャラリーへ巡回します。また開催を記念して各地でウオークも催されます。これは真鍋さんが生前、ユックリズムを提唱し、社団法人日本ウオーキング協会の活動に理解を示し、テレホンカードのデザインなども手がけ、その普及に尽力しているからです。
 大阪では3月6日午前10時に十三大橋北詰に集合して、展覧会場の京阪百貨店までウオークが実施されます。コースは十三大橋から長柄橋、淀川左岸、毛馬開門、城東貨物線、淀川右岸、豊里大橋を通過する行程で、信号機も気にせず歩いていただけます。当日、参加費は500円で、雨天決行です。参加者には、京阪百貨店のサービスで真鍋博展の入場券が進呈されます。

人生80年といわれるが、それを時間数にすると、70万時間。60歳の定年まで働いても、労働時間は7万時間余り。働くことは人生の総時間の1割しか占めなくなってきた。
あと9割の時間をどう過すか、が問われるなかで、あたりまえのこと、普通の生活、日常生活がとても大切にななりはじめている。生きていてよかった、と思える時間、価値ある時刻――時のデザインがより追求されるようになるだろう。歩くことの豊かさも、そんな日常性から追求していくべきだ、と思う。自然に、あたりまえに、日常として。



 この文章は、真鍋さんが、『歩行文明』(中公文庫)の末尾に記しています。真鍋さんは、イラストレーターとしてあまりにも有名ですが、エッセイストとしても優れています。春の一日、「真鍋博の世界」を体験してみてはいかがでしょうか。「文化」は求める心の中に息づくのです。


しらとり・まさお
朝日新聞社大阪企画事業部企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から、現在に至る。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)などがある。


新刊
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたち平山郁夫画伯らの文化財保護活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者の「夢しごと」をつづったルポルタージュ。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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