瀬戸内からソーラー版画の発信

2007年1月20日号

白鳥正夫


ドーム型アトリエの前でたたずむ、みやち治美さん(半田元成さん撮影)

2005年の8月6日の平和企画、手つくりソーラーパワー船で、ひょっこりひょうたん島でソーラー版画。 手づくりソーラーパワー船で、ひょっこりひょうたん島へ渡る一行(2005年の8月6日の平和企画、みやちさん提供)

「一芸に秀でている」という言葉はよく聞きます。そして世の中には、そういう人が数多くいます。一方で、私の知るアーティストに多芸な方がいます。絵画も描けば彫刻もガラス工芸、さらには書まであらゆる表現世界を駆使します。しかし最近、異分野にわたって多芸な女性に出会いました。ソーラー版画という新しいアートに取り組む、みやち治美さんは詩人でありボクサーの顔も持っています。正月にふさわしく夢と元気のあるアーティストにスポットをあててみました。

ドーム型のアトリエで制作

私がみやちさんのことを知ったのは、ある会合で同席したジャーナリストからの紹介でした。昨年10月に送られてきたメールには以下のような文面でした。「みやちさんは、ソーラー版画という、太陽の紫外線で感光させる、環境にやさしい版画の普及に努めています。また、日本の国技である版画の復興を目指しています。平山郁夫先生の生まれた 瀬戸田町の生口島で、ドーム型アトリエを設けて制作しています」。

その翌月、生口島にある平山郁夫美術館に用向きがあり、みやちさんのアトリエを訪ねたのでした。柑橘産地として知られる緑あふれる島の高台に、突如ドームハウスが出現しました。ここが住居兼アトリエでした。

陽光を必要とする創作活動の場を求めて宝塚市から移住してきたのです。アトリエは約180平方メートル、高さ9メートルで、2002年に完成したのでした。話を聞いて驚いたことに、自ら設計や建築に携わったといいます。何と地下にはサンドバッグを取り付けたボクシングジムを設けているのです。


「ある愛」(1977年)

「眠い朝海を見た」(2004年)

「ばら少女」(2005年)

「竹千代」(2006年)

ドーム型のアトリエを設けたのには理由がありました。太陽光を取り入れやすい構造であることと、負の世界遺産となった原爆ドームを意識していたのです。みやちさんの父が原爆投下直後、陸軍救援部隊として広島に入り被爆していたのです。被爆二世のみやちさんは1996年にヒロシマをテーマにした詩が米国国立図書館のコンテストで特別賞を受賞しています。

今回、私が興味を持ったのはソーラー版画という耳慣れない手法でした。版画といえば浮世絵の木版画を思い浮かべます。葛飾北斎や安藤広重の版画を多く見てきましたし、現在は川瀬巴水の木版画展の企画にも関わっているからです。また銅版画では浜田知明や山本容子の展覧会企画も担当してきました。

そもそもソーラー版画なるものは、フイルムに原画を描き、感光樹脂プレートに貼り付け紫外線にさらすのです。水洗い後に再び陽光で乾燥させて凹凸の原版を作り印刷する仕組みです。このため写真の活用に適していて、描画との合成なども自在です。確かに木版画の彫る手間が不要で、銅版画のエッチングなどと違って化学薬品も使わないため環境にも適合しています。

この技法は110数年ほど前にドイツで発明されたといいます。みやちさんはスペインの美術学校で油絵を学び、帰国後はデザイナーの仕事に従事していましたが、1991年に娘と渡米しました。1997年にカリフォルニア州立大学の版画教室に入学し、そこでソーラー版画の開発研究チームに参加することになったのです。

もともと絵画への素養があった上、版画の技術や素材の改良で新たなソーラー技法の創作に没頭し、現地のマルチメディア展で一席になるなど版画家としての実績を積んだのでした。「国技とも言うべき浮世絵の伝統のある日本に、ソーラー版画を広めたい」。娘が自立した2000年に、大きな夢を抱いて帰国したのです。

無人島でワークショップ

ソーラー版画に魅せられたみやちさんは、持ち前の行動力で、夢に向かって邁進したのです。自分の作品制作のためのドーム型アトリエを建設したのにとどまりません。普及のため地元の尾道小、中学校で版画の授業に乗り出したのです。その後、母校の大阪・池田中学校などでも実験授業をします。「絵が苦手な子供にも作る楽しさや自信が与えられます」と手ごたえを感じています。

さらに特筆すべきなのは2004年8月に続き、翌年の被爆60周年の節目に手づくりソーラー船で、島の小、中学生ら12人とともに無人島に渡り平和への祈りを込めソーラー版画のワークショップを催したのです。渡った島はNHK番組で有名になった通称「ひょっこりひょうたん島」(井上やすし原作)でした。子供らは折鶴や地球儀、家族の写真などで思い思いに平和への夢を託して多色摺りの作品を完成したそうです。

さらに2004年12月にはNPO法人ソーラー版画協会を創立しました。版画普及の仕事は一人では無理だと判断したためです。2006年に大阪でインストラクターコースを開設し、後進の指導に乗り出したのです。今年、二期生を募っています。


京都の個展で会場でのみやちさん(2006年12月)

この間も、みやちさんはボクシングのトレーニングを続け、『3R2分59秒の青』(澪標刊)と題した詩作の写真集も出版しています。その中には瀬戸田に移住しドーム完成までの独白を綴ったプロローグの文章があり、表題となった詩(抜粋)には、次のような文字が連ねられています。

ゴゴングは間もなく鳴る 
目を閉じてマウスピースを噛みしめ
息をゆっくり吐く
攻撃する筋肉と
正確な判断できる脳を支える
バネのきいた骨以外
なにもいらない(中略)
KOする瞬間だけをインプットする
瞳には乾いた砂浜が続いていて
青い海は引いてしまった(後略)


「手も出すし口も出す」(2004年)

「いちばん星」(2006年)

「京の春」(2006年)

あとがきに、元現代詩人会会長の長谷川龍生氏は「一人の少年の瞳孔の奥の彼方に、『青』の謎めいたイメージが幾重にもかさなり合って(中略)みやち治美さんの美意識を揺さぶっている。(中略)『青』は天の指図をうけて、彼女の中に棲みついている一人の少年を、エネルギーもろともに、みちびき出している」との一文を寄せています。孤軍奮闘してきたソーラー版画家みやちさんと、普及への情熱は、まさに見えない敵との闘いだったようです。

制作と普及、夢実現へなお挑戦

昨年末から新年1月9日まで、みやちさんの個展「新春のきらめき 浮世絵からソーラー版画へ」が、京都のギャラリーで開催されました。そのオープニングパーティーに出て、またまた驚かされました。会場にはみやちさんを支える多様な人たちが集い、日本舞踊があれば狂言や浄瑠璃、篠笛など披露がありました。多芸なみやちさんの人脈ならではと感心したのです。

さてソーラー版画の方は、シンボルとなっている「青」を基調にした作品がほとんどでした。しかしその「青」は単なる青色ではなく、「ミラクルブルー」と呼ばれる色調なのです。本人の言葉によると「世界中には色々な青があり、例えばトルコぶるーやペルシャンぶるーは、砂漠の白に合う青で、日本の青は偏西風に乗ってやってくる黄砂の混じった、島々の緑に合う青なのです」と言い、そのこだわりの「青」をインク業者が苦労して開発してくれたといいます。

作品には芸妓を描いたものや、人の顔・魚をモチーフにしたもの、抽象画のようなものもあって多彩です。会場の片隅にはインストラクター一期生の作品もあり、今後の展開に期待が持たれます。

3月末には大阪キタの茶屋町画廊で、「トスカナーの風 ソーラー版画展」を開催するといいます。その画廊を経営し、ソーラー版画協会理事でもある門坂章さんは「みやちさんの独特の個性に、初めブラックホールに引き込まれるのではないかと思っていましたが、今ではライトホールのような元気の力を与えていただいています」と挨拶されたのが印象的でした。

さらに8月には、第一回ソーラー版画の公募展を大阪・北浜のエル大阪で開く予定で着々と普及の広がりを進めています。「青き瀬戸の小島より」のタイトルのあるホームページのフロントページには「」東海道53次の広重、北斎の近江八景にちなんで、平成版『酒街道(西国街道)八景』をソーラー版画のワークショップなどで制作していきます。同時に日本の誇る版画の後継者の養成、育成をあわせて行います」書き込まれています。

これまでテレビや新聞に数多く取り上げられてきたのは、夢に向かって直進する行動力でした。「日本の国技である版画を復活し、ソーラー版画の魅力や可能性を追求し、現代アートの殿堂であるニューヨークのメトロポリタン美術館を若い日本の作品で満ち溢れさせたい」。みやちさんの壮大な夢実現のためには、なお挑戦は続くのです。


しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
第一章 いま問われる、真の豊かさ
第二章 「文化」のある風景と、未来への試み
第三章 夢実現のための「第二の人生」へ
第四章 「文化」は人が育み、人に宿る

本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、きめ細かい実地踏査にもとづいていくつも報告されている。それらはどれをとっても、さまざまな可能性を含む魅力ある「文化のある風景」である。
(宗教学者。山折哲雄さんの序文より)
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
新刊
第一章 展覧会とその舞台裏から
第二章 美術館に行ってみよう
第三章 アーティストの心意気と支える人たち
第四章 世界の美術館と世界遺産を訪ねて
 本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信・兵庫県立美術館長の序文より)
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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