地域と地方に視点 平山郁夫美術館

2007年1月5日号

白鳥正夫


平山画伯の故郷 瀬戸田港

「白い橋 因島大橋」(1999年)

尾道南小6年生の模写「白い橋 因島大橋」

新年最初のエッセイは、筆者が展覧会の開催に協力した「心の故郷を訪ねて 平山郁夫展」(兵庫県学校厚生会など主催)です。この企画準備で、画伯の生まれた広島県の生口島にある平山郁夫美術館を訪ねましたが、美術館には島の園児・小学生の作品が展示され、地域の商店街の軒先には海道を結ぶ尾道と今治両市の小学生らの作品が飾られていました。いずれも平山画伯や平山美術館が関わった催しです。所蔵品展の地方開催と合わせ、地域にも目配りした美術館運営を追ってみました。

正月を飾る加古川で初の展覧会

展覧会は1月2日から15日まで(会期中無休)、ヤマトヤシキ加古川店で開催されます。展示品は平山郁夫美術館が所蔵する画伯の初期の作品や、故郷をテーマに描いた数々の名作、近年の代表作など52点と、資料などです。加古川での平山展開催は初めてで、関係者らから期待が寄せられていました。

「シルクロードの画家」として知られる画伯の原風景と言うべき故郷の風景を描いた作品は、日本画家としての原点となりました。約60年におよぶ画業の中で、少年時代を過ごした瀬戸田の風景をこよなく愛し、数多くの作品を残してきました。中でも戦後の1945−1960年代と、1999年のしまなみ海道の開通に合わせての作品によって、時代の変遷をたどることができます。

平山画伯は『日本画のこころ』(1995年、講談社カルチャーブックス)に、次のような一文(抜粋)を寄せています。

少年時代の私は、山に登って四方に浮かぶ島々をながめているとき、この瀬戸内海の海ははるか大西洋へ、世界へとつながっているんだと想像しました。この海を見ながら、いつかはこの海の先に続く世界を見てみたいと夢をもっていたのです。日本画を描き始めて半世紀、画家という仕事を通して、シルクロードをはじめ世界各国を旅し、さまざまな人と出会うことができました。その夢が叶えられたことをたいへん幸せに、嬉しく思うのです。

今回出展の主な作品では、幅が5メートルを超す大作「天かける白い橋」(2000年)をはじめ、「燦・瀬戸内」(1997年)や生口島と愛媛県・大三島を結ぶ「天かける白い橋」(2000年)などしまなみ海道の魅力を描いた本画と、生家近くにある国宝の向上寺三重塔、瀬戸田港などの素描などがあります。


生家近くの向上寺三重塔

「向上寺三重塔」(1999年)

また本展には、画伯が初めて日本美術院展に出品し、落選した「家路」(1952年)が出品されますが、平山美術館以外で展示される機会はほとんどありません。私が美術館で初めて目にした大下図の『浅春』(1955年)も出品されます。生家近くの海岸で仕事をする人たちを描いていますが、色を施した本画では見られない線の魅力がよく分かる作品です。

今回の出品リストを作成した別府一道学芸員は「初期の作品と、シルクロードシリーズ以降の作品には、共通点がほとんどないように思われるかも知れないが、後年のシルクロードシリーズにも純粋な自然の美しさを切りとるような風景画がほとんどないように、平山郁夫の作品には、ごく少数の例外を除き、常に人あるいは人の営為、人の営為の痕跡が描かれていて、そこに単なる写生ではない歴史や文化、伝統までも描き込められた平山作品の特徴があるように思う」と指摘しています。

2005年に大阪の京阪守口店で開業20周年記念展として開いた展覧会とほぼ同じ構成です。画伯の実弟でもある平山助成館長は「館には年々数多くの人が訪れてくれていますが、今後は年に何度か出開帳として、地方にも出品し、お見せしたい」と話しています。平山郁夫美術館は1997年に開館して10年、新しい動きとして注目されます。

しまなみ海道を結んで写生大会

展覧会の打ち合わせで訪ねた11月中旬、瀬戸田港から美術館への道筋にある、しおまち商店街の軒先にイーゼルが置かれ、小学生3−6年生たちの絵が展示されていました。「しまなみ海道写生大会 2006」の入賞、入選作品でした。「絵を描く楽しさや自然の美しさを感じ、豊かな感性を育もう」と、海道を結ぶ尾道と今治の小学生を中心に、個人参加者を対象に実施されたということです。


「家路」(1952年)

「君が描くしまなみは… 海のキャンバス 光の絵筆」といった粋なキャッチフレーズでよびかけたそうです。海道地域の風景はもちろん風俗および建築物、史跡、さらには平山画伯が描いた「しまなみ海道五十三次」のスケッチポイントをテーマに一人1点を募ったといいます。44校から1710点の応募があり、優秀賞3点など61点が入賞し、116点が入選したのでした。

この試みには、平山美術館が関わり、館長が実行委員長となに事務局を美術館内に設けています。最終審査には平山画伯が当たりました。画伯は「自然の中に、美があります。美しい色やかたちは、自然が教えてくれます・よく観察することは、全ての学問の中心になることです。優秀賞に選んだ作品は、よく見るという基本ができていた作品です」との総評でした。

美術館で平山作品の鑑賞と模写

美術館が地域の活動に積極的に関わることは、子供たちの美術教育や鑑賞教育にも大いに役立つことです。そんな思いで館から話を伺っていると、写生大会と並び、「平山郁夫美術館 鑑賞・模写活動」の試みが行われました。


「瀬戸田曼荼羅」(1985年)

尾道南小3年生の模写「瀬戸田まんだら」

模写は島の尾道市立南小学校が2005年から取り組んでおり、全校生徒が半日かけて美術館で館長から話を聞いた後、作品を鑑賞し自分の好きな絵を決め思い思いに模写するという内容です。

村上良一校長の発案に美術館が全面協力し実現したものです。村上校長が「ヨーロッパの美術館で目にした光景がきっかけでした。画家をめざすタマゴの人たちが、有名なモナリザの微笑などの絵画を模写しているのを思い出し、美術館に申し入れたのでした」と話しています。


「仏教伝来」(エヌキース、1959年)

尾道南小4年生の模写「仏教伝来」

その趣旨は、単に平山作品を模写するだけでなく、瀬戸田が生んだ世界的に有名な画伯の生き方を知り、郷土の良さに気づかせ、郷土を愛する心を育て、さらには自分の生き方を考えさせる教育的なねらいが盛られています。

その実践活動の結果をまとめています。2006年分は集計中とのことでしたが、2005年時の児童らの感想文を紹介してみます。

・美術館で模写したことがあったけど、美術館へ行って画家の絵を模写したのは初めてだったのでいい経験になりました。(6年)
・自分の「これだ」という絵を見つけるのが大変でした。平山さんは、絵に立体感を出すのがうまいなぁと思いました。6年)
・瀬戸田の向上寺の三重の絵を模写しました。集中してやったので、短い時間でできました。一番むつかしかったのは、かわらをかくことです。(4年)
・ひらやまさんのえは、じょうずだったです。うちわとなわとびをかきました。いろんなのがありました。すごかったです。(1年)

学校では、事前と事後のアンケートも集計していますが、事前の「絵を見るのが好き」87パーセントから事後の「絵を見るのが楽しかった」が94パーセントに、また事前の「絵をかくのがすき」81パーセントから事後の「絵をかくのが楽しかった」95パーセントに増加しています。


しまなみ海道写生大会の表彰式(2006年11月、平山郁夫美術
館で)

平山助成館長は「兄は芸術家として、今後もいい作品を残していくと同時に、国際社会への文化による貢献を心がけています。また画家人生の出発点となった故郷で次代を担う子供たちへ役に立てることをとても喜んでいます」と、写生大会や模写活動を後押しする意向です。

「ぶんかなび」のサイトに投稿し始めて4度目の正月を迎えました。月に2度の更新は正直言ってハードでした。とりわけ海外に行く時には、事前に用意しなくてはなりません。しかしアートを取り巻く動きも多様で、当初心配した書くテーマに事欠かないからです。とりわけ「冬の時代」といわれている美術館も新たな模索を探っています。今年もアートを考える身近な話題などを紹介するように努力します。


しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
第一章 いま問われる、真の豊かさ
第二章 「文化」のある風景と、未来への試み
第三章 夢実現のための「第二の人生」へ
第四章 「文化」は人が育み、人に宿る

本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、きめ細かい実地踏査にもとづいていくつも報告されている。それらはどれをとっても、さまざまな可能性を含む魅力ある「文化のある風景」である。
(宗教学者。山折哲雄さんの序文より)
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
新刊
第一章 展覧会とその舞台裏から
第二章 美術館に行ってみよう
第三章 アーティストの心意気と支える人たち
第四章 世界の美術館と世界遺産を訪ねて
 本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信・兵庫県立美術館長の序文より)
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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