世界初、染色専門の美術館

2006年11月20日号

白鳥正夫


染・清流館 会場入口
※ 写真はいずれも清流館提供

伝統芸術の街、京都に今秋、ユニークな美術館が誕生しました。現代染色のみを展示した、国内どころか世界で初の「染・清流館」です。染色ゆかりの洛中・室町筋の京都芸術センターの北隣にあります。オープン前日の10月2日に訪ねました。館長は兵庫県立美術館名誉館長でもある木村重信さんで、「世界に冠たる京都の染色アートを世界に発信したい。ソメを世界語にしたい。さらには若手作家の育成につなげたい」と、意気込んでいました。

多種多様な現代染色の世界

京都の室町は、和装の老舗や卸問屋が数多く立地しています。「染・清流館」はその一角のビル6階にありました。エレベーターを降りると、「こちらで靴を脱いでください」との案内。なんと展示室はすべて畳の部屋です。広さは150畳敷きといいます。館内には外からの光を一切入れず、作品を傷める紫外線を90パーセント遮断しているとか。照明は最高50ルクスに調整されており、特殊な蛍光灯と拡散板を用い、太陽光のような自然な明るさを感じられるように工夫されています。


染・清流館 展示会場

開館記念展の第1弾は「現代染色の先達」と銘打っていました。型絵染の人間国宝だった稲垣稔次郎さんやロウ染めの草分けの小合友之助さん、そして京都染色界の重鎮・皆川月華さんや皆川泰蔵さん、佐野猛夫さんら、現代染色の先駆者の遺作30点が展示されていました。幾何学模様に現代アートを思わせる染色品もあり、多彩な技法を駆使した作品が並んでいて、正直言って先入観が変わりました。着物の添え役だった長い歴史から独立した芸術品として鑑賞できました。


京都・南禅寺の清流亭

清流亭での「花と染」2002年3月

「染・清流館」の名称は、南禅寺域に大正初年に築かれた山荘に宿泊した東郷平八郎元帥が「清流亭」と命名し、その後も文人墨客が訪れ、やがて美術工芸家にとって憧れのサロンになったことに由来するといいます。


小合友之助「青空」1954年

呉服商社の大松では、小澤淳二社長が「染色の本場・京都に美術館を」との夢を描き、平成元年の1991年から「染・清流展」を創設したのです。巨匠から中堅、新進気鋭の作家にも呼びかけてパネルによる新作を募集。最初の展覧会は京都市美術館で開かれ、着物や帯から解き放たれた現代染色に注目を浴びたのでした。

展覧会は京都だけでなく、東京の目黒区立美術館でも一時開催されました。木村館長はじめ運営委員会の関係者や出品作家から常設美術館の建設が望まれてきたのです。大松では、毎年開催してきた染色作品展で優秀作を買い上げており、コレクションは15年間で500点を超えたのです。こうした収蔵品の発表の場として、ようやく「染・清流館」開設の運びに漕ぎ着けたのでした。

収蔵作品は多種多様で、展示は当面、ロウ染めや型染めなど技術ごとのテーマを設けて展示していくという考えです。生地も絹をはじめ綿や和紙へと幅が広がっています。作風も樹木や人物、情景などを配した図柄から、大胆な構図や色使いをする抽象画までを網羅しています。


来野月乙「弦楽四重奏」

生地を染める独自の芸術作品

染色といえば華麗な着物を連想しておりました。10数年前、金沢に勤務していたこともあり、友禅のあでやかさを思い浮かべました。石川県立美術館で何度か鑑賞し、金沢の冬の風物詩である「友禅流し」を、犀川や浅野川で目にしていて、「清流」という言葉も、友禅につながっていました。

京都染色の第一人者であった皆川月華さんの作品は、古巣の朝日新聞企画部の整理棚から「卒寿記念 皆川月華展」の図録を見ていて、花鳥風月を描いた作品に魅了されたのを印象に残していました。

一般に「染め」は、着物に限らず様々な和装品を通じ、生活の中で身近なアートとして知られますが、こうした図案とは別に、絵画や陶芸などと同列のパネルによる作品をまとめて見る機会が少なかっただけに、「染・清流館」で認識を新たにしたのです。


兼先恵子「女の気紛れ」

渋谷和子「つぼみA」

喜多川七恵「車輪-a-」

絵画は麻や絹、紙などの上に絵の具を塗り描きますが、「染め」はその素材そのものを変化させた表現という点が特徴です。衣服にインクをこぼし、染まった失敗があります。縦や横に交差し織り上がった糸に液体が伝わっていくからです。それだけに織り上がったものに、絵柄を染める難しさを感じます。

染色作家は、絵画的な着想を形にするため、周到な防染剤を施しながら作品を仕上げていくといいます。様々な創意工夫で色を重ね「染め」独特の質感や濃淡の風合いを生むのです。

木村館長は「わが国では昔から『先染め』『後染め』という言葉が使われますが、欧米には19世紀末まで『後染め』がなく、従ってその言葉もありませんでした。織物をつくるために糸を染め『後染め』はあっても、無地の布に防染技法で模様を染める『後染め』作品は日本、中でも京都がほぼ独壇場なのです」と、説明されていました。

2月まで月替わりで記念展

開館に寄せて、隣接の京都芸術センターの千宗室館長は「若手作家を育成し、染色芸術の一層の発展を目指す拠点が室町に生まれたことは、さまざまなジャンルの芸術家を支援するセンターにとっても、志を同じくする隣人を得て心強い」との祝意を伝えています。

開館記念展は来年2月まで月替わりで5回シリーズ開催。11月の「臈纈(ろうけつ)染」に続いて、12月「型染」、来年1月には「染表現の多様性」です。そして締めくくりの2月の「未来を拓)く」では現代美術に果敢に挑む創作家たちの足跡をたどります。

その後は従来の「染・清流展」をビエンナーレ(隔年)形式で催すほか、新鋭作家を発掘する全国公募展も計画しています。会場は最大で7メートルの作品を展示できるように設計されています。「近年、欧米でも日本の影響をうけて、染色アートが興りましたが、それを示す言葉としてsurfcc designがつくられました。しかしこれはおかしいです。なぜなら、染色は単なる表面のデザインではなく、布や紙の内部まで染みる独自の芸術なのですから。不況下の染色業界を後押しするためにも、多くの人に見ていただきたい」。木村館長は繰り返し強調していました。

なお「染・清流館」の所在地は、京都市中京区室町通錦小路上ル山伏山町550−1の明倫ビル6階です。電話075−255−5301。毎週月曜日休館(祝日の場合は翌日で)入館料は大人300円、学生200円。


伊砂利彦「無機的表現による王朝」1997年

渋谷和子「開花」1995年

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
第一章 いま問われる、真の豊かさ
第二章 「文化」のある風景と、未来への試み
第三章 夢実現のための「第二の人生」へ
第四章 「文化」は人が育み、人に宿る

本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、きめ細かい実地踏査にもとづいていくつも報告されている。それらはどれをとっても、さまざまな可能性を含む魅力ある「文化のある風景」である。
(宗教学者。山折哲雄さんの序文より)
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
新刊
第一章 展覧会とその舞台裏から
第二章 美術館に行ってみよう
第三章 アーティストの心意気と支える人たち
第四章 世界の美術館と世界遺産を訪ねて
 本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信・兵庫県立美術館長の序文より)
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
「ぶんかなびで知った」といえば送料無料に!!
 

 

もどる