注目の新しい国立美術館

2006年9月20日号

白鳥正夫


上空から見た国立新美術館の威容(国立新美術館提供)

国立美術館としては5館目となる文字通り「国立新美術館」が東京都港区の六本木に新年1月オープンします。国内最大の約1万4000平方メートルの展示面積を誇る巨大な建物はすでに完成し、スタッフは開館準備に追われています。新美術館は既存館と異なり独自の収蔵品を持たず、国立初の貸し会場的な美術館となりますが、学芸員を置き自主企画の展示にも積極的に取り組むそうです。一方、2004年秋に大阪の都心に新築移転した「国立国際美術館」は今秋3年目に入り客層の開拓に積極的です。「親方日の丸」だった国立機関も独立行政法人として、そのあり方が厳しく問われる中、東西の国立美術館の今後の運営が注目されます。

六本木に最大の「国立新美術館」

国立新美術館は、地下鉄乃木坂5番出口を上がってすぐの所に立地しています。真夏の午後、新美術館をひと足早く見学しました。案内していただいたのは平井章一情報資料室長です。今春まで兵庫県立美術館学芸員として活躍され、朝日新聞企画部にいた筆者と神戸で新装開館記念展「美術の力」を取り組んだ思い出があります。新美術館には国立国際美術館学芸課長であった三木哲夫副館長や、広島市現代美術館学芸員時に「アジアの創造力」で共に仕事をした福永治学芸課長もいて、身近に感じました。


ガラスカーテンが波の様にうねる美術館の玄関外観(国立新美術館提供)

現在約1万2000平方メートで最大級の東京都現代美術館(台東区)が最寄りの地下鉄木場からバスに乗ってたどり着くのと比べ、新美術館は地下鉄六本木駅にも近く抜群の利便性です。さらに敷地内にさまざまな樹木を植栽し、周辺の青山公園や青山霊園などの緑地に溶け込む「森の中の美術館」として、すばらしい環境に恵まれています。

まず提供された資料などから概要を紹介します。黒川紀章さんの設計で、前面を覆うガラスカーテンウォールは、波のようにうねる曲線美を描く外観です。エントランスロビーのアトリウムは21メートル以上の天井高です。日射熱・紫外線をカットする省エネ設計でありながら、周囲の森と「共生する建築」をコンセプトにしています。

建物は地上4階、地下1階、敷地面積約3万平方メートル、延べ床面積約4万8000平方メートルの規模で、総工費は360億円を超したといいます。 肝心の展示室は1部屋当たり1000平方メートルが10室と2000平方メートルが2室あり、大型企画展が同時にいくつも開催できます。さらに約300人収容できる講堂や研修室、美術書や展覧会図録を閲覧できるアートライブラリー、国内外での展覧会情報を提供するアートコモンズなども完備するとのことです。


曲線美のエントランスホール

広く天井も高い展示室(国立新美術館提供)

憩いの場になる屋上庭園(国立新美術館提供)

学芸の部屋を出て迷路のような廊下を曲がり、まだ空洞の企画展示室に入って驚きました。天井は1階5メートル、2階8メートルの高さです。3階の講堂やライブラリーなどを回りロビーに出ると、すでにそこではモデルらしい人をカメラ撮影していました。今後ファッションショーなどに活用されるのではと思いました。このほか屋上庭園やレストラン、カフェ、ミュージアムショップなどの付属施設の充実も図られるとのことでした。

このほか地下1階には、トラックバースから荷受・作品整理を広い作業スペースがあり、作品の搬入・搬出を滞りなく出来るといいます。また免震装置による地震・安全対策、雨水の再利用や地下自然換気による省エネ・省資源対策、車いす仕様のエレベーターによるバリアフリーへの対応、さらには地下鉄乃木坂駅に直結する連絡通路など、様々な機能性を追求した施設づくりとなっています。

開館記念展は6000平方の展示

新美術館は1月21日に開幕しますが、記念展は「20世紀美術探検―アーティストたちの三つの冒険物語」で、6000平方メートルを使って展開するそうです。他の国立美術館のコレクションを核に内外の主要美術館から500点を超える展示になるとのことです。多種多様な20世紀美術をデザイン、工芸、建築などの分野にも広げ展示し、さらに内外で活躍の作家7人のインスタレーションも発表するといいます。

また開幕後の2月7日から朝日新聞社、テレビ朝日と共催して「異邦人(エトランジェ)たちのパリ 1900−2005」(仮称)も並行して開催します。フランスが誇る近現代美術の殿堂ポンピドー・センターの所蔵するパリで創作した20世紀初頭から現在までの外国人芸術家たちの作品、約200点を展示します。パブロ・ピカソの「トルコ帽の裸婦」やアメデオ・モディリアーニの「デディーの肖像」、マン・レイの「黒と白」、さらにマルク・シャガール、藤田嗣治らの名品も展示される予定です。

4月からは公募展も開始され、日展をはじめ一期会展、新制作展、土日会展などが新美術館への移行を決めています。文化庁はこれまで会場提供専門の東京都美術館の利用団体が年間延べ約240団体と“満杯”の状態だったことから、公募展示の需要はあるとして、年間約300万人の集客を見込んでいます。

初代館長には国立科学博物館長や宮内庁東宮大夫を歴任した林田英樹さんが就任しており、「国内最大級の展示スペースを生かし、展覧会の開催、美術に関する情報の収集・提供、教育普及活動を展開し、アートセンターとしての役割を果たしていきたい」と抱負を語っています。


竹をモチーフに斬新な設計の国立国際美術館外観
(以下の写真は国立国際美術館提供)

平井室長に今後の企画運営について伺うと「年間3本は自主企画をやる考えです。持ち込みの企画についても、共催者としての役割分担もありますが、新たな挑戦でやりがいがあります」と話していました。しかし学芸員は三木副館長を加えてもスタッフ8人(うち経験職の学芸員4人)で、かなりハードワークになることは間違いなさそうです。

当面、新聞社・テレビ局の大型企画展が目白押しで、これまでの東京都美や横浜美術館などからシフトすることになりそうです。六本木地区には森美術館が2003年秋にオープンしており、来春にはサントリー美術館も移築開館します。東京芸術大学を擁した上野地区とは性格の違った一大アート拠点になると思われます。

新美術館の構想はそもそも、日展などの美術団体から、作品出展数に比して展示できる面積の狭い東京都美への不満と、新たな展示スペースへの要望から設立された経緯があります。当初は会場提供専門のナショナル・ギャラリーとして学芸員も置かないことになっていました。その後の設立準備協議会の議論などを踏まえ現在のような形でのスタートとなったわけです。いずれにしても巨費を投じた新たな文化施設で、内外から人やモノ、情報が集まる国際都市、東京にふさわしい新しい文化の創造に寄与してほしいものです。

「国立国際」も客層拡大に躍起


「三つの個展」の展示風景

一方、新美術館の先輩格である大阪都心部の文化拠点となった国立国際美術館は、1970年の日本万国博覧会時に建設された万国博美術館を活用し、1977年に国内外の現代美術を中心とした作品を収集・保管・展示・調査研究などを目的として開館したのでした。

しかし建物は、竣工以来30余年で施設の不備や立地が不便なこともあり、大阪・中之島地区に、完全地下型の美術館として新築移転したのでした。開館記念展はピカソと並ぶ20世紀の巨匠「マルセル・デュシャン展と20世紀美術」で、当サイトの第26回に取り上げています。その後も国立国際美術館を会場にした「中国国宝展」や、「ゴッホ展」、「プーシキン美術館展」などでもそれぞれ紹介しております。

館では、こうした新聞社と共催の大型企画展の傍ら、館の特性である現代美術を地道に取り上げ、アーティストの育成に寄与しています。近年でも「もう一つの眼差し 鴫剛」展や「ヤノベケンジ」展などが印象に残っています。現在も彫刻的な陶芸作品を手がけアメリカで活躍する「金子潤」展を9月18日まで開催中です。同時開催の「三つの個展:伊藤存×今村源×須田悦弘」も、自由でユニークな空間を創出していて見ごたえたっぷりです。


2005年の「国立国際美術館の集い」。広いロビーで懇親パーティー

独立行政法人国立美術館が発足した2001年には、美術館をめぐる現代美術を真正面から捉えた「主題としての美術館」展を企画しています。欧米のアーティストが大半でしたが、個々の作品が美術館をテーマにし、全体として美術館のあり様を考えさせる企画でした。現代美術は知的で難しい一面、現代社会を風刺したり批評している要素も見逃せません。観客数が重視される美術館運営にあって、私たちが生きている現代に投げかけているテーマを追求するのも美術館の役割ではないでしょうか。とりわけ国立美術館にはその責務を感じます。

そうした願いに応えたのが、2005年に開催した「もの派―再考」です。「もの派」は石や木、紙や鉄板など「もの」を素材に単体や組み合わせなどによって非日常的な状態で示し、新しい表現世界を見出した作家たちのことを呼びますが、戦後日本美術の指標を提起したのでした。展覧会に力がこもっていましたが、期間中に国立国際美術館新築移築1周年記念として「野生の時代 再考―戦後日本美術史」を開催したのが注目されます。

国立国際美術館では独立行政法人となった年、「国立国際美術館の集い」を結成したのでした。それまでの関西作家の集いを発展的に解消し、作家だけでなく画廊やマスコミなど美術関係者の交流の場となるようにとの願いで、スタートしました。現在の会員数は600人といいます。


2006年の「国立国際美術館の集い」。懇談する4代目館長の木村重信さん(左端)ら

初代の館長である木村重信・兵庫県立美術館名誉館長の肝いりで、年2回、花見と月見を兼ねた憩いの場でもありました。筆者も第一回から参加し、これまで9回開かれた会合のうち欠席は2回だけです。関西を代表する現代美術の吉原英雄さんをはじめ元永定正さん、森口宏一さんらと懇談できるようになったのもこの会のお陰でした。

この集いも、発起人が高齢化し物故者もいるため見直しを進めています。若いアーティストやサポーターを増やしたいとの意向です。また館では展示場も開放し音楽アーティストのリサイタルを積極的に催しています。さらに企画展開催時の月数回、託児サービス(有料・予約制)も取り入れています。いずれも新しい客層の拡大が狙いです。

学芸課長の島敦彦さんは「現代美術を基調に多用なニーズに対応していく必要があります。新聞社と連携した企画展で動員を図る一方で、独自の企画も進めバランスを取った運営をめざしたい」と結んでいました。国立美術館といえども市民に親しまれてこそ存在意義があるといえるのではないでしょうか。


しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
第一章 いま問われる、真の豊かさ
第二章 「文化」のある風景と、未来への試み
第三章 夢実現のための「第二の人生」へ
第四章 「文化」は人が育み、人に宿る

本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、きめ細かい実地踏査にもとづいていくつも報告されている。それらはどれをとっても、さまざまな可能性を含む魅力ある「文化のある風景」である。
(宗教学者。山折哲雄さんの序文より)
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
新刊
第一章 展覧会とその舞台裏から
第二章 美術館に行ってみよう
第三章 アーティストの心意気と支える人たち
第四章 世界の美術館と世界遺産を訪ねて
 本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信・兵庫県立美術館長の序文より)
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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