「レチスマック」京都でデビュー公演

2006年9月5日号

白鳥正夫


箏プレイヤーの大谷祥子さん

仕事柄、美術に関わる日々ですが、真夏の奈良で暑さも忘れさせる心に響く音楽に出合いました。京都在住の箏(琴)演奏家の大谷祥子さんが主宰する「レチスマック」のコンサートです。箏曲を基調にヴァイオリン、ピアノ、パーカッションによる和洋のコラボレーションで、時に優しく、時に力強く聴く者の魂を揺さぶる新鮮な音色でした。いずれも新進気鋭の女性演奏家のグループです。関西初の本格的なデビュー公演を9月27日、京都コンサートホールにて開催されるのを機に取り上げました。

「心の旅」を表現した音楽世界

まず耳慣れない「レチスマック」の言葉ですが、「てっせん」の花の洋名クレマチスに由来するそうです。その花の日本有数の生産地である静岡クレマチスの丘での演奏活動を機縁に結成されたのでした。クレマチスをもじって「レチスマック」と名付けたということです。


「レチスマック」のアルバム「TRIP TO HEAVEN〜クレマチスの丘へ」

最初のアルバムは2004年にリリースされた「TRIP TO HEAVEN 〜クレマチスの丘へ」です。クレマチスの丘は富士山麓にあり、眼下に壮大なパノラマ風景が広がり、まるで天上界の印象だったようです。アルバムにはメンバーの作曲家である大曾根浩範さんが創作したオリジナル楽曲が収録されています。

「天空の彼方へ」から「魂が解き放たれるとき」「花の輪廻」などの曲が盛られていますが、曲名通り「心の旅」を表現した音の世界が広がります。この時の収録には作曲の大曾根さんのシンセサイザーが加わっています。和洋の異色楽器による演奏は、まさに天上界へ向かう期待感や高揚感に満ちていたのです。ネオクラシックへの大谷さんの新しい音楽世界が開花したのです。

大谷さんは宮城社師範であった祖母より琴の手ほどきを受け、幼少時から邦楽の道を歩んできたのでした。宮城会全国コンクール児童の部一位となるなどの素質に恵まれ東京藝術大学音楽学部邦楽科に進みます。これまでにNHK邦楽オーディションに合格、賢順記念コンクール一位になり、2001年には文化庁のインターシップ研修生に選ばれています。現在、砂崎知子、吉村七重両氏に師事しています。

大学卒業後は国内だけでなく海外などでも音楽活動を展開しています。とりわけ「レチスマック」活動を始めてからは、音楽イベントのコ―ディネイトを手がけ、東京芸術大学出身の演奏家たちと、これまでは東京を中心にジョイントコンサートを展開しきました。

瞬間の感動、音楽は生で聴くもの


ソロで演奏する大谷祥子さん(大阪の都ホテルのパーティー会場で)

大谷さんのことを知ったのは、万葉学者の中西進・京都市立芸術大学学長の紹介でした。2005年秋、旅先の横浜の携帯電話に「すばらしい琴の女性演奏家がいます。ぜひ応援をしたいので相談にのってほしい」と伝えられました。「中西進と21世紀を生きる会」として支援できればとの中西先生の意向で、会の発起人の一人であった私に声がかかったのでした。

京都で3人が会い、大谷さんからこれまでの演奏実績やこれからの活動について伺ったのでした。私は美術のことは少しかじっていますが、音楽のことは門外漢でした。帰り際、渡された一枚のCDが「TRIP TO HEAVEN」でした。

CDは聴いてみると、とても幻想的で音痴の私にも好感が持てたのでした。美術と音楽との違いは、時間と空間の領域だと思いました。作品が形として残る美術に比べ、音楽は演奏を聴く行為によって生じるものです。私は常々、映画はビデオではなくスクリーンで鑑賞するものと思っておりましたので、「レチスマック」も生演奏で聴きたいとの思いに駆られました。

私は15年前の朝日新聞金沢支局時代に、今年亡くなった岩城宏之さんが率いるアンサンブル金沢の活動に関わる機会がありました。何事にも意欲的な岩城さんの指導もあって、朝日新聞東京本社にある浜離宮ホールでの演奏実現に向け仲介の労を取ったのです。それがベートーヴェンやモーツアルトの全曲指揮につながったのでした。以後、アンサンブル金沢の関西公演には招待状が送られてきてクラシックを聴く機会も増えたのでした。

不思議なもので本社の企画部に移っても日本合唱連盟の世話役になったり、朝日放送シンフォニーホールともパイプが出来たりしたのでした。また音楽イベントに関わり、世界的な演奏家として知られる打楽器のツトム・ヤマシタさんとシンセサイザーの喜多郎さんの大がかりな野外ステージの公演に取り組んだこともあります。残念ながら喜多郎さんの公演はグラミー賞受賞後の限られた期間でスポンサーが集まらず断念したのでした。

ツトム・ヤマシタさんの演奏は1994年、大阪府下の近つ飛鳥博物館屋上の特設舞台で実施されました。夕暮れ時、会場周辺にたいまつの煙が漂いレーザー光線が交錯する中、シンセサイザーの音が次第に低くなり、ツトム・ヤマシタさんの打つサヌカイトの鋭い音が響き始めました。やがてライトアップされたステージでは、ツトム・ヤマシタさんがティンパニやドラム、民族楽器など約50の打楽器を駆け抜け、たたき、はじき、こするパフォマンスで、過去・現在・未来という時の架け橋を熱演したのでした。

「二度とないその時間、その場での瞬間こそが音楽の魅力。録音で再生されたものは、便宜的なものにすぎない」と、音楽はやはり生で聴くものだと実感したものでした。

優れた個々の演奏の融合が魅力


「レチスマック」メンバーとの競演(奈良の西大寺で)

奈良での演奏風景

話はすっかりわき道にそれましたが、大谷さんの生演奏を初めて耳にしたのが今年5月でした。この時はあるパーティーの席で、10分そこそこのソロでした。着物で13弦を弾く姿が通り相場なのに、ドレスで立って20弦の琴を奏でる姿は、日ごろ見かけないこともあって会場内は静まりかえりました。「なばりの三つ」と「月映え風立つ」の2曲を演奏しましたが、音色と音域の広さに酔ったのは私だけではなかったようです。後日、出席者の意向で、二つの演奏日程が組まれることになったのです。

その一件が、8月の奈良での演奏でした。この日は午前中に奈良テレビのエントランスコンサートがあり、大谷さんはじめ佐藤まどか(ヴァイオリン)、萬谷衣里(ピアノ)、大橋エリ(パーカッション)に和田惠(作曲)さんらも参加しての競演でした。ソロもいいが、それぞれの楽器が融合しての演奏も格別でした。このグループの特色は個々の演奏力が優れていることです。


演奏を終えくつろぐ大谷祥子さん(右)と萬谷衣里さん(奈良のカフェで)

美術も音楽も芸術ですが、優れた芸術を鑑賞する立場でいえば、美術は理性に反応してくるのに対し音楽は感性に呼応するだけあって、感動する度合いが大きいのでしょう。昔「もしもピアノが弾けたなら」といった歌がありましたが、何か楽器が演奏できたらと痛感することしきりでした。

「クラシックファンを納得させ、素人にも共感を」と強調する大谷さんは、ただ演奏が好きなだけでなく、音楽の持つ可能性を探る情熱家でもあります。ピアノの萬谷さんは奈良市の出身で、現在も東京芸術大学院で学んでいますが、第一回ルーマニア音楽コンクール第1位を獲得した実力派です。共に公式サイトを持ち、ブログでも音楽への熱い思いを語っています。
二人の公式サイトのアドレスは、大谷さんがhttp://www.shoko-otani.com 萬谷さんがhttp://ery.blog1.fc2.com/ です。

さて27日のコンサートは、「伝統音楽を未来へつなぐ会」が主催し、「中西進と21世紀を生きる会」が後援します。出演は奈良でのコンサートメンバーに加え、正派邦楽会師範の三宅礼子さん(琴)と宮内庁式部職楽部楽師の豊剛秋さん(笙)も賛助出演します。宮城道雄作曲の「水の変態」「瀬音」「観音様」、吉松隆作曲の「なばりの三つ」などの古典と、「レチスマック」の大曾根さんと和田さんの曲も披露することになっています。

演奏は京都コンサートホール小ホール午後7時開演(午後6時半開場)です。空席は残り少なくなっているそうですが、全席指定で前売り4000円(当日4500円)です。問い合わせ先はティアンドティアーツ(電話06−6865−2963)です。

「伝統音楽を未来へつなぐ会」の代表も務める大谷さんは、「豊かな精神文化の土壌である関西で、和洋楽器によるネオクラシックユニットを用い新たな音楽文化を創出したい」と張り切っています。


しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
第一章 いま問われる、真の豊かさ
第二章 「文化」のある風景と、未来への試み
第三章 夢実現のための「第二の人生」へ
第四章 「文化」は人が育み、人に宿る

本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、きめ細かい実地踏査にもとづいていくつも報告されている。それらはどれをとっても、さまざまな可能性を含む魅力ある「文化のある風景」である。
(宗教学者。山折哲雄さんの序文より)
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
新刊
第一章 展覧会とその舞台裏から
第二章 美術館に行ってみよう
第三章 アーティストの心意気と支える人たち
第四章 世界の美術館と世界遺産を訪ねて
 本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信・兵庫県立美術館長の序文より)
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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