洋画界の重鎮、芝田米三さんを悼む

2006年7月20日号

白鳥正夫


遺影の下には、モーツァルトの画布も掲げられた祭壇

約700人の弔問者が献花をささげた偲ぶ会

「大地自然が力強く緑を謳歌する季節となりました。この美しい季 5月15日に芝田米三(米造)が自宅アトリエにて家族に見守られつつ静かに永遠の眠りにつきました……」。こんな文面で始まる故人を偲ぶ会の案内が届きました。洋画界の重鎮で金沢美術工芸大学教授を長らく務めていた芝田さんは、胃がんのため京都市左京区松ケ崎西山の自宅で死去しました。享年79。葬儀・告別式は18日に近親者で営まれましたが、偲ぶ会は6月30日に開かれました。妻藤子を喪主に独立美術協会京都会が世話人となり、約700人が参列し、生前の功績を偲びました。

偲ぶ会にレクイエムの弦楽演奏

芝田さんは1926年、京都市中京区生まれです。洋画家で兄の芝田耕さんの影響で絵を描き始めます。戦後、独立美術京都研究所で故須田国太郎画伯に師事し、1958年から独立美術協会会員として独立展などで活躍します。1950年代から60年代にかけて抽象画に向かう傾向の強かった洋画壇にあって具象画一筋を貫いてきました。

また60年代後半から欧州、中南米を毎年のように旅行し、各地で出会った人々の喜びや悲しみを描きました。日伯美術連盟評議員としてブラジルとの美術交流にも寄与し、1982年にリオディジャネイロ名誉市民となります。1989年には京都府文化賞も受賞、1994年には日本芸術院会員に推挙されています。さらに1999年には勲三瑞宝章を受け、洋画界の第一人者に数えられているのです。

早くから作品が評価され24歳での独立賞受賞後、37歳に描いた「樹下群馬」で洋画界の芥川賞といわれる第七回安井賞、68歳の年にリストやブラームスを描いた「楽聖讃歌」で日本芸術院賞を受賞しています。リアリスティックな画風の中に幻想と優美さを織り交ぜる独特な具象絵画で知られていました。


会場には弦楽四重奏のレクイエムの演奏が流された

偲ぶ会はJR京都駅のホテルグランヴィア京都で開かれました。友人代表の洋画家・奥谷博さんが「作品は優しさの中に凛とした力強さを感じさせました。ライフワークとなった音楽連作で独自の世界を築かれました」と弔辞を読み上げていました。また藤子夫人は「79歳で死ぬまで絵筆を握っておりました。どうか芝田の画家魂を思い出してくださるように」と声を詰まらせていました。

音楽を愛し、モーツァルトやベートーヴェンはじめマーラーやヴィェルディら作曲家シリーズなど音楽をモチーフとした作品を数多く発表した画家だっただけに、開会と献花時に弦楽四重奏(ヴァイオリン2・ヴィオラ・チェロによるモーツァルトのレクイエム「ラクリモーザ」が演奏されていました。

芝田さんの音楽好きについて、親交の深かった元京都国立近代美術館館長の富山秀男さんは追悼文で「第二次大戦下の少年時代に陸軍戸山学校の軍楽隊試験を受け合格したほどです。実際は入隊前に終戦となり、絵描きに転向したほどです。欧州旅行中は音楽家の故郷を訪ね、肉筆楽譜の収集に没頭していました」と、エピソードを紹介し、宿命的な音楽との出合いを書かれています。

幻となった喜寿記念の企画展


「帽子をかぶった自画像」1942年

私が芝田作品に接したのは1993年に京都国立近代美術館で開催された「創立30周年記念展 近代の美術」や、京都市美術館開館60周年記念展でした。その後も1997年の「不滅の楽譜を讃える―芝田米三展」などを通じ、生命感あふれる女性表現が印象に残りました。

2001年正月、京都の美術館関係者の紹介で芝田邸を訪ねる機会を得ました。ロマンスグレーの豊かな髪とひげ、まさに芸術家らしい風貌ながら温顔、そして物静かな口調に魅かれるものがありました。当時、朝日新聞社で展覧会企画の仕事に従事していたこともあって、自宅を3度訪ね、企画案を作成したのでした。

「喜寿記念 芝田米三展」は、楽聖シリーズの完遂を踏まえ、喜寿となる2003年に開催予定でした。しかし会場との折衝が不調で幻の企画となりました。展覧会では、安井賞の「樹下群馬」や日本芸術院賞の「楽聖讃歌」などの代表作をはじめ生命・世界の民族・楽聖らを讃える作品80点を集大成する計画でした。


さらに芝田さんとの打ち合わせで、先生から「ウィーン・オペラ座付属図書館より、インスピレーションの基になった楽聖たちの自筆楽譜を借用し合わせて展示できればいいのですが」との希望もお聞きしていました。また会場内では、クラシックのBGMを流したりアンサンブルコンサートを催すプランも持ち上がっていました。


「春夏秋冬」1976年

「永遠の友への讃歌」

展覧会企画が不調に終わった報告で2002年夏、お訪ねした時のことが忘れません。「残念ですが、お力添えいただきありがとう」と、あの柔和な表情で対応されたのには恐縮したのでした。「いつか実現したい」と思い、今春、再び打診をしていた最中の訃報でした。今となっては不本意ながら遺作展になりますが、なおリベンジしたい気持ちを抱いているのです。


「出合いの楽譜」

この展覧会企画が不調に終わったのは、日本画に比べ洋画では観客が見込めない背景があります。すでに物故者となった黒田清輝や梅原龍三郎、佐伯祐三や宮本三郎ら大家の作品展は繰り返し開催されていますが、現存作家となると、二科展や独立展、国画会、両洋の眼展などグループ展への出品はともかく、文化催事としての個展は極めて難しいのです。

洋画家といえば、今春の芸術選奨文部科学大臣賞に選ばれた和田義彦氏の盗作騒ぎが思い起こされます。作品多数がイタリア人画家アルベルト・スギ氏の絵画に酷似していた問題で、文部科学省は文化庁の芸術選奨美術部門・臨時選考審査会の「和田氏の作品は盗作と認めざるを得ない」という判断を受け、授賞取り消しを決めたのでした。

一方、和田氏はスギ氏とは違う技法で描いていることや質感が異なることを理由に「断じて盗作ではない」と、一貫して疑惑を否定しています。しかし私たちが絵画を鑑賞するとき、大きな要素は構図です。作品タイトルやコメントにその出所を明記しておらず、これでは「盗作」と言われてもやむをえないでしょう。

音楽をテーマにした独自画風


「喝采」

「命の泉讃歌」

盗作騒動を通じ、作家の生命はやはりオリジナリティーだと痛感しました。芝田さんと同じ京都出身の洋画家で具象から抽象へ、さらに具象へと変化した今井俊満の作品にも驚かされましたが、頑なまでに具象の美を追求した芝田さんのオリジナリティーにも定評があります。

円山四条派など、日本画の画風を受け継ぎ京都画壇を確立した京都では、洋画界も安井曽太郎や梅原龍三郎を生みました。安井賞に輝いた芝田さんは日本的な美感覚、とりわけ京都の原風景を反映させた独自の世界を築いたのです。約4年にわたった『婦人公論』の表紙絵は、毎号平明な女性像が同誌の顔となったのです。


「虫達の楽園」

1980年に夫人と旅した東欧のプラハで生の楽譜に初めて触れたのです。モーツァルトやバッハの楽譜は整然と書き込まれていたのに比べベートーヴェンの楽は乱雑で、コーヒーのしずくもこぼれていたといいます。作譜の苦悩をのぞき見した思い出感動したそうです。

1991年に再び東欧を訪ね歩き、同時代を生きたドボルザーク、リスト、ブラームスの3人の深い人間愛をモチーフに翌年、あの名作「楽聖賛歌」を描き上げたのです。これがライフワークとなり、音楽家ゆかりの街を舞台にした作曲家や楽譜、街並み、エンジェルなどで構成する連作を発表してきたのでした。

亡くなる前に、本人の希望で自宅に戻りアトリエに腰をおろしたといいます。今年生誕250年のモーツァルトや成人式を迎えた孫の描いた画布が未完成のまま遺されました。

『芝田米三画集』(求龍堂)に寄せた芝田さんの言葉を引用し、在りし日を偲び、その惜しまれる死を悼みたいと思います。

 どの街角を歩いていても、甘い金木犀の香がただよい、季節を感じる。晴れた空にはトンボが飛びかい、実りの訪れを告げる。喜びの季節でもある。アトリエで秋の大作に取り組み、日夜の見境も無い脳裏に、ふと人心地がつき自然の変化は安らぎを与えて呉れる。また私の出品作も、その頃ようやく、完成に近づく。
 毎年こんな繰り返しをもう何年も続けているが、そのつど不思議に新鮮な感激を味わっている。
 人の世界も自然の世界も、その平凡な営みに生命の仕組みの尊さがある。遠い幼い日に感じた懐かしい率直な喜びや、いつしか忘れるともなく見向きもしなかった事など、大切な素朴な心の余裕を、自然の中からいぶく生命の小さな発見に喜びを見付けて行きたく思い、実り唄を画面に口ずさむ。




しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
第一章 いま問われる、真の豊かさ
第二章 「文化」のある風景と、未来への試み
第三章 夢実現のための「第二の人生」へ
第四章 「文化」は人が育み、人に宿る

本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、きめ細かい実地踏査にもとづいていくつも報告されている。それらはどれをとっても、さまざまな可能性を含む魅力ある「文化のある風景」である。
(宗教学者。山折哲雄さんの序文より)
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
新刊
第一章 展覧会とその舞台裏から
第二章 美術館に行ってみよう
第三章 アーティストの心意気と支える人たち
第四章 世界の美術館と世界遺産を訪ねて
 本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信・兵庫県立美術館長の序文より)
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
「ぶんかなびで知った」といえば送料無料に!!
 

 

もどる