「共に生きる」の自覚を

2006年7月5日号

白鳥正夫


「共に生きる」をテーマにした中山恭子さんと筆者の対談
(2006年6月、新居浜で 田尾忠士さん撮影)

「平和の世紀」と期待された21世紀に入っても、イラクをはじめ戦火が絶えず、根深い宗教対立が続き、地球環境の汚染も深刻さを増しています。私たちは今や国際情勢と無縁に生きることはできません。しかし近隣アジア各国との外交は「靖国」問題などで行き詰まったままです。

21世紀を、国境や政治の壁、宗教の違いを超えた地球市民の時代にしなくてはなりません。そうした時代のキーワードは「共生」であり、その理念を追求することではないでしょうか。真に成熟した社会へ、私たち一人ひとりも、地球規模での「共生」を模索する時代だと思います。

このほど中山恭子・元内閣官房参与と「共に生きる」をテーマに対談する機会を得ましたた。拉致問題を抱える北朝鮮を中心に、大使を務められたウズベキスタン共和国などとの国際交流について報告します。(文中敬称略)

北朝鮮の拉致は、政府の問題


中山恭子さん

――21世紀に入って何年も経つのに、なかなか平和な時代になりません。しかし自分たちにはどうすることもできないというのではなく、個人は地域や国、アジア、世界と関わり合って生きているということを深く心にしたいと思います。

中山 21世紀を広い視野で、友好の世紀というとらえ方をしたいものです。かつて日本には、中国、半島などを通って世界中の文化が入ってきて、文化の基盤を創り上げてきました。明治以降は欧米文化も取り込んで、日本的に変えていったわけです。しかし伝統を大切に寛容と進取の精神を備えた日本の文化というものを、国際社会にどれほど発信しているのでしょうか。

日本の文化は、質の高い文化だと思います。その文化を国際的に有効に使うことが出来ないでしょうか。国際社会において、日本は文化を通して貢献する時期に来ているのではないか、と考えます。

――日本は古代から海外の文化を取り入れながら独自の文化を育ててきました。これからは国際社会への貢献が期待されますが、近隣諸国との関係はぎくしゃくしています。とりわけ北朝鮮の問題は、目が離せない状況です。中山さんは、拉致家族が帰ってきた時に、中心的役割を担いました。今だから話せるというようなお話を是非、お聞きしたいと思います。


北朝鮮へ拉致被害者を迎えに行って、キム・へギョンさん 
に横田早紀江さんの著書を手渡す中山恭子さん
(2002年10月15日、平壌空港ビルで 中山さん提供)

中山 拉致問題をどうとらえるかということは、政府の中にもいろいろな意見がありました。北朝鮮との交渉をめぐって政策的な違いも論議されました。しかしこれは犯罪行為です。5人の方が日本に帰ってきた時に、自分で北朝鮮に戻るかどうか判断するのではなく、日本として拉致問題をどうするのか、政府が決断しなければならない問題だ、と申し上げました。そこで、5人の意思にかかわらず、政府が日本に留める、という方針を決定したのです。

国の役割、そして国民も関心を

――その後の拉致問題で、曽我ひとみさんがジェンキンスさんと再会し、この時も瀬戸際の決断があったのではないでしょうか。

中山 ひとみさんには、ご自分以外にお母さんの問題がありました。北朝鮮にいる時は、日本で元気で生活しているものと思われていました。お母さんも拉致されて行方が分からないということは、日本に戻る時に聞かされたのです。

家族との生活を願うひとみさんは「北朝鮮で幸せになることはあり得ない。何としても娘2人を命に代えても日本に取り戻したい」という強い思いがありました。そのためには、ジェンキンスさんの気持ちが動かなければ、娘さんだけが日本に来ると言うことはありません。ひとみさんは、ジェンキンスさんを北朝鮮から出そうと強く思っておいででした。

チャーター機を使いジャカルタのホテルで再会したことについても、特別扱いではないか、という意見もありましたが、「ああでもしなければ、北朝鮮と切り離し、ご家族を日本に取り戻すことは絶対に出来なかっただろう」と今でも思っています。

チャーター便でも、北朝鮮の監視員が必ず側についていました。そこで、日本側がジェンキンスさんら3人を取り囲んで、飛行機のタラップから降ろし、そのまま日本人だけのバスに乗せた瞬間に、初めて北朝鮮側と物理的に切り離すことが出来たのです。

ひとみさんがジェンキンスさんを抱きしめた映像を覚えておいでですか。彼女は派手な行動をする方ではありません。私も驚きましたが、何としてもジェンキンスさんに「日本に行く」ということを言わせなければならなかったのです。北朝鮮では、人前で抱擁をすることは禁止されているそうです。あのような行動をすることで、「ここは北朝鮮ではないのよ、大丈夫よ、決して北朝鮮には戻らないのよ」ということを伝えたのではないかと、私は思いました。必死な時というのは、女性は強いのです。


「めぐみちゃんと家族のメッセージ 横田滋写真展」の会場で(2006年5月、横浜で 佐々木章さん撮影)

――家族とか国ということは、日頃日常ではあまり感じていないものですが。あの抱擁シーンを通して、深いものを感じました。

中山 拉致問題は、国家のあり方や役割というものを考えさせられるものです。被害者・家族だけでなく日本人一人ひとりに関わる問題です。日本人すべてが全面解決をと、叫び続けることが重要です。そして国際的な広がりで解決への道を探ることです。

――北朝鮮の拉致に関わる前に、中央アジアで大使をなさっていた時にも、拉致の問題にあいましたね。

中山 キルギスタン共和国で反政府の武装勢力に日本人技師が拉致された事件がございます。海外で日本人が被害にあった時、救出のために頼りになるのは、日本本国しかないのです。国が国民を守らなければ、他に守ってもらえません。息の長い交渉で救出することができました。そういう経験をしておりましたので、北朝鮮に拉致され身の危険に脅かされている人々については、日本の国が自分のこととして救出に当たらなければいけない、と考えておりました。


ウズベキスタンの日本人墓地で手を合わす中山恭子さん(2000年、タシケントで 中山さん提供)

――「共に生きる」といっても、北朝鮮のような国家体制だと、難しさを実感します。私は昨年9月、高句麗の遺跡調査を目的に北朝鮮へ行ってまいりました。案内してもらったガイドは国家機関につながる人だったのでしょうが、拉致についても話すことができました。彼らは抗日時代のことを訴え、韓国との祖国統一を望んでいました。しかし「日本人に来て欲しい」と呼びかけていました。

高松塚やキトラ壁画のルーツとも言われている高句麗壁画や、北朝鮮で二番目の世界遺産の候補に上っている開城(ケソン)まで足を延ばすことができました。約33平方キロもの大規模な遺構を巡るとき、そこに花開いた華麗な文化を想像しました。拉致や核開発問題で国交回復もできない北朝鮮の知られざる世界に驚きました。今後、地道ながらも人の往来や文化の交流が進めば、両国民の共生への芽生えも期待できると思いました。

ウズベキスタン日本人墓地に桜


ウズベキスタンの織物工場中山恭子さん

――中山さんが1999年から3年間大使をなさったウズベキスタンについてもお聞かせください。日本ではあまり知られていない国ですが、私は5度訪ねています。美しい国で、文化も豊かですね。

中山 日本人にそっくりな人々が暮らしていて、日本人を大変尊敬しています。1945年頃、シベリアに抑留されていた日本人がこの地域に強制的に連れてこられて、重労働をさせられます。ところが日本人の仕事のやり方や生活ぶりに大変感銘を受けています。物を作るのが上手で、規律正しい人たちとの好印象を持っています。

――抑留された日本人が建設したというナボイ劇場を見ました。


ブハラの道路わきで売られていた子羊の毛皮の帽子を被る中山恭子さん(中山さん提供)

中山 劇場の左の壁に「1945年から1946年にかけて、極東から強制移送された、数百名の日本国民が、このアリシェル・ナボイ劇場の建設に参加し、その完成に貢献した」と彫られたプレートがはめ込まれています。以前は、「日本人捕虜が」と書かれていたそうですが、今の大統領が独立してすぐに、「日本国民」と書き換えたそうです。ウズベクは、日本と戦争をしたことはなく、日本人を捕虜にしたことはないという信念に基づくものだそうです。

そして、1966年タシュケントを大きな地震がおそいましたが、建物はほとんど壊れましたが、日本人が造ったナボイ劇場はびくともしない。今でも日本人の仕事ぶり、誠実さが語り継がれています。それぞれの土地に日本人が建てた物、造った道路、水力発電の施設、石炭の採掘場なども残されております。ウズベク中どこへ行っても、日本人はいい人だ、自分たちの友達だと語られます。

――その劇場で日本のオペラ「夕鶴」が上演されましたね。

中山 とても感動的な上演でした。現地の子どもたちも子役で登場し、すばらしい文化交流になりました。こうした試みが継続的に続けられるといいですね。

――その意味では、私がタシケントに訪ねたとき、日本の桜の苗木が植えられているという話を聞きました。これも日本との交流を進めていく上でとても良い試みですね。


アフガニスタンとの国境にあるテルメズの人々に囲まれる中山成彬・恭子さん夫妻(2001年11月、 中山さん提供)

中山 多くの日本人が収容所にいて亡くなり、共同墓地に葬られました。ウズベキスタンの人たちは、日本人が眠っていると言うことで、お墓を守ってくれています。その墓に日本的な物をと思い、すべての墓地に桜を植えました。それをきっかけに、タシケントの中央公園に27種類の桜600本植えました。今年の春に訪ねましたら、400本くらいが育っておりました。10年後には、お花見が出来るのではないかと思います。

――世界各地には素晴らしい文化があります。これからの時代は、自分の国のためというだけではなく、地球市民の立場で守り育ててほしいと思います。一人の意識でも結集されれば大きな力になってゆくのです。


ウズベキスタンの結婚式では、出席者の大人も子どもも音楽に合わせて踊り出す。中山恭子さんも踊りの輪に(2002年春、タシケントで 中山さん提供)

今年3月には、世界遺産のアンコール遺跡(カンボジア)とハロン湾(ベトナム)に行って来ました。アンコール遺跡では人造物と自然が、ハロン湾では人間と自然が共生しておりました。なぜ人間同士が共生できないのかを痛感したのでした。

中山 ウズベキスタンでは、ロシア人やユダヤ人、韓国人ら多民族一緒に住んでいました。日本というのは、世界の顔が集まる国だと思います。国際的には、世界のあちらこちらでなお悲惨な状況があります。豊かになった日本が国際社会の中で、文化を通じ国際貢献を果たし、日本の文化を世界に発信していくことが出来たらと思います。国がというより、一人ひとりが「共に生きている」ということを自覚し、それぞれの生活を通して、国際社会に生かせる何かを考えることが大切です。

 




しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
第一章 いま問われる、真の豊かさ
第二章 「文化」のある風景と、未来への試み
第三章 夢実現のための「第二の人生」へ
第四章 「文化」は人が育み、人に宿る

本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、きめ細かい実地踏査にもとづいていくつも報告されている。それらはどれをとっても、さまざまな可能性を含む魅力ある「文化のある風景」である。
(宗教学者。山折哲雄さんの序文より)
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
新刊
第一章 展覧会とその舞台裏から
第二章 美術館に行ってみよう
第三章 アーティストの心意気と支える人たち
第四章 世界の美術館と世界遺産を訪ねて
 本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信・兵庫県立美術館長の序文より)
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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