美術館の運営を考える 西宮市大谷記念美術館の場合

2006年2月20日号

白鳥正夫


閑静な住宅地の邸宅を思わせる西宮市大谷記念美術館

立春が過ぎたのですが、全国的に寒い日が続いています。そうした季節の話より深刻なのが公立美術館の運営です。ここ四、五年前からこちらも全国的に「美術館、冬の時代」といわれていますが、なかなか春の気配が見えません。2003年秋に表面化した芦屋市立美術博物館の休館・民間委託問題は、なお解決の糸口は見えない中、西宮市大谷記念美術館も補助金の削減に直面しています。他都市でも指定管理者制度の導入で活路を見出そうという動きも強まっています。しかし美術館を存続させるには、市民をはじめ広く鑑賞者が、その活動を理解し活用することが原点でもあります。名門の西宮市大谷記念美術館にスポットをあて、その運営状況を紹介します。

梅原龍三郎や大観の名作所蔵


くつろげる回遊式の和風庭園

西宮市大谷記念美術館は元昭和電極社長の故大谷竹次郎氏より邸宅と美術品の寄贈を受けて、1972年に財団法人の運営で開館しました。梅原龍三郎や横山大観をはじめ、日本とフランスの近現代絵画などの名作コレクションで有名です。ロビーの広い窓から見渡せる和風庭園も回遊式で開放されています。

私がこの美術館を初めて訪れたのは1980年代初頭だったと思います。その頃、新聞社の整理部に席を置いていました。新聞記事の価値判断をして見出しを付ける役どころでした。政治をはじめ経済、社会、文化などあらゆる記事を読むため幅広く知識を蓄えておかなければなりません。ストレスのたまる職場で、よく美術館めぐりをしました。何より気分転換になりました。

夙川の桜並木の木陰で読書をし、西宮市大谷記念美術館は定番コースでした。その頃、第一展示室は、ほとんど旧宅のままで、畳の座敷の周囲に展示ケースを置いていました。風情のある展示室をめぐり、新館に移ります。こちらは1977年にオープンしていて、2階建ての近代的なインテリアをほどこしていました。


上村松園の「秋の粧」

当時、大阪の南港に住んでいましたが、約2時間かけてよく通ったものです。当初は、大観の「若葉」や(1914年)や上村松園の「秋の粧」、(1936年)「螢」(1943年)、梅原龍三郎の「霧島(栄ノ尾)」(1938年)、小磯良平の「ギターを弾く男」(1974年)など日本の画家の代表作に見とれました。

さらには、ルオーの「サーカスの少女」(1938−39年頃)やロ−ランサンの「青衣の美少女」(1934年)、クールベの「眠る草刈り女」(1945−49年頃)、ビュッフエの「ムーズ川の水門」(1962年)などの作品は、何度見ても味わいがありました。

私が1989年から1993年まで鳥取と金沢に転任していましたが、その間の1991年に増改築し、大阪に帰任するとすっかりリニューアルされていました。残念ながらあの「屋敷美術館」の趣は無くなっていました。でも広い庭園は魅力でした。

ところが、1995年に起きた阪神淡路大震災で館内の壁が落下し、床に亀裂の被害を受けました。私は地震から半月後、歩いて神戸まで調査に出向きましたが、阪神高速道路が随所で陥落していました。美術館の建物は避難所として活用されていました。それから1年、休館の憂き目に見舞われたのでした。


梅原龍三郎の「霧島(栄ノ尾)」

再開はちょうど1年後の1月17日でした。最初の企画展は地震で不慮の死を遂げた「津高和一[追悼]展」でした。津高芸術は兵庫県立近代美術館で何点か目にしていましたが、初期から遺作の約40点を感慨深く見ました。具象から抽象への表現が印象的でした。画家になる前から詩人であったことも驚きでした。

原野を疾駆(はし)り
鬱々樹木どもの静謐にあきたらず
身をもって断崖に身をおどらす
野獣がある
『神戸詩人』第三冊(1937年)所収の短詩「火」から

26回目を迎える絵本原画展

1996年からしばしば美術館の門をくくることになります。私が手がけた「アプリケ芸術50年 宮脇綾子遺作展」の監修を川辺雅美・主任学芸員(現学芸課長)に引き受けていただいたためです。展覧会は1997年4月から1年余に15会場で巡回開催され、その都度、展示指導などで世話になりました。


クールベの「眠る草刈り女」

この間、いくつかの企画展を見せていただきましたが、注目されることは、約5―6回の特別企画展をはじめ年間を通じ自主企画を貫いていることです。他の公立美術館が新聞社や企画会社の持ち込み企画を取り入れている中、地道に独自活動を続けているのです。川辺学芸課長は「館の特性を生かした展示を考えると、自分たちで企画を進めるのが最適です」と話しています。

その中で、毎年夏開催で恒例になったのが「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」です。ボローニャ市で国際児童図書展(見本市)が開催されます。そのイベントの一つとしてイラストレータズコンクール展があり、規定のサイズで5枚一組にして応募できます。新人のイラストレーターの登竜門でもあり、多くの日本人がイラストレーターや絵本作家をめざして出品するそうです。

「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」はこの展覧会を1978年から誘致したものです。地震や美術館のリニューアルで3回開催できませんでしたが、今年26回目を迎えることになります。2001年から3万人を超す入場者があり定着しています。


親子連れも目立つ「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」の会場

絵本展と並んで、目玉企画になっているのが、1日だけの展覧会「美術館の遠足」です。1997年から1年に1日だけ、10年間開催するユニークな展覧会で、サウンドアーティストの藤本由紀夫さんの芸術活動を紹介しています。

展示室だけではなく、普段入ることの出来ない場所などに作品を展示し、鑑賞者が作品を探し出す試みもあります。さらに作品に触れて音を楽しんだり、手でさわって感じたり、鑑賞者が一体になって楽しめる展覧会です。

例えば枯れ葉が一面に敷き詰めてありその上を歩くと、踏みしめる音や感触や臭いまで感じとることができます。椅子に座って両耳に長い筒をあてて周辺の音を楽しむと、不思議な世界に引き込まれます。


枯れ葉をの玄関を踏みしめて入館する観客。藤本由紀夫さんの「美術館の遠足」

かつて私が担当した展覧会に「山本容子の美術遊園地」というタイトルを付けましたが、「美術館の遠足」も親しみの持てるネーミングです。一般には難解な現代美術ですが、大人から子供まで1日2000人近い入館者でにぎわっています。今年は5月27日に開かれますが、10回目となり、ピリオドを打ちます。

新年度はパリの風景を愛し、2003年に亡くなった「西村功展」(4月15日―5月21日)や、神戸出身で国際的に活躍する彫刻とドローイングの「植松奎二展」(6月10日―7月30日)などを開催する予定です。

公共財としての意識こそ大切

名作コレクションを誇り、現代美術に取り組む西宮市大谷記念美術館ですが、ご他聞にもれず、運営のための財政事情は悪化しています。今年1月には、ある中央紙が「阪神大震災以降の財政難… レッドカード」の見出しで、存廃論議が巻き起こっている、とセンセーショナルに報じました。運営費の75%を市の補助金に頼る慢性的な赤字体質に、市の第三者評価委員会が補助金廃止の「レッドカード」を突きつけたという内容です。


庭園の見えるロビーでのコンサート

西宮の場合、年間運営費約2億円のうち、事業収入は約5000万円で、残りは補助金でまかなっています。しかし人件費に約5000万円、建物・庭の管理や作品の保存・修復などの管理費に約8000万円かかっているといいます。他館と比べても、むしろ運営努力を評価できるのですが、地震が直撃した市の財政難は深刻なのです。

一方、入館者の方は、2005年に3万5000人を超えた「絵本絵画展」が寄与し、2001年以降増え続け、2005年は初の9万人台を超える見通しとなっています。市も市民の芸術文化の向上や文化行政に必要な施設だとして、当面は補助金の10−20%削減で乗り切る考えです。


子どもたちが遊ぶ保育ルーム

今後の美術館運営について、辻成史館長は「財政的には厳しいですが、いい美術館の恒久的価値は、いいコレクションと研究者を持つことです。西宮はコレクションに恵まれています。研究の方を充実させ、内容を高め市民とのコミュニケーションに努めたい」と、存在感を強調しています。

多くの美術館は予算や人員の不足に悩まされ、コレクションの維持や企画にも四苦八苦しています。昨今、公立美術館界をにぎわしているのが「指定管理者制度」です。これまで地方自治体や自治体出資による公益法人が行なってきた公立施設の管理運営業務を、NPO法人や市民団体、企業など民間にも開放しようという趣旨です。

行財政改革・民間活力導入策の一端であり、すでに全国で実施例がありますが、美術館は公共財です。有効に活用するのは市民であり、市民一人ひとりが地域社会の構成員として自らが必要とするサービスを模索し実現していく、そんな市民参加型社会を考える機会になるのではないかと痛感します。


しらとり・まさお
朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)などがある。

新刊
第一章 展覧会とその舞台裏から
第二章 美術館に行ってみよう
第三章 アーティストの心意気と支える人たち
第四章 世界の美術館と世界遺産を訪ねて
 本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信・兵庫県立美術館長の序文より)
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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