ミニコミ誌『トンボの眼』の試み

2006年1月5日号

白鳥正夫

 新年明けましておめでとうございます。


『トンボの眼』最新3号

複眼思考への思いを託した『トンボの眼』のロゴマーク(デザイン 野仙)

今年いただいた賀状を拝見していると、昨年は天災が多かったせいか平穏無事を祈る内容が多くありました。ただ景気は少し上向いているのにも関わらず何かもどかしい閉塞感を訴えるものも散見しました。生き方の価値観が国家や会社などの公的なものから個人主義が蔓延して久しいのですが、NPOに関わる仕事やボランティア活動などを伝える賀状もあり、新たな秩序や価値観を模索する動きも注目されるところです。

「文化財赤十字構想」に共鳴

さて今年最初のエッセイは、ミニコミ誌『トンボの眼』の試みです。文化財保護のネットワーク構築をめざしています。発行人の佐々木章さんも、社会との関わりのある生き方を求めての実践活動です。かつて海外旅行の仕事に携わり、歴史をテーマにした海外ツアーなどを担当していました。現在も会社勤めをしていますが、休日と仕事を終えてからの取り組みです。

私とは旧知で、2004年5月の中国東北部の高句麗遺跡の旅にも同行したのです。私は新聞社の仕事でこの10数年、シルクロードを何度も旅をしており、広域的な文化交流や文化財の保護について関心を強めてきました。とりわけ平山郁夫画伯の提唱する「文化財赤十字構想」に共鳴しています。こんな考え方に佐々木さんは同調し、ミニコミ誌発行に踏み切ったのです。

この文化財赤十字構想とは、第一次世界大戦中、傷ついた兵士を敵味方の区別なく救った「国際赤十字」と同じ精神です。私が訪れたユーラシア大陸の東西文化交流の舞台には、様々な民族が、誇りと精神性と美意識を傾注して創出し、今に伝える質の高い文化財と文化遺産が数多くありました。しかしその多くが自然の脅威と、戦乱や盗みなど人為的破壊にさらされ、崩壊の危機に瀕しています。


破壊されたバーミアンの大石仏(『故郷の風景 平山郁夫展』図録より)

バーミアンの大石仏のように、一度破壊されれば、二度と同じものは生まれてきません。優れた文化財は継承されることによって生き続けるのです。それは古くなっても美しいのです。その「美」を赤十字の心で救済することは、国境や民族、宗教の壁を乗り越えて急務なのです。

そしてこれら「人類共通の宝」を保存、修復し、後世に伝えるため、日本の文化財保護への役割が高まっております。この運動が多くの国民、市民に理解され、支援の輪が広がることを願い、平山画伯は先頭に立って活動しているのです。

『トンボの眼』は、こうした文化財赤十字構想の理念に基づき、文化財を後世に伝える市民活動の結成を目的に、まず情報発信をしようとの趣旨です。取り上げる内容は文化財保護に関わる世界遺産をはじめ、遺跡や史跡、自然や心の風景に、美術などの最新情報を幅広く取り上げていく考えです。創刊号に佐々木さんは「国家や政治、経済、人種など何ものにも偏見を持たず、古代から現代に続く人類の営為を複眼の目を持って見据えたい」と、主張しています。

最新号はシルクロード特集


保存が進む敦煌・莫高窟の入り口

この情報紙は小生も賛同し創刊したもので、毎号に一文を寄せているほか、今後も積極的に活動を支援します。年4回発行されるほか、文化財保護のネットワークづくりの活動を展開し随時情報を知らせてくれることになっていますので、広く参加を呼びかけます。なにしろ広告のないミニコミ誌で、現在は会費のみが収入源となっています。

12月に発行された最新3号はシルクロード特集でした。巻頭には薬師寺管主夫人の安田順惠さんがシルクロード踏査について寄稿しています。安田さんは奈良女子大学で地理学を専攻していますが、薬師寺が玄奘三蔵を祖師としており、結婚後も僧職の暎胤さんに同行して玄奘ゆかりの聖地を巡っています。2000年には母校の大学院に社会人入学し、昨年には「中国西安西方における玄奘取経の道程に関する地理学的研究―CORONA衛星写真の判読と現地調査をもとに」の論文で博士号を授与されています。

安田さんは秘境とされてきた楼蘭、ニヤの両遺跡を踏破した初めての日本女性でもあります。寄稿文の中で「玄奘の取経の旅の途上、何度、生命の危険にさらされていたか計り知れない」と書き、「人類は宇宙の旅でさえ可能にしているのだから1400年前の玄奘の道を巡る旅など容易であろうと思うのに、追体験することは至難である。自然、政治、社会の環境が整っていなければ通行できない。玄奘の道を考えることは、現代社会を考えることに通じる」と言及しています。


タクラマカン沙漠を行く安田順惠さんら一行(安田順惠さん提供)

安田さんの文章は次号も続き、楼蘭やニヤに足を踏み入れた体験に触れることになっています。安田さんの寄稿以外にも、早稲田大学教授でシルクロード調査研究所所長の岡内三眞さんが、「シルクロードに夢を掘る」と題する文章を寄せています。1994年から発掘している中国トルファン市の交河故城の南に隣接するネクロポリス・ヤールホト古墓群についての報告をされています。「砂の中から金冠が出土した光景は、生涯忘れられないでしょう」と記し、「弥生時代のガラス玉は、起源をたどれば中国を経由して西アジアやエジプトにつながっています」と、紀元前の時代から文化交流のあった歴史的事実をわかり易く解説しています。

さらに奈良芸術短期大学の前園実知雄教授の「もう一つのシルクロード青海路」、創価大学の林俊雄教授の「草原の道」など興味ある原稿がカラー写真付きで掲載されています。こうした文章だけでなく、写真家の萩野矢慶記さんがタクラマカン沙漠の取材で出会ったロバ車に乗るウイグル族の民衆の姿を撮った一コマも紹介されています。バザールに向かう家族の笑顔が印象的です。

エキスパートらが研究の成果


石室が解体される高松塚古墳(松原眞知子さん撮影)

ともかく執筆者がそうそうたる顔ぶれです。九州大学名誉教授で伊都国歴史博物館長の西谷正さんやNHK解説委員で活躍されたジャーナリストの毛利和雄さんらの常連に加え、これまでに和光大学名誉教授でアフガニスタン文化研究所所長の前田耕作さんや、東京国立博物館上席研究員の後藤健さん、佛教大学教授の門田誠一さんらのエキスパートがそれぞれの研究成果などをリポートされています。こうした執筆者はもっぱら『トンボの眼』の趣旨に賛同してボランティア精神で執筆していただいているのが実情です。

一方、文化財の専門家に混じって、私の友人でもある日本ペンクラブ会員で作家の杉本利男さんと、カフェスロー代表の吉岡淳さんが、日常体験をもとにしたユニークなエッセイを連載しています。私もこれまでに「沙漠の中の美術館・敦煌を行く」「文化を生きる力に」「高句麗壁画を北朝鮮で見た」のテーマで書いています。もちろん情報の一方通行だけではなく、今後、読者参加の伝言コーナーを新設し、幅広い投稿を期待しています。


世界遺産に登録された北朝鮮の高句麗遺跡・安岳3号墳

『トンボの眼』は、今年5月に創刊1周年を迎えます。この1年間で会員も漸増して220人を超えました。佐々木さんは西谷先生らの原稿に触発され、記念事業として「高句麗・高松塚シンポジウム」を急きょ企画しました。現在、国の特別史跡、高松塚は石室解体をめぐり壁画の保存や修復のみならず史跡のあり方が問われています。その高松塚のルーツともいえる高句麗古墳を比較検証し古代東アジア史を考察するものです。

シンポジウムは4月9日(13:00〜17:00)、早稲田大学総合学術情報センターの国際会議場(井深大記念ホール)で開催されます。講師には西谷先生や毛利さんの他、コーディネーターとして大塚初重・明治大学名誉教授、早乙女雅博・東京大学大学院助教授、李成市・早稲田大学教授の豪華メンバーです。参加費は資料代を含め2000円です。申し込み先は(申し込みは氏名、住所、参加人数を明記し、FAX045−846−9781(『トンボの眼』編集室)へ。

なお『トンボの眼』の会員(年会費は2000円)の申し込み先は、郵便振替用紙(口座名:トンボの眼 口座番号:00240−7−75335)となっています。

最後に今年、小生が出した賀状には次のような文章を盛り込みました。

旧年9月に北朝鮮に行ってまいりました。約1600年の歳月
経て、なお色鮮やかな高句麗壁画を目にしました。高松塚古墳や
キトラ古墳のルーツを思い、「文化」の重要さを痛感しました。
新年が皆様にとって明るい年でありますように。


しらとり・まさお
朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)などがある。

新刊
第一章 展覧会とその舞台裏から
第二章 美術館に行ってみよう
第三章 アーティストの心意気と支える人たち
第四章 世界の美術館と世界遺産を訪ねて
 本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信・兵庫県立美術館長の序文より)
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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