九博で見聞した「交流の道」雑感

2005年12月20日号

白鳥正夫

 2005年もカウントダウンの日々となりました。今年最後のエッセイは、10月にオープンしました九州国立博物館(九博)で開かれたシルクロード・奈良国際シンポジウムと、広大な博物館の運営に大きな役割を担っていますボランティア活動を紹介します。東西の文化交流の動脈になったシルクロードと、大陸との文化交流の要となった九州に誕生した拠点、九博は地域に根ざした新たな博物館活動を展開していました。

シルクロードを拓いた「戦争の道」

 まずシルクロード・シンポは、奈良でシルクロード博覧会が開催されたのを記念して1991年から隔年で、なら・シルクロード博記念国際交流財団(シルク財団)と朝日新聞社および日本ユネスコ協会連盟の三者が連携して開いています。奈良県は奈良をシルクロードの終着地として位置付け、シルクロードとのかかわりを追究しており、日本とアジアの文化交流をテーマに掲げた九博での開催は意義のあるものでした。

奈良新公会堂で開かれた
シルクロード国際シンポの専門セミナー

 そもそもこの国際シンポには、筆者が1993年から99年まで主催者の一員として裏方を務めてきた思い出があります。とりわけ97年と99年には、小生らの提案で三蔵法師をキーマンに仏教伝来のテーマに踏み込んだのでした。シルクロードは東西の文明を結び、地球的な広がりもあり、その後も私にとってはライフワークとなっています。
 シンポは、奈良での専門と公開セミナーを経て、九博で開かれました。私は奈良の専門セミナーに続いての参加でしたが、専門家から幅広い示唆を与えられました。2010年にはわが国最初の国際都市ともいえる平城京遷都1300年を迎えます。さらにシルクロード学が継承されていくことを期待したいものです。

九州国立博物館に移しての
公開セミナー
メモをとりながら熱心な聴衆


 今回のテーマは「シルクロードを拓く 漢とユーラシア」でした。ヨーロッパとユーラシアを結ぶネットワークがより太い動脈になったのは前漢時代で、ことに武帝(紀元前156年―同87年)による積極的な対外政策でシルクロードが拓かれた、との開催趣旨でした。この時代、匈奴など強勢な北方騎馬民族との戦闘のための対外政策でしたが、結果的に交易や文化の交流を促したのでした。
 シルクロードは、今でこそラクダが行き交いロマン掻き立てる「平和の道」のイメージがありますが、騎馬によるすさまじい「戦争の道」として拓かれ、その後もアレクサンドロス大王やチンギス・ハーンなどが勇躍するのです。21世紀に入ってもアフガニスタンで戦火にまみれ、ソ連から独立した中央アジア各国でも内乱が伝えられているのです。
 日本が対外的に歴史を持つのも漢の時代で、あの有名な倭の奴国の金印が授けられ、それが九博のある大宰府に近い志賀島で見つかっているのです。いずれにしても漢の時代に西域さらにはローマ帝国につながるシルクロードを通じ、多くの交易が行われ、やがて中国東北部から朝鮮半島を通じ、日本へと先進文化がもたらされたのです。正倉院には多くの文化遺産が保存されていますが、現代に至る日本文化の基層を培ったといえます。

九州国立博物館の
オープンに押し寄せた
約1万人の見学者の列

オープン初日、
人であふれる会場内

※いずれの写真も竹森健一さんの提供

 九博でのシンポには、博物館から臺信祐爾・文化財課長もパネリストの一人として発言されました。臺信課長とは東京国立博物館に居られた頃、「シルクロード 三蔵法師の道」展で、文化財を借用させていただいたご縁もありました。「シルクロードは数々の物を交易させたが、神を人間の形で表す仏教に与えた西洋文化の影響が意義深かった」と総括していました。

ボランティアが支える博物館の運営

 この九博シンポで受付の世話をしていたのがボランティアでした。しかもその一人には私の大学時代の同窓生もいました。彼は定年後のひと時を東京から帰省し、故郷で社会貢献をしようと応募したのです。ボランティアといってもレポート審査があり、友人も「受かったよ」と喜んで電話をしてきたほどです。
 九博は当初から、国と県およびボランティアなど地域が協力するという21世紀にふさわしい市民参加型の博物館をめざしていました。こうした方針に呼応し、293人の定員に842人も応募したのです。このため20代から70代までバランスをとって採用したということです。

4階展示室への長いエスカレータ

館内で生演奏のリハーサル

 九博交流課によると、「楽しくなければボランティアではない」との考えから、それぞれの自主意識を生かし、開館前から接客マナーなど徹底した研修を重ねてきたといいます。さらにこれからの生涯学習社会の一環として、ボランティア研修や体験学習、公開講座などを位置づけ、地域に根ざした博物館運営を企画しているのが特徴です。
 九博は今年10月16日にオープンして、約2ヵ月で69万人の入場者があったそうです。いわばテーマパークのようなにぎわいです。私が訪ねたのが日曜日だったこともあり、人であふれていました。この館内案内(英語や韓国語、中国語も)をはじめ展示解説、イベント、教育普及などの分野で活躍しているのです。
 4階にある文化交流展示室では「海の道、アジアの路」展が開かれていました。日本で4番目となった国立博物館の基本コンセプトは「日本文化の形成をアジア史的視点から捉える」となっており、旧石器時代から近世末期までの日本とアジアの文化交流の歴史をそれぞれテーマごとに12室に分け、展示構成されています。

東京国立博物館所蔵の「好太王碑文の実物大拓本」

 もちろんここでもボランティアが随所にいて、様々な質問に対応し、とりわけ子どもたちに丁寧に説明していました。展示物はノーフラッシュで撮影できるほか、触ることの出来る展示物もあります。
 私が興味を引いたのは、今回のシルクロード・シンポの漢の時代に重なる「倭人伝の世界」や「遣唐使の時代」のコーナーでした。アジアから日本へと続く文化交流が体得できます。総延長1万数千キロに及ぶ遠大な道を様々な民族と多様な物資が盛んに行き交い、文明が交差し興亡の舞台ともなってきたシルクロードから歴史を重ね、なおこれから未来に向け、「交流の道」が脈々と続くのです。

新潟県津南町所蔵の「火焔土器」

 
「アートへの招待状」ご愛読のお願い

 さて筆者がこのウェブのサイト「ぶんかなび*大阪版*」にエッセイの書き込みをはじめ3年目の歳末を迎えました。このほど約2年間の「白鳥正夫のぶんか考」からアートに関する記事を抜粋し再編集、大幅な補筆と加筆で一冊の本「アートへの招待状」が梧桐書院(本社・東京)より発行されました。ぜひご愛読をお願い致します。
 私事ですが、もともと新聞記者だったもののアートの世界は門外漢でした。しかし10年余、朝日新聞社の文化企画を担当し多くの展覧会に関わり、フリーになってからもアートに関わる仕事を続けています。専門家が文献を駆使し見識を書くのと違って、あくまでも現場からの報告に徹してきました。
 各回のエッセイをリアルタイムで書こうと努めましたので、未整理なものも散見します。出版にあたって、できるだけテーマごとにまとめ、私なりに伝えたい趣旨を盛り込んだつもりです。これから長い老後を迎える団塊の世代への入門書であり、若い世代にも私自身の体験を通じての鑑賞のあり方について参考になればとの思いを託しました。
 ひと口にアートと言っても、多くの領域と課題があります。美術館や博物館を取り巻く環境も変革期を迎えています。新年も新たな視点でアートや、文化に関する話題を取材し、報告しますので、よろしくお付き合い下さい。
 次回は「『トンボの眼』の試み」です。
しらとり・まさお
朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)などがある。

新刊
第一章 展覧会とその舞台裏から
第二章 美術館に行ってみよう
第三章 アーティストの心意気と支える人たち
第四章 世界の美術館と世界遺産を訪ねて
 本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信・兵庫県立美術館長の序文より)
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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