エジプトの旅で学んだ「文化」

2004年1月5日号

白鳥正夫

 明けましておめでとうございます。
 年が新たになったからといって何かが変わるわけでもありませんが、世界を揺るがせたイラク戦争にSARS、国内でも相次ぐ少年がらみの凶悪犯罪…。これでは「2003年にさよなら」をして、新しい年に期待したくなるのも心情です。
 「クリスマスを祝い、寺社で除夜の鐘をつき、神社に初詣」といった日本の文化は、良し悪しはともかく定着しています。ただ政治的に無党派層が増えるのと同じように無宗派層が増える現状を、どのようにとらえればいいのでしょうか。
 不況化の関西経済にあって、18年ぶりに優勝した阪神は、明るい話題でしたが、熱狂的なファンが酔いマスコミがあおり、いつまでもその余韻に浸る姿に、私は大いに不安を抱いたものでした。
 さて今年最初のエッセイは、世界最初の古代文明を開いたエジプトを取り上げ、文化を創造し、守り、育てていくことの難しさを考えてみたいと思います。

ピラミッドと「黄金のマスク」

 もっとも季節がいいといわれる12月、初めてエジプトを旅しました。
 エジプトは日本の約3倍の面積を持ちますが、国土の90%以上が沙漠です。ところが東アフリカのビクトリア湖から発するナイル川の恵みによって、世界四大文明の中でも驚くべきピラミッドなどの壮大な「文化」を遺したのでした。
 ピラミッドは大沙漠の中にあると思っていましたが、車がカイロ郊外に抜けると視野に入ってきます。有名なギザの三大ピラミッドは近づくにつれやはり巨大なものでした。紀元前2700年―同2200年ころの古王国時代に築かれたといわれますが、何のため、どのようにして造られたかなど、多くの謎に包まれています。それにしても多くの人力でピラミッドを建造したファラオたちの権力に驚愕しました。

世界から観客が押しかける
エジプト考古学博物館
最大の至宝
「ツタンカーメン王の
黄金のマスク」


 エジプトの貴重な文化遺産約12万点を所蔵するエジプト考古学博物館はカイロの中心部にあり、年中無休で開かれています。門内に入るには厳重なセキュリティチェックを受け、さらに建物入り口でも持ち物などの検査があります。
 建物は重厚な2階建てで、1階が年代別に、2階がパピルス、棺などテーマ別に展示されています。100を超す部屋に膨大な展示物が並んでいます。お目当てのツタンカーメンの秘宝は2階3号室にありました。ここはやはり世界各地からの観客で混み合っていましたが、間近に見ることができます。
 エジプトの至宝、「ツタンカーメン王の黄金のマスク」と38年ぶりに再会しました。初めて会ったというより垣間見たのは大学生の時でした。やっと念願かない現地の博物館でじっくり鑑賞することができました。しかもカメラ、ビデオの撮影がノーフラッシュで許可されていました。
 門外不出とされた「黄金のマスク」は、過去にアメリカと日本でしか公開されていません。日本では1965年に東京と福岡、京都で開催され、総入場者293万人の大記録を樹立しています。この展覧会は私の大先輩が国民的英雄のナセル大統領と単独会見し、いわば直談判で実現したことが語り草になっております。


盗掘免れ3300年後の大発見

 ツタンカーメンは紀元前1336年に即位し、紀元前1327年に18歳で死去していますが、その墓室が発見されたのは3300年後の1922年です。古代エジプトの都のあったテーベ近くの「王家の谷」で、盗掘を免れ、ほぼ完全な形で残っていました。王のミイラはなお「王家の谷」に眠っていますが、ミイラの顔の部分をおおっていた「黄金のマスク」はエジプトの「顔」ともなりました。
 マスクは高さ54センチ、幅約40センチほどの大きさですが、純度の高い金の厚板を用い、全体をいくつかの部分に分けて打ち出し、成形後に鋲でつなぎ合わせ研磨してありました。幼い時に即位し、夭逝した若いファラオの相貌が迫真的に表現されており、なおも黄金の輝きを失っていません。
 この「黄金のマスク」以外にも装身具や「黄金の棺」などが置かれていますが、さらに別の部屋には黄金のベッドや玉座などもあり、紀元何千年もの大昔にこれほどの芸術品を生んだ古代エジプト文明のすごさを印象付けられました。
 2階には王のミイラ展示室があり、ラメセス二世など13体も安置されています。薄暗い照明の中、包帯に巻かれたものや生々しいものもあり、不気味さが漂います。ここに入るには40ポンド(日本円で800円)の別料金が必要です。権力者の死生感が見てとれますが、何千年も経て、こうして一堂に集められ、人目にさらされているのには複雑な思いがしました。
 精巧な宝飾品や花崗岩で出来た王の巨大な像、ミイラなど、日本の博物館とは比べものにならない古い歴史の遺物だけに、丹念に見れば何日もかかるでしょう。さらにこうした遺物が発掘されたり発見された主な遺跡にも足を延ばしたくなります。ところが神秘と謎に包まれた古代エジプト文明の解明の歴史は浅く、まだ200年に過ぎません。
 この間、エジプトの歴史的な逸品は流出を続けました。カイロの博物館以外にも、イタリア、ドイツ、フランス、イギリス、アメリカの有名博物館のコレクションとなっています。かつて先進各国から派遣された遠征隊や発掘隊によって持ち出されたものです。ドイツのエジプト博物館にあるネフェルトイティの彩色頭部像や大英博物館に収められているロゼッタ・ストーンなどは所有権をめぐって返還要求が続けられています。

ギザのピラミッドの前で
ポーズをとる警備員
はるか砂漠にギザの
三大ピラミッドを臨む



古くて新しい国の魅力

 わずか8日間のエジプトの旅でしたが、ピラミッドはじめ壮大な歴史的遺物に触れ、刺激的な日々でした。5000年の歴史を持つエジプトですが、なおも「開発途上」の印象でした。ホテルこそ立派ですが車窓からは粗末な建物も多く見受けられ、街中には信号機がなく、オンボロの列車や車が走っています。国民の暮らしも豊かでなく公務員の初任給が約5000円、失業率も25%といわれています。
 輝かしい歴史を持ちながら、過去の遺産を観光資源にしている貧しい国、エジプト。それもそのはず古代王朝を経て3000年余を絶えず外国の支配に苦しみ、その収入と資源を食いつくされてきたのです。やっと独自の道を歩み始めたのは1952年の革命でした。その後、「ナセバナル。ナセルはエジプトの…」で有名なナセル大統領によってアラブ世界に踊りでたのです。
 この旅で、スエズ運河を渡りシナイ半島にも足を延ばしました。そしてモーセが十戎を授かったシナイ山に登りました。午前2時に1050メートルにある宿を出て、午前5時過ぎ、標高2285メートルの頂上に達することができました。途中から雪の積もった岩山で、苦しい道のりでした。
 零下7度の頂上で待つこと1時間余、ご来光を仰ぎ見ることができました。自然の恵みと生の喜びを感じた一瞬でした。夜が明けて分かったことですが、ここには人種や宗派に関係無く世界各地から多くの人が訪れていたのです。
 敬虔なイスラム教国家でありながら、旧約聖書の世界を抱くエジプトには、単に歴史的な遺物にとどまらず精神的な深い「文化」を感じさせるものがありました。国民の半数が20歳未満の若い国家には今後の可能性が期待されます。豊かとはいえ、平和ボケしている日本の現状を危惧せざるをえませんでした。
 古くて新しい国の魅力の一端をお伝えしましたが、「文化」の奥深さを知り、感性を磨くことの大切さを学んだ旅でした。

荘厳な建物の内部は
すばらしい装飾の
モハメッドアリモスク
モーセが十戒を授かった
シナイ山頂から仰ぎ見たご来光

 


しらとり・まさお
朝日新聞社大阪企画事業部企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から、現在に至る。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)などがある。


新刊
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたち平山郁夫画伯らの文化財保護活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者の「夢しごと」をつづったルポルタージュ。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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