もう一つのシルクロード展

2005年11月5日号

白鳥正夫

 兵庫県立美術館の「新シルクロード展」に続き、今度は京都文化博物館で「偉大なるシルクロードの遺産展―中央アジア オアシス国家の輝き―」が、12月4日まで開催されていますので紹介します。これまでシルクロード展といえば中国西域のものが中心でしたが、今回は東西文明の十字路として交易が盛んだった旧ソ連・中央アジアのウズベキスタンおよびタジキスタン両共和国から初めての本格的な出展で注目されます。私事ですが、朝日新聞社時代にウズベキスタンからの企画展に関わり、今年もフリーの立場でウズベキスタン写真展を開いており、その経験を踏まえて、もう一つのシルクロード展を取り上げます。

「偉大なるシルクロードの遺産」
展開会のテープカット

多様な中央アジアの文化財

 ユーラシアの大地をつなぐ広大なシルクロードは、3000年前からアジアとヨーロッパを結ぶ東西交易の通商路でした。古代にバクトリアと呼ばれた中央アジアはシルクロードの要衝に位置し、オアシスとして栄えてきました。と同時に多くの騎馬民族がその富と覇権を求めて興亡の歴史をたどったのです。
 古くは紀元前4世紀後半のアレクサンドロス大王のカイバル峠を越えた東征によって、ヘレニズム文化が花開いたのでした。次いで遊牧騎馬民族のクシャン朝の時代には、インドから仏教が伝わり融合したのです。さらに隊商の民、ソグト人の都市国家の時代を経て8世紀以降はイスラム化が進んだのでした。このため多様な時代の足跡が残されたのです。今回の展覧会では大きく4章に分けて構成し、新しい時代のものまで網羅的に展示しています。
 第1章のアレクサンドロス大王ゆかりの展示品では、日本のMIHO MUSEUM所蔵の宝飾品や装身具、硬貨などが多数出展されていました。金や銀を素材に精巧な彫刻が施していて、その文様の美しさに見とれます。タジキスタン民族考古博物館からは、神殿跡ではないかと推測されているタフティ・サン・ギーン遺跡の出土品として「アキナケス型剣の鞘」に着目しました。角か骨を使ってライオンの脚の筋肉、あごや腹の毛並みなどのデザインはシンプルでありながらセンスの良さを感じさせます。

「アキナケス型剣の鞘」


 第2章のインド文明圏のクシャン朝の時代では騎馬民族の興隆と、ガンダーラ美術の影響を受けた仏教美術が伝播してきます。この展示コーナーでは、私にとって懐かしい文化財と再見できたのでした。1999年に開催された朝日新聞創刊120周年記念の特別展「シルクロード 三蔵法師の道」に借用した6点が再び日本で公開されていたのです。
 当時、ウズベキスタン在日大使のA・シャイホフ氏が前任地のドイツで催したウズベキスタンの展覧会が好評だったので、日本でも開催を希望してきたのです。私は「三蔵法師をテーマに世界各地の文化財で構成しています」と説明すると、「ぜひ参加したい」の返事でした。監修者の一人、宮治昭・名古屋大学教授は、創価大学が発掘にかかわりまとめた『南ウズベキスタンの遺宝』などから、9点を選んだのでした。
 希望リストの一部差し替えがありましたが、たまたまタシケントと名古屋のチャーター便があり展覧会の約1ヶ月前に到着したのです。借用の覚書を交わしましたが、大使の要請ということで、名古屋で引き取るまですべてウズベキスタン側の責任で運送してくれたのです。ただ美術品輸送に慣れていないため、大きな木箱に混載していたのでした。
 飛び入りの国際交流に感謝するとともに、9点の一点一点を印象にとどめたのでした。返却は一点ずつ厳重に梱包し木箱に入れたのでした。大使は会期中、奈良をはじめ山口、東京の三会場とも来館する熱心さでした。私もこの展覧会を挟んで前後5回もウズベキスタンを訪問したのです。

大きく鮮明な壁画も3点

 さてその思い出深い展示品の一つが「天部像頭部」で、粘土に化粧漆喰が施されています。古典的な整った顔立ちでわずかに微笑んでいます。同じ材質の「貴族像頭部」は円錐型の帽子を被っています。さらに頭部だけでなく身体の部分もある「貴族像」は口ひげをたくわえた精悍な顔つきです。供え物を手に持っている様子もうかがえ、供養者像だと思えます。

2度目の来日公開の「天部像頭部」

同じく2度目の「貴族像頭部」

 いずれもがダルヴェルジン・テパの仏教寺院から発掘されたもので、ウズベキスタン芸術学研究所の所蔵です。この遺跡と研究所は私が初めてウズベキスタンを訪ねた1997年に出向いていました。ここは国立民族学博物館名誉教授の加藤九祚先生が、創価大学のシルクロード学術調査団団長として発掘調査にあたった所でした。また研究所は創価大学と共同調査をしており、奈良シルクロード博記念国際交流財団内のシルクロード学研究センターに研究員を派遣していました。
 加藤先生はダルヴェルジン・テパ遺跡の近くに「加藤の家」を建てており、創価大学の調査終了後も、広大な遺跡の一部を「老後の楽しみ」として毎年小規模の発掘を希望していました。しかしその後、アフガニスタンとの国境に接した仏教遺跡のカラ・テパに移って、84歳の今もなお発掘を続けています。
 仏教関係の遺物にも同じダルヴェルジン・テパから出土し、“再会”できたのが「釈迦如来頭部」でした。頭の螺髪は他国のものと類似していますが、顔立ちに特色があります。初めて見る「菩薩像胸部」や「仏手断片」なども中央アジア的でした。菩薩はターバンを巻き首飾りなどを付けた王侯貴族の姿をとっているのが特徴的でした。

ターバン姿の「菩薩像胸部」

分離した「菩薩立像」


 第3章にはシルクロード交易の精華として、ソグド人文化とゾロアスター教の影響の世界が取り上げられています。ここでの注目はタジキスタン民族考古博物館から5−8世紀の壁画3点が特別出品されていることです。「新シルクロード展」でも新発見の壁画の断片が出ていましたが、今回の壁画は大きく、驚くほど鮮明でした。壁画の多くは7世紀前半に火災で焼失したといわれ、一部のみが残存しているとのことでした。
 古代ペンジケントの都城跡には、私も足を延ばしたことがありますが、とても広大な遺跡でした。ここからは多種多様な壁画が神殿や公共施設、貴族の邸宅などに描かれていたということです。壁画には「天蓋下の宴の場面」とか、「アーチ型門前の場面」、「ハープ奏者と戦闘の場面」といった説明がありました。火山の爆発で埋もれたイタリアのポンペイの邸宅に描かれた壁画が見つかっていますが、それを彷彿させるものでした。
 また死者の骨を納める容器の「オッスアリ」は、サマルカンド国立文化歴史博物館とタジキスタン民族考古博物館から出展されています。粘土製品で図柄はシンプルです。ゾロアスター教では人間の知性と骨は善で、肉体は悪という二元論なのです。このため死者は高地に置かれ、獣や鳥などについばまれ、残った骨のみを「オッスアリ」に入れるという、ゾロアスター教の死後の世界観を垣間見ることができます。

「壁画」
(ハープ奏者と戦闘の場面)

「オッスアリ」
(男性頭部摘蓋付納骨器)

本格的な初公開の最終会場

 最後の章はイスラム美術と民族文化です。いずれも世界遺産に登録されている「東洋の真珠」と称されるサマルカンドをはじめ、中世の面影をとどめる「僧院」の町ブハラ、「聖都」ヒワなどで織物や陶芸に独自の美術工芸品を生み出したのです。ここでは中世の土器類から木彫・木製品、近世の織物の中でもスザニと呼ばれる木綿・絹糸製の刺繍布、華麗な衣装や帽子、装飾品などが多数出品されており、その多彩な色彩を楽しめます。
 このほか同時併催展として、写真家の萩野矢慶記さんの写真展「シルクロードのオアシス」も開かれています。私が企画して今年6月、大阪の京阪百貨店守口店でも開きましたが、今回は約50点を展覧会場の3F映像ホールと1Fレストラン通路に展示しています。
 今回の中央アジアを中心とした出展は総数300点を超し、日本初の本格的な展覧会といえます。しかし最初の会場となった福岡市博物館の開会にウズベキスタンからの展示品が届かなかったと聞いています。すでに予告されながら2週間余も遅れたことは前代未聞ですが、出品許可手続きにおける大統領の署名が遅れたためということです。

色彩鮮やかな衣装と刺繍布


 この件に関しても私は苦い経験があります。先に触れました加藤先生が、科学アカデミー考古学研究所と共同で、1998年からテルメズにあるカラテパ仏教遺跡で発掘5年目の節目に、新発見の出土品を中心とした展覧会の日本での開催を要請されたのです。加藤先生のほか、この時も会場になっていた福岡市博物館の担当学芸員やカメラマンを伴って現地を訪れ、作品調査を済ませ諸手続きを終えたはずでした。
 日本へ向けて梱包も終え、積み出しの段階でストップがかかりました。なんと閣僚会議の許可が得られないとのことでした。こんなことで閣僚会議なんてとぼやいたところで、仕方がありませんでした。かつて在日大使の肝いりで荷受した際は1ヶ月も前だったことを思えば信じられないことです。
 加藤先生はウズベキスタン政府から友好勲章が贈られている功労者です。日本の外務省や現地の大使館を通じ打開に向け異例の働きかけをしていただいたのでした。展示品が届いたのが開幕の二日前で肝を冷やしたものです。発掘文化財の国外持ち出しに対し慎重な姿勢は理解できますが、国際信義にもとる行為といえます。
 中央アジア各国は1991年にソ連から独立した後も、タジキスタンで内戦があり、新政府が樹立したのは1997年です。今年もカザフスタンで政変が起こり、ウズベキスタンでも反政府暴動で多数の犠牲者が出ました。民主的な国づくりはこれからですが、こうした文化財を通じての国際交流が一層望まれます。なお京都が最終会場となっていますので、この機会にぜひ鑑賞してほしいと思います。

レストラン通路の
ウズベキスタン写真展


              ◇
「ぶんかなび」にエッセイ「白鳥正夫の関西ぶんか考」を月2回書き込み始めて、今回から3年目を迎えました。思いもかけぬ時に「読んでいますよ」とか「少し長すぎるのでは」といった声や、間違いを指摘していただいたこともあります。この間、海外旅行も重なり、更新に苦しい時期もありましたが、原則を守ってきました。これからもできるだけ新しい情報の提供を心がけるつもりです。よろしくお付き合い下さい。


しらとり・まさお
朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)などがある。

新刊
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
「ぶんかなびで知った」といえば送料無料に!!
 

 

もどる