展覧会はこうして「故郷の風景 平山郁夫展」

2005年10月5日号

白鳥正夫

 美術の秋にふさわしい「故郷の風景 平山郁夫展」(主催平山郁夫美術館、朝日新聞社)が10月13日から25日まで(会期中無休)、大阪・京阪百貨店守口店の開業20周年の記念展として開催されます。本展は1997年に開館した平山郁夫美術館の所蔵品から、画伯の初期の作品や、故郷をテーマに描いた数々の名作、近年の代表作など52点と、資料等を合わせて出品し、日本画壇の重鎮、平山郁夫画伯の原点をたどるものです。

平山郁夫画伯の改装された実家

作品でたどる瀬戸内の変遷

 ふとしたきっかけで展覧会企画が生まれることもあります。昨年1月、私の故郷、四国・愛媛の新居浜市文化協会から55周年記念事業として、「画伯をお招きできませんか」との相談を受けました。新居浜での講演となると一日か一泊仕事になります。超多忙の画伯にとって無理な話と決め込んでいましたが、意外や「行きましょう」の嬉しい返事があったのです。そして昨年秋、「平山郁夫講演会」が開催されたのでした。
 その直前、京阪百貨店の催事責任者から節目の記念展に「ぜひ平山展を実現したい」との要請がなされていました。私は講演会のまさに舞台裏の控え室で、画伯と実弟の平山郁夫美術館の平山助成館長に申し出たところ、これもあっさり了解されたのでした。

実家から見た瀬戸田港の夕景

 今年1月早速、京阪の責任者ともども新幹線を乗り継ぎ、三原港から船に乗って生口島にある広島県豊田郡瀬戸田町の平山美術館へ打ち合わせに行きました。ちょうど館では「ふるさと瀬戸田今昔」展が開かれていて、画家の故郷へのまなざしに触れました。作品を見せていただきながら、所蔵品で構成する企画展の方針が固まりました。今回の展覧会のタイトルは、私の故郷に端緒があり、画伯の故郷で着想したものです。
 画伯は1930年、この瀬戸田町に生まれました。この辺は大半が漁師町だったのです。そして瀬戸内海に浮かぶ生口島の穏やかな自然と風土に育まれたのです。改装された画伯の生家にも上がらせていただき、幼い日々、遊んだと思われる向上寺の三重塔(国宝)などを散策しました。こうした環境が後年、仏教文化やシルクロード各地の文化に思いを馳せるようになった要因があったのでは、と思えました。

実家の裏山にある向上寺の三重塔(国宝)

 その後、画伯の故郷は戦火にまみれることもなく静かなたたずまいでしたが、高度成長に伴い、その風景を変化させます。とりわけ尾道市から今治市に通じる「しまなみ海道」が1999年5月に開通し、生口島を通ることになってからは、架橋によって島の生活や文化などの様式も変えてゆきます。
 57年におよぶ画業の中で、画伯は少年時代を過ごした瀬戸田の風景をこよなく愛し、数多くの作品を残してきました。中でも昭和20−30年代、そして平成11年の海道の開通に合わせての作品によって、時代の変遷をたどることができます。

被爆体験から平和への信念

「燦・瀬戸内」

 今回の展覧会の主な作品を紹介しておきます。まず「燦・瀬戸内」(1997年)は、きらめく陽光がまるで彼岸のような神々しさです。水平線の彼方に山並みが見えますが、海も空も渾然一体です。手前の家並みが此岸に見えます。故郷の瀬戸は、画伯にとっていわば原風景と言うべきものでした。
 生口島と愛媛県・大三島を結ぶ「多々羅大橋 夜景」(1999年)は、画伯独自の群青一色で描かれています。夜空にそびえるように立つ橋脚とライトが印象的です。空と海との区別がつかない感じもしますが、海にところどころ濃淡が入り交じっています。

「多田羅大橋 夜景」

 「瀬戸田町 私の実家のある通り」(1999)は、素描ながら、画伯の故郷への愛着が反映し、家々のたたずまいに温かみを感じさせます。画伯は「瀬戸内の海辺の、コントラストの強い日射しの中で育ったことが、私の色彩感覚をつくりあげた」と語っています。

「瀬戸田町 私の実家のある通り」

 また、向上寺三重塔は、数多くスケッチされています。中でも「瀬戸田曼荼羅」(1985年)は、瀬戸田町に音楽ホールがつくられた際、緞帳の原画として依頼されて描いたものでした。
 本展には、画伯が初めて日本美術院展に出品し、落選した「家路」(1952年)も出品されています。翌年、まったく同じ構図で出品し初入選した同題の作品は広島県立美術館に所蔵されていますが、平山美術館以外で展示される機会はほとんどないそうです。
 私は平山美術館で初めて目にした大下図の『浅春』(1955年)に注目しました。生家近くの海岸で仕事をする人たちを描いていますが、もともと一人ずつスケッチしたものを画面上で構成したものであることが分かりました。本作は第40回院展に出品された同名作の下図ですが、色を施した本画では見られない線の魅力がよく分かる作品です。

「瀬戸田曼荼羅」

 画伯にとって、その後の人生に大きな影を投げかけたのが被爆体験でした。中学三年の1945年8月6日、学生勤労動員で駆り出されていた広島市の陸軍兵器補給廠で被爆し、放射能障害の後遺症に苦しめられながらの画家生活だったのです。そうした宿命的な体験がいつしか平和を祈る作品を希求することになり、玄奘三蔵の求法の旅をイメージした「仏教伝来」(1959年)につながったのです。本展では、画家の生い立ちを画家自身の言葉を添えた作品も出されています。
 「原爆ドーム」(1991年)も、その素描の一つです。素描といっても単なる寸描のデッサンとは異なり、線の魅力をたっぷりとうかがえる作品です。本画では、その線が消えて洋画を見るような感じに仕上がっている時もあります。この作品に「長い一日」と題して次のような文章が綴られています。

夕方、山を下りた。自力で実家にかえるほかしようがないと思った。
爆発の瞬間に小屋に入ったのが幸いし、これといった外傷もなく、病むところもなかった。とにかく尾道の方、東の方角を目指さなくてはいけない。そのあとはどこをどう歩いたものやら。(中略)
長い長い一日だった。
ゴトン、ゴトンという振動で目が覚めた。汽車は動いていて、車内はぎっしり満員になっていた。白み始めた窓外に目をやると、どうやら呉線を走っているらしい。間もなく停車した駅は、須波だった。須波なら生家のある生口島は目の前だ。
駅に降り立つと島がかすんでみえた。

 まさに名を成した画伯の原風景がありました。しかし、原爆のことをなかなか絵にはできなかったようです。瓦礫と化した広島の街並みが一面の火の海となり、その中に原爆ドームがシルエットのように浮かび、そして天空高く不動明王が姿を見せる「広島生変図」(広島県立美術館蔵)が描かれたのは、34年後の1979年のことだったのです。

美を描き、美を救う活動展開

画伯には、自らの画筆で世界の美を描くと同時に、もう一つの顔があります。国境と民族の壁を乗り越え、世界の美を救う国際的な文化人の顔です。画家本来の仕事を割いても、文化財保護へのやむにやまれぬ思いが二つの顔を持たせているのです。画伯が提唱する「文化財赤十字」構想とは、第一次世界大戦中、敵味方の区別なく救った「国際赤十字」活動と同じ精神に支えられています。画伯は二つの顔を使い分けているわけではありません。ユネスコ親善大使として文化財の保存・救済に向け世界を駆け巡り、またその活動を通じ画家としての題材を求めてきたのです。

「浅春」

「原爆ドーム」

 平山作品といえば、熱砂のシルクロードを行くラクダや、果てしない沙漠などを思い浮かべる人も多いことでしょう。本展の「敦煌A」(1980年)と「アンコールワットの月」(1993年)は、文化財赤十字活動を象徴する作品です。堂々としていて張りのある水平感・垂直感を持った作品といえます。「平壌牡丹峰七星門」(2001年)も、高句麗古墳壁画のユネスコ世界遺産登録を働きかけるため北朝鮮を訪問する中で生まれた作品です。
 今回の展覧会に当たって、大阪大学名誉教授で愛媛県美術館名誉館長の原田平作さんは「仏教に入りシルクロード、そして東西交流、更には平和祈願と広めてきた画業の推移は、世俗からの昇華を求めて上りつめ、富士山と太平洋の荒波を描くに至った大観と、方向としては同じであるかのように思われる。ただその背後には平八郎や魁夷の世界があり、日本の立場も大観の時代とは異なっている。言うなれば平山は、時にもう日本という民族の立場を越えた新たなる出発を強いられた時代に生きる日本画家ということになる気がする」と分析しています。
 なお京阪百貨店守口店は1985年10月12日にオープンし、地域に根づいて、2005年に「成人の年」の20周年を迎えます。開館当初から創業者の文化事業への熱意もあって、展示スペースを常設し、年間20以上の企画を開催しています。


しらとり・まさお
朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)などがある。

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定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。

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