ソウルで見た高句麗展

2005年9月20日号

白鳥正夫

 ユネスコの世界遺産に昨年7月、北朝鮮で初めて登録された高句麗古墳からの出土品などを展示した高句麗展を、今年7月にソウルで鑑賞しました。帰国後、日本で8月に壁画の模写と、9月には壁画の精密写真の展覧会をそれぞれ見ました。日本では高句麗文化の影響を受けた高松塚とキトラ古墳の保存・修復が大きな問題になっています。あらためて日本の文化の源流であり、東アジアの歴史に密接に関わる高句麗遺跡について取り上げてみたいと思います。

高麗大学校の新装開館した博物館外観

北朝鮮など金銅装飾などの逸品

 高句麗は紀元前1世紀後半ごろから668年まで都を南方へ移しながら発展した大国で、中国東北部から北朝鮮、さらに韓国の一部にまたがります。世界遺産の登録を直前に控えた昨年5月、高句麗の国家誕生の地とされる遼寧省の桓仁と、好太王(広開土王)で知られる栄華を築いた吉林省の集安に行ってきました。中国側の出土品などを見てきましたが、その様子は2004年5月20日号「壁画が語る古代ロマン 中国・高句麗遺跡の旅」で報告しています。
 さらに昨年6月には高句麗研究の学会に出席し、韓国中央博物館の高句麗室で剥ぎ取られた双楹(そうえい)塚の壁画片や出土品を、またソウル大学校や高麗大学校の博物館でも関連の展示品を見学しました。これも2004年9月5日号「韓国の博物館を訪ねて」に触れています。
 ただ古代人の美意識を誇示する装飾古墳は、4−7世紀にかけて北朝鮮側に多く築造され、平壌付近に60ヵ所以上が分布すると言われています。いずれ北朝鮮にも出かけ、じかに壁画を目にしたいと思っていますが、ひとまず三つの展覧会で見た北朝鮮の高句麗文化について紹介します。
 昨年、ソウル市郊外の高麗大学校を訪ねた時に博物館は閉鎖中で、図書館を併設した新しい建物を建設中でした。私と同行した知人が崔光植・館長を知っていたため、特別に収蔵品の一部を見せていただきました。その際、開館記念展に高句麗を取り上げること聞き、「来年ぜひ来て下さい」と誘われていました。
 展覧会は特別展「韓国古代のGlobal Pride 高句麗」のタイトルで開催されていて、お目当ての北朝鮮からも、朝鮮中央歴史博物館所蔵の国宝級の貴重な文化財が数多く出展されていました。中でも王族や貴族が着けた金製の冠や、身分の高い者が用いた耳飾りや簪(かんざし)などは鮮やかです。
 「日光透彫金銅装飾」は真坡里7号墳出土です。一部欠けていますが枕の側面装飾か、下部に帯があるところから宝帽の装飾品と見られます。円内に太陽を象徴する三足烏を、その周囲を流雲文でつないでいます。また「火炎文透彫金銅冠」は大城区域出土とされ、やはり透彫りで、見事な火炎が施されています。

「日光透彫金銅装飾」

「火炎文透彫金銅冠」


 注目の一品は、平川里寺址出土の「永康七年銘金銅光背」です。銘文によると、この光背の仏像は亡き母の冥福を祈るために造ったものとされ、仏身は光背から分離して韓国にあるとされています。
 平壌付近で出土したものの、現在は韓国の国立中央博物館所蔵の土器や瓦も出品されていました。「有蓋円筒形三足器」「家形土器」「軒丸瓦」などで、昨年は博物館で見ておりました。さらにソウル大学校博物館からは京畿道九里市付近出土の「大鉢」や「瓶」「蓋」などが出品されていました。高句麗土器は、4−5世紀ごろの積石塚や石室墳で数多く出ていますが、精緻な粘土質の胎土で作られています。

「永康七年銘金銅光背」

「家形土器」

日本の7ヵ所からも瓦など出展

 日本からも四面実物大の「広開土王碑拓本(水谷本)」(国立歴史民俗博物館所蔵)や平安南道・元五里出土の「菩薩立像」(東京国立博物館所蔵)をはじめ7ヵ所の所蔵品が出展されていました。
 高句麗瓦は豊富な展示でした。国内城都邑期に中国系統の製作技術を受け入れ、丸瓦、平瓦、文字の刻まれた瓦当が作られ、文様も時代とともに蓮華文以外に雲や草花、鬼面、幾何文などが現われます。
 和光大学から「蓮華文円瓦当」5点が出品されていました。1983年に寺門有二氏から寄贈された古代瓦のコレクションで、芸術学科が中心となって収蔵・管理しています。大学ではアジア研究に力を入れており、留学生の受け入ればかりではなく、収蔵品の文化交流にも前向きです。

日本からも出品された高句麗瓦

 展覧会で、興味深かったのは中国・集安にある舞踊塚の壁画場面の再現で、マネキンに衣装を着せ立体的に構成していました。また出口では観客の希望に応じて、実際に着用させ記念写真を撮らせるなどのサービスをしていました。今後の展覧会では、単に学術的だけではなく、子供たちにいかに理解してもらうかも工夫するべきだと思いました。
 高麗大学校では、特別展の準備段階で中国にも借用を働きかけましたが断られたそうです。韓国と中国は高句麗の帰属をめぐる考古学上の論争がなお続いていることが理由だったと思われます。
 私は崔館長に再訪を歓迎していただきました。会食の席上「国の太陽政策もあって、北朝鮮からはすばらしい展示品が集まりました。日本も好意的でしたが、残念ながら中国からは借りることができませんでした。東アジアの文化交流促進からも、今後4カ国合わせての展覧会を日本でぜひ実現して下さい」と話していました。

中国・集安の舞踊塚に描かれた
壁画の立体構成

東京では壁画模写と精密写真展

 北朝鮮の高句麗遺跡については戦前から、日本人学者による学術調査が行われています。その一人に関野貞(ただし)元東京帝国大学教授(1867−1935)がいます。もともと建築史を専門としながら考古学、古物古跡、石窟、古墳の調査まで手がけた碩学でした。その業績を顕彰する「関野貞アジア踏査」の展覧会が東京大学総合研究博物館で開かれ、高句麗壁画模写なども展示されました。
 関野元教授は1910年から亡くなる直前の1934年までほぼ毎年のように、朝鮮総督府の嘱託で朝鮮古蹟調査を実施しています。いかに当時から重要視されているかがうかがえます。展覧会では1913年の調査時の小野恒吉・東京美術学校助教授による壁画模写のほか、保存修理設計図、石室見取図などが展示されました。
 とりわけ関心を持ったのは、江西大墓の1913年時の壁画模写と、後述の共同通信による2004年の写真が比較展示されていたことです。約90年も経過しているのにほとんど劣化していませんでした。大墓北壁の玄武、東壁の青龍、江西中墓西壁の白虎などが、絵と写真で確認できました。
 写真展「世界遺産 高句麗壁画古墳展」は、共同通信社創立60周年記念事業として東京の交際交流基金フォーラムで開催されました。今回新たに撮影されたのは、北朝鮮で代表的な安岳3号墳をはじめ、徳興里古墳、双楹塚、湖南里四神塚、江西大墓・中墓などです。
 安岳3号墳では有名な墓主政治図や行列図などに加え、厩(うまや)や厨房など、当時の風俗を知ることができる図像も詳細に紹介されていました。さらに1910年代に描かれた模写や、復元模型なども合わせて展示されていました。
 東大で壁画模写を管理し、今回の撮影に同行した早乙女雅博・東京大学助教授は「壁画はおおむね地下道とガラス扉、ガラス壁によって保護策がとられていますが、未来に向けて本格的な保護策となると、今後さらに研究を要します」と指摘していました。
 世界遺産の高句麗壁画は人類共有の財産です。この登録に貢献された平山郁夫・ユネスコ親善大使は高句麗保存センターの建設にもユネスコルートで民間レベルの支援を続けています。北朝鮮はわが国にとって「近くて遠い国」といわれています。小泉純一郎首相の訪問で国交回復が期待されましたが、拉致問題が膠着状態の上、核開発の問題もあって「近くてさらに遠い国」になろうとしています。高句麗遺跡の保存は日本の高松塚やキトラの源流でもあり、「政・文分離」の立場で、交流を深めていかなければならないと痛感します。

高句麗人の服装を着用して
笑顔の韓国人観客

しらとり・まさお
朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)などがある。

新刊
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
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