「新シルクロード展」所感

2005年8月20日号

白鳥正夫

 待望の「新シルクロード展」が神戸にやってきました。かつて喜多郎のテーマ曲で放映されたNHKの特集番組「シルクロード」の未知なる世界に憧れ釘付けになったのでした。そんな私が、玄奘三蔵が辿ったシルクロードを10数回も旅をし、図らずもライフワークといえる関わりを持つことになろうとは想像すらしませんでした。そしてNHKが四半世紀を経て、今度はヨーヨー・マの調べに乗って放映するスペシャル番組「新シルクロード」を、現地に思い馳せながら見ているのです。今回の展覧会は番組と連動し、東京江戸博物館に続いて兵庫県立美術館での開催となりました。

「新シルクロード展」会場の兵庫県立美術館

壁画「如来図」など世界で初公開

 神戸での展覧会は10月10日までの会期ですが、一般の開幕前日の内覧会に駆けつけました。会場ではなじみの橿原考古学研究所の樋口隆康所長や奈良国立博物館の西山厚資料室長らともお会いでき、それぞれに着目されていました。とりわけ「楼蘭の美女」以来、13年ぶりに中国のミイラが出展され、新発見の壁画には、専門家も「沙漠地ならではの状態の良さですね」と驚いていました。
 私が最も関心を持ったのは、2002年に新疆ウイグル自治区のダンダンウイリク遺跡で発見された「如来図」(唐代、7−8世紀)でした。切れ長の目に小ぶりの口が均一な線によって描かれ神々しい表情が鮮明に見て取れます。沙漠の砂に埋もれていたため群青や朱色がよく残っていて、“西域のモナリザ”と評されるほどです。

壁画「如来図」
(唐代、ダンダンウイリク出土)


 ダンダンウイリク遺跡はタクラマカン沙漠に埋もれた古代都市です。1896年にスウェーデンの探検家ヘディンが発見し、一部文化財を持ち帰ったことで知られています。今回の多数の壁画発見は「日中共同ダンダンウイリク予備調査隊」が端緒を切り拓いたのでした。
 この調査は、同遺跡の東へ約150キロにあるニヤ遺跡を1988年以来、中国側と調査している佛教大学ニヤ遺跡学術研究機構代表の小島康誉さんの貢献で実現したといいます。予備調査には研究機構の小島さんらに自治区文物局、新疆文物考古研究所が加わったとのことです。砂が風に飛ばされ、一部露出したのを見つけた後、本格調査をして次々と発見したそうです。
 小島さんとは1997年に初めてお会いしてから、交際させていただいております。2002年の発見後、この情報をいち早く知らせていただき、朝日新聞の編集委員とお会いし、特ダネ記事になった思い出もあります。内覧会にも姿を見せていましたが、展覧会実現の陰の功労者でもあったのです。
 小島さんは、宝石商で成功し一代で上場企業を築くも、47歳で僧侶になり、54歳で社長を引退します。宝石の買い付けで出向いた新疆でキジル千仏洞を参観。壁画の美しさに魅せられますが、その傷みに驚き修復に乗り出したのです。私財を投じての継続的な取り組みに、新疆ウイグル自治区政府では文化顧問として遇しているのです。この展覧会でも貴重な文化財を貸し出す文物局とNHK側の間で大きな役割を担っていたのです。

13年ぶりにミイラの出展実現

 今回の展覧会には、シルクロードの要衝にあたる中国新疆ウイグル自治区と、その出発点で同時に到着地でもある唐の都・西安のある陝西省から近年発見された遺物が中心で、青銅器時代から唐代の約130点で構成されています。
 中でも壁画は一挙8点ものお目見えです。「如来図」壁画は、何しろ中国本土に先駆けて世界初公開なのです。それ以外にも陝西歴史博物館所蔵の唐代の皇帝や貴族たちが好んだ狩猟を描いた「狩猟出行図」(章懐太子墓)や、貴婦人像の秀作「宮女図」(懿徳太子墓)は唐代壁画の名品として知られています。

壁画「献馬図」
(唐代、韋貴妃墓出土)

 また、韋貴妃墓から発見された「献馬図」は世界で初めての公開といいます。今にも暴れだそうとする馬の首に手を回して押さえつけている人物を巧みな構図で描いています。権力をほしいままにしていた太宗皇帝の妃の墓ならではの優れた出来ばえです。
 わが国でも劣化の進む高松塚古墳で、飛鳥美人などの壁画の剥ぎ取りが決まりました。果たして公開されるのであろうか大変に関心を抱くところであります。昨年は北朝鮮初の世界遺産として高句麗壁画が注目されました。壁画にはその時代の思想が繁栄されており、古代ロマンを駆り立ててくれるものがあります。
 壁画以外にも見どころが多くあります。あの1992年の「楼蘭の美女」以来、13年ぶりに中国のミイラ出展が実現したのです。1985年に新疆ウイグル自治区の且末県で出土した、まるで今眠りについたかのような「嬰児ミイラ」です。もちろん日本で初公開です。

「嬰児ミイラ」
(前5−3世紀、且末県出土)
「男性ミイラの衣装」
を見入る観客たち

 図録によると、身長は51センチ、年齢は8か月から1歳とのことです。頭には青い羊毛の帽子をかぶり、身体は赤い毛布でくるんだ上から赤・青二色の毛糸を寄り合わせた紐で縛っていました。副葬品として牛の角の杯と羊の乳房の皮を縫い合わせて作った哺乳器などが納められていたそうで、生後まもなく死んだ幼子への悲痛な親の心情が伝わってきます。
 また興味深いのが、1995年に営盤墓地で発見された仮面を被った男性ミイラの華麗な衣装(2−5世紀、新疆文物考古研究所所蔵)です。赤い衣に身を包み、金箔を押した白い仮面で顔を覆っています。遠く西方から運ばれてきた毛織物の上着、中国内地製の刺繍のある絹織物のズボンで盛装しており、「楼蘭の美女」に対し、「営盤の美男」と称されているそうです。
 さらに注目を引いたのは「新シルクロード」第1集で紹介された楼蘭・小河墓遺跡から出土した「木製ミイラ」です。2002年に出土した4つの木棺からは、女性のミイラのほか、様々な副葬品や、木彫りの人間が発見されたのでした。
 「木製ミイラ」は約3000〜4000年前の文物とされ、人と同様、腰帯や革靴、ブレスレットなどを身に着け、下には敷布がひかれていました詳細はいまだ謎に包まれている世界的にも極めて珍しい遺物ですが、これも中国に先駆けての公開でした。

「塑造彩色十二支俑・鶏」
(唐代、トルファン出土)
「龍」
(唐代、西安市南郊草場坡出土)

砂漠に埋もれた文化遺産の数々

 貴重な展示品の数々と並んで、会場で感心したのが音声ガイドでした。個性的な表現世界に感性が揺さぶられる美術展と違って、こうした文化財の展示には歴史的な背景や特徴などの解説が手助けになります。それを補う音声ガイドに新しいシステムが採用されていました。
 マルチメディア・ガイドは北陸の会社が開発したもので、従来の音だけによるガイドではなく、文字や映像も組み込まれているのです。しかもNHKの番組でおなじみの松平定知さんが名解説をしています。実物を目前に、さらに詳しい情報を文字や映像で知ることができる新兵器です。

「新シルクロード」の番組に連動して
会場内で流されている映像


 かつて私は1997年から4年がかりでシルクロードの仕事に携わりました。朝日新聞創刊120周年記念プロジェクトとして「シルクロード 三蔵法師の道」を取り上げ、同じテーマで特別展と学術調査、国際シンポジウムなどに取り組んだのです。
 特別展は三蔵法師の生きた唐の時代にスポットをあて、その足跡に由来した文物を展示し、異文化交流や仏教文化の変遷を辿るコンセプトでした。この時は中国から直前に出展キャンセルの苦い経験もありましたが、今回の「新シルクロード展」を感慨深く鑑賞することができました。

空には飛ぶ鳥もなく、地上には走る獣もなく、また水草もない。このとき、あたりをみまわしても、ただ一つ自分の影があるのみである。法師はただ観世音菩薩と『般若心経』を心に念じた。
『大慈恩寺三蔵法師伝』(長澤和俊訳)


 こんな厳しい自然環境のタクラマカン砂漠に埋もれた文化遺産の数々。それも何千年も経た現在になって発見が相次いでいるのです。総延長1万数千キロに及ぶ遠大な道を様々な民族と多様な物資が盛んに行き交い、文明が交差し興亡の舞台ともなってきたシルクロードは、なおも神秘的な魅力に満ち溢れているのです。


しらとり・まさお
朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)などがある。

新刊
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
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発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
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発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
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