「わがシネマ人生に悔いなし」

2005年8月5日号

白鳥正夫

 倉敷市内の倉敷芸文館で7月、「倉懐(クラシック)上映会」なる催しがありました。この会に招かれたのは松山市在住の映画作家の上田雅一さんでした。40数年前の倉敷美観地区を撮影した『くらしきの川』などを上映し、上田さんの講演もありました。今年90歳になる上田さんは約200本もの8ミリ映画作品があり、これまで海外の51作品含め内外で93作品が受賞しています。内閣府の「2005生活達人」にも選ばれた上田さんの「わがシネマ人生に悔いなし」を紹介します。

ファインダーをのぞく上田雅一さん

カメラを逆に川面の町を撮影

 粋な名前の「倉懐(クラシック)上映会」は、倉敷市が市独自の資産を再検証し、その魅力をインターネットで広報し、より多くの人々に訪れてもらう街づくり「空間庭園くらしき」の一環として開かれました。そもそも倉懐(クラシック)とは、様々なアーティストから作品の提供を受けデジタル化し、広く公開する試みです。
http://www.city.kurashiki.okayama.jp/film/index.html

「倉懐(クラシック)上映会」
で講演する上田さん
小学生らも入場し
満席の上映会会場

 じっとしていても汗が噴き出すような真夏の午後、私は大阪から会場に駆けつけました。上田作品を見るまたとない機会だったためです。市民らが集まり始めましたが、開会時間になっても半数以上の空席がありました。「この暑さではやむなしか」と思っていると、上田さんの話が終わり、『くらしきの川』の上映の前には小学生たちがどっと入場し満席となりました。

「くらしきの川」の一場面

 授業の一環として予定されていて、生徒らは父母の時代の倉敷の街並みを観賞したのでした。モノトーンの暗い映像でしたが、白壁と川面の美しい当時の風情を映し、歴史を知る上でも貴重な資料といえます。昭和37年の雨模様の一日、8ミリカメラを天地逆さに構えて撮ったという作品には、川面に映った町屋の佇まいが、水の揺らぎで揺れる姿が映されていました。
 続いて『土の暦』が取り上げられました。こちらは田植えから脱穀までの稲作の出来るまでを、季節の移ろいとともに農家の営みを描いていました。自然の恵みを敬い、豊かな実りを祈る農民の姿が捉えられており、こうした記録映画が学習教材としていかに役立つのかを感じました。

「土の暦」の一場面

 小学生らが退場した後、上田さんの代表作の一つで、フランスやアメリカの映画祭で優秀賞に輝いた『古城再現』が上映されました。1966年から1年がかりで復元された松山城小天守ほか5棟の城郭工事を追った記録映画です。柱が立ち、梁が上がって城の骨格が整う夏。土が水でねられ編み竹の壁に被さる秋。屋根瓦が敷かれシャチホコが据えられる冬。そして美しい昔の姿が甦った春に至るすべてを、丹念にカメラで追い続けたドキュメントでした。
 上田さんは「『古城再現』が5月に、松山城天守閣でも上映されました。観光客も足を止めじっくり見ていただきました。城が出来るまでの経過が良く分かったと好評でした。映像に遺しておけば、歳月を経て値打ちが出てくることを再認識しています」と語っていました。『土の暦』にも言えますが、長い期間をかけ根気よく撮ったものだと、暑さも忘れるほど感心したのでした。

「古城再現」の一場面

真鍋博作品の所蔵が縁で文通

 新居浜市出身の私が同じ愛媛県人の上田さんを知ったのは、イラストレーターの真鍋博回顧展がきっかけです。私が朝日新聞社で現役最後の仕事として同郷のアーティストの展覧会を企画したのでした。真鍋作品を調査していて、愛媛新聞に連載された『続・愛媛の昔語り』の挿絵原画を、上田さんが所持していることが分かり、約50点中2点を借用したのでした。
 上田さんは連載の1959年当時、愛媛新聞社に勤めており、不要になった原画が処分されていたのを入手したそうです。上田さんは真鍋さんに返却を申し出たそうですが、「お持ちしていただいて結構です」の返事があり、所蔵する経緯があったといいます。展覧会は大阪、倉敷、東京を巡回しました。上田さんは所蔵品が展示されることを喜び、昨年5月に倉敷市立美術館での真鍋展に足を運んでくれたのでした。
 その1年後に倉敷市美とは目と鼻の先の会場で、今度は上田さんの映像作品が上映されることに不思議な縁を感じました。真鍋展で連絡を取り合ってから、上田さんは、自らのシネマ人生を何度となく書簡で知らせてくれたのです。私は元々映画が好きでしたが、朝日新聞社で映画に関わる仕事をするとは思いもかけませんでした。朝日ベストテン映画や朝日シネマの旅などに取り組んでいたことは、このコーナーの11月20日号に書き込んでいますが、いずれもが劇場用映画の話でした。
 上田さんから送られてくる手紙の文面には、これまでの映画への情熱が綴られていて、とても新鮮でした。そんなある日、一冊の本が届けられました。『シネマな面々』(キネマ旬報社)のタイトルで、副題に「松山発映画人生」と記されていました。活動写真創始のことやその盛衰、こぼれ話、エピソードなどがこまやかに書かれています。そして帯文には、かの有名な故淀川長治さんが「生き生きとした貴重な映画史」と表現し、序文に次のような文章を寄せていました。

すべてが生きている記録で嬉しかったですし、まことに<貴重>であります。こつこつとこまやかに記されているので、よくその時その場が分かり楽しく拝読、というより思わず夢中で読みました。(中略)
筆者の<映画わが命>とさえ思える愛情がこもり、筆者ご自身が記されるうちに、あのこと、このことと、その記録の大切さに夢中なことが楽しく理解できました。

観光客も見入る松山城での上映会

記録映画の文化的価値を再評価

 今やビデオブームで、簡単に映像作品を作ることが出来るが、上田さんの映画人生は1935年(昭和10年)ごろまで遡ります。当時9ミリ半のカメラを知人から借り、小作品を手がけます。撮影所入りを望むもプロの道は険しく、会社勤めをします。しかし8ミリ映写機を入手し、余暇にはカメラを回し続ける日々でした。映画への夢は捨てきれず、40歳ごろから本格的に取り組み始め、定年を待たずに退職し自宅に映像社の看板を掲げたのでした。
 当初、仕事はなかったそうですが、やがて民族芸能や文化財の記録などの依頼が舞い込んできます。この間、『興居島の春』『大三島祭礼』『闘牛』といった芸能的な作品から『砥部焼誕生』『札所―そのうつろい』『一遍絵伝』など思いつくまま次々と作品を制作し続けたのです。これらの8ミリ作品の大半は、元NHKアナウンサーの爽やかで澄んだナレ−ションで語られています。
 こうした地道な活動の成果は内外のコンテストで入賞し、国際映画祭でも多くの入賞に輝きます。『古城再現』は2年前から早稲田大学理工学部で教材として使われています。また2003年には愛媛県歴史文化博物館で公開されるなど、文化的な価値が改めて評価されています。その後も松山や倉敷など各地での上映会や展示会が続き、旧作の貸し出しもあり、隠居どころではないのです。
 今年5月、郷里から上京する際に松山に立ち寄り、上田さんと再会しました。小柄な身体に鳥打帽がよく似合う柔和な紳士です。200本もの映画を撮ったバイタリティはどこから生まれてくるのか、年齢を感じさせない言葉や行動力にも驚かされます。お会いするのは3回目でしたが、親しみ深い表情と多くの手紙から旧知のように思えました。そして何よりうれしいのは、いつも前向きで夢を語ってくれることです。
 上田さんは映画ばかりじゃないのです。時代小説や随筆を書けば写真集などの著作も10数冊を数えます。さらにネットのホームページに「上田雅一のシネマなページ」http://home.e-catv.ne.jp/abc234/cinema/cinema00.htmを持ち、連続コラムを寄稿しています。
 「生活達人」を地でいく上田さんは、今年5月に発行された『スクランブル』(宸P5)の中で、武田久子さんのインタビューに答えて、こんな自分評を語っています。

思いがけなく長い間、生きておるなあというとこですかな。気ままにやってきただけのことですよ。今やっていることは、若い時代の清算をやらせてもらいよるんでしょうな。「生活達人」というのは今年で77回にもなるようです。昭和の初めから続いてきたものをいただける。ありがたいことです。長い人生のご褒美でしょうかな。

 「わがシネマ人生に悔いなし」。上田さんの青春はまだまだ続きそうです。


しらとり・まさお
朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)などがある。

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定価:本体1,500円+税
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内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
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定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。

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