11号を数えた『美術フォーラム21』

2005年7月5日号

白鳥正夫

 出版不況といわれる中、美術というジャンルにこだわった雑誌が、このほど11号を数えました。年2回の発行で、7年目を迎えたのです。その名は『美術フォーラム21』。代表発行人は、大阪大学名誉教授の原田平作さんです。関西の文化発言力の低迷と出版界の沈滞に一石を、が動機だといいます。いわば出版のシロウトが始めた雑誌ですが、高い志と情熱、そして内容のぎっしり詰まった雑誌です。ぜひ一人でも多くの読者が得られることを願って、紹介したいと思います。

『美術フォーラム21』
最新11号の表紙

『美術フォーラム21』
のバックナンバー



最新号は「崩壊する?美術館」

 まず最新号の内容ですが、特集は「崩壊する?美術館」です。55ページにわたって、ミュージアムの歴史や展示物と観客などの視点から9つの論文が紹介されています。不況の長期化に伴う財政ひっ迫により、芦屋市立美術館の民間委託が取りざたされ、財団運営の美術館の閉鎖やデパートでの美術催事の撤退も目立っています。さらに公立の美術館の運営を民間に委託する指定管理者制度の導入が始まろうとする情勢の中、単に現状報告にとどまらず根本的な美術館のあり方を検証しています。
 こうした美術館の崩壊危機に、編集を担当した小勝禮子・栃木県立美術館特別研究員は『美術史学はもはや社会から遊離した芸術の自律性に閉じこもるべきではなく、美術館は「美の殿堂」であるような時代は終わった。今、緊急に問われているのは、極端に走った安易な実学ではなく、鍛えなおされ、議論され直した、新たな美術史学と美術館の思想の構築ではなかろうか』との問題提起をしています。
 さらに11号には、「鑑賞教育再考―学校と美術館を取り結ぶもの」のテーマでの事例報告や論文、さらにはアトリエ訪問、現代作家論、書評、展覧会評などの記事が満載です。やや専門性が高いものの、美術愛好者には十分に刺激的で知的好奇心を満たしてくれる内容です。原田さんは「趣味の雑誌では終わりたくない」と、質的なレベル保持を強調しています。
 創刊は1999年11月で、3000部刷ったといいます。特集のほか、珍しい美術作品の紹介に始まって、美術随想、トピックス、書評、展覧会評、現代作家紹介といった総合的な構成になっています。筆者は主に関西在住の大学教師や美術館学芸員らの研究者が中心です。
 毎号に力のこもった特集を組むのが特徴で、創刊号は「日本美術史再考──江戸の美術はどのように語られてきたか」、「江戸狩野批判の真相」、「琳派なんて、本当にあったのか?」……。こんな刺激的な表題が踊っています。「この雑誌への発表は大胆な発言を期待しています。学術的でありながら思い切った内容にすること、それを魅力にしたいと思っています。定説を否定しないまでも、疑ってみる姿勢を打ち出せれば」とは原田さんの弁です。
 これまでの特集は「美術批評の歴史と現在」、「海外から日本美術を見る」、「印象派研究大全」など幅広いテーマです。8号は「<生と死>と美術」といった大胆な特集。もちろん原田さんも毎号に執筆していますが、この号でも「<近代美術と生死>覚書」を寄せています。その最後に広島市現代美術館の展覧会を取り上げ、「ヒロシマ」というテーマから「死と生」を抽出し、それを自己の世界観に結びつけて作品化した作家たちに共感する桑原住雄さんの言葉などを引用し、被害者としてのヒロシマと同時に、加害者としての日本も忘れてはならないと注文をつけています。

「ベルリンの至宝展」の入り口
〜6月12日
東京国立博物館
7月9日〜10月10日
神戸市立博物館

コメント:ドイツ国外初出品も多数。
「クレオパトラ7世頭部」や
ボッティチェリノ「ヴィーナス」など名品は必見

「ゴッホ展」の会場風景
〜7月18日
国立国際美術館
7月26日〜9月25日
愛知県美術館

コメント:ゴッホの傑作30点と
ミレーやゴーギャンらの作品30点、
資料など60点で、ゴッホの変遷をたどる

雑誌発刊のため出版社を設立

 原田さんは京都大学文学部で哲学科美学美術史を専攻、大学院の博士課程を単位取得後に退学し、京都市美術館に就職。近代日本の美術を主テーマに学芸員から学芸課長まで約25年間勤務します。大阪大学に転じ10年間教鞭を執りますが、1997年に退官します。しかしこの年、原田さんにとって大きな転機になりました。白鳳女子短期大学国際人間学科長と、愛媛県立美術館館長の二つの要職に就くことになったのです。
 京都市美に勤めていたころから、出版に興味があったといいます。大阪大学教授時代には『芸術学フォーラム』(勁草書房刊)全8巻の責任編集の一人として出版に携わっっています。その延長線で、一般の美術愛好者に語りかけるようなもの、逆に美術愛好者が内容について批判できるようなもの、そんな読み物が必要ではないか、と考えたのです。
 そこで『美術フォーラム21』を発刊するため醍醐書房を設立したのです。最初は出版社の設立までは思ってもいなかったそうですが、本を作っても販売ルートにのらなければならないからです。明治時代には文筆家が自腹を切って本を出すようなことがありました。日本美術院の創立者、岡倉天心も美術雑誌『国華』(現在は朝日新聞社刊)を創刊しています。そんな使命感もかすめたのかもしれません。 
 これからはますます情報化社会になって、少しでも役に立つ情報を伝える手段を育てていこうと、同志に呼びかけたところ執筆協力者などで見通しができたのでした。フォーラムという名前も自由な発表の場でありたい、という願いから。編集委員には関西美術界のそうそうたる顔ぶれが並び、執筆陣を厳選しています。その委員の顔ぶれも内容に応じて変わる手のこんだものです。これも約40年にわたって培ってきた人脈が武器になっています。

「興福寺国宝展」の会場風景
〜7月10日
大阪市立美術館
8月5日〜9月11日
仙台市博物館

コメント:力強い鎌倉期の仏教美術
の粋を暗い寺内でなく鑑賞でき必見
100点余、国宝・重文のオンパレード

「円空展」の会場風景
〜7月18日
北海道立近代美術館
7月30日〜9月11日
名古屋市美術館
9月23日〜10月30日
仙台市博物館

コメント:12万体の仏像を彫ること
を願い一生を捧げた円空。近畿から
北海道まで足跡を残すが120体を展示

「関西から文化力」実践に支援を

 そもそも私にとって原田さんは旧知の尊敬する先達です。最初に出会ったのは、忘れられない展覧会を通じてのこと。兵庫県立近代美術館(現兵庫県立美術館)と朝日新聞社が共催して準備を進めていた「バルビゾンの発見 ミレー、コローが愛した自然と生活」という展覧会です。
 準備中の1994年6月末、展覧会監修の池上忠治・神戸大学教授が急死したのです。そこで助っ人にお願いしたのが当時、大阪大学教授だった原田さんでした。かつて京都市美にいたこともあり、展覧会の運営について熟知しており、急場しのぎに最適任者でした。やっと軌道に乗った1995年1月17日に阪神・淡路大震災が発生し、展示会場の建物が大きく崩れる大被害で、一時開催が危ぶまれた。しかしその年の11月に無事に開幕でき、原田さんともども安堵した思い出が残っています。
 その後も、美術館の集いなどで顔合わせし、展覧会企画などで意見交換をしてきました。そんな原田さんから『美術フォーラム21』の苦境が伝えられたのでした。何しろ号を重ねるごとに毎回120−130万円もの赤字がかさむといいます。一時、私も編集会議に加わり、今後の対応などについて懇談させていただいたこともあります。
 しかし原田さんと支援するスタッフの熱意や、協賛する賛助会員もあり11号以降の刊行の目途がついたといいます。原田さんは「正直いって苦しいです。でも美術の世界で食わしてもらった自分として、社会へ還元するつもりもあります」と話しています。静かな口調、穏やかな表情の中にも、一途な思いが伝わってきます。
 京都や奈良を擁する関西地区は優れた古美術の宝庫であり、コレクターをはじめ美術愛好者も多くいます。いま文化庁では「関西から文化力」を提唱しています。せっかく関西から発信続ける良質な美術雑誌の灯を消してはなりません。続刊を支えるのは読者なのです。「雑誌が育つと同時に、この雑誌から人材も育ってほしい」。原田さんの関西美術界への思いは熱いのです。
 『美術フォーラム21』は10号まで2800円(税別)でしたが、11号から2300円(税別)に値下げをしました。定期購読の希望の方は醍醐書房(075−575−3515)です。
(http://www1.odn.ne.jp/daigo-shobo/forum.html)

森口宏一の新作「漂白」と「水中」

コメント:関西を代表する現代美術家、
森口の意欲作。壁面には様々な衣装の
白いコスチュームが8点、その前に青
い水をたたえた立方体の器を配置。厳
かな空間を表現。番画廊で発表した


しらとり・まさお
朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)などがある。

新刊
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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