企業系の美術館を歩く

2005年6月20日号

白鳥正夫

 「美術館、冬の時代」が続き、公立美術館にも指定管理者制度の導入が現実化する中、地域の中に根づき、奮闘している企業系の美術館があります。今春10年目を迎えたアサヒビール大山崎山荘美術館と8年目の佐川美術館は、独自のコレクションがあり、ゆったりとした環境に恵まれています。地域社会の中で企業系ミュージアムは、身近にあって格調高い芸術に触れることができる開放スペースでもあります。

アサヒビール大山崎山荘美術館の入り口

「地中の宝石箱」にモネの「睡蓮」

 アサヒビール大山崎山荘美術館は大阪府境の京都府内天王山山腹に抱かれ、JR山崎駅を降りて急な坂を10分ほど登った所にあります。美術館の送迎バスが用意されていますが、歩けば木立の静寂、緑陰を渡る風の涼やかさは格別です。石張りのトンネルをくぐり、竹林の中を抜けて、息が少しあがったところで、山の緑に溶け込むように建つ山荘の洋館が見えてきます。
 美術館の本館となっているヨーロッパ風の山荘は持ち主だった実業家の加賀正太郎氏の設計です。山荘は大正時代に木造で建てられたのち、昭和初期に増築されたとのことです。後にアサヒビールが京都府の意向を受けて入手し、美術館として再生したのです。民芸運動に理解のあった初代社長の山本爲三郎氏が集めた陶芸品を中心に約1000点の所蔵品があり、そのうちの100点余が展示されています。

「地中の宝石箱」といわれる新館展示室


 河井寛次郎、濱田庄司、バーナード・リーチらの自由でのびのびとした作品が、細部まで思いを凝らして建てられた木造の空間に心地良くマッチしていました。建物内には、古いバスルームとか、ステンドグラスの窓とか、暖炉とかもあり、展示品と合わせて楽しめます。
 古い建物と対比するかのように新たに建てられた新館は安藤忠雄さんの設計ですが、建物は半地下になっていて、上部は植栽が施され周囲の景観に配慮しています。重厚なコンクリート壁に仕切られた円筒形のスペースは、まさに宝物をしまうにふさわしい雰囲気を醸していて、ここが「地中の宝石箱」と呼ばれているのが納得できました。
 両側を高い壁に囲まれた細長い階段を降りていくと展示室があり、「万緑の大山崎山荘、絵画コレクション展 印象派を中心に」が7月3日まで開かれています。ギャラリーの上部中央には丸い天窓があり、自然光を呼び込む至れり尽くせりの展示空間になっています。
 ルノワールの「ココの肖像」(1905年、油彩)は30センチそこそこの小さな作品でしたが、燃え立つような紅い色調で、まさに印象に残る一点でした。ドガの「ばら色の踊子」(1878年、パステル)やモディリアニの「少女の肖像」(1918年、油彩)もあり、贅沢な時間を過ごせます。

ルノワールの「ココの肖像」
モネの「睡蓮」


 私の好きなモネの「睡蓮」は、パリのオルセー美術館や倉敷の大原美術館、山口と奈良の両県立美術館の特別展などでも見てきました。自宅に丹精こめた花の庭に睡蓮の池を造園したモネは数多くの「睡蓮」を遺していますが、山荘美術館で見た「睡蓮」(1907年、油彩)は90センチ四方の作品です。池面に浮かぶ蓮、おぼろげな薄紫の葉、所々に黄色い花がアクセントを添え、見飽きません。7月6日から9月25日は「睡蓮2005展」が開催されます。
 「睡蓮」を堪能し、再び本館2階へ。大きなステンドグラスのある階段を上がると、広いバルコニーのある喫茶室があります。木津、宇治、桂の三つの川が合流して淀川となる景色を一望しながらのティータイムは優雅な気分にひたれます。流水と睡蓮の咲く池を配した広い庭でのんびりするのも一興です。

三つの川が合流する風景を一望できる
喫茶室のバルコニー

癒しの「池の中に浮かぶ美術館」

 滋賀県守山市にある佐川美術館は池の中に浮かんでいました。琵琶湖大橋をのぞむ湖東端に位置しており、行きはJR琵琶湖線守山駅から30分、帰りはJR湖西線堅田駅15分のバスを利用しました。美術館は大きな切妻造りの屋根を持つ2つの建物が人工池の中に溶け込むように、また池の上に浮いているかのように建てられていました。入り口へのアプローチも水辺の回廊を渡る構造で、まさに癒しの水辺空間を作り出しているのです。
 外観は和風ですが、回廊に沿って林立する柱はギリシャ神殿を思わせます。内観も非常に落ち着いたデザインです。館内にはミュージアムシアターがあり、100インチの大型スクリーンではハイビジョン番組が放映されています。またヴィジュアル・ライブラリー施設も整い、所蔵作品を検索でき、ブロンズ作品は自分で操作しお望みの角度から鑑賞できるのです。水庭に面したコーヒーショップも十分にくつろげます。

切り妻造りの屋根が美しい佐川美術館

館内へと続く回廊
館内展示室


 私が5月末にここを訪問したお目当ては「中国国家博物館所蔵 隋唐の美術」を見たかったからです。中国国家博物館は2003年に中国歴史博物館と中国革命博物館が統合して誕生したのですが、私は1997年に「シルクロード 三蔵法師の道」展の準備で、中国歴史博物館を訪ね、半日がかりで調査したことがありました。その時、借用を希望しながら実現できなかった三蔵法師ゆかりの「石製三蔵法師玄奘銘仏座」が出展されていたのです。
 この企画展は6月5日に閉幕しましたが、「正倉院宝物の故郷を辿る」をテーマに、中国各地から収集された人物俑はじめ陶磁器、金銀器、仏教彫刻などで構成されていました。国家一級文物の「三彩駱駝楽舞俑」や「銀鍍金獅子文六花形盤」なども出品されており、見ごたえ十分でした。これだけの展覧会を独自企画できる館の実力に驚きながら鑑賞しました。
 そもそも佐川美術館は1998年、佐川急便が創業40周年を記念して開館しました。収蔵作品は、日本画家・平山郁夫(1930−)と彫刻家・佐藤忠良(1912−)の二大巨匠のコレクションが中心となっています。平山画伯のことは本サイトの今年2月5日号の「平山芸術 新たな展開」として「平成の洛中洛外」を取り上げていますが、広島での被爆体験から平和への祈りが命題となり、作家活動だけでなくユネスコ親善大使など幅広く活躍しています。
 佐川美術館では約300点も所蔵し、常時50点を7つの部屋に展示しているのです。一番奥の展示室には「平和の祈り−サラエボ戦跡」が展示されていました。「1986年、国連の平和親善大使として訪れたボスニア、廃墟と化した町サラエボ。子供たちの純真な澄んだ目が将来への明るさと希望を抱かせ、彼らに未来を託し平和の祈りを込めました」との作者の言葉が添えられています。
 佐藤忠良氏は、現代具象彫刻の第一人者です。こちらは池を挟んで別棟の5室に展示されています。「ブロンズの詩」と名付けられ、所蔵100点中50点余りの彫刻や素描を展示しています。代表作の「帽子」など女性や子供の像が心行くまで味わうことができます。
 さらに佐川急便では2007年3月に創業60周年を迎えるのを記念して「十五代樂吉左衞門館」をオープンするべく、今年5月末に着工しました。ここでは水面下に展示室を設け2000年以降に作陶した50点を展示するのをはじめ、水庭に「現代の茶室」を設けるそうです。

三蔵法師玄奘の銘の入った仏座
平山郁夫展示室

佐藤忠良「帽子・夏」



館を楽しみ活用し育てよう

 戦後、飛躍的な経済成長の中で、富を築いた創業者、今風に言えば勝ち組経営者の中に美術品コレクターを輩出しました。関西にも白鶴美術館や藤田美術館、大和文華館など枚挙にいとまありません。その歴史や形態、運営などはさまざまですが、業界のものまで含めると、全国で600以上を数えるのです。
 しかし経済の停滞が続き、奈良そごう美術館や大阪の出光美術館など閉館する所も出てきました。その他でも個人所有をいつまでも続けられず財団法人で運営する企業系ミュージアムが増えました。関西には、豊かな生活文化産業の歴史的活動を背景に、質、量ともに優れた多くの企業系ミュージアムがありますが、意外に知られていないのが現状です。
 企業には、本業を通じて社会への貢献を図ると同時にメセナ活動を押し進めることによって文化の創造・振興に役立てたい、とする基本理念があります。美術館運営もその一環として活性化さればと考えます。地域社会と一体となって、より成熟した美術館運営が望まれます。
 今回は数ある企業系ミュージアムの中から、ほぼ10年にわたって活動を続けている二つの美術館を取り上げました。「成功者だからこそ実現できた趣味の世界」とか「企業宣伝の一環」だなんて穿った見方もありますが、ヨーロッパの王室コレクションに代表されるように、権力や富があったればこそ、文化財や美術品がまとまって保存されてきたのも事実です。実際に訪ねて「見て、触れて、感じて」いただくのが一番です。私たちが楽しみ活用することによって、末永く育てられることにもつながるのです。


しらとり・まさお
朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)などがある。

新刊
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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