運営に苦しむ公立美術館

2003年12月20日号

白鳥正夫

デパート美術館や企業系の美術館が軒並み縮小、閉館に追い込まれている中、逆に公立美術館、博物館の新装が相次いでいます。今年10月に神奈川県立近代美術館葉山新館が開館したのをはじめ、来年には大阪にある国立国際美術館が新築移転、石川でも金沢21世紀美術館が10月にオープン。2005年には長崎県立美術館、さらに06年には大規模な国立ナショナルギャラリーがオープンします。


建設の進む金沢21世紀美術館

このほかにも市町立などでも次々と公立美術館が開館予定ですが、こうした美術館建設構想はバブル期に計画されていたものがほとんどです。まだまだハコモノ行政の目玉になっているようです。ところが経済状況は低迷したままで、公立美術館の台所事情はどこも火の車。作品の購入資金が減額され、維持運営費さえ抑制されている有り様なのです。

予算削減で学芸員らに不満

文化行政は中身が伴ってこそ充実します。入れ物が豪華にできあがっても、いい企画を打ち出し、運営する事がおろそかになっては臥竜点睛を欠いてしまいます。景気が悪くなると真っ先に文化予算を削るのでは、美術館も単なる「ハコ」になりかねません。一方、ここまで館が増えると、どんな内容の展覧会を開くか、学芸員の力量が試されているわけです。

しかし管理する行政側の締め付けが厳しく、学芸サイドで意図した企画は採用されにくい状況です。「内容は二の次で、とにかく人が入る展覧会をやりなさいの一点張りですよ」「美術を理解しない館長が天下ってくるんですから」といった学芸員の不満を、私は各所で幾度となく聞かされました。私の知人で大学にトラバーユした学芸員は、十指は下りません。

こうした公立美術館の厳しい経営状況は今に始まったわけではありません。すでに1994年頃から税収の落ち込みで予算を削減されています。日本で最初に開館した鎌倉市の神奈川県立近代美術館でさえ1億2千万円だった作品購入費が四分の一の3千万円に大幅カットされ話題になりました。この年、私の旧知で写真評論家の平木収さんは、学芸員をしていた川崎市民ミュージアムを辞めました。「先駆的な企画を売りものにしてきた館なのに、予算を減らしたため企画が通らなくなった」のが理由でした。

公立美術館は外見こそ立派ですが、中身はお粗末と言わざるをえません。95年に東京の木場に開館した東京都現代美術館は、建物床面積が3万3千平方メートルを超す日本最大の美術館です。鳴り物入りで開館したのに、年間約16億円もの赤字を出し、01年から民間経営者を新館長に迎えました。不要な所蔵品を売却し、外国車のフェラリーの展示会などを開いて経費改善を図っています。

展覧会を開催するための年間予算が、都道府県レベルでも多くて1億円、ほぼ5千万円から8千万円といったところです。これでは年に数本の企画展しかできない。このため新聞社の持ち込み企画でしのがざるをえない。「シルクロード 三蔵法師の道」展を開催した東京都美術館は貸し会場です。オルセー展やルーブル展など集客力のある大型展を受け入れた神戸市立美術館もほとんどが新聞社と実行委員会を組んでの取り組みです。

地方の県立美術館などでは当初から事業費を組まず、自転車操業で展覧会を実施し、赤字分を補填してもらう所さえあります。こうした中、兵庫県の芦屋市立美術博物館では深刻な財政難の中「民間委託を模索し、休館も視野に入れる」との窮状が発表されました。1991年に約16億円かけ開館されて10年そこそこです。このまでは2006年度実施の方向で、現地では市民らが存続への運動も動き出しました。


ユニークな展覧会を開催する丸亀猪熊弦一郎美術館
(1997年7月「イサム・ノグチと三宅一生展」の展示風景)

美術館は心の糧を求める場

よく「花は美しい」とか、「海や空は青い」とか、一般的に言うが、この表現は決して正確ではありません。花だって美しい花ばかりとは限らないのです。海や空だって変化します。直に見てこそ、「この花が、この空が」と言えるのです。美術館での美の発見は、心の感動です。芸術の味わいは、感動との出会いであり、それが生活の糧になるのです。

もう一つ、公立美術館の大切な役割として、それぞれの地域で教育施設としての位置を占めています。単なる展示スペースではなく教育普及のスペースなのです。子供が優れた美術に接する機会を作ることは、大人の責任です。美術館は学校と連携し、感性豊かな子供たちを育てる義務があります。

2002年4月から、新学習指導要領に小学校の図画工作や中学校の美術で、鑑賞を充実する方針が明記されました。文部科学省も同時期から国立美術館・博物館の常設展を小中学生は年間通じ無料にしたのは大いに歓迎です。

国立を含めた公立美術館を取り巻く環境はこれからも変化し続けるでしょう。公立美術館は地域文化を支える核であり、多様なニーズに答える努力が必要です。そして様々なメニューを用意すべきです。学芸員は粘り強く「美術とは何か」を問い続けてほしいし、時代を見据えたテーマ展にも取り組んでほしいと思います。その真価を問われるのはこれからです。


しらとり・まさお
朝日新聞社大阪企画事業部企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から、現在に至る。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)などがある。


新刊
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたち平山郁夫画伯らの文化財保護活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者の「夢しごと」をつづったルポルタージュ。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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