ウズベキスタンを知る写真展

2005年6月5日号

白鳥正夫

 シルクロードの言葉から何を連想するでしょう。行けども果てしない大地であり、遥かな山々や草原であり、沙漠の中に拓かれたオアシスであるかもしれません。狭い島国・日本にとっては、あこがれの異文化地域です。そのシルクロードの十字路に位置し、オアシスの要所であるウズベキスタン共和国で反政府暴動が起き、500人をこす死者が出ました。1991年にソ連から独立した中央アジアの治安の悪化が報じられる中、写真家の萩野矢慶記さんの写真展「シルクロードのオアシス」は、今月9日から14日まで京阪百貨店守口店で開かれます。入場無料で、現地から直輸入の物産展も同時開催されます。

著書を前に取材を受ける
萩野矢慶記さん

文化遺産や住民らの表情70点

 シルクロードは、西のローマから東の西安や洛陽にいたる広大なアジアを横断する古代通商路で、中国から西へ絹が運ばれ、この名に由来します。西からも宝石や玉、織物など様々なものが行き来し、イスラム教も、インドからの仏教もこの道を通じ伝わったのでした。
 それだけにシルクロードで結ばれた広大な国や地域はアレクサンドロスの東征、アラブの侵入、チンギスハーンの西征、さらにはティムール帝国の拡大など歴史的に興亡を重ねてきたのです。

ラクダの隊商を想わせるキジュル・クム砂漠の羊の大群

 幾度かの破壊と再生を繰り返しながら、「石の町」とされる首都タシケントをはじめ、「青の都」と称されるサマルカンド、中世の面影をとどめ世界遺産の「僧院」の町ブハラ、「聖都」ヒワなど、近年は観光の面からも注目を集めています。
 今回のウズベキスタン写真展は、世界50数カ国を旅し、風物や子どもたちを撮り続けている萩野矢慶記(はぎのや・けいき)さんが渾身を込めて撮った作品70点で構成します。今に伝えられている歴史的、文化的遺産と、そこに暮らす様ざまな人々の表情を通して、遥かなシルクロードの息吹を駆り立ててくれます。
 萩野矢さんは1938年栃木県生まれです。専修大学商経学部を卒業後は、保冷車などの車両機器メーカーに就職し、44歳までサラリーマンだったのです。しかも営業部長の職にありながらフリーのカメラマンに転向したのです。「酒も、マージャンやゴルフもやらない私にとって、唯一の趣味は写真でした。ストレスのたまる競争社会からの脱皮もありました」と、当時を振り返っています。

ヒワのアラクリハーンのメドレッセ、
輝くばかりの夕日をあびる姿に
砂漠のオアシスを彷彿する


 休日ごとにカメラを持って街を歩き、通勤時にカメラに関する本を読み、フォトサロンをのぞく日々、ついに無謀ともいえる決断をしたのです。まさに独学の萩野矢さんでしたが、それなりの自信を秘めていたのです。初めて応募した東日本写真コンクールで「浅草三社祭」が1等賞を獲得したのです。それ以来、落選を気にせず応募を付けますが、多い年で40回、10数年で何と300回にも及ぶ入賞を果たしていたのです。

ブハラのシンボル、
カリヤン・ミナレット塔は
かつて砂漠を通る
キャラバン隊の道しるべになった

サマルカンドのレギスタン広場に立つ
ティリャカリのメドレッセ

最初のテーマは「子どもの遊び」

 プロになろうと考えたのは、こうしたコンテスト応募で、主催者の意図に沿った写真を撮ることに疑問を感じ、テーマを選んで撮りたくなったからだといいます。最初に思いついたのが「子どもの遊び」でした。遊び場を失った子どもの姿を追い続けたのです。
 プロ転身の1983年に早くも個展「遊べ東京っ子」を 東京のコニカ(小西六)フォトギャラリーで開きます。以後、毎年のように「子供に遊びを」、「東京かくれんぼ」、 「東京の子供たち」、「子ども新時代」、「すばらしき一歳児」、「街から消えた子どもの遊び」などの個展を各所で開催してきたのです。
 こうした実績が評価され、国際児童年に外務省が発行した写真集に採用されるなど教育関係や子供向けの図書や雑誌の仕事が入り、生活の不安も解消し、順調な写真家への道をたどることができたのでした。
 一方、被写体の対象も「世界のこども」へ、やがて「世界の町」へと広がります。元来、「大人の遊び」とは無縁な人生だけに真面目一筋の取り組みです。被写体をギリシャに向けると8年間に17回も通う凝り性です。さらにトルコのカッパドキア、ウズベキスタンと向けられてきたのです。
 この間、第35回三軌展文部大臣奨励賞や中国撮影家協会上海分会栄誉褒賞を受賞。『街から消えた子どもの遊び』(大修館書店)、『エーゲ海だより』(JTB出版)『ギリシャ夢紀行』『バリ楽園紀行』(グラフィク社)、『ネパール微笑みの風』(東方出版)など多数の写真集や実用書『海外旅行の写し方』(日本カメラ社)を出しています。
 今回の展覧会開催に合わせ、同名の『ウズベキスタン シルクロードのオアシス』(東方出版、3000円+税)が重版されました。萩野矢さんは「この度、暴動の報道でウズベキスタンのことがニュースになりましたが、サマルカンドに代表される美しい都、そして温厚で柔和な人びとやエキゾチックな美人が迎えてくれます。一人でも多く、この国のことを知ってほしい」と、呼びかけています。

メドレッセの中庭で、
優雅な舞を披露する民族舞踊ショー

直行便運航、日本との交流進む

 ウズベキスタンは、私にとっても忘れられない所です。私がこの地を最初に訪れたのが1997年2月でした。朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」の事前調査のためです。北京から空路約6時間、午後10過ぎにタシケントに着きました。降り立った空港の建物は古く、薄暗い部屋で入国手続きに1時間もかかりうんざりしたものです。
 特別展での文化財借用や学術調査で遺跡をめぐりましたが、このプロジェクトが終了後も、ご縁が続きます。現地でお世話になった加藤九祚・国立民族学博物館名誉教授が、科学アカデミー考古学研究所と共同で、1998年からテルメズにあるカラテパ仏教遺跡で発掘調査を継続していたからです。
 その加藤先生から、発掘5年目の節目に、新発見の出土品を中心とした展覧会の日本での開催を要請されたのです。2001年に秋に現地行きを予定していたところ、米軍のアフガニスタンへの報復爆撃のあおりで延期。翌年3月、アフガンに隣接するテルメズに行ったのです。
 空港にはドイツ軍が駐留していたものの、町には緊張感がありませんでした。国境のアムダリアの川を隔てるとアフガンで、一本の友好の橋を通り救援物資が運ばれていました。こうした復興基地の役割もあって、海外からの援助資金が投入されているのか、博物館の建設など公共工事があちこちで進んでいたのが印象的でした。

アフガニスタンとの国境近くの軍事基地内にある
ウズベキスタン共和国の仏教遺跡カラ・テパで
発掘を続ける加藤九弥さん(右)


 「ウズベキスタン考古学新発見展」は、2002年秋に東京、奈良、福岡の3会場で開催できましたが、その後も毎年発掘調査に出向いている加藤先生は今年83歳を迎えたのです。シベリア抑留の体験を持ちながら、旧ソ連のウズベキスタンの遺跡発掘を続ける人生に感動し、拙著にも取り上げさせていただきました。
 2002年には6月にも友人らと西のローマと並び称される「青の都」サマルカンドを再訪しました。初めてライトアップされた夜のレギスタン広場に出向きました。澄み切った暗黒の空に月と一等星がまたたき、まるで別世界に身を置いているような夢心地で、時を止めてほしいとさえ願ったほどでした。
 サマルカンドから車で、ブハラには4時間余、そのブハラから5時間余でヒワにも足を延ばしました。シルクロードのオアシスにかつて栄えた中世都市が再び出現した感じです。さすが世界遺産に登録されるだけのことはありました。ブハラでは土地の料理をいただきながら民族芸能を楽しみました。単に踊りだけではなくシルクを着こなしたファッションショーを織り込んでいました。
 タシケントには、文化交流の拠点として、ウズベキスタン・日本人材開発センターが開設されており、平山郁夫画伯の投資でキャラバン施設も新設されています。また日本から桜の苗木を植える運動も実り、日本人墓地など各所に植えられています。
 私はこれまで5度ウズベキスタンを訪ねましたが、行く度に街並みや空港、観光施設が整備されているのには驚かされました。空港ビルなどすべてが一新。現在は関西空港から直行便が運行され、9時間後にはタシケントにあるブロードウエイの通りを歩くことができるのです。ウズベキスタンはぐんと身近になった気がします。

加藤九祚先生の発掘品を展示した
「ウズベキスタン考古学新発見展」
(福岡市博物館で)

しらとり・まさお
朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)などがある。

新刊
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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