見ごたえのある中国国宝展

2005年3月5日号

白鳥正夫

見ごたえのある中国国宝展

 関西圏で過去最大規模と触れ込みの「中国国宝展」(朝日新聞社など主催)が今月27日まで大阪・中之島の国立国際美術館で開かれています。2000年の前回は東京のみの開催でした。国宝展と銘打つだけあって、前回同様、第一級の文物がそろっています。中国は東洋文明の発祥の地であり、5000年の歴史を有しますが、考古学の歴史はまだ100年に満ちません。それゆえなおも重大な発掘の成果が無尽蔵といっても過言ではないのです。今回はこの10年間に発掘された「考古学の新発見」と、日本の文化にも大きな影響を与えた「仏教美術」の2つのテーマで構成されていて、見ごたえがあります。

精巧な玉器や優雅な青銅器の数々

 今回の展覧会の特徴は、紀元前3500年の新石器時代から12世紀の北宋にわたる約150点の文化財を、北京はじめ上海など広い中国大陸の12省の博物館などから集めている点です。東京国立博物館と中国文物交流中心の研究者らが約4ヵ月かけて現地調査し、厳選したといいます。中国国内でも一堂に見ることができない優品ぞろいです。私は昨年10月に東京国立博物館で見ていましたが、改めて大阪でも鑑賞しました。
 展示は、ほぼ時系列で並べられ、一気に5500年前までさかのぼります。中国の新石器時代後期に入ると、精緻な文様を刻んだ玉器が作られます。その中で両手を胸にそろえた玉人や、翼を広げた鷹のような玉鳥が目を引きました。いずれも1998年に安徽省の凌家灘29号墓で出土されたものです。玉鳥の翼の両端は豚の顔の形になっていてユーモラスな表現ですが、胸には太陽を表す円形と星の形が描かれ、鳥が天を飛ぶことによって太陽や星が運行する宇宙に思いを馳せたのではないかとうかがえます。

「玉鳥」


 金属のない時代にどうしてこんな精巧な造形品が制作できたのか不思議なのですが、相当の時間と労力をかけて仕上げたものと感嘆します。それだけに玉器が地位の象徴を示したのでしょう。紀元前2000年ごろになると青銅器の製作が始まります。写真で紹介しました「鶴」は、2001年に陜西省の秦始皇帝陵0007号坑から出土したものです。長い首を下げ、くちばしで魚を捕らえた姿を優雅に表現しています。表面は白い顔料が残り、白色が施されていたことが分かります。秦始皇帝陵といえば兵馬俑が有名ですが、一方で楽園を表す水鳥の世界も創造されたのでした。

「鶴」


 今回の展示品の目玉の一つになっているのが、日本初公開の「金縷玉衣」(きんるぎょくい)です。江蘇省の獅子山楚王陵で1995年に出土された紀元前2世紀の前漢時代といいます。盗掘者が黄金の針金を抜き取り、発見された時はバラバラの状態でしたが、復元された展示品は玉の状態が優れ最高級とのことです。古代中国では玉が遺体の腐敗を防ぐ力があると信じられ、エジプトのミイラを覆った人型の棺と並んで、権力者の死生観が偲ばれ興味が尽きません。

「金縷玉衣」



仏教美術の変遷をたどる展示

 私の最大の関心は「仏教美術」でした。紀元前5世紀ごろ、インドで生まれた仏教は紀元前後に中国に伝わりました。その初期の後漢(1−3世紀)から、三国、魏晋南北朝、隋、唐、五代、そして北宋(10−12世紀)に及ぶ約1000年わたる変遷をたどって見ることが出来るからです。
 魏晋から南北朝にかけて甘粛省の敦煌や山西省の雲岡では盛んに石窟造営が行われ仏教が根づいていきます。特に南朝の梁の武帝が仏教に帰依し発展します。北朝では廃仏で一時的に打撃を受ける時代もありましたが、次第に民衆の間へ浸透していきます。仏像もインド風の衣を身につけた時代から、5世紀後半には厚い衣をまとう独自の様式へ、さらに6世紀半ばには再びインド・グブタ調の薄い衣へと様々に変化します。5世紀後半の如来坐像(銅造鍍金)や6世紀の天王立像(砂岩)などに興味がそそられます。
 数ある仏像の中で注目されるのが6世紀の東魏時代の「菩薩立像」です。1996年に山東省の龍興寺址から出土したもので、400体にものぼる仏像の一部です。三尊像の右脇侍とみられ、下半身に裳をまとい、装飾品を身に付けています。高さは110センチほどですが、微笑を浮かべた表情は気品に満ちています。
 そして南北朝の対立を終息させ統一を果たした隋では、全国各地の寺院を整備し、仏像も数多く造られたのでした。さらに長安を都とした唐の時代に入り、仏教文化は空前の繁栄を遂げたのです。

「菩薩立像」


 仏像と並んで多様な工芸品も造られましたが、墓に埋葬した副葬品に俑があります。唐の時代には、華やかな色付けをした人形などの俑が造られ、写真の「天王俑」は墓の守りとして埋葬されたものです。西安市文物保護考古所蔵ですが、ふくよかな女子俑なども合わせ、現地でもじっくり見たことがあります。

「天王俑」


 このほかにも日本で初めての公開で「阿弥陀経断簡」や「阿嵯耶観音立像」も出展されています。「阿弥陀経断簡」は浙江省の龍泉塔から出土した9世紀の『仏説阿弥陀経』の残巻です。極楽浄土の様子を経文と絵画で描いて興味深いものです。「阿嵯耶観音立像」は雲南省の崇聖寺主塔からの出土で10−12世紀のもの。わずか30センチの高さですが、本体は金製、光背は銀製で印象に残る仏像です。

「阿弥陀経断簡」

「阿嵯耶観音立像」



中国から出展断りの苦い体験

 朝日新聞社企画部員だった私は1999年から2000年、「シルクロード 三蔵法師の道展」を担当しました。三蔵法師が長安(中国・西安)を旅立ち、天竺(インド)へ渡り帰国した足跡を文化財でたどる企画でした。中国からは唐の時代の仏教美術を集めようと、西安に何度か足を運び交渉に臨みましたが、借用出来なかった苦い経験があります。
 これまで日本での展覧会に数多くの実績がある陝西省文物管理局と契約の詰めも終え、開幕を2ヵ月後に控えて断られたのです。中国の出展見送りの背景には、中央と地方の権限の変化がありました。「日本国内での展覧会が多過ぎ、国家文物局への認可手続きが遅かった」などが、表向きの理由でした。
 その間の事情について関係者から「北京と陝西省との間で何らかのトラブルが生じた、次に地方主導の展覧会への警告の意味、さらにかつて中国から流出した文化財が英仏から出品され、関係が良くないインドからも数多く展示されるのが問題」などの非公式の情報が伝わってきました。しかし納得のいく理由が示されず、国際信義の立場からも不本意なことでした。
 その後、中国の出品予定品を国内で代替することができ、展覧会は実現しました。とはいえ、この展覧会の趣旨は三蔵法師をテーマに異文化交流を考えるものだっただけに、中国の理解を得られなかったのは無念としか言いようがありませんでした。
 この三蔵展をきっかけに中国からの借用について、つり上げられていたギャラや隋展者の派遣などで条件が少しは緩和されたと聞いています。中国国宝展の会場で、悠久の歴史の文化財を眼にしていると、過去の嫌な思い出も、取るに足らないことに思えてきました。
 私は昨年2度、中国に旅をしました。5月の高句麗遺跡は第14回で紹介しましたが、その際瀋陽にある新石器時代の新楽遺跡を見学しました。17万8000平方メートルの広さに分布しています。9月の敦煌石窟も第22回で書き込んでいますが、帰路の西安で兵馬俑を上回る規模の遺跡の発掘を進めているとの話を聞きました。
 昨年は西安郊外で「井真成」と称する遣唐使の墓石が見つかりました。空海以前に渡航し、「志半ばで異郷の地に眠るが、魂は故郷に」といった内容の銘文が刻まれていました。日本の文化に限りなく影響をもたらせた中国文明の一端に触れてみるには、中国国宝展は絶好の機会といえます。


しらとり・まさお
朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)などがある。

新刊
「大人の旅」心得帖
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定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
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定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。

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