「大谷」にあやかって、2つの展覧会
2025年5月1日号
白鳥正夫
大リーガーで活躍する「大谷」にあやかって、「大谷」の名を冠する2つの展覧会を取り上げます。京都の龍谷大学龍谷ミュージアムでは、展覧会名が「大谷」探検隊の春季企画展「大谷探検隊 吉川小一郎―探究と忍耐 その人間像に迫る―」が6月22日まで開催されています。次いで美術館名が、西宮市「大谷」記念美術館では、「―西宮市大谷記念美術館の―展覧会とコレクション(3)つなげる美術館ヒストリー」が5月18日まで開かれています。史実と現代美術の異質の展覧会ですが、それぞれに新たな切り口で、味わい深い企画です。
龍谷大学龍谷ミュージアムの春季企画展「大谷探検隊 吉川小一郎―探究と忍耐 その人間像に迫る―」
新たに見つかった書簡や古写真、音源も
明治時代後期、西本願寺の鏡如新門(大谷光瑞、後の第22世鏡如宗主)は、仏教の伝播を探るため、一宗派の事業として大谷探検隊を組織しました。探検隊の最後の第3次調査を担った隊員の一人が吉川小一郎です。今回の展覧会は吉川隊員にスポットを当て、探検地である中国や中央アジアから家族宛に送った多くの書簡や古写真、そして自身の回顧音源を中心に紹介し、大谷探検隊の実像と吉川小一郎の人間像や探検隊の新たな史実に迫っています。109点の展示品の約60パーセントが初公開です。
大谷探検隊は1902年から16年まで14年間、3次にわたってシルクロードの中央アジア各地で発掘調査を実施し、仏教東漸の道を探る貴重な資料を日本にもたらしました。この間1909年に、現在の神戸市東灘区の山麓に大谷家の別邸「二楽(にらく)荘」が建築され、シルクロードの研究の拠点となりました。

神戸の「二楽荘」時代の吉川小一郎
(1916年頃、吉川家)
|

「二楽荘」本5000キロ館
(1912年、『二楽荘写真帖』より、個人像)
|
この「二楽荘」の建築や運営に関わったのが吉川小一郎(1885-1978)で、大谷光瑞から調査の命を受けたのです。小一郎は先発隊として新疆周辺を調査していた橘瑞超の交代要員として参加します。2011年出発した時、27歳でした。
小一郎は1万5000キロを走破し、敦煌での仏教調査をはじめ天山山脈での植物採取、さらにトルファン周辺における古墳の考古学的調査などを初めて実施します。これらは当時の社会・経済・文化に関する貴重な資料となり、その後の敦煌・トルファン学の進展に貢献することになります。

沙漠地帯を横断するラクダ隊
(1914年、龍谷大学図書館)
|
今年は小一郎の生誕140年を迎えます。企画を担当した和田秀寿学芸員は、かつて考古学を専門としていました。今回は近代人物史をテーマに、独自の探求心で取り組んでいます。和田学芸員が2年前に吉川家の親族宅などを調査し、小一郎が家族らに宛てた多数の書簡や古い写真などを見つけたのが発端となりました。

新たに発見された書簡や古写真(吉川家)
|
その書簡は39通が確認され、探検の心構えやルートの選定、大谷光瑞からの指示、発掘方法などが記されています。また古写真や植物標本、紀行『天山』なども確認されました。
さらに生涯を通じて、大谷光瑞や大谷家探検隊員からの書簡、「二楽荘」の関連資料、大谷探検隊を回顧する小一郎の音源も含まれていました。こうした資料は大谷探検隊に関連するものだけでも300点以上に及びます。

『大谷探検隊写真帖』
(大正時代、吉川小一郎作製、吉川家)
|
調査は現地の付き人を伴うものの1人で行っています。険しい山脈や広漠の沙漠など過酷な環境で孤独な日々を3年間も過ごしました。家族と交わす書簡が心の支えとなったようで、家族から初めての便りが届いた際は、うれしさのあまり、扉に頭をぶつけたほどです。
家族宛ての書簡には折々の心境が克明に綴られ、タクラマカン沙漠を14日間かけて横断した時には、傷ついた馬と涙を流す自身の姿を、天山山脈を越えた際には尻に膏薬を貼る様子などを得意の絵を添えて送っていました。

「5000キロのタクラマカン沙漠を横断した時の書簡」
(大正2年9月29日付)
|

「2000メートル級の天山山脈を越えた時の書簡」
(大正2年11月24日付)
|
展示は6章で構成され、第1章:吉川小一郎と西本願寺、第2章:大谷家別荘の建築、第3章:大谷探検隊 第三次吉川隊の出発、第4章:吉川小一郎と大谷尊重(光明)-写真術と山岳趣味-、第5章:別荘の閉鎖と展覧会、第6章:吉川小一郎と本願寺絵表所、となっています。このほか、別章:2022年 特別展『博覧』その後も、加えられています。
主な展示品に「吉川小一郎の肖像写真」(明治44年5月 神戸、大正5年頃 神戸二楽荘、勲三等瑞宝章の受章、昭和41年『大谷探検隊写真帖』を見る吉川小一郎)、「新たに発見された書簡や古写真」(吉川家)などが掲げられています。
「5000キロのタクラマカン沙漠を横断した時の書簡」(大正2年9月29日付)、「2000メートル級の天山山脈を越えた時の書簡」(大正2年11月24日付)、「大谷光瑞より帰国命令が下りた時の書簡」(大正2年12月2日付)などもあります。さらに、「小一郎が探検で使用していた機材」の水準器、高度計、懐中時計(明治時代、龍谷大学図書館、5月20日~)なども展示されています。
このほか、『大谷探検隊写真帖』(大正時代、吉川小一郎作製、吉川家)や、《伏羲女媧(ふくぎじょか)図》A本(アスターナ古墳群[トルファン]、龍谷大学図書館、~5月18日)、《伏羲女媧図》D本(アスターナ古墳群[トルファン]、龍谷大学図書館、吉川小一郎が探検で使用していた機材「水準器、高度計、懐中時計」(明治時代、龍谷大学図書館、5月20日~)など豊富な展示です。
―西宮市大谷記念美術館の―展覧会とコレクション(3)つなげる美術館ヒストリー
作品収蔵に伴う関連する資料から新たな知見
美術作品を展示して展覧会を開催すること、作品を収集保存することは美術館の大きな役割です。この二つの役割は深く関係し合っています。今回の展覧会は、展覧会とコレクションとの関わりという視点から美術館の歴史を振り返るシリーズの第3弾です。
第1弾の「ひもとく美術館ヒストリー」(2018年)では、1972年の開館当初から2000年代はじめ頃までの展覧会を取り上げ、近代絵画をコレクションの核とする同館が、西宮をはじめ阪神間で活躍した作家たちの展覧会を積極的に開催し、あらたな作品収集を行った経緯をテーマにしていました。
第2弾の「ひろがる美術館ヒストリー」(2020年)では、同館が1997年以降に開催した現代美術作家の個展に焦点をあて、新たなコレクション形成が行われた過程を振り返っていました。
そして第3弾となる「つなげる美術館ヒストリー」では、展覧会や作品収蔵をきっかけに所蔵されることになった、作家や作品にまつわる資料を取り上げています。作品収蔵に伴って関連する資料もまた、美術館へと託されることがあります。
美術作品を取り巻く様々な資料は、作家の制作活動を知る上で非常に重要な役割を果たすのです。資料を作品と共に調査、精査していくことで、新たな発見や知見を得る可能性が広がります。
本展では様々な資料を作品とともに展示し、より一層明らかに、そして豊かになる作家たちの創作世界を辿っています。
出品作家の展示内容の概要を一部作品の画像とともに掲載します。
津高和一(1911-1995)から。代表作とともに、同人誌、詩集、行動美術協会、架空通信テント美術館展など、津高が生涯に関わった様々な活動を裏付ける印刷物資料を展示しています。

津高和一《作品》
(1994年、西宮市大谷記念美術館)
|
奥田善巳(1931-2011)が 1966 年に個展で発表したインスタレーションの関連作品を、同館では2023 年度新たに収蔵しました。現存作品の少ない 1960 年代の動向をその新収蔵作品と資料を中心に探っています。

奥田善巳《エヴァの》
(1966年、西宮市大谷記念美術館)
|
植松奎二(1947-)は、重力のような不可視な「力」を主題とした作品を制作し続けています。本展では、立体作品を構想図と併せて展示します。その制作の過程を明らかにするとともに、親交のあった奥田善巳との間で交わされた作品や制作に関する資料を取り上げています。

植松奎二《置-3つの石/ 傾》
(1988年、西宮市大谷記念美術館)
|
松井正(1906-1993)は、1960 年代以降、欧州、中南米、アフリカと積極的に海外へ赴きましたが、それらの旅で大きな刺激を受け、帰国後は現地の風物を主要な画題として二科展で発表しました。現地での素描を旅行手記とともに紹介しています。

松井正《漁夫》
(1940年、西宮市大谷記念美術館)
|
大石輝一(1894-1972)が画家を志し、研鑽を積み始めた頃に滞在した思い出深い土地である紀伊半島で制作した作品と、1943 年に訪れたハルビンの風景を描いた作品を中心に、風景画を展示しています。

大石輝一《ハルビンの中央聖堂》
(1943年、西宮市大谷記念美術館)
|
伊藤慶之助(1897-1984)は、洋画家として念願のフランス留学(1929-31)を果たしました。その当時の作品を、現地で撮影した写真を交えて展示します。また終戦後に手がけた、新聞連載小説『青雲』の挿絵原画もあわせて出品しています。
今竹七郎(1905-2000)は、デザインのための資料として様々な書籍やグッズを収集しました。その中の一つに絵葉書があります。絵葉書コレクションを端緒としながら、主に戦前から戦後にかけての今竹のデザイナーとしての仕事を振り返っています。
大森啓助(1898-1987)は、画家や文筆家として活躍する一方で、幼少期から親しんだ歌舞伎を題材にした作品を「ウラ芸」と称して晩年に個展で発表しました。自らの楽しみのために描き、亡くなるまで手元に置いていた作品を取り上げています。
河野通紀 (1918-2002)は、日常的な事物の非現実的なあり方を追求して、マジック・リアリズムと評された作風を確立しました。本展では、それよりも以前のデッサンや素描を、代表作とともに出品しています。
福田眉仙(1875-1963)は、1909 年から 12 年にかけて中国を旅しました。その旅は、福田眉仙の画業に大きな影響を与えました。中国に題材を求めた作品と共に、『支那大観』『支那三十画巻』といった関連書籍や写真を紹介しています。
最後は、山下摩起(1890-1973)。油彩画の技法を日本画へ果敢に採り入れた山下摩起の遺した、1920 年代から最晩年までの 40 冊のスケッチ帖の中から、本画や代表作と関連のある資料を中心に展示しています。
 |
しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。 |
新刊
 |
「シルクロードを界遺産に」と、提唱したのは故平山郁夫さんだ。シルクロードの作品を数多く遺し、ユネスコ親善大使として文化財保存活動に邁進した。
社長業を投げ捨て僧侶になった小島康誉さんは、新疆ウイグル自治区の遺跡の修復や調査支援を30年も続けている。
シベリアに抑留された体験を持つ加藤九祚さんは90歳を超えて、仏教遺跡の発掘ロマンを持続する。
玄奘の意志に導かれアフガン往還半世紀になる前田耕作さんは、悲劇のバーミヤンの再生に情熱を燃やす。 |
シルクロードの現代日本人列伝
―彼らはなぜ、文化財保護に懸けるのか?
世界文化遺産登録記念出版
発売日:2014年10月25日
定価:1,620円(税込)
発行:三五館 |
|
|
「反戦」と「老い」と「性」を描いた新藤監督への鎮魂のオマージュ
第一章 戦争を許さず人間愛の映画魂
第二章 「太陽はのぼるか」の全文公開
第三章 生きているかぎり生きぬきたい
人生の「夢」を持ち続け、100歳の生涯を貫いた新藤監督。その「夢」に交差した著者に、50作目の新藤監督の「夢」が遺された。幻の創作ノートは、朝日新聞社時代に映画製作を企画した際に新藤監督から託された。一周忌を機に、全文を公開し、亡き監督を追悼し、その「夢」を伝える。 |
新藤兼人、未完映画の精神 幻の創作ノート
「太陽はのぼるか」
発売日:2013年5月29日
定価:1,575円(税込)
発行:三五館 |
|
|
第一章 アートを支え伝える
第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開
新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ-ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する |
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱
発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院 |
|
|
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり
「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。 |
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語
発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館 |
|
|
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
広がる「共生」の輪
私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。 |
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館 |
|
|
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。 |
|
|
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より) |
|
|
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。 |
|
|
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。 |
|
|
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。 |
|
|
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。 |
|
|
|
◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03-3226-0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06-6257-3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
「ぶんかなびで知った」といえば送料無料に!! |