日本の美意識に思いを馳せる二つの特別展

2025年4月1日号

白鳥正夫

美しさの表現だけが美術の世界ではありませんが、本来の日本の美意識に思いを馳せる二つの特別展を取り上げます。求めたのは、理想像――と謳う「生誕150年記念 上村松園」が大阪中之島美術館で6月1日まで開催されています。滋賀のMIHO MUSEUMでは、そのタイトル名が「うつくしき かな―平安の美と王朝文化へのあこがれ―」古筆の名帖『ひぐらし帖』公開が6月8日まで開かれています。どちらも巡回はありません。春爛漫の時期、美しい日本の、美しい作品を堪能する絶好の機会です。

大阪中之島美術館の特別展「生誕150年記念 上村松園」
約100件、全体像が観賞できる大阪で初の大回顧展

一点の卑俗なところもなく、
清澄な感じのする香り高い珠玉のような絵こそ
私の念願とするところのものである。(「棲霞軒雑記」『青眉抄』)

生涯にわたって理想の女性像を追い求めて描いた上村松園は、大正から昭和にかけて美人画の第一人者として活躍しました。松園が誕生して150年の節目に、60年間におよぶ画業の足跡をたどる大阪の美術館で初めての大回顧展です。重要文化財の《母子》や《序の舞》などの代表作をはじめ、初期から晩年までの100件を超える名品を集めて、その魅力に迫っています。

上村松園は1875年(明治8年)、京都市下京区四条通御幸町の葉茶屋の次女として生まれます。1887年、京都府画学校(現:京都市立芸術大学)に入学、北宋担当の鈴木松年に門下に入り、雅号として「松園」を用います。鈴木松年の辞職により京都府画学校を退学し、松年塾へ。その後1893年、幸野楳嶺に師事するも、2年後に楳嶺の死去に伴い、竹内栖鳳に師事します。1902年(明治35年)、長男・松篁(しょうこう)が誕生。松篁は成長して画家になり文化勲章を受章しています。

近代美術史に揺るがない業績を残した松園は、日本における女性芸術家のパイオニアとして活躍します。1941年、帝国芸術院会員となり、44年には帝室技芸員に選ばれます。翌45年、奈良県生駒郡平城の唳禽荘(れいきんそう、松篁の画室)に疎開します。1948年に、女性として初の文化勲章を受章。1949年(昭和24年)、肺癌により死去します。

開幕前日のプレス内覧会で、菅谷富夫館長は「松園の全体像を見る機会を、美術館としてぜひ作りたいと考えてきました」と挨拶。担当の小川知子学芸員は「明治から昭和にかけて作風は大きく変わっていきます。一方で努力を惜しまない制作態度は一貫しています。また松園は男性が9割以上を占めた当時の画壇に風穴を開けました」と強調していました。

展示(前期:~5月11日、後期:5月13日~)は4章構成です。プレスリリースを参考に、各章の概要と主な作品を掲載します。

第1章は「人生を描く」。松園は近世風俗画や浮世絵などを研究し、日本の女性がそれぞれの年代を迎える姿を、髪型や着物などを細やかに描き分けて表現しました。若い頃から女性の一生を、季節の巡りになぞらえて描き、その生き方や、あり方に着目しています。女性の人生を見つめる松園の眼差しに注目です。

《四季美人図》(1892年頃、光ミュージアム、通期)をはじめ、後期には重要文化財の《母子》(1934年、東京国立近代美術館)も出品されます。慈愛に満ちたまなざしでわが子を見つめる母親を描いた名作です。


上村松園《四季美人図》
(1892年頃、光ミュージアム、通期)




上村松園《母子》重要文化財
(1934年、東京国立近代美術館、後期)

第2章は「季節を描く」で、松園は四季折々に生きる女性の姿を生涯にわたり描きました。これらの作品は松園ならではの品格と愛らしさに満ちて、広く親しまれています。この章では、春夏秋冬と巡りくる四季の風趣のなかに息づく女性たちを描いた作品を取り上げ、松園が注ぐ温かく懐古的な眼差しが観賞できます。

《わか葉》(1940年、名都美術館)や、《待月》(1926年、京都市美術館、ともに前期)、《春》(1938年、田渕ホールディングス株式会社、通期)などが出品されています。


上村松園《わか葉》
(1940年、名都美術館、前期)




上村松園《待月》
(1926年、京都市美術館、前期)

第3章は「古典を描く」。松園は修業時代から古画の図案を研究して、伝統芸能、古典文学を画題に取り上げています。大正期前半には人物の内面表現を追求し、叙情性を打ち出しますが、次第に内なる感情を凝縮し、気品高い古典の本質へ到達します。ここでは、画題を伝統に求めた松園が画中の女性像を表現する手法に着目しながら名作の数々を展示しています。

《汐くみ》(1935年頃、大阪中之島美術館、通期)のほか、《草紙洗小町》(1937年、東京藝術大学、前期)も。後期には、松園の代表作である《序の舞》(1936年、東京藝術大学)も登場します。幅54.5×高さ約153センチもある大作です。かこの「上村松園展」で何度もみていますが、何度か静止した女性の佇まいののなか、右袖を返した、羽衣を掛けるような所作が躍動的な印象を与えます。


上村松園《汐くみ》
(1935年頃、大阪中之島美術館、通期)




上村松園《序の舞》重要文化財
(1936年、東京藝術大学、後期)

最後の第4章は「暮らしを描く」。松園は人々の日常のひとこまを数多く描きました。明治期の作品は同時代の風俗にも目を向けましたが、昭和期の作品は、近代化する世の中から失われゆく風俗を懐かしむ気持ちが込められていきます。行事を楽しみ、化粧を施し、家事に勤しむ女性たちの暮らす姿が生き生きと描かれています。

《舞仕度》(1914年、京都国立近代美術館)や、《鼓の音》(1940年、松伯美術館、ともに前期)、《晩秋》(1943年、大阪市立美術館、後期)などが展示されています。


上村松園《舞仕度》
(1914年、京都国立近代美術館、前期)




上村松園《晩秋》
(1943年、大阪市立美術館、後期)

 

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作品は前期と後期で30点以上が入れ替わります。しかしいずれかでも着物、表情、仕草、どれをとっても美しさにうっとりします。日本女性の凛とした強さや愛らしさ、伝統芸能に親しむ姿、暮らしの懐かしい情景など、絵筆が捉えた女性美のうちに、松園がめざした豊かな表現世界が十分に楽しめます。

 

MIHO MUSEUMの春季特別展「うつくしき かな―平安の美と王朝文化へのあこがれ―」古筆の名帖『ひぐらし帖』公開
『ひぐらし帖』中心に、重文5件含む208件

古来、遣隋使や遣唐使によって、日本は大陸文化に倣い、仏教や律令を取り入れて発展してきました。794年の桓武天皇による平安京遷都や838年の遣唐使が停止によって、京都では天皇や貴族を中心に日本の美意識の代名詞もといえる雅な王朝文化が開花していきます。日本独特のひらがなが生みだされました。この文化は武家が台頭する世を迎えて影を落としますが、絶えることなく受け継がれて、太平の世の江戸時代には憧れへと変容しました。

今回の展覧会では、MIHO MUSEUM所蔵の『ひぐらし帖』を同館で初めて公開します。この『ひぐらし帖』を中心に、同館所蔵の工芸品や仏教美術、琳派の源氏物語図屏風、歌仙絵など、平安の貴族文化の誕生から桃山初期に興る王朝文化への憧れがこめられた作品を織り交ぜて展示されています。会期中、重要文化財5件をはじめ重要美術品17件など208件が出品されます。

展示構成は7章立てで、第1章「大陸文化のおとずれ」、第2章「王朝文化へのあゆみ」、第3章「うつくしき かな―ひぐらし帖を中心に―」、第4章「茶の湯と古筆」、第5章「宮廷の日(にち)にち」、第6章「王朝文化へのあこがれ」、第7章「デザインと化した王朝文化」となっています。

目玉の『ひぐらし帖』は、近代数寄者であった吉田丹左衛門によって、元は手鑑としてつくられたものでした。手鑑とは主に名筆の断簡を集めて冊子様に仕立てたものです。

同帖はその後、安田善次郎に愛蔵され、株式会社鉄道工業の社長を務めた菅原通済(1894~1981)の手に渡り、亡妻の十三回忌に合わせて氏の所蔵する歌切とともに再編し、軸装して『ひぐらし帖』となりました。古筆切の最高峰とも謳われる「高野切」や、料紙に金銀泥で花鳥文や草花文を描いた「栂尾切」、平安の雅を体現したかのような「石山切」など、名だたる能筆が五·七·五·七·七のみそひともじに因んで三十一幅収載されています。

主な展示品を画像とともに取り上げます。いずれもMIHO MUSEUM所蔵です。

《石山切 伊勢集》『ひぐらし帖』収載(平安時代 12世紀)や、尾形乾山筆 《三十六歌仙絵 斎宮女御》 (江戸時代 18世紀 、会期中展示替えあり)、《源氏物語図屏風》(江戸時代 17世紀、会期中展示替えあり)などが公開されています。


《石山切 伊勢集》『ひぐらし帖』収載
(平安時代 12世紀、会期中展示替えあり、
MIHO MUSEUM)




《三十六歌仙絵 斎宮女御》尾形乾山筆
(江戸時代 18世紀 、会期中展示替えあり、
MIHO MUSEUM)




《源氏物語図屏風》右隻
(江戸時代 17世紀、会期中展示替えあり、
MIHO MUSEUM)

さらに重要文化財の《焔摩(えんま)天像》(平安時代 12世紀)、重要美術品の《伎楽面 迦楼羅(かるら)》(奈良時代 8世紀)と《檜扇(ひおうぎ)》(室町時代 14-15世紀)、また《蔦細道蒔絵文台》(安土桃山-江戸時代 16-17世紀)、尾形乾山作の《銹絵(さびえ)染付絵替扇形向付》、色絵和歌陶板(江戸時代 18世紀和歌) といった美術品にも注目です。


重要文化財《焔摩天像》
(平安時代 12世紀、4月29日~5月6日展示、
MIHO MUSEUM)




重要美術品《伎楽面 迦楼羅》
(奈良時代 8世紀、MIHO MUSEUM)




重要美術品《檜扇》
(室町時代 14-15世紀、MIHO MUSEUM)


《蔦細道蒔絵文台》
(安土桃山-江戸時代 16-17世紀、MIHO MUSEUM)


尾形乾山作《銹絵染付絵替扇形向付》
色絵和歌陶板
(江戸時代 18世紀、MIHO MUSEUM)

現代に残る都人(みやこびと)の洗練された美の息吹、“風流(みやび)”に思いを馳せる格好の企画展です。とりわけ『ひぐらし帖』の古筆の美しさは格別です。

この展覧会を監修した名児耶明・筆の里工房副館長は、図録に「仮名の魅力」について次のようなコメントを寄せています。

仮名は、わが国独自の文字であり、日本人の美意識を象徴しているといえる。特に、平安時代においては、字形とその書き方、散らし書きに独自の発展があった。
漢字がわが国に伝わったのは、紀元前後のことで、それからおよそ六百年後には自在に漢字を使いこなし、万葉仮名とされる一字一音の行草体を用いて、和歌を記した木簡も確認されている。(中略)

仮名の盛期ヲ1000年頃から鎌倉初期までの200年として区切ると明確に分けることができるわけではないが、仮名の字形や表現の美しさを求めた100年と仮名が生活の中で身近なものとなり実用性がより強くなっていく100年として見ることができる。その間での仮名表現の変化の様子は、さまざまな古筆から、感じ取ることができる。

 



しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

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・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

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