残暑が続く季節、恒例の絵本展と夜間イベント
2024年9月1日号
白鳥正夫
9月に入りましたが、今年も残暑が厳しいようです。夏休み期間中に始まった恒例の「2024 イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」が西宮市大谷記念美術で10月14日まで開催されています。一方、京都最古の禅寺、建仁寺では夜間プレミアム拝観として「生誕100年記念 小泉淳作展」(9月23日)と「ZEN NIGHT WALK KYOTO」(9月22日)を同時開催しています。一方、神戸のBBプラザ美術館の15周年開館記念コレクション展 |明日への出発|の後期展「フランスの作家たちの物語」が10月6日まで開かれていますので、合わせて取り上げます。いずれも暑さを忘れさせ、楽しみながら鑑賞できます。
西宮市大谷記念美術館の「2024 イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」
32カ国78作家の入選作品ずらり展示
世界で唯一の子どもの本専門の国際見本市「ボローニャ・チルドレンズ・ブックフェア」は、イタリア北部の古都ボローニャで1964年から始まり、世界中から集まった出版社がブースごとに分かれて、出版物を紹介したり、イラストレーターとの商談を行います。現在では児童書の新たな企画を生み出す場としても、出版社や作家をはじめ、児童書にかかわる人たちの注目を集めています。
このフェアに合わせ毎年、絵本原画のコンクールが行われており、世界各地から多くのイラストレーターが作品を応募しています。5点1組のイラストを用意すれば、応募できる公募展で、国籍の異なる5人の審査員は毎年入れ替わり、すでに絵本として発表された作品(ただし2年以内に発行されたもの)も、未発表のものも全て公平に審査対象とされるため、新人作家の登竜門となっています。
1978年に、イラストレーションコンクールの入選作品が西宮市大谷記念美術館で展示されたのが、日本における「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」の始まりとなりました。当時、美術館で絵本の原画を展示するという試みは先駆的なものでした。今年は板橋区立美術館(東京都)からスタートし、西宮が最終会場です。
世界的なコロナ禍の2021年以降、ボローニャの見本市事務局では、新たな試みとして見本市をオンラインで開催し、コンクール審査もオンラインで行っています。郵便事情があまり良くない国からの応募も増え、より多くの国の作品が入選を果たすようになり、毎年応募数が増え続けています。
今年は81カ国・地域から3520組の応募があり、日本人4人を含む32カ国・地域の78作家が入選を果たしました。展示室は大小4室があり、入選作品がずらり並んでいます。
応募規定によって一つのタイトル作品は、ストーリーのある5点から成り立っていて、展示数は5倍になります。大きな額装にまとめられているものから個別のものまであり、その変化も楽しめます。それぞれの作品には、作者名と国籍、タイトル、5点のそれぞれの内容が記載されていますが、一つの作品を構成する5点については無題のものもあります。
応募作品のストーリーは短いものが中心ですが、内容は気軽に楽しめるものもあれば、皮肉が込められたもの、移民や弾圧、戦争、環境問題などのテーマ性やメッセージ性を強調したものも数多く、鑑賞者の直観力や想像力を駆使しないと、作者の意図が通じない作品もあります。
日本からは、応募名で、松井あやかの《あのやしきには ゆうれいがでる》、西岡秀樹の《おとどけもの》、小野寺美帆の《黒しっぽ書店》、矢部雅子の《テイクユアマークス》の4名が入選しています。また中国から9名が選ばれていて、大健闘です。戦時中のウクライナからも2名が入選しました。
西岡秀樹(日本)
《おとどけもの》
|
日本の入選作では、西岡秀樹の《おとどけもの》がペンによるモノトーン作品で、対照的にリン・ヤチ(中国)の《えんとつタウン》は木炭や水彩、鉛筆などを使ったカラフルな作品です。
リン・ヤチ(中国)
《えんとつタウン》
|
動物の表情や仕草を巧みに描きこんだいくつかの作品を画像で紹介します。5点構成の中の1点ですが、トマーシュ・ジーゼック(チェコ)の《ピピとキキ》、マウリツィオ・ティバルディ(イタリア)の《世界で一番小さな生命の博物館》、ホアキン・カンプ(アルゼンチン)の《ねこ》、アネタ・ウキアンスカ(ポーランド)の《王さまのなりかたがわからなかったライオン》、フェレシュテ・ナジャフィ(イラン)の《ゾウの記憶》などです。
このほか印象に残った作品に、ローレン・タマキ(カナダ)の《カメラにうつらなかった真実 3人の写真家が見た日系人収容所》があります。作者の独創的なイメージで表現された多彩な世界が展開しています。
ローレン・タマキ(カナダ)
《カメラにうつらなかった真実
3人の写真家が見た日系人収容所》
|
展示されている多彩な作品は、技法も多種多様です。ペインティングやドローイング、コラージュがあれば銅版画やリトグラフ、さらにはデジタルメディアなどの作品も目立ちます。さらにAIの影響が危惧されます。今回の応募にもAIで生成されたものかどうか判別できないような作品もあったようです。
審査リポートでは、「作品を制作するプロセスにおいて、プロジェクトを立てる最初の意図や、制作の原動力となる感情は、人間から生み出されるものです。人間の手は、間違いや不完全部分なども含めて、言葉では説明できない“味”のようなものを作品に与え、見る人をぐいぐい引き寄せるのです。(中略)そのなかで大切なのは、AIを今後、描くための道具のひとつとしてどのようにして活用できるかを考えていくことなのです」と指摘しています。
展覧会では、国際色豊かな全入選作品とともに、優れた児童書に贈られるボローニャ・ラガッツィ賞の特別部門スペシャル・メンションを授与された下田昌克の『死んだかいぞく』の原画が展示されています。海をテーマにした作品が対象となり、死んだ海賊が海の生物と出合い、身に着けているものを譲り、海底に沈んでいくまでを描いています。この児童書は閲覧や、購入することもできます。
さらに2010年に創設された、35歳以下のボローニャ入選者から選ばれるSM 出版賞(2010年創設)を受賞したアンドレア・アンティノーリ(2023年受賞/第13回)の《ある夜に》も特別展示しています。
「生誕100年記念 小泉淳作展」と「ZEN NIGHT WALK KYOTO」
《双龍図》や石庭、書院をライトアップ
夜の建仁寺を舞台に、夏の涼を感じられるアートライトアップの催しです。法堂大天井に描かれた日本画家・小泉淳作の《双龍図》をはじめ、石庭や書院をライトアップと、脳神経科学に基づいて作曲された“ととのう”ニューロミュージックを駆使し、壮大な異次元世界を演出しています。
建仁寺中庭のライトアップ
|
まずは生誕100年を2024年10月に迎える小泉淳作(1924-2012年)の回顧展から。生活のためにデザインの仕事をしながら、試行錯誤を続けた初期の作品をはじめ、40代半ばの唐・宋画との衝撃的出会いを経て、日本の山や中国の連山を取材し生まれた深遠な山水画の数々が寺内各所に掲げられています。
描く対象を凝視し、徹底した写実から生まれた「小泉ワールド」の真骨頂ともいえる花や野菜、果物の静物画や、命を削るようにして描き上げた奈良・東大寺本坊の襖絵など晩年の力作群まで、豊かな質感とゆるぎない存在感で独自の画風を確立した画伯の代表作を揃え、約70年に及ぶ創作一途の画業を辿っています。会場は建仁寺と禅居庵(臨済宗建仁寺塔頭)。
小泉は神奈川県鎌倉市生まれ。戦時中の1943年、慶応義塾大学文学部を中退し、東京美術学校日本画科に入学します。戦後の48年に復学。山本丘人に師事。また自活するためにデザインの仕事を手掛け、高い評価を得ました。その後、中国唐宋絵画の魅力を知り、50歳を過ぎた頃から、水墨の世界に没入して、自然の「気」をとらえたリアリズムに徹した作品を多数発表します。暴れ出すような大迫力の龍を鎌倉・建長寺の《雲龍図》に続き、建仁寺に《双龍図》を描きました。
小泉淳作《しだれ桜》
(東大寺)
|
小泉淳作の建仁寺法堂天井画
《双龍図》
|
「ZEN NIGHT WALK KYOTO」では、日本有数の枯山水「大雄苑」に大規模な雲海を出現させる。建仁寺を象徴する巨大な《双龍図》には、プロジェクションアートなど音と静寂、光と影を楽しむサウンドアートナイトイベントを展開しています。
法堂天井画の《双龍図》のライトアップ
|
神戸・BBプラザ美術館の開館15周年記念コレクション展 |明日への出発|の後期展「フランスの作家たちの物語」
エコール・ド・パリの作家を中心に約60点
前期の「関西の作家たちの交差点」に続く後期展では、エコール・ド・パリと称され、パリで一時代を画した作家たちを紹介しています。マリー・ローランサンやマルク・シャガールらは、特定の思想や様式を持ちませんでしたが、自らのスタイルを追求し心を注ぎつづけた姿勢が共通していました。
併せて、印象派やフォーヴィスム(野獣派)のモーリス・ド・ヴラマンクやアンドレ・ドラン、パリでパブロ・ピカソらと交流したサルバドール・ダリなど、彼らの作品をとおし、19世紀から 20世紀にかけて生まれた美の潮流とその背景にある物語を辿っています。主な展示品は、マリー・ローランサンの《読書》(1950年)や、モーリス・ユトリロの《植物園キュヴィエの家》(1920年頃)など約60点。
また、今回の展覧会では彼らが残した著書や装丁・挿画を担当した「本の仕事」にも注目し、展示しています。特に、自らの作品や同時代に交差した作家について記し翻訳された言葉は、今を生きる私たちの心にも深く沁みる味わいと鋭さがあります。
作品を前にするとき私たちは、時代を超えて、それぞれの作家の鋭い視線の先にある同じものを眼に映すことができます。先達に学び、常に自己と向き合いながら、昨日から今日そして明日へと移りゆく芸術家たちの眼差しと、彼らの生きてきた時間の一片に触れることで、私たちもまたアートの旅人として彼らの歩んだ道を追体験することができるのではないか、との趣旨です。
BBプラザ美術館は2009年、約100点の収蔵品をもとにスタート。その後、展覧会を重ね、現在ではフランスや日本の近・現代作家をはじめ1900 点を超える作品を収蔵しています。今回の企画展に当たって「既成の領域にとらわれることなく、国や時代を超えて活躍した作家たち同様、美術館でもこれからますます広い視野を持つ展開が待望されます。本展を、地域に根ざす明日への出発となる新たな一歩としたいと考えています」との趣旨で強調しています。
|
しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。 |
新刊
|
「シルクロードを界遺産に」と、提唱したのは故平山郁夫さんだ。シルクロードの作品を数多く遺し、ユネスコ親善大使として文化財保存活動に邁進した。
社長業を投げ捨て僧侶になった小島康誉さんは、新疆ウイグル自治区の遺跡の修復や調査支援を30年も続けている。
シベリアに抑留された体験を持つ加藤九祚さんは90歳を超えて、仏教遺跡の発掘ロマンを持続する。
玄奘の意志に導かれアフガン往還半世紀になる前田耕作さんは、悲劇のバーミヤンの再生に情熱を燃やす。 |
シルクロードの現代日本人列伝
―彼らはなぜ、文化財保護に懸けるのか?
世界文化遺産登録記念出版
発売日:2014年10月25日
定価:1,620円(税込)
発行:三五館 |
|
|
「反戦」と「老い」と「性」を描いた新藤監督への鎮魂のオマージュ
第一章 戦争を許さず人間愛の映画魂
第二章 「太陽はのぼるか」の全文公開
第三章 生きているかぎり生きぬきたい
人生の「夢」を持ち続け、100歳の生涯を貫いた新藤監督。その「夢」に交差した著者に、50作目の新藤監督の「夢」が遺された。幻の創作ノートは、朝日新聞社時代に映画製作を企画した際に新藤監督から託された。一周忌を機に、全文を公開し、亡き監督を追悼し、その「夢」を伝える。 |
新藤兼人、未完映画の精神 幻の創作ノート
「太陽はのぼるか」
発売日:2013年5月29日
定価:1,575円(税込)
発行:三五館 |
|
|
第一章 アートを支え伝える
第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開
新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ-ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する |
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱
発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院 |
|
|
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり
「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。 |
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語
発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館 |
|
|
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
広がる「共生」の輪
私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。 |
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館 |
|
|
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。 |
|
|
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より) |
|
|
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。 |
|
|
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。 |
|
|
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。 |
|
|
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。 |
|
|
|
◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03-3226-0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06-6257-3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
「ぶんかなびで知った」といえば送料無料に!! |