私の出会った町の画家たち

2005年2月20日号

白鳥正夫

 「無」から「有」を生み出す創作世界。そんな魅力を生涯かけて追求している市井の人がいます。しかもテーマにこだわっての作品は、才能だけでは生まれません。長い歳月の努力があればこそ、見る人の心を打つのです。「描くことが生きること」。何より創作を愛し、生活は清貧に甘んじても志の強い生き方の画家二人の「人とその作品」を取り上げてみます。

万葉の里をバイクで回りスケッチ

 その一人、京都市在住の辻本洋太朗さんは、約2年前に奈良のホテルでたまたま知人から 紹介をしていただきました。奈良の各地をバイクで走りまわりながら、現代にかろうじて残される『万葉集』ゆかりの美しい風景を追い求め描いている画家ということでした。
 『万葉集』といえばその研究の第一人者であられる中西進先生と旧知で、先生の著作にも目を通していただけに、ことさら興味を覚えたのでした。そうした矢先、辻本さんから著書の『万葉スケッチ紀行』『万葉スケッチ紀行U』(いずれも淡交社)が送られてきました。その帯文に「野の花が咲き、風そよぐ大和路。スケッチで訪ねる万葉歌の故地」と記されていました。

 香具山は 畝傍ををしと 耳梨と 相争ひき 神代より かくにあるらし 
 古も 然にあれこそ うつせみも 妻を 争ふらしき(中大兄皇子)

 冒頭に描かれていたのが北葛城郡新庄町から望んだ大和三山でした。スケッチは透明水彩で丁寧に着色されています。三輪山麓から見る三山はよく知られていますが、辻本さんはバイクの機動力で別の角度で取り上げたのでした。「平野を埋めつくすおびただしい建物群のスケッチには疲れました」とは当人の弁です。
 二つの画文集は、辻本さんが足を運び選んだ、とっておきの風景のオンパレードで、それぞれに『万葉集』の名歌と紀行文が添えられています。序文を寄せている中西先生は「生身の著者を感じながらの文章をよむと、スケッチをしている姿まで想像され、著者の背中にふりそそいでいた太陽のぬくもりや、著者の眼の中をよぎって流れていった白雲まで思い描くことができる」と書き込まれています。

『万葉スケッチ紀行U』に
掲載されています飛鳥川の風景
※Uはローマ数字の「2」

染色職人から画家の道へ転進

 辻本さんは同志社大学在学中に絵画に魅せられ中退し、京都市立美術大学(現京都市立芸術大学)西洋画科に入学し直しました。卒業後、着物の染色の工房を京都の山科に構えていましたが、業界の不振で1987年に閉鎖に追い込まれました。
 辻本さんは着物以外に制作の場を求めて、着物に使う正絹地を活用してろうけつ染めの技法で虫や花、少女などのメルヘン世界を描いていたといいます。本業の合間に少しずつ仕上げた作品を集めて、初めての個展を開催したのです。
 染色に見切りをつけた年の「染え展」の会場を訪れた出版社の社長が、夢があふれる作品を見て、絵本の話を持ち込んだのでした。それが画家としての出発点になりますが、すでに40歳を超えていました。
 『夢見るおすましやさん』(ふたば書房)を皮切りに『拝啓・手紙です』(福音館書店)、『わたしはひろがる』(小峰書店)などの絵本をたて続けに出します。異色の作家人生に三度目の転機が訪れます。
 もともと奈良県生まれだった辻本さんは、故郷の風景が好きでした。友人の勧めもあって、万葉集の舞台ともなった大和路のスケッチを始めることになったのです。すでに50歳を過ぎてからの取り組みでしたが、1997年から1年間にわたって読売新聞に「万葉の風」と題して連載されたのでした。
 この連載がベースとなり、地図なども付けたガイドブック『万葉スケッチ紀行』が1999年に、その2年後に続編が、さらに昨年6月には『奈良万葉スケッチ紀行』(東方出版)が出版され、万葉画家として着実に地歩を固めたのでした。現在では水彩教室を開講し、梅花女子大学で教鞭も執っています。
 この間、毎年のように原画展も開いてきました。奈良市内で開かれた「万葉の里を歩く」原画展の会場をのぞいてみましたが、四季折々の季節感に満ちた風景の数々に心がなごみました。今年も京都市中京区の画廊・鬼では「京都漫悠 スケッチ展」が開かれました。6号の新作25点が出展され、バイク画家、辻本さんの新境地が披露されました。

梅花女子大学での絵本制作授業
(辻本さん提供)
奈良の展覧会場で生徒らにと記念写真
(辻本さん提供)

「京都漫悠 スケッチ展」に
出品された作品 「雪の美山」
「天の香具山・橿原市」

山野めぐり墨で描く草花の世界

 もう一人の画家は、私と朝日新聞社で同じ職場に在籍していた大阪在住の片山治之さんです。多摩美術大学を卒業後、新聞社に入り整理部のデザイン部員として活躍されました。とりわけ1991年から7年間にわたって朝日新聞の「声」欄のカットを担当しました。
 「声」欄は、読者の意見を直接紹介するページとして多くの人に読まれます。そのタイトル字を浮かび上がらせるイラストですが、2週ごとに変わります。片山さんは休みの日は山野をかけめぐり草花をいろいろな角度からスケッチしました。その中から題材を選び、墨で作品を仕上げたのでした。
 わずか3センチ四方の小さなスペースに取り上げられる野に咲く草花は、事件やニュースがあふれる新聞情報の中で、オアシスのような安らぎを与え、好評を博しました。当時はモノクロが基調の新聞にあって、墨一色で濃淡を出さなければなりません。「5回は塗り重ねないと味わいがでません」という片山さんの仕事は、会社の机で生まれたものではなかったのです。
 片山さんの描く小さなカットの原画展が大阪・中之島の朝日新聞社の展示スペース、アサコムホールで開催され始めたのが1993年にさかのぼります。1997年末に開かれた展示の時でした。私と待ち合わせした出版社の社長が「かねて注目していたが、本にしたい」との申し出がなされたのです。
 いい話なので、私は早速、本人に声をかけると、片山さんは「ありがたいのですが、私は近く退社します。著作権のある朝日新聞が出版を認めていただけるのでしょうか」ということでした。私は関係先と協議し、1998年6月に提案のあった東方出版から『花 はな 華』のタイトルで刊行されました。

朝日新聞「声」欄掲載168点を収めた
画文集『花 はな 華』の表紙
墨一色で描かれた
「オドリコソウ」


 この本では、花を咲く月ごとに並べ、それぞれに解説を付けています。例えば3月のフキノトウの項では「まだ雪解けの頃から山野の地面にひょっこりと顔を出す。その独特の香りとほろ苦さに一足早く春を感じ親しんでいる人も数多い」と言った具合です。
 序文に詩人の青木はるみさんは「片山さんのカットは、新聞記事の活字の中に、ふうわり息づく妖精のような魅力で人の心に住みついたのではないか」との一文を寄せています。
 片山さんは1998年1月、50歳を期に決然と社を辞したのです。「50から私自身の生き方をするんだと、早くから決めていたのです。出版は私にとっていい記念になりました」と語り、当時を振り返っています。
 現在は朝日新聞カルチャーセンターの講師を大阪、川西、岡山、神戸の4カ所で担当し、生徒も約100人を数えています。自然は生きた教材をモットーにフィールド学習が中心です。「ほら頭の上をごらんなさい。赤ムラサキ色の実、そうアケビですよ。足元にも目をとめましょう。マムシグサです」といった調子で、生徒に観察させ、スケッチの指導に当たっています。
 片山さんの作品展は毎年11月ごろ大阪市内の茶屋町画廊での開催が恒例になっています。その年に制作した新作約40点が展示されます。これまで私も何度か足を運びましたが、いつも観客であふれています。片山さんは、かつて職場では見られなかった屈託のない笑顔で多くのファンに接していました。
 片山さんの今年の賀状はピンク地に鮮やかに桃が浮かび上がっています。原画は墨を塗り重ねているのだと思われます。また例年送っていただくカレンダーはわが家の廊下に、季節ごとの花を咲かせてくれています。

 創作世界に生きる辻本さんと片山さんの画業人生に素直に拍手を送りたいと思います。

「サンショウバラ」
今年の年賀状に描かれた「桃」


しらとり・まさお
朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)などがある。

新刊
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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