それぞれ独自の個展に見ごたえ

2023年8月1日号

白鳥正夫

芸術家やアーティストを目指し活動している人は数多います。しかし生前から評価され脚光を浴びる人はひとかけらでしょう。今回は86歳ながら世界を舞台に活躍する新宮晋と、明治から昭和にかけて美人画で一世を風靡した竹久夢二、日本画家でありながら抽象表現や障壁画の世界でも活躍した堂本印象の企画展を取り上げます。大阪中之島美術館5階展示室で「Parallel Lives 平行人生 — 新宮 晋+レンゾ・ピアノ展」が9月14日まで開催されているのをはじめ、京都の福田美術館では「竹久夢二のすべて 画家は詩人でデザイナー」が10月9日(前期〜8月28日、後期8月30日〜一部展示替え)、京都府立堂本印象美術館では「大好き!印象の動物・鳥・昆虫」が11月23日まで、それぞれ開かれています。いずれも斬新な切り口で味わい深い展示となっています。

大阪中之島美術館の「Parallel Lives 平行人生 — 新宮 晋+レンゾ・ピアノ展」
ともに86歳、なお現在進行形で世界に挑戦

日本とイタリアの芸術家、新宮晋とレンゾ・ピアノ二大巨匠の今日までの歩みを振り返る展覧会です。2人はともに1937年生まれの86歳ながら、現在進行形で創作活動を続けています。名だたる作品や建築を世界に誕生させてきたその世界観を、コラボレーション作品と個々の数多くの写真や作品資料とともに振り返る「平行人生」年表で、創作の原点から現在にいたる足跡を辿ります。

新宮晋とレンゾ・ピアノの初コラボレーションとなったのは関西国際空港旅客ターミナルビル」で、新宮晋の《はてしない空》(1994年)+レンゾ・ピアノの「関西国際空港旅客ターミナルビル」(1988-1994年)や4F国際線出発フロア(2016年)です。これを機に、今日にいたる30年余りの間に、世界中に実現しただけでも10を数えるプロジェクトを完成させてきました。


新宮晋
《はてしない空模型》
(1994年)


見どころは、「関西国際空港旅客ターミナルビル」をはじめ、新宮晋とレンゾ・ピアノによるコラボレーション作品を貴重な模型や資料と迫力の映像で鑑賞できる点です。映像と会場構成では、緻密に造形された模型やプロトタイプの展示、さらに多角的かつインタラクティヴな作品で映像分野の先駆者として知られるイタリアのグループ、スタジオ・アッズーロが加わり、2人のスケッチや設計図、作品写真により独特の世界観を持つ映像を投影。巨大サイズの投影で彼らの映像を表現しています。


新宮晋作品の展示風景


主なコラボレーション作品は、「関西国際空港旅客ターミナルビル」をはじめ、新宮晋の《宇宙に捧ぐ》(2001年)+レンゾ・ピアノの「銀座メゾンエルメス」(1998-2006年)、新宮晋《コロンブスの風》(1992年)+レンゾ・ピアノ「ジェノヴァ港再開発」(1985-2001年)、新宮晋の《虹色の葉》(2021年)+レンゾ・ピアノの「565ブルーム・ソーホー」(2014-2019年、2021年)、さらに新宮晋の《宇宙》(2016年)+レンゾ・ピアノの「スタヴロス・ニアルコス財団文化センター」(2008-2016年、2016年)などがあります。


レンゾ・ピアノ
《アトランティス島》



レンゾ・ピアノ
《東京海上ビルディング模型》


個々の創作活動では、 新宮晋の活動初期から今日までの象徴的な彫刻作品を展示しています。風・光・水をテーマに、自然のエネルギーの力で動く造形作品で知られる新宮晋の数々の作品のうち、《自由の翼》、《月の舟 NY》、《空のこだま》ほか、「風のアーティスト」としての象徴的な作品が出品されています。

レンゾ・ピアノの方は、歴史的名作を含む代表作を、貴重な模型や資料と迫力の映像や、前衛的である一方で、建物の内と外の境界線を取り去り、その場所の風土との調和を重んじるデザインや設計で、世界を魅了してきた作品を紹介。「ポンピドー・センター」はじめ、「IBMトラベリング・パビリオン」、「チバウ文化センター」など、斬新な傑作建築の数々を、貴重な模型や資料で辿っています。

展覧会の会期の初日7月13日は新宮晋の誕生日、最終日9月14日はレンゾ・ピアノの誕生日です。同じく86歳を迎える2人、それぞれの最新のプロジェクトが日本で進行中です。夢と冒険に満ちた2人の創造の世界の未来の姿をご覧いただきます。

新宮晋は、大阪府豊中市に生まれます。1960年に東京藝術大学絵画科卒業、イタリア政府奨学生としてローマ国立美術大学に留学。1970年に大阪万博の出展作家8人のひとりとして 《フローティング・サウンド》を出品。その後、内外の彫刻展・美術展に出品し大賞などを受賞するとともに、アトリエのある兵庫の三田に「新宮晋 風のミュージアム」オープン、2016年~2017年にかけては特別展「新宮晋の宇宙船」を(長崎県美術館、横須賀美術館、兵庫県立美術館)で巡回開催しています。


新宮晋
《元気のぼり》


なお、この展覧会に併せて、大阪・西天満のギャラリー山木美術でも、「新宮晋の頭の中 Susumu Shingu-Inside My Thinking-」を9月16日まで開いています。会場では、《記憶の地図》(2023年)や《月蝕》(1990年)、《星の翼Ⅱ》(1982年)などの作品19点を展示、新宮晋の近刊『ぼくの頭の中』第2巻と第3巻(ブレーンセンター刊)なども販売しています。


山木美術での新宮展



福田美術館の「竹久夢二のすべて 画家は詩人でデザイナー」
国内有数の夢二コレクションを一挙公開

夢二展は多くの人から広く愛され親しまれているだけあって、幾度となく目に触れてきたことでしょう。今回の企画展は来年に生誕140年、没後90年を迎える、竹久夢二(1884-1934)の回顧展となります。「夢二式美人」と呼ばれた美人画の数々に加え、雑誌の挿絵、楽譜の表紙デザイン、本の装丁や俳句・作詞にいたるまで、多彩な才能を発揮したクリエーターとしての夢二の魅力が詰まった展示内容となっています。美人画家の枠におさまりきらない、夢二の新たな一面もみどころです。

福田美術館が所蔵する竹久夢二の作品は、夢二と直接の親交があった故・河村幸次郎氏(1901-94、下関市立美術館名誉館長)が収集した「旧河村コレクション」と呼ばれるもので、334点という数を誇ります。200点以上の作品がまとまって一挙公開されるのは関西では約30年ぶりであり、この展覧会は第1回日本国際芸術祭と連携しています。

誰にも師事せず、独力で人気画家の地位を築いた夢二ですが、その人生は必ずしも順風満帆ではありませんでした。本展では、夢二の人生を語る上で鍵となる連作《長崎十二景》や《女十題》、屏風《旅》、《青春譜》などの名作から、音楽とのコラボレーションが楽しいセノオ楽譜や中山晋平楽譜の表紙原画、夢二の文才が発揮された小説や俳句にいたるまで、夢二の数多くの作品を紹介いています。

各章の概要と主な作品を画像とともに取り上げます。いずれも福田美術館所蔵です。第1章は「夢二式美人の魅力」で、《木によれる女》(1915年頃)などが展示されています。夢二が描く女性像に憧れ、似たような装いをする女性も出現したと言われる「夢二式美人」は、年齢や職業はさまざまながら、いずれも色白、小顔、八頭身。愁いを帯びた大きな瞳が印象的です。


竹久夢二
《木によれる女》
(1915年頃、福田美術館)


第2章は「憧れと現実~絵でたどる夢二人の人生」。岡山に生まれた夢二は、東京を拠点に才能を開花させます。旅をこよなく愛した夢二ならではの風景画や、憧れの地である長崎ゆかりの《長崎十二景 化粧台》(1920年頃)などとともに、その生涯を辿ります。


竹久夢二
《長崎十二景 化粧台》
(1920年頃、福田美術館)


第3章は「小説も書ける挿絵画家」として、雑誌の短編小説や新聞の連載小説なども執筆し、多くの自作の挿絵を添えました。挿絵の原画を物語の一節とともに紹介、挿絵を通じて天才画家の感性に触れることができます。

第4章は「夢二と音楽」。夢二は音楽への造詣が深く、楽譜の表紙を数多くデザインしました。ここでは『中山晋平曲「童謡小曲第15集」原画など、『セノオ楽譜』の貴重な表紙原画を、実際の楽譜とともに紹介しています。


竹久夢二
『中山晋平曲「童謡小曲第15集」原画
(1930年、福田美術館)


第5章は、デザイナー夢二~「カワイイ」の元祖です。1914(大正3)年、夢二は自らデザインした日用雑貨を販売する「港屋絵草紙店」を設立。店は商品を買い求める女性客で連日大賑わいとなります。《初春》(1926年)など「カワイイ」夢二の世界がいっぱいです。少女雑誌の表紙原画、千代紙、封筒や便箋、装幀本など夢二のデザインワークにも注目です。


竹久夢二
《初春》
(1926年、福田美術館)


最後の第6章は「夢二のまなざし」。独学で絵の道に進んだ夢二は常にスケッチブックを携え、メモ代わりに筆を走らせていたといいます。《玉乗り》(1911年頃)など夢二が歩いた街や出遭った人々を描いた作品が並んでいます。


竹久夢二
《玉乗り》
(1911年頃、福田美術館)


福田美術館近くに立地する嵯峨嵐山文華館では暑い夏に、様々な扇を展示する「ふぁん・ファン・FUN ~扇子いいね」を開催していますので、併せて紹介します。8世紀初頭に中国より伝来したとされる団扇(うちわ)は、涼をとるほか虫や邪気を払う道具として使われました。一方、平安時代に団扇を改良してつくられた扇子(せんす)は後に神事の道具や貴族の装身具となり、茶道や舞に用いる小道具としても重宝され、美しい絵柄が描かれてきました。また、高貴な身分の者が備えた品格や女性らしさなどを表現するモチーフとして、しばしば絵画の中にも登場します。本展では、京扇子の老舗「白竹堂」の協力のもと、近世〜近代の有名画家によって描かれた扇面や、将棋の名人や作家、ミュージシャンが筆を走らせた扇面など、時代を超えてつくられた様々な扇を展示しています。


嵯峨嵐山文華館の「扇」展示

 

京都府立堂本印象美術館の「大好き!印象の動物・鳥・昆虫」
生き物に焦点を当てた印象芸術約60点

堂本印象(1891-1975)は、約60年にわたる画業において、花鳥、人物、風景、神仏など幅広いテーマで、伝統的な日本画から抽象画に至るまで、多彩な絵画作品を描いています。今回は動物や鳥、昆虫など生き物をテーマにしています。印象がどのように動物たちと向き合い、モチーフに取り入れて表現したのか、絵画に工芸作品も加え約60点を展示しています。

主な展示作品を画像とともに掲載します。いずれも京都府立堂本印象美術館所蔵です。《兎春野に遊ぶ》(1938年)は、春の野に兎たちが優雅に遊ぶ姿が写実的に描かれています。《乳の願い》(1924年)は、大正時代にインドに強い憧れをいだいていた印象が、実際にインドには行っていないにもかかわらず牛をリアルに捉えています。


堂本印象《兎春野に遊ぶ》
(1938年、京都府立堂本印象美術館蔵)



堂本印象《乳の願い》
(1924年、京都府立堂本印象美術館蔵)


動物を画題にした日本画家は数多くいますが、物語を感じさせる作品に《西遊記 (部分)》(1920年)などもあり、注目です。このほか《羽風》(1929年)や、《海老》(1936年)、《小さな猫》(1968年)、《蜻蛉絵手鉢》(1937年)など、リアルを追求した写実的な表現から、ユーモアあふれる動物、そして、かわいらしい子猫といった、生き物に焦点を当てた印象芸術に触れてみてはいかがでしょう。


堂本印象《西遊記 (部分)》
(1920年、京都府立堂本印象美術館蔵)



堂本印象《羽風》
(1929年、京都府立堂本印象美術館蔵)


 



しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

新刊
「シルクロードを界遺産に」と、提唱したのは故平山郁夫さんだ。シルクロードの作品を数多く遺し、ユネスコ親善大使として文化財保存活動に邁進した。

社長業を投げ捨て僧侶になった小島康誉さんは、新疆ウイグル自治区の遺跡の修復や調査支援を30年も続けている。

シベリアに抑留された体験を持つ加藤九祚さんは90歳を超えて、仏教遺跡の発掘ロマンを持続する。

玄奘の意志に導かれアフガン往還半世紀になる前田耕作さんは、悲劇のバーミヤンの再生に情熱を燃やす。
シルクロードの現代日本人列伝
―彼らはなぜ、文化財保護に懸けるのか?

世界文化遺産登録記念出版
発売日:2014年10月25日
定価:1,620円(税込)
発行:三五館
「反戦」と「老い」と「性」を描いた新藤監督への鎮魂のオマージュ

第一章 戦争を許さず人間愛の映画魂
第二章 「太陽はのぼるか」の全文公開
第三章 生きているかぎり生きぬきたい

人生の「夢」を持ち続け、100歳の生涯を貫いた新藤監督。その「夢」に交差した著者に、50作目の新藤監督の「夢」が遺された。幻の創作ノートは、朝日新聞社時代に映画製作を企画した際に新藤監督から託された。一周忌を機に、全文を公開し、亡き監督を追悼し、その「夢」を伝える。
新藤兼人、未完映画の精神 幻の創作ノート
「太陽はのぼるか」

発売日:2013年5月29日
定価:1,575円(税込)
発行:三五館
第一章 アートを支え伝える
第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開

新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ-ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱

発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03-3226-0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06-6257-3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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