京阪神と奈良で開催の「展覧会もいろいろ」

2023年4月1日号

白鳥正夫

ベストシーズンの春、コロナ禍もやっと下火となり、美術館へ出向きやすくなりました。京阪神と奈良で催されている4つの展覧会を取り上げます。西宮市大谷記念美術館で「生誕100年 秦森康屯展 館蔵品の作家とともに巡るその時代」が5月21日まで、京都市京セラ美術館・東山キューブでは特別展「跳躍するつくり手たち:人と自然の未来を見つめるアート、デザイン、テクノロジー」が6月4日まで開催中です。さらに大阪高島屋7階グランドホールでは「開館25周年記念展 京都 細見美術館の名品―琳派、若冲、ときめきの日本美術―」が4月10日まで、奈良国立博物館でも「特別公開 奈良・不退寺本尊聖観音菩薩立像」が5月14日まで開かれています。「人生いろいろ」という歌謡曲がありますが、「展覧会もいろいろ」。異なった時代の、それぞれに趣のある内容です。


西宮市大谷記念美術館で「生誕100年 秦森康屯展 館蔵品の作家とともに巡るその時代」
独自の画風、20年ぶり活動の変遷をたどる

秦森康屯(はたもりこうとん 1923-1994)は広島県三原市出身ですが、1959年に「西宮市展」市展賞第一席を受賞したこともあり、西宮に移り住み活動拠点としました。大谷記念美術館では2003年に開催した「秦森康屯展」以降、遺族や所蔵者から作品の寄贈を受け、油彩画の代表作22点と、水彩画やデッサンなど133点を所蔵しています。これらの秦森康屯の作品を各時代ごとに構成して、その変遷をたどります。

また今年は、西宮市が1963年に文教住宅都市宣言を行ってから60年目。秦森康屯が西宮市甲陽園に居を構えたのは1962年で、その後1994年に亡くなるまで終生この地に暮らしました。文教住宅都市・西宮の環境が秦森の芸術を育んできました。文教住宅都市宣言60周年の記念すべき年に、西宮で20年ぶりとなる「秦森康屯展」でもあります。

秦森は26歳の頃に画家を志し、東京、大阪での活動を経て39歳で西宮市に移住しました。以降は美術団体などに属さず、個展や公募展で作品を発表し続け、厚塗りの筆致による画風を確立します。孤高な作家だった秦森は、時代の影響を敏感に取り入れながら独自のスタイルを貫きました。

今回の展覧会には、ジャンルは異なりますが、秦森と交流があった陶芸家の荒木高子(あらきたかこ 1921-2004)や、彫刻家の山口牧生(やまぐちまきお 1927-2001)の作品も合わせて展示しています。さらに秦森と同時代に活躍した同館の所蔵作家の作品と並べて展観し、その時代を取り巻いていた雰囲気を浮かび上がらせようとの趣旨です。

展示構成は、ともに西宮の芸術家として生涯にわたり交遊のあった「秦森康屯と荒木高子・山口牧生」から始まり、「1950年代」から「1960年代」「1970年代」「1980年代~」と各時代ごとに、秦森作品に加え、津高和一や白髪一雄、元永定正、泉茂、須田剋太ら同時代に活躍した作家らの所蔵作品を展示しています。

主な出品作品のうち、秦森康屯の《猫》(1959年頃)や《足摺岬》(1966年)、《鶏肉屋》(1970/72年)、《うしろむき》(1973年)、荒木高子の《点字の聖書》(1989年)、元永定正《赤いQ001》(1974年)の画像を掲載します。


秦森康屯《猫》
(1959年頃、西宮市大谷記念美術館蔵)



秦森康屯《足摺岬》
(1966年、西宮市大谷記念美術館蔵)



秦森康屯《鶏肉01屋》
(1970/72年、西宮市大谷記念美術館蔵)



秦森康屯《うしろむき》
(1973年、西宮市大谷記念美術館蔵)



荒木高子《点字の聖書》
(1989年、西宮市大谷記念美術館蔵)



元永定正《赤いQ001》
(1974年、西宮市大谷記念美術館蔵)


京都市京セラ美術館・東山キューブの「特別展「跳躍するつくり手たち:人と自然の未来を見つめるアート、デザイン、テクノロジー」
ジャンルを超えた新しい発想の20作品並ぶ

近年、デジタル技術による急速な社会変化、地球温暖化や紛争など未知の課題に直面する中、ジャンルを超えた新しい発想の作品が生み出されています。アート、デザイン、工芸分野において、国内外で活躍する気鋭の20(人・組)のクリエイターらによる作品を通して、激動の時代の先を見通した、今に求められる人の創造の力を再考する展覧会です。

監修は川上典李子・武蔵野美術大学客員教授(ジャーナリスト、キュレーター)。企画の趣旨について、川上さんは「人類の活動が地球に大きな影響を及ぼしている時代。人類が直面している課題に、ジャンルを超えて提言をしてゆけないだろうか」と言っています。このため、出品者は1970年代、1980年代生まれを中心に選出されています。

展示は4部構成です。各部の内容と、作品をいくつか紹介します。第1部は「ダイアローグ:大地との対話からのはじまり」で、漆、竹、土、ガラスなど、自然由来の素材で表現するアーティストの作品が並びます。石塚源太の《Taxis Groove》(2023年、作家蔵)は、乾漆技法による有機的な造形で、漆という素材の艶、うるみという美しさを極限まで強調しています。


石塚源太《Taxis Groove》
(2023年、作家蔵)


第2部は「インサイト:思索から生まれ出るもの」。ここではアーティストが作品を通して現代の問題を浮かび上がらせています。井上隆夫の《ブロークンチューリップの塔》(2023年、作家蔵)は、複雑な模様が入ったチューリップをアクリルに封じ込んだ作品 です。バベルの塔やもろい蜘蛛の糸を連想させる二重螺旋の形に構成されています。チューリップの斑模様はウイルスが原因であることが明らかになっており、コロナ禍の現代を思いを起こさせます。


井上隆夫《ブロークンチューリップの塔》
(2023年、作家蔵)


第3部の「ラボラトリー:100年前と100年後をつなぎ、問う」では、「日常で使われる『もの』の命を 100年先につなぐためにいま何をなすべきか」と問いかける作品を紹介しています。

西陣織「細尾」の12代目・細尾真孝をはじめ、京都の伝統工芸を現代に展開する

同世代の後継者たち6名で結成されたユニット「GO ON(ゴーオン)」が取り組んだ《100年先にある修繕工房》と題したインスタレーションが目を引きます。職人道具なども並び、社会を修繕する、というメッセージも込めているそうです。


GO ON《100年先にある修繕工房》
(2023年、作家蔵)


最後の第4部「リサーチ&メッセージ:未来を探るつくり手の現在進行形」では、サイエンスとアートが融合し、未来の表現をリードする試みを紹介しています。ニューヨーク在住のデザイナー・田村奈穂とWonderGlass社の《フロート》(2013-15年、WonderGlass社蔵)は、ガラスのインスタレーション作品で日本初公開。イタリアのガラス専門メーカーとの協働で、コンピュータ制御によって明かりがうつろってゆく。京都とヴェネチアの鐘の音をイメージした音響も仕掛けられていて、静謐さを感じさせる作品です。


田村奈穂・WonderGlass社《フロート》
(2013-15年、WonderGlass社蔵)


大阪高島屋7階グランドホールの「開館25周年記念展 京都 細見美術館の名品
―琳派、若冲、ときめきの日本美術―」
若冲の初期の著色画から晩年の水墨画まで

琳派や伊藤若冲など日本美術の名品を所蔵する 細見美術館の開館25周年を記念した展覧会で、約100点もの作品がまとまって百貨店の展覧会に貸し出されるのは初めて。昭和の実業家・細見良(初代古香庵、1901-79)にはじまる細見家三代が情熱を傾けて蒐集した名品の数々は、日本美術史を総覧する幅広い時代と分野にわたります。 今回の展覧会では、5つの章でコレクションを紹介しています。

1章が「祈りのかたち」で、コレクションの原点である神仏へ捧げられた美の展示です。《金銅誕生釈迦仏立像》(飛鳥時代)をはじめ、切なる願いが込められた仏画、美麗を尽くした荘厳具などが出品されています。


《金銅誕生釈迦仏立像》
(飛鳥時代、細見美術館蔵)


2章は「数寄の心」。 細見家では蒐集した美術品を自由に取り合わせ、茶席で用いました。特に茶の湯釜、根来は研究にも熱を入れ、他に類をみないコレクションとなっています。ここでは《志野茶碗 銘「弁慶」》(桃山時代)や、重要美術品の《芦屋十一面観音香炉釜(天文3年(1534)銘》が展示されています。

3章は「華やぎのとき」で、日本美術の特徴とされる「かざりの美」のコーナー。ここでは蒔絵作品、希少な七宝コレクションのほか、北斎の《五美人図》(江戸後期 )や、《七宝夕顔文釘隠》(桃山時代)も鑑賞できる。


葛飾北斎《五美人図》
( 江戸後期 、細見美術館蔵)


4章は「琳派への憧れ」に移り、日本の美の潮流、琳派―。特に江戸琳派や中村芳中、神坂雪佳に早くから着目してきたコレクションの中でも代表的な本阿弥光悦 書/俵屋宗達 下絵の《月梅下絵和歌書扇面》(江戸前期)や、酒井抱一の《桜に小禽図》(江戸後期)などが注目です。


本阿弥光悦 書/ 俵屋宗達 下絵
《月梅下絵和歌書扇面》
(江戸前期、細見美術館蔵)


最終章の5章は「若冲のちから」。“奇想の画家”伊藤若冲(1716-1800)が表現を追求し、独創的な絵画を生み出した初期の著色画から晩年の水墨画まで、若冲の表現力を発揮した《雪中雄鶏図》や《糸瓜群虫図》(いずれも江戸中期)など圧巻です。


伊藤若冲《 雪中雄鶏図》
(江戸中期、細見美術館蔵)


奈良国立博物館なら仏像館の「特別公開 奈良・不退寺本尊聖観音菩薩立像」
「業平観音」と一対の観音像も並べて展示

国の重要文化財である不退寺(奈良市法蓮町)の《本尊聖観音菩薩立像》は、公益財団法人美術院により、彩色の剝落止めや、矧ぎ目など変色箇所の修整を主とする保存修理が昨年4月から行われていました。このたび完了したのに伴い特別公開されます。この像は高さ1メートル90センチほどの仏像で、寺伝に平安時代の歌人・在原業平(ありわらのなりひら 825-880)の作とされ、「業平観音」の名で信仰を集めています。


《本尊聖観音菩薩立像》
(奈良・不退寺蔵)


近年の調査で、不退寺像は文化庁所蔵(奈良国立博物館寄託)の観音菩薩立像と像高がほぼ一致し、作風が酷似し、腰の捻りが左右対称であことなどから、当初の尊名は不明ながら、もとは一対であったと考えらるに至ったそうです。当初の尊名は不明ながら三尊像の両脇侍であることから、かつて対をなしていた両像をそろって展示しています。2体の仏像が約140年ぶりにそろって展示される、またとない機会となります。


三尊像の両脇侍だったとみられる観音菩薩の展示。
右は《観音菩薩立像》
(文化庁蔵[奈良国立博物館寄託])


 



しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

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「反戦」と「老い」と「性」を描いた新藤監督への鎮魂のオマージュ

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第二章 「太陽はのぼるか」の全文公開
第三章 生きているかぎり生きぬきたい

人生の「夢」を持ち続け、100歳の生涯を貫いた新藤監督。その「夢」に交差した著者に、50作目の新藤監督の「夢」が遺された。幻の創作ノートは、朝日新聞社時代に映画製作を企画した際に新藤監督から託された。一周忌を機に、全文を公開し、亡き監督を追悼し、その「夢」を伝える。
新藤兼人、未完映画の精神 幻の創作ノート
「太陽はのぼるか」

発売日:2013年5月29日
定価:1,575円(税込)
発行:三五館
第一章 アートを支え伝える
第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開

新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ-ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱

発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

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三五館(03-3226-0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06-6257-3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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