街の憩い、INAXの展示スペース

2005年1月20日号

白鳥正夫

 企業の多くが、不況になると簡単にメセナを止めてしまう中、地道な文化活動を4半世紀も続けている会社があります。INAXはトイレ、ユニットバス、システムキッチンなど住宅機器メーカーとして知られていますが、生活文化に深く関わっており、その「創造業」を社の精神としています。
 こうした企業理念の一環として、東京・銀座に1981年にギャラリーを開設したのを皮切りに、3年後に大阪、6年後に名古屋にそれぞれ展示スペースを設け、無料で開設しているのです。1997年以降、「建築とデザイン」をテーマに年間4本の企画展を3会場で巡回開催しています。

様々な手法でミニチュア模型

 私がしばしば訪ねる大阪会場は約100平方メートルの広さがあります。美術館の展示室やデパートの催事場に比べ格段に狭いのですが、お昼休みや散歩がてらに立ち寄れ、気軽に鑑賞できるのが魅力です。いつ訪ねても観客は数えられるほどで、「なぜ利用しないのだろうか」と不思議でなりません。
 大阪で2月18日まで開かれている企画展は「建築のフィギュア展」と名付けられていますが、だれにも楽しめるミニチュア模型の展覧会です。それも建築家が設計段階で制作するのと違って、作者独自の工夫が凝らされていて、それぞれの創作世界を展開しています。
 藤沢みのるさんの作品は粘土細工で、明治・大正・昭和の西洋館を題材に無彩色で造形しています。東京駅や旧赤坂離宮、東京大学安田講堂、大阪中之島の中央公会堂などの名建築が精巧に作られ、その清楚な白い姿に魅了されます。顕微鏡の技術者だった藤沢さんが手探りで始めて15年、作品は130点を超すそうです。

藤沢みのるさんの
「大阪中央公会堂」
藤沢さんの名建築が並ぶ
「立体素描」

 次のコーナーでは糸崎公朗さんの「フォトモ」の街並みです。「フォトモ」とは造語で、フォトグラフ(写真)とモデル(模型)を組み合わせた言葉です。美術家の糸崎さんは、実物を映す写真を切り取り、立体に仕立てたもので「より実物に近づこう」と閃いて発案したといいます。
 グリコの大看板などで目を引く大阪の名所「えびすばし」の作品は、そのリアルな表現に驚かされました。写真を立体構成しているのだから、建物や風景は当然としても、約100人以上の通行人たちがまるでそこに歩いているかのように遠近感で迫ってくるのには脱帽します。

糸崎公朗さんの
「大阪通天閣」
糸崎さんの力作
「えびすばし」

 さらに坂啓典さんは、紙を使って世界遺産を手のひらサイズに仕上げています。グラフィックデザイナーでペーパー・エンジニアで活躍する坂さんは、2001年にネットのサイトで公開したテーマ創作でした。
 ノルウェーの木造教会は、私も現地を訪ね観光していただけに興味を引きました。世界では石造の重厚な教会が主流ですが、北欧の特性を生かした木造は庶民の芸術といえます。坂さんはシンプルで温もりのある教会を、紙で見事に描き、創り上げています。
 このほか大阪の模型工房では、海外の研修生たちが制作した「自国の心の風景」の作品も展示されています。JICA国際協力機構と国立民族学博物館の要請を受け、1997年から実習指導を受けた成果だといいます。

海外研修員たちが取り組んだ
「伝えたい自国の風景」



多くの示唆に富んだ企画展示

 こうした企画は、3つのギャラリーの担当者6人が中心となって外部スタッフを加えた企画委員会で決めています。このため担当者は毎月のように集まり編集会議などを開いて、準備、運営に当たっているそうです。大阪の担当、高橋麻希さんも専属スタッフの一人です。自慢の展覧会企画の一つに「鳥瞰図絵師の眼」がありますが、「企画を通すのは難しいですが、とてもやりがいがあります」と語っていました。

展示作品を説明する高橋麻希さん


私が最初に見た展覧会は、1989年に開催された「遠藤新、生誕100年記念 人間・建築・思想」でした。遠藤氏は帝国ホテルを設計したライト氏に師事し、後に昭和の名建築の一つに数えられる自由学園(東京)を手掛けた建築家です。
 この記念展に合わせ講演会も開かれましたが、講師の樋口清・東京理科大学教授の言葉が強く印象に残ったのでした。「古い建物を壊して新しく建て直せば、経済効果はあろうが、建物によって育てられた文化や歴史は消えてゆく。戦時の空襲よりも戦後の経済成長のほうが、多くの建物や町を壊してきた」
 私はこの展覧会直後に朝日新聞社の鳥取支局長に転任しました。当時、老朽化した旧鳥取図書館の取り壊しが問題になっていました。そんな一夜、飲み屋で隣り合わせた客が、保存を力説したのでした。私も機能本位になった建物に疑問を感じ、鳥取版で「鳥取建築ノート」の連載を始めたのでした。その時の客は、米子高等専門学校で教鞭を執っていて執筆者の一人なったのです。
 今にして振り返れば、INAXの展示ショールームでの小さな展覧会が、私の脳裡に強く残っていたからです。近年、滋賀県の豊郷町でアメリカ出身の建築家ヴォーリーズが設計した小学校の保存をめぐって裁判沙汰になっています。
 鳥取では新しく近代的な図書館ができて、その使命を終えましたが、保存を望む市民運動を反映し、外観は昔の姿をそのままに再現し、内部は童謡とおもちゃをテーマにした「わらべ館」として生まれ変わりました。
 私の手元には、当時の展覧会の内容を盛り込んだブックレットがあります。

  まず地所を見る
  地所が建築を教えてくれる
  いかに建築が許されるか
  いかに生活が許されるか
  そしていかに生活が展びられるか
  それをそこの自然から学ぶ

 これが、「生活に即して形を作り、環境をも含めて設計した」遠藤氏の建築思想の基盤でした。氏の設計した「用を形に転ずる」建物の多くもすでに壊され、姿を変えています。「文化」は過去の歴史との連続の中から出てくるのです。建築物もその一つ。だから過去との対話の中で新しいものを作っていくべきなのでしょう。

過去の企画展の記録でもある
ブックレットのコーナー

「狭いながら発見や驚きの場に」

 INAXの企画展は20年を超す歳月で、ゆうに100を数えます。こうした過去の企画展の内容はすべて展示に合わせ、ブックレットとして、編集、発行されています。こうした文化活動の継続に、社団法人メセナ協議会では1991年のメセナ大賞として表彰しております。
 メジャーな展覧会に関わってきた私には、ひと味違った企画展で、とても新鮮でした。砂を海に、石を島になぞらえた枯山水の庭などを取り上げた「現代・見立て百景」(1994年)、住まいの小さな自然を対象にした「新・坪庭考」(1997年)、いまモノ語りとしゃれた「道具の心理学」(1999年)、月を意識した建築を通して探る「月と建築」(2001年)などユニークな切り口で、私の印象に強く残っています。
 高橋さんは「小さいスペースながら来場して頂いた方が新たな発見や驚きに出会えるようなギャラリーづくりを目指していきたいと考えています。そのためにも、タイムリーで新鮮でかつ他では取り上げないようなテーマを、さまざまな視点から考察していきたいです」と今後の抱負をかたっています。


しらとり・まさお
朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)などがある。

新刊
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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