野球の本場で感じたスポーツ文化

2003年12月5日号

白鳥正夫

 晩秋、ニューヨークを垣間見てきました。
 ユナイテッド航空の企画ツアーで、シーズンオフのヤンキー・スタジアムと野球発祥の地にある「野球の殿堂」を見るのが主な内容でした。今年は18年ぶりに阪神が優勝し、大リーグに挑戦した松井秀喜外野手の活躍もあり、サッカーに押され気味の野球が脚光を浴びました。
 今回は野球の本場で感じたスポーツ文化を取り上げます。

 野球の殿堂に松井の記念バット
 今年、旅行会社は競って松井選手の観戦ツアーを実施しましたが、「野球の殿堂」まで足を運ぶ企画はありませんでした。なぜならばニューヨーク州にありながら、マンハッタンから400キロも離れているクーパーズタウンにあることによります。そこは飛行場が無く、鉄道も通らない田舎にあり、バスや車で行っても1日がかりになります。
 私たちは、成田からシカゴ乗り継ぎでアルバニーまで飛び、そこから車で約1時間半かけ訪ねました。なぜここに殿堂ができたというのは、ここで初めて野球場と呼ばれるフィールドが出来た聖地だからです。ベースを埋め込んだ場でのゲームで、ベースボールの語源につながったということです。いま、その地は観客数1万人入れる野球場として整備され、年1試合だけ、メジャーの奉納試合行われるそうです。


野球の聖地ともいわれるクーパーズタウンにある
世界で初めて造られた野球場ダブルデーフィールド

 野球誕生100周年の1年前の1938年に完成した「野球の殿堂」には、有名選手のユニフォーム、記録達成時のサイン入りバットやボール、数々の貴重品が展示されています。入ってすぐ目に止まるのが、打撃の神様、ベーブルースの等身大のロウ人形です。陳列ケースには球史を彩った記念品が並び、わが松井選手がヤンキー・スタジアムでの開幕戦で放った満塁本塁打のバットや、ワールド・シリーズでの本塁打でひび割れたバットも飾られています。
 もちろん野茂投手が1996年に達成したノーヒットノーランの直筆サインボールや、首位打者になったイチロー外野手のバットなども飾られています。ここでは野球の歴史や用具の発展などに関する資料展示、映像や図書館施設もあり、野球に関する幅広い文化が理解できます。


「野球の殿堂」に飾られた
ヤンキー・スタジアムでの開幕(2003年4月8日)で
松井選手が満塁本塁打を放った時のバット

 翌日には、ニューヨーク・ヤンキースの本拠地、ヤンキー・スタジアムを訪れました。ベーブルースが入団した1923年に開設され、5万7500余人も収容できます。親子二代勤め、球場の生き字引とされる職員の案内で、ネット裏上段のプレスルームをはじめベンチ、グランド、そして永久欠番となったスター選手の記念碑などを見せていただきました。
 ニューヨーク・ヤンキースはリーグ優勝37回、ワールド・シリーズ制覇26回を数える名門中の名門です。阪神以上に熱狂的なファンが球場に詰めかけることで知られています。スタジアムや周辺の売店では、N・Yを形どったTシャツなど様々なグッズが売られていました。強いチームはニューヨーカーたちの誇りであり、いかに野球文化が定着しているかがよく分かります。
日本にも数多くの野球少年や愛好者がいます。本場のアメリカで、ヤンキー・スタジアムや殿堂を見学し、聖地グラウンドでの体験野球などを盛り込んだツアーが企画されたら楽しいだろうと、思い描きました。


5万7500人を超す観客が入れるヤンキー・スタジアム
グランドの整備が行われていた


 高校野球に「文化」ドラマ
 今年8月7日、私は阪神甲子園球場のグラウンドにいました。
 85回を数える全国高校野球選手権大会(朝日新聞社など主催)の開会式。炎天下、ブラスバンドの勇ましい曲に乗り、球児らに先行して吹奏楽、合唱の高校生らとともに行進しました。その後、観客約3万5千人の手拍子の中を、前年優勝の明徳義塾高校(高知)を先頭に49代表が北から南へ順に入場行進してきました。
 そして整列。「雲はわき 光あふれて…」の『栄冠は君に輝く』を耳にしながら、平和であることの尊さをかみしめたものです。恒例とはいえ球児らを盛り上げるステージは音と映像の「文化」です。小泉純一郎首相の始球式パフォーマンスもあり、舞台裏は汗だくだくでした。この一大セレモニーを発信するため、数多くの陰で支える人たちがいます。夏の国民的行事となった高校野球は、一つの「文化」ドラマでもあります。
 私が朝日新聞金沢支局に在任の時、松井選手が星稜高校(石川)にいました。かつて明徳義塾戦で、忘れもしない5打席連続敬遠があって、読者から多くの抗議を受けた苦い思い出がよぎります。
 挨拶のため支局を訪れた松井君と握手をしたのが、ついこの間のような気がします。その松井選手が、いまや押しも押されもしない大リーガーとして世界の若い人たちに夢を与えているのです。
 野球の面白さはもちろん筋書きのないゲームの展開にあります。しかし単に勝敗だけでなく、人生ドラマや長い歳月をかけ培ってきた「野球文化」にも目を注いでほしいと思います。
 スポーツ文化が花開くのは平和の証しでもあります。2001年9月11日に起こったあの忌まわしいテロによるグランド・ゼロのニューヨークを感慨深く後にしました。


しらとり・まさお
朝日新聞社大阪企画事業部企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から、現在に至る。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)などがある。


新刊
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたち平山郁夫画伯らの文化財保護活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者の「夢しごと」をつづったルポルタージュ。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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