障がいを持つ子どもらの「ふれ愛太鼓」

2005年1月5日号

白鳥正夫

 明けましておめでとうございます。
 このサイトに月2回の投稿をし始めて2度目の正月を迎えました。1年間を振り返ってみますと、出口の見えないイラク・北朝鮮情勢に加え、台風ラッシュに新潟中越地震、さらに年末には未曾有のインド洋大津波、はたまた凶悪犯罪の続出と暗いニュースに明け暮れた感があります。「何が起こっても不思議ではない」といった日々に生きている私たちですが、それゆえ足元を見つめ、人間らしい生き方を追い求めたいものです。今年も精一杯、読者に豊かな「文化」への情報を伝えたいと思います。

音に心通わせリズム感も豊か

 新年最初の話題は、障がいを持つ子どもたちとその家族による和太鼓グループ「アゴラ太鼓」の取り組みです。
 トントコトントン……。昨年10月31日、奈良・平城宮跡の朱雀門前に勇壮な太鼓の音が響きわたりました。奈良市青少年フェスティバルに参加した「アゴラ太鼓」のメンバーは懸命にバチをさばいていました。演奏は知的障がいを持つ子らが中心でしたが、調和のあるリズムに観客も大喜びでした。
「アゴラ太鼓」は、奈良市富雄在住で音楽教室を開いている水野恵理子さんが主宰して、1995年春に結成しました。水野さんは約30年前からピアノを教えていますが、和太鼓グループを結成したのは障がいを持つ子を指導するようになったことがきっかけでした。

奈良・平城宮跡の朱雀門前での演奏
(昨年10月31日、青少年フェスティバル)

 T君は自閉症で話すこともままなりませんでした。言葉でいくら教えても、ピアノの鍵盤を強く、あるいは弱く弾くといったコントロールができません。しかし付き添いの母親の熱意もあって、次第に音楽に心を通わせるようになったそうです。水野さんにとっても根気のいる指導でしたが、音楽のすばらしさを再認識できるようになったといいます。
 「石の上にも」の努力で、T君が上手にピアノを操ることができるようになったころ、ダウン症のI君のレッスンが始まりました。I君はよくしゃべるのですが、舌がうまく回りません。始めの頃は落ち着かず練習にならなかったものの、タンバリンやドラムに興味を持ち、何より歌うのが大好きでした。
 そんな時、I君の母親から「盆踊りの太鼓のリズムはすぐ覚えられる」との話を聞かされたのでした。水野さんは、「和太鼓なら障がい者たちに音楽への感動をより深く伝えられるかもしれない」と思い立ったそうです。ピアノは個人レッスンが基本ですが、和太鼓だと、みんなで一体感が持て、楽しく音になじめるからです。
 しかしピアノのベテラン教師といえども、太鼓の心得があるはずはなく、未知の世界への挑戦です。その当時、和太鼓というのは打法を詳しく説明した教則本もなく、厚めの木の板とゴム板を張り合わせて作った練習台を使って試行錯誤で始めたのでした。
 知人の伝手でプロのメンバーから出張指導を受け、ガソリンスタンドで入手した古タイヤを使うことになり、ようやく軌道に乗ったようです。こうした試みを聞きつけた他の障がいを持つ子どもらが加わってきました。

歌の好きなI君をレッスンする水野さん

古タイヤで練習、念願の太鼓へ

 「アゴラ太鼓」を結成したけれど、練習でたたくのはタイヤです。1996年から障がい児の通園施設の夏祭りや福祉施設に慰問演奏などに出向きますが、いつも借り物の太鼓でした。そうした折、比較的に安価な合成樹脂製のテクノ太鼓が売り出されました。生徒らの母親らの賛同と協力を得て、やっと97年5月に念願の長胴太鼓2台と締太鼓6台を購入することができたのでした。
 本物の太鼓は入手できたものの、新たな悩みが浮上したのでした。かなりの音量となるため練習場の問題です。月2回は小学校の体育館が借りられるめどがつきましたが、残りはやはり教室でのタイヤが相手でした。やがて奈良大学付属高校の施設なども利用できることになり、99年2月には、ついに木製で牛革を張った長胴太鼓も入手でき、名実ともに太鼓グループに育ったのでした。

古タイヤを使っての練習
(奈良市富雄の教室)
奈良大学附属高校実習室を
借りて練習

 グループ名の「アゴラ」というのは、古代ギリシア時代に都市国家の中心にあった広場のことで、物を売る人、演説する人、また様々なパフォーマンスを披露する人たちで賑わっていた場所の意味です。アゴラ太鼓も多くの人に演奏を聴いてもらい、人と人とのつながりの輪を広げていきたいとの願いで、名づけたといいます。
 水野さんの開設する「アゴラ」はビルの地下にありますが、ピアノと和太鼓の他にも、知人らが指導するマリンバやヴァイオリン、コーラスなどにも活用され、多くの人たちが集い、文化・情報の発信源になっているのです。
 私がこの「アゴラ太鼓」の活動を知ったのは、幼なじみの奥さんとその娘さんが加わったためです。生まれた時から身体の不自由な子を育てる苦労はいかばかりかと同情していたのですが、家族の絆の強さを知ることができました。母子がピアノや太鼓など音楽と触れ合っていかに生き生きと毎日を過ごしているかを聞かされました。
 「アゴラ太鼓」のメンバーは現在、何らかの障がいを持つ子どもたちや成人、その兄弟、母親ら14人で構成されています。年齢的には、当初からの子どもたちも成長し14歳から27歳までで、母親も60代の人もいてユニークな混成チームですが、レパートリーにも幅があります。
 オリジナル曲の「アゴラばやし」や「アゴラ太鼓」、「竹取物語」などに加え、8分間の演奏曲「三宅太鼓」をはじめ「屋台ばやし」「まつりばやし」などを得意としています。年1回の発表会以外にも各種の演奏会、イベント、祭などに出演しています。今では太鼓も、16台を数えており、休日などでお呼びがかかれば出演できる態勢を整えています。

富雄北自治会盆踊り大会にて



「ひとりにひとつの個性」 

 「アゴラ太鼓」が10年の歳月をかけ、ここまで成長できたのは、一にも二にも情熱があり、音楽理念を持った指導者がいたからです。その水野さんとは私の友人の紹介で親交の機会がえられました。私は音楽のことに関しては知識がありませんが、その進取の姿勢には共鳴するところが多いのです。
 西洋楽器のピアノを教えながら、和太鼓に挑むだけでも大変なのに、指導に時間のかかる障がい児への指導は至難なことだと想像できます。水野さんはその壁を超えて2002年11月には「アゴラ音楽クラブ」http://www.agora-mc.com/ を結成し、アゴラ太鼓に、ピアノ、マリンバも合流させました。一昨年3月には障がいを持つ子どもたちが主役となったコンサートを実現させています。ここでは太鼓とマリンバの合奏なども試みられました。

アゴラ音楽クラブ
「春のコンサート」にて合奏
(写真はいずれも水野恵理子さん提供)


 水野さんにとって、障がいのある子たちを通じ音楽の可能性について新たな発見を楽しんでいる向きもあります。和太鼓は子らに音楽性を目ざまさせるだけでなく、姿勢が大事で身体を動かすことによりリハビリにもつながります。水野さんが「音楽教育」と「音楽療法」の融合も視野に入れているのでした。
 水野さんは昨年、ドイツにある障がい者を対象の音楽研究所にも足を運び、研究所の教授にも見解を聞いています。水野さんが発信している「アゴラ通信」183号に次のような一文が寄せられています。http://www1.kcn.ne.jp/~agora/

私は、たとえ音符がよめなくても、譜面台にテキストを広げるだけで子どもにとって「さあ、音楽がはじまるよ」というきっかけになるのでは?と思いますし、楽器のいろんな響きを身体で感じるのもいいことですが、一歩すすんで自分でメロディーを奏でられたときの子どもたちの満足感というか達成感はすごいもので、障がいを持つ子どもたちにも何とかそれを感じさせたいと思うのです。

 私は新聞記者時代に、森永ミルクヒ素中毒の被害者やスモン病など難病で体の不自由な人たちの取材をしたことがありました。程度は様々でしたが、自分を素直に表現できる特性があります。とりわけ音楽などの感性の表現は、隠れた才能を開花させる可能性が高いと思います。
 水野さんは常日頃、「ひとりにひとつの個性」を強調しています。「文化」を育てる、「文化」を担うということは、そうした実践の中から芽生えるのです。
 がんばれ水野さん。がんばれ「アゴラ太鼓」の皆さん。


しらとり・まさお
朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)などがある。

新刊
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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