京都と兵庫で魅力的なコレクション展

2022年2月1日号

白鳥正夫

新年になって、新型コロナのオミクロン株の急拡大で、京阪神もついに、まん延防止等重点措置が実施されました。しかし美術・博物館は健在です。この時期、人との接触を避け、作品との対話を楽しんではいかがでしょうか。目下、魅力的なコレクション展が展開されています。京都国立近大美術館で「新収蔵記念:岸田劉生と森村・松方コレクション」が3月6日まで開催中です。西宮市大谷記念美術館では「コレクション・五題 特集展示 西宮の日本画家 生誕130 年 寺島紫明」を3月13」日まで、兵庫県立美術館でも2022年コレクション展T「た・び・て・ん」と「小企画 生誕100年 元永定正展 −伊賀上野から神戸、そしてニューヨークへ−」を7月3日まで、それぞれ開いています。美術館にとって、豊富な館蔵品を有することは、館としての魅力でもあり、今回のような充実した特集展示があれば、作家の魅力が伝わります。


京都国立近代美術館の新収蔵記念:岸田劉生と森村・松方コレクション」
 
初期の自画像やなど劉生作品約50点

京都国立近代美術館は昨年3月、岸田劉生の作品42点を一括収蔵し、油絵24点のほか、水彩画6点、日本画9点を含む約50点となりました。点数が豊富になっただけではなく、自画像・肖像画・宗教画・風景画・静物画・風俗画(芝居絵)といった各領域を網羅し、版画や彫刻をも含めた劉生の創作活動全体を展望できる内容となったのです。新収蔵を記念した今回の展覧会では、劉生作品を全てまとめて公開しています。

新たな収蔵品は名品ぞろいと名高い森村義行・松方三郎兄弟のコレクションにかつて含まれ、展覧会や画集でよく知られていました。兄弟の没後、1980年ごろから散逸しつつあったのを、前所蔵者で東日本在住の匿名の個人コレクターが再収集したものです。

42点の内訳は、油彩画20点(うち1点は同じ板の表と裏に描かれている)、水彩・素描12点のほか、日本画8点、版画・彫刻各1点で、購入29点、寄贈13点となっています。購入予算は計12億円ということです。

新収蔵品は、初期の代表作《外套着たる自画》(1912年)のほか、水彩で描かれた類例のない裸の《麗子裸像》(1920年)や、関東大震災後に移り住んだ京都で描いた《舞妓図(舞妓里代之》(1926年)、大連滞在中に制作された風景画《大連屋ヶ浦風景》(1929年、いずれも京都国立近代美術館蔵)などの傑作が含まれています。これらの作品の一部は、2011年の大阪市立美術館での回顧展以外に、公開の機会はほとんどありませんでした。


岸田劉生《外套着たる自画像》
(1912年、京都国立近代美術館蔵)


岸田劉生(1891〜1929)は、東京・銀座生まれ。白馬会葵橋洋画研究所で黒田清輝に師事し、文展に入選。その後、ゴッホやセザンヌといったポスト印象派のほか、近代以前の東西の美術にも関心を示します。画風は変遷しますが、写実に基軸を置きながら、対象の「内なる美」を追求しました。関東大震災後に約2年半暮らした京都では、古画を収集したり茶屋遊びに親しんだりしています。わずか38年の短い生涯でしたが、数多くの肖像画や風景画、静物画などの油彩に加え、日本画も遺しています。

この展覧会には、劉生画業の初期から晩年まで各時期の画風をそろえ、その流れをたどることができるだけでなく、旧蔵者であった森村義行や松方三郎をはじめ、劉生の最大の支援者だった芝川照吉にも着目し、劉生の顕彰におけるこうしたコレクションの役割をも振り返ります。

主な展示作品については、このサイトの昨年6月8日号でも伝えているため、《外套着たる自画像》(1912年)の他は、《夕陽》(1912年)、《エターナル・アイドル》(1914年)、《壺》(1917年)、《壜と林檎と茶碗》(1917年)の画像を掲載します。


岸田劉生《夕陽》
(1912年、京都国立近代美術館蔵)



岸田劉生《エターナル・アイドル》
(1914年、京都国立近代美術館蔵)



岸田劉生《壺》
(1917年、京都国立近代美術館蔵)



岸田劉生《壜と林檎と茶碗》
(1917年、京都国立近代美術館蔵)


西宮市大谷記念美術館の「コレクション・五題 特集展示 西宮の日本画家 生誕130 年 寺島紫明」
寺島紫明の描く女性美、ずらり13点

幅広いジャンルのコレクションの中から、生誕130年を迎える西宮ゆかりの日本画家・寺島紫明作品の特集展示や、定評の近代日本画をはじめ、洋画家・亀高文子らの作品、さらに2020年度新収蔵作品など、5つのテーマ[五題]に沿って、館蔵品を展示しています。

とりわけ生誕130年を記念して、寄託を受けた大関コレクションを中心に13点が並ぶ寺島紫明の作品はあでやかな美人画が多く、新春にふさわしい雰囲気です。寺島紫明(1892〜1975)は、兵庫県明石市出身。鏑木清方に師事し、同門の伊東深水と並び称せられる美人画家です。東京で研鑽を積み活躍していましたが、1936年に西宮市甲東園に移り住んで以降他界するまで、西宮の画室において、ほのかな情感を内にひめた美人画を制作し続けました。

《夕月》(1912年)は、泉鏡花原作の戯曲『滝の白糸』を題材に、劇中で南京出刃打ちの的となる、滝の白糸の弟子なでしこを描いています。《曙桜》(1939年)や、《若婦》(1939年)などは淡色を背景に書生の姿を捉えています。


寺島紫明《夕月》
(1912年、大関コレクション
[西宮市大谷記念美術館寄託])



寺島紫明《曙桜》
(1939年、大関コレクション
[西宮市大谷記念美術館寄託])



寺島紫明《若婦》
(1939年、大関コレクション
[西宮市大谷記念美術館寄託])


日本画のセクションでは、院展の作家を中心に構成されていて、横山大観をはじめ、橋本雅邦、前田青邨、奥村土牛ら日本美術院にゆかりのある画家たちの作品が展示されています。広大な画面が特徴の屏風も、富岡鉄斎、橋本関雪、山下摩起の3点が展示され壮観です。

一方、洋画では亀高文子と、ゆかりのある画家や同時代に活躍した画家の作品をあわせて紹介しています。亀高(渡辺)文子(1886-1977)は横浜に生まれです。年女子美術学校卒業後は満谷國四郎に師事し活躍した女性洋画家の先駆けの一人です。1923年に神戸へ移ると赤艸社女子絵画研究所を創設して女性への洋画普及に尽くし、戦後は住まいと研究所を西宮へ移しました。2020年度に収蔵した《ダリア》、(1924年)が注目です。掲載画像は、亀高と同時代に活躍した伊藤慶之助の《巴里の娘》(1929‐30年頃)です。


伊藤慶之助《巴里の娘》
(1929-1930年頃、西宮市大谷記念美術館蔵)


このほか、2020年度新収蔵作品の「現代美術編」では、神戸を拠点に活躍した奥田善巳(1931-2011)、木下佳通代(1939-1994)と、京都を拠点にしている中馬泰文(1939-)らの作品を初公開しています。掲載画像は、木下佳通代の《CA618》(1990年)です。


木下佳通代《CA618》
(1990年、西宮市大谷記念美術館蔵)


兵庫県立美術館の2022年コレクション展T「た・び・て・ん」、「小企画 生誕100年 元永定正展 −伊賀上野から神戸、そしてニューヨークへ−」
「旅」をテーマに、多種多様な展開

兵庫県立美術館では、前身の兵庫県立近代美術館(1970年開館)から作品収集活動を続け、現在1万点以上の作品を収蔵しています。今年も2期に分け、それぞれテーマを設けて展示すると同時に、8室ある展示室の1室を使って、小企画展を催しています。今回のコレクション展のテーマは「た・び・て・ん」。コロナ禍、旅行がままならない現状を踏まえ、美術館でせめて「旅」の気分を味わってほしいとの趣旨です。

まずは小企画「生誕100年 元永定正展」から。この展示も、「旅」から派生して、作者の「移動」すなわち制作地の変化と作品の関係を探ることで、全体とのゆるやかなつながりをもたせています。

元永定正(1922−2011 )は、三重県阿山郡上野町(現・三重県伊賀市)生まれ。具体美術協会を代表する作家の一人として世界的に知られ、そのカラフルな色彩と生命体を思わせる形態は、高い人気を誇ります。元永の生誕 100 年を記念し、伊賀から神戸へ移住し、ニューヨークへ渡るまでの期間に焦点を絞り、「場の移動≒旅」という観点から作品を展示しています。今回は初期の代表作や立体作品など 平面・立体という区別なく自在に表現した元永の作品世界を楽しめます。

所蔵品の《作品 N.Y No.1》(1967年)のほか、《寶がある》(1954年頃、個人蔵[三重県立美術館寄託])や、《ざるから》(1954年、個人蔵)も出品されています。


元永定正《作品 N.Y No.1》
(1967年、兵庫県立美術館蔵)



元永定正《寶がある》
(1954年頃、個人蔵[三重県立美術館寄託])



元永定正《ざるから》
(1954年、個人蔵)


「た・び・て・ん」は、パートT「旅への誘い」、パートU「出発、道中、滞在、遁走」、パートV「みんなで行こう−名所の旅」、パートW「作者の旅」で構成されています。

展示室の冒頭に、林勇気の《another world -alternative》(2017年)の床から壁、天井に至る投影による映像作品があり、いきなり、日常から離れた気分に誘います。詫摩昭人の《逃走の線 1》(2004年)も、このテーマを象徴するような作品です。


林勇気《another world -alternative》
(2017年、兵庫県立美術館蔵)の展示



詫摩昭人《逃走の線 1》
(2004年、兵庫県立美術館蔵)


「みんなで行こう−名所の旅」では、歌川国員、南粋亭芳雪、里の家芳瀧による上方浮世絵版画の名作《浪花百景》全101点を6期に分けて陳列します。このほか井上安治、織田一磨、川瀬巴水、小林清親、横尾忠則らの時代を超えた作品も鑑賞できます。

彫刻を主に展示する常設展示室や、小磯良平記念室および金山平三記念室でも「た・び・て・ん」にちなんだ作品を展示しています。



しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

新刊
「シルクロードを界遺産に」と、提唱したのは故平山郁夫さんだ。シルクロードの作品を数多く遺し、ユネスコ親善大使として文化財保存活動に邁進した。

社長業を投げ捨て僧侶になった小島康誉さんは、新疆ウイグル自治区の遺跡の修復や調査支援を30年も続けている。

シベリアに抑留された体験を持つ加藤九祚さんは90歳を超えて、仏教遺跡の発掘ロマンを持続する。

玄奘の意志に導かれアフガン往還半世紀になる前田耕作さんは、悲劇のバーミヤンの再生に情熱を燃やす。
シルクロードの現代日本人列伝
―彼らはなぜ、文化財保護に懸けるのか?

世界文化遺産登録記念出版
発売日:2014年10月25日
定価:1,620円(税込)
発行:三五館
「反戦」と「老い」と「性」を描いた新藤監督への鎮魂のオマージュ

第一章 戦争を許さず人間愛の映画魂
第二章 「太陽はのぼるか」の全文公開
第三章 生きているかぎり生きぬきたい

人生の「夢」を持ち続け、100歳の生涯を貫いた新藤監督。その「夢」に交差した著者に、50作目の新藤監督の「夢」が遺された。幻の創作ノートは、朝日新聞社時代に映画製作を企画した際に新藤監督から託された。一周忌を機に、全文を公開し、亡き監督を追悼し、その「夢」を伝える。
新藤兼人、未完映画の精神 幻の創作ノート
「太陽はのぼるか」

発売日:2013年5月29日
定価:1,575円(税込)
発行:三五館
第一章 アートを支え伝える
第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開

新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱

発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
「ぶんかなびで知った」といえば送料無料に!!
 

 

もどる