お正月にお勧め、京都の3展覧会

2022年1月1日号

白鳥正夫

新年も、新型コロナのオミクロン株の不安を抱えていますが、目下感染者数が減少し、美術館へも出向き易くなっています。お正月に、とっておきの作品が鑑賞できる京都の3展覧会を紹介します。京都国立博物館は「京博のお正月 寅づくし―干支を愛でる」と「新収品展」、「後期古墳の実像 ─播磨の首長墓・西宮山古墳」の特集展示を2月13日まで開催中(新年は2日から)です。一方、京都府立堂本印象美術館では「生誕130年 描く・飾る・デザインする―堂本印象の流儀―」が3月21日まで(新年は5日から)、相国寺承天閣美術館でも「禅寺の学問 ─継承される五山文学/相国寺の歴史と寺宝U」が1月23日まで(新年は6日から)開かれています。この機会に京都都の散策も併せて楽しんではいかがでしょう。


尾形光琳の《竹虎図》など、トラが大集合

新春恒例、干支がテーマの特集展示です。京都国立博物館では、干支にちなんだ作品を紹介する特集陳列を2016年から再スタートし、第7弾になります。同館では1901(明治34)年の丑年より10年間、干支にちなんだ展示が行われ、丑→寅→卯→辰→巳→午→未→申→酉→戌と続きました。新年も干支、寅(虎)にちなんで、可愛い虎、強そうな虎、リアルな虎など、博物館に生息するいろいろなトラが展示室に大集合し、子どもから大人まで楽しめます。

日本には野生の虎がいません。昔の人たちは、海の向こうから伝えられる絵やお話、毛皮などをもとに、虎について想像を膨らませてきました。生きた姿を見ることが難しかったはずなのに、虎は多くの日本の美術に登場しています。美術の中には、いったいどんな虎がいるのでしょうか。プレス内覧会には京都国立博物館のキャラクター「トラりん」も登場し、PRにひと役買っていました。


京都国立博物館のキャラクター「トラりん」も
PRにひと役


主な展示品に、尾形光琳が描く《竹虎図》(江戸時代 18世紀、京都国立博物館蔵)や、岸駒筆の《虎図》(江戸時代 19世紀、京都国立博物館蔵)、横山崋山筆の《虎図押絵貼屏風》(江戸時代 19世紀)のほか、香合や根付、箱などの工芸品も合わせ36点が出品されています。


《竹虎図》尾形光琳筆
(江戸時代 18世紀、京都国立博物館蔵)


伊藤若冲筆の《百犬図》など新収品に

同時開催の「新収品展」には、令和元年度から2年度(2019〜2020)にかけて新たに収集した絵画をはじめ書跡・染織・漆工・金工・陶磁など様々な分野の作品約40件を展示しています。

京都国立博物館では、展示や研究に活用するために、美術品や文化財を計画的に購入しており、また個人や団体のご厚意によって貴重な作品をご寄贈いただくこともあり、新たなコレクションに加わっています。とりわけ購入した伊藤若冲筆の《百犬図》や、寄贈の長沢芦雪筆の《関羽図》(いずれも江戸時代 18世紀、京都国立博物館蔵)が注目です。


《百犬図》伊藤若冲筆
(江戸時代 18世紀、京都国立博物館蔵)


《須恵器 脚付装飾壺》の表面に人物

さらに「後期古墳の実像 ─播磨の首長墓・西宮山古墳」も併催されています。兵庫県たつの市西宮山古墳は横穴式石室をもつ前方後円墳で、後期古墳のほとんどが後世の盗掘で実態が不明な中で充実した内容の副葬品で知られています。令和元年度の考古資料相互活用促進事業で、地元保管や個人蔵の写真・資料等の存在が明らかになりました。

今回の展示は京都国立博物館・たつの市立龍野歴史文化資料館等の所蔵資料と共同研究の成果をあわせて展示し、従来知られていなかった地方有力首長墓の実像を紹介しています。また、日本古代国家形成期終盤の古墳時代後期における播磨地域の歴史的位置と中央−地方の関係を考察しています。

西宮山古墳出土品のうち《須恵器 脚付装飾壺》(古墳時代 6世紀、京都国立博物館蔵)の表面には、人物や動物の小さな像がくっついていて興味津々です。特に二人が相撲をとっているようにも見えます。


《須恵器 脚付装飾壺》
(古墳時代 6世紀、京都国立博物館蔵)


京都府立堂本印象美術館の「生誕130年 描く・飾る・デザインする―堂本印象の流儀―」
瑞甲山乙津寺の襖絵を26年ぶり特別公開

京都府立堂本印象美術館の堂本印象展については、このサイトで何度も取り上げていますが、毎回テーマが異なるのは当然として、同じ画家とは思えないほど変化し新鮮です。具象から抽象表現まで駆使した作品の幅が広く、平面から立体、空間装飾にいたるまで、マルチな創作活動に驚かされます。今回は、「生誕130年 堂本印象」の続編で、前回の絵画コレクションから一転、襖から工芸品やデザインなど個性豊かな美意識の世界を展開しています。

堂本印象(1891〜1975)は京都生まれ、本名三之助。京都市立美術工芸学校卒業後西陣織の図案描きに従事していましたが、日本画家を志して京都市立絵画専門学校(現:京都市立芸術大学)に入学。1919年に第一回帝展で初入選して以来、風景、人物、花鳥、神仏など多様なモティーフを描き、常に日本画の限界を超えた最前線の表現に挑戦し続けました。

約60年にわたる画業のなかでも印象が多数制作したのが、寺院の障壁画です。とりわけ1950年代半ばから日本画家による抽象画という、それまでに見られなかった新たな創造に取り組み、画壇に強烈な足跡を残しました。その独自の表現は寺院空間においても遺憾なく発揮されました。

今回の展覧会では、印象が寺院の障壁画として高知・竹林寺、京都・西芳寺に続いて3番目に手がけた岐阜・瑞甲山乙津寺(おっしんじ)に秘蔵されている襖絵四面《超ゆる空》(通常非公開)を、同館として26年ぶりに特別公開しています。また同寺から襖絵四面《光る庭》、襖絵二面《妍(けん)春》(いずれも1968年、瑞甲山乙津寺蔵)も出品されていますが、自由奔放ながら絶妙なバランスで色彩豊かに描かれています。


襖絵四面《超ゆる空》
(1968年、瑞甲山乙津寺蔵)


印象が下絵を手がけた《松桐鳳凰文様振袖》三つ襲ねのうち(大正時代、北村美術館蔵)をはじめ、豪華な婚礼衣装や、茶釜《地中海》(1963年)、茶碗《高風想思》(1970年)、さらにはタピストリー《好転》(1967年、いずれも京都府立堂本印象美術館蔵)、僧侶の袈裟もあります。


《松桐鳳凰文様振袖》三つ襲ねのうち
(大正時代、北村美術館蔵)



茶釜《地中海》
(1963年、京都府立堂本印象美術館蔵)

《月影》や《車引き》(ともに1914年、京都府立堂本印象美術館蔵)と題された木彫り人形たちに目が留まります。印象が20代前半に自ら彫刻刀で削り、彩色を施した作品です。このほか都をどりのポスターや『婦人公論』表紙下絵、松竹梅の風呂敷の原画まで出揃っています。


木彫り人形《月影》
(1914年、京都府立堂本印象美術館蔵)


そして何より京都府立堂本印象美術館は、外観や館内の壁面装飾、ドアノブ、ランプに至るまで印象自身によるデザインで、同美術館の建物そのものが印象の造形作品となっています。晩年の集大成ともいえる美術館を感慨深く眺めながら、美術館を後にしました。


堂本印象がデザインした
京都府立堂本印象美術館の外観


相国寺承天閣美術館の「禅寺の学問─継承される五山文学/相国寺の歴史と寺宝U」

漢籍に焦点、重文や初公開を含む寺宝

古代インドで誕生した仏教の教えは、中国を経て日本に伝えられました。その教えを学びに多くの禅僧が大陸に渡り、禅とともに大陸文化を日本にもたらしたのでした。そのため禅僧は漢詩文に優れ、漢籍を教える師としても天皇家や公家と交流したのです。

京都五山第二位の寺格を有する相国寺は、中世より漢詩文などに優れた禅僧を多数輩出し、五山文学の中心地でした。仏典(内典)のみならず、漢籍(外典)も多く有し、知識をもって権力者たちとも深いつながりを持ちました。また、藤原惺窩(せいか)をはじめ近世儒学者たちと深く交流しました。禅僧の活躍は文芸面だけではなく、外交文書の作成など、政治的な実務も担っていたことでも示されています。

今回の展覧会は、2021年1〜4月に開催された「相国寺の歴史を室町から近代までたどる」企画展の続編で、相国寺や塔頭寺院に伝来する漢籍を確認し、禅寺に蓄積された知の体系を探っています。常設展示作品を含め約50点の寺宝が出品されています。

展示は二つの展示室に分かれます。主な作品を取り上げます。第一展示室は「禅寺の学問―継承される五山文学」。第1章が「内典(ないてん)―仏書と墨蹟」で、仏教の教えは祖師の墨蹟や語録に記されています。重要文化財の《一山一寧墨蹟 金剛経序》(鎌倉時代 1306年、相国寺蔵)や、《無学祖元頂相》春屋妙葩賛、伝趙子昂筆(元時代 14世紀、慈照院蔵)などが出品されています。


重要文化財《一山一寧墨蹟 金剛経序》
(鎌倉時代 1306年、相国寺蔵)


第2章が「外典(げてん)―和刻本漢籍と漢画」で、大陸からもたらされた文物は仏教にとどまらず、儒教、道教などの教えも含み、禅寺はその文化の発信地でもありました。重要文化財の《白楽天図》無学祖元賛、伝趙子昂筆(南宋時代 13世紀、鹿苑寺蔵)などを展示。


重要文化財《白楽天図》
無学祖元賛、伝趙子昂筆
(南宋時代 13世紀、鹿苑寺蔵)


第3章が「国書(こくしょ)―近世の禅と漢文学」で、中世五山禅林で育まれた漢詩文の素養は、出版などを通じて新たな享受層を獲得し、近世に新たな潮流を生み出しました。重要美術品の《隔?記(かくめいき)》鳳林承章(ほうりんじょうしょう)筆(江戸時代 17世紀、鹿苑寺蔵)や、《藤原惺窩像》富岡鉄斎筆(明治時代 19世紀、林光院蔵)などが出品されています。


重要美術品《隔?記》
鳳林承章筆(江戸時代 17世紀、鹿苑寺蔵)


第二展示室は「相国寺の歴史と寺宝U」。第1章の「禅の歴史と相国寺」には《達磨図》春屋妙葩賛,、義堂周信筆(南北朝時代 14世紀、鹿苑寺蔵)も。第2章が「中世の相国寺」で、重要文化財の《絶海中津墨蹟 十牛頌》(室町時代 14世紀、相国寺蔵)や、《十牛図》周文筆(室町時代 15世紀、相国寺蔵)、重要文化財の《慈照院諒闇ョ薄》(室町時代 15世紀、慈照院蔵)などの名品が並んでいます。


《十牛図》周文筆
(室町時代 15世紀、相国寺蔵)


この章では、「十牛頌」と「十牛図」の全場面を一挙公開しているのが注目される。なお「十牛頌」とは本来の自己を牛に喩え、禅の修行過程を10段階で表現したものであり、修行僧の進むべき道をわかりやすく説いています。「十牛頌」と、この10段階を絵画化した「十牛図」のすべての場面を目にすることができます。

第3章の「近世の相国寺」には、《對馬以酊眺望之図》維明周奎(いめいしゅうけい)筆(江戸時代 18世紀、慈雲院蔵)を展示。第4章の「近代の相国寺」へと続く。

第5章が「年中行事」で、狩野元信筆による《縄衣(じょうえ)文殊図》(室町時代 16世紀、相国寺蔵)が目を引きます。さらに第6章として「工芸の至宝」の展示もあります。


《縄衣文殊図》狩野元信筆
(室町時代 16世紀、相国寺蔵)





しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

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第二章 「太陽はのぼるか」の全文公開
第三章 生きているかぎり生きぬきたい

人生の「夢」を持ち続け、100歳の生涯を貫いた新藤監督。その「夢」に交差した著者に、50作目の新藤監督の「夢」が遺された。幻の創作ノートは、朝日新聞社時代に映画製作を企画した際に新藤監督から託された。一周忌を機に、全文を公開し、亡き監督を追悼し、その「夢」を伝える。
新藤兼人、未完映画の精神 幻の創作ノート
「太陽はのぼるか」

発売日:2013年5月29日
定価:1,575円(税込)
発行:三五館
第一章 アートを支え伝える
第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開

新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱

発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

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