兵庫特集パート2 今回は国際絵本とデザイン

2021年9月2日号

白鳥正夫

新型コロナウイルス禍で緊急事態宣言の対象地域が拡大し、閉塞状況が長引いています。美術館ではコロナ対策を続けながら開館しており、今回は先月に続き兵庫特集パート2です。西宮市大谷記念美術館では「2021イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」を9月26日まで開いています。毎年恒例の展覧会として開催してきましたが、昨年は新型コロナの影響により、中止に追い込まれていました。兵庫陶芸美術館では「ザ・フィンランドデザイン展 ― 自然が宿るライフスタイル」を9月11日から11月28日までロングラン開催です。こちらは先月の当サイトに取り上げていますアルヴァ・アアルトらの作品を含むムーミンでなじみのフィンランドのデザイン展です。いずれも巡回展ですが、コロナ禍の気分を転換し、楽しみながら鑑賞できる格好の展覧会です。


西宮市大谷記念美術館の「2021イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」

23カ国76作家の入選作品ずらり展示

世界で唯一の子どもの本専門の国際見本市「ボローニャ・チルドレンズ・ブックフェア」は、イタリア北部の古都ボローニャで1964年から始まり、現在では児童書の新たな企画を生み出す場としても、出版社や作家をはじめ、児童書にかかわる人たちの注目を集めています。


親子連れも目立つ「ボローニャ国際絵本原画展」の展示室

このフェアに合わせ毎年、絵本原画のコンクールが行われており、世界各地から多くのイラストレーターが作品を応募しています。5点1組のイラストを用意すれば、応募できる公募展で、国籍の異なる5人の審査員は毎年入れ替わり、出版・未出版を問わず審査対象とされるため、新人作家の登竜門となっています。

1978年に、イラストレーションコンクールの入選作品が西宮市大谷記念美術館で展示されたのが、日本における「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」の始まりとなりました。当時、美術館で絵本の原画を展示するという試みは先駆的なものでした。

世界的なコロナ禍の今年、ボローニャの見本市事務局では、新たな試みとして見本市をオンラインで開催し、コンクール審査もオンラインで行いました。その結果、今年は例年になく質の高い作品が数多く集まり、68カ国3235組の応募のうち、日本人8名を含む23カ国76作家が入選しました。イタリアではかなわなかった入選作の原画展ですが、日本では板橋区立美術館(東京都)からスタートし、西宮に続き、浜松市美術館(静岡県)、石川県七尾美術館、太田市美術館・図書館(群馬県)に巡回します。

今年の入選76作家のうち、日本からは、応募名で、相澤史、あお木たかこ、波田佳子、ホリベクミコ、いちかわともこ、いわさき智沙、西岡秀樹、umeco(ウメコ)の8名が入選しています。また台湾からも8名、韓国から6名、中国から5名が選ばれていて、アジア勢が大健闘しています。

展示室は大小4室があり、入選作品が所狭しと並んでいます。応募規定によって一つのタイトル作品は、ストーリーのある5点から成り立っていて、展示数は5倍になります。大きな額装にまとめられているものから個別のものまであり、その変化も楽しめます。それぞれの作品には、作者名と国籍、タイトル、5点のそれぞれの題名や内容が記載されていますが、一つの作品を構成する5点については無題のものもあります。

いくつかの作品を画像で紹介します。5点構成の中の1点ですが、ロトンド(イタリア)の《目玉、カエル、落書き》をはじめ、エレーナ・ブーライ(ロシア)の《おもちゃ屋さんとおもちゃたち》、チェン・ウェイシュエン(台湾)の《世界の道ばた動物図鑑》、ゴーシャ・ヘルバ(ポーランド)の《えかきさん》、チャン・シャオチー(台湾)の《ずっと目をつぶっていられたらいいのにな》は、いずれも動物の表情や仕草を巧みに描きこんでいます。


ロトンド(イタリア)
《目玉、カエル、落書き》



エレーナ・ブーライ(ロシア)
《おもちゃ屋さんとおもちゃたち》



チェン・ウェイシュエン(台湾)
《世界の道ばた動物図鑑》



ゴーシャ・ヘルバ(ポーランド)
《えかきさん》



チャン・シャオチー(台湾)
《ずっと目をつぶっていられたらいいのにな》


このほか印象に残った作品に、チェ・ダニ(韓国)の《いたずらな庭》や、ホアキン・カンプ(アルゼンチン)の《プール》、umeco(ウメコ、日本)の《わたしのおはなし》、カタリーナ・ゴメス(ポルトガル)の《小さな怪獣たち》(5枚組み)など、作者の独創的なイメージで表現された多彩な世界が展開しています。


チェ・ダニ(韓国)
《いたずらな庭》



ホアキン・カンプ(アルゼンチン)
《プール》



umeco(ウメコ、日本)
《わたしのおはなし》



カタリーナ・ゴメス(ポルトガル)
《小さな海獣たち》


今回初めてのオンライン審査を担当した松岡希代子・板橋区立美術館館長は図録の審査員視点で、「長い物語を5場面だけで表現することは難しいかもしれませんが、一遍の物語のイラストレーションとしての統一性があり、展開が感じられ、魅力的なキャラクターが現われていることが大切です」と指摘しています。

会場には、2年ぶりの開催とあって、親子連れが見られますが、コロナ禍の、この時期だけに、時間をかけてゆっくり鑑賞し、作者のイメージした物語の展開を想像してみてはいかがでしょう。

 

兵庫陶芸美術館の「ザ・フィンランドデザイン展 ― 自然が宿るライフスタイル」

名品約250点と資料80点出品の決定版

フィンランドと言えば、トーベ・ヤンソンの「ムーミン」の小説や絵本が思い浮かびます。と同時に、国連の「世界幸福度調査」によるランキングで2018年から4年連続世界1位を獲得していることで知られています。自然とともに生きる暮らしのなかで生まれた、その豊かな発想力と彩りにあふれ、豊かな自然と美しいデザインの宝庫でもあります。

1930年代から70年代にかけて、フィンランドには、現在も広く知られるデザイナーや建築家、アーティストたちが登場し、その活躍によって独特のデザイン様式が確立されました。彼らのインスピレーションの源は、やはりこの国に広がる豊かな自然であると考えられています。長く使い続けられているデザイン・プロダクツの数々は、「大いなる自然を忘れない」という思想に裏付けられており、そのようなデザインに囲まれたフィンランドの人々は、大地からの恩恵を生活に取り入れてきたのです。

フィンランドのモダンデザインは、19世紀末、イギリスのアーツ・アンド・クラフツ運動の影響を受け、1900年のパリ万国博覧会で高く評価され、その成功は1917年のロシアからの独立の原動力となったとさえいわれるほどです。既成概念にとらわれない自由な表現は、20世紀中期には世界的な潮流となるまでに発展し、その後の世界のデザインにも大きな影響を及ぼしました。


ビルゲル・カイピアイネン
《「パラティーシ」プレート他》
(1969-1974年、アラビア製陶所、
ヘルシンキ市立博物館蔵)
Photo/Yehia Eweis



タピオ・ヴィルッカラ
《杏茸》
(1946年、イッタラガラス製作所、
コレクション・カッコネン蔵)
Photo/Rauno Träskelin



アルヴァ・アアルト
《41 アームチェア パイミオ》
(1940年代、木工家具・建築設備社
〔トゥルク〕アルヴァ・アアルト財団蔵)
Photo/Maija Holma


これまで日本では、主にフィンランドのプロダクト・デザインが紹介され、芸術作品については十分とは言えませんでした。日本とフィンランド外交関係樹立100周年の2019年に「アルヴァ・アアルト もうひとつの自然」展をはじめ、「フィンランド陶芸 芸術家たちのユートピア」、「ルート・ブリュック 蝶の軌跡」などが開かれ、8月末まで兵庫県立美術館で「アイノとアルヴァ 二人のアアルト フィンランド―建築・デザインの神話」が開催されるなど、注目されてきました。

今回の展覧会では、フィンレイソン社やマリメッコ社のテキスタイルをはじめ、同時代の絵画、アルヴァ・アアルト(1898-1976)、カイ・フランク(1911-1989)ら巨匠たちのガラス工芸や陶磁器、家具など、世界中の人々を魅了し続けるフィンランドデザインの名品が一堂に会します。ヘルシンキ市立美術館監修のもと、タンペレ市立歴史博物館、フィンランド・デザイン・ミュージアム、コレクション・カッコネンなどのコレクション約250点と関連資料約80点を通して、フィンランドの人々の豊かなライフスタイルと、彩りに溢れ創造に満ちたデザインを楽しく体感できます。


アイニ・ヴァーリ
《夏(サンプル)》
(1978年、タンペッラ社、
タンペレ市立歴史博物館蔵)
Photo/Saana Sailynoja



アンニカ・リマラ
《「ルピーニ」ドレス、「タルハ」テキスタイル》
(1963年、マリメッコ社、
フィンランド・デザイン・ミュージアム蔵)
Photo/Harry Kivilinna


タイトルについて、2017年にフィンランド建国100周年を記念して、ヘルシンキ市立美術館で開催された「Modern Life!」という展覧会をベースとして、同館学芸員が監修した「フィンランドデザイン展」の決定版といえるものです。ゆえに「ザ・フィンランドデザイン展」という触れ込みです。

また兵庫陶芸美術館の位置する丹波の地は、カイ・フランクが1956年に訪れ、半農半陶で穏やかに暮らす丹波の人々の姿や、彼らが創り出す素朴で温かみのある陶磁器に親しみを覚え、深く感銘を受けたそうです。フィンランドとは時空を超えて通じ合う、豊かな自然と優れた手仕事に裏打ちされた美意識に共感したのでしょう。

主な出品作品に、ビルゲル・カイピアイネンの《「パラティーシ」プレート他》(1969-1974年、アラビア製陶所、ヘルシンキ市立博物館蔵)、タピオ・ヴィルッカラの《杏茸(あんずたけ)》(1946年、イッタラガラス製作所 コレクション・カッコネン蔵)、 アルヴァ・アアルトの《41 アームチェア パイミオ》(1940年代、木工家具・建築設備社〔トゥルク〕アルヴァ・アアルト財団蔵)、アイニ・ヴァーリの《夏(サンプル)》(1978年、タンペッラ社、タンペレ市立歴史博物館蔵)、アンニカ・リマラの《「ルピーニ」ドレス、「タルハ」テキスタイル》(1963年、マリメッコ社、フィンランド・デザイン・ミュージアム蔵)、カイ・フランクの《木製人形(サーカスの団長)》(1940年代、フィンランド・デザイン・ミュージアム蔵)、 カイ・フランクの《「BAキルタ」カップ&ソーサー他》(1952-1975年、アラビア製陶所、ヘルシンキ市立博物館)などがあります。


カイ・フランク
《木製人形(サーカスの団長)》
(1940年代、 フィンランド・デザイン・ミュージアム蔵)
Photo/Harry Kivilinna



カイ・フランク
《「BAキルタ」カップ&ソーサー他》
(1952-1975年、アラビア製陶所、
ヘルシンキ市立博物館)
Photo/Yehia Eweis





しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

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発行:三五館
「反戦」と「老い」と「性」を描いた新藤監督への鎮魂のオマージュ

第一章 戦争を許さず人間愛の映画魂
第二章 「太陽はのぼるか」の全文公開
第三章 生きているかぎり生きぬきたい

人生の「夢」を持ち続け、100歳の生涯を貫いた新藤監督。その「夢」に交差した著者に、50作目の新藤監督の「夢」が遺された。幻の創作ノートは、朝日新聞社時代に映画製作を企画した際に新藤監督から託された。一周忌を機に、全文を公開し、亡き監督を追悼し、その「夢」を伝える。
新藤兼人、未完映画の精神 幻の創作ノート
「太陽はのぼるか」

発売日:2013年5月29日
定価:1,575円(税込)
発行:三五館
第一章 アートを支え伝える
第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開

新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱

発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

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三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
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