コロナ禍続き、苦難の４企画展

2021年5月6日号

白鳥正夫

新型コロナ禍は、さらに勢いを増し３度目の緊急事態宣言が発出されました。春の行楽シーズンに合わせ、関西の美術館では一斉に新たな企画展を開幕したのに、京阪神の美術館は休館に追い込まれました。今回は事前予約制ながら滋賀で開催中の「ＭＩＨＯ ＭＵＳＥＵＭの現代美術」（〜6月13日）と、当面５月１１日まで休館中の京都府立堂本印象美術館の「椿、咲き誇る 椿を描いた名品たち」（〜5月23日も休館に）、神戸の横尾忠則現代美術館の「Curators in Panic〜横尾忠則展 学芸員危機一髪」（〜8月22日）およびＢＢプラザ美術館の「西洋画コレクション 印象派からエコール･ド･パリの作家たち」（〜5月30日）を取り上げます。いずれもコロナ禍対応で変更があるかもしれないので、鑑賞の際は美術館の公式ホームページで確認するか、各館に問い合わせてください。

2021年春季特別展「ＭＩＨＯ ＭＵＳＥＵＭの現代美術」

須田剋太や杉本健吉、芹沢�C介らの作品約７０件

ギリシア、ローマ、エジプト、オリエント、ガンダーラ、中国などの古代美術から、茶道具や仏教美術など日本の古美術、さらには若冲や蕪村らの近世絵画に至る幅広い地域と時代に渡る収蔵品を誇るＭＩＨＯ ＭＵＳＥＵＭに、とっておきのコレクションがありました。創立者の小山美秀子が収集した現代美術は、これまでほとんど公開されたことがありませんでした。奈良・東大寺のアトリエで創作に励んだ須田剋太や杉本健吉、柳宗悦が提唱した民藝運動の主要メンバーとなる芹沢�C介らの作品を中心に、約７０件の展示品のうち約６０件が初めての公開です。

併せて美術館の設立母体である�b慈秀明会の神苑（みその）建設に携わった建築家のミノル・ヤマサキと、Ｉ.Ｍ.ペイ、さらには庭の構想を手掛がけた彫刻家の若林奮の作品、初代館長梅原猛が遺した作品も展示されています。

展示は５章から構成されていて、第１章が「新しい日本美術を創ろうとした人々」です。展示の冒頭、目を見張るのが川島織物セルコン（織製）の綴織《ＭＩＨＯ悲母観音像》（1994年）。狩野芳崖の代表作の原画を模して制作されています。芳崖とともに東京美術学校の教授として指導に当たった白山松哉の漆工芸作品も３点あります。

また武者小路実篤や志賀直哉らが創刊した文芸雑誌『白樺』には、文学だけでなく西洋近代の絵画や彫刻作品なども紹介されました。この活動に参加した洋画家・岸田劉生の《童女図》（1928〜29年頃）や、英国人陶芸家・バーナード・リーチの《燕図》（1954年）も展示されています。

第２章「奈良の二人」では、東大寺観音院の土蔵をアトリエに創作に励んだ須田剋太と杉本健吉の作品が数多く展示されています。須田は具象から抽象、再び具象へと作風を変え、絵画から陶芸、書まで多彩な表現をしました。《向日葵》（1981年）や《天の橋立》（1988年）などの絵画に加え、《倭》や《天道》、《無心》の書も見ごたえがあります

須田より１歳年上の杉本も戦後、観音院の土蔵を住居兼アトリエにして制作に没頭します。《舞妓》（1986年）や《扇面散屏風》八曲一双（1985年）、散華作品などが展示されています。

第３章は「芹沢�C介と民藝運動の仲間たち」。実用性もある手仕事の良さに目を向けた柳の民藝活動で存在感を示した芹沢の《春夏秋冬文二曲屏風》や《いろは文二曲屏風》などの屏風や帯地作品がズラリ並んでいます。このほか民藝を代表する河井寛次郎、棟方志功、黒田辰秋らの味わい深い作品も注目です。

展示は第４章「神苑を造った人々」、第５章「初代館長・梅原猛」と続きます。第４章に彫刻家の若林奮のコーナーがあります。《多くの川を渡り 再び森の中へ》（1986年）と題された作品は、鉛筆画１８枚からなる大作で壮観です。

京都府立堂本印象美術館の「椿、咲き誇る 椿を描いた名品たち」

光琳、乾山の工芸品や堀文子らの日本画も

常緑の葉に赤、白、ピンクなどの花を咲かせる椿は、日本を代表する美しい花木であり、春に先駆けて開花することから吉祥の花として、多くの絵画や工芸品のモチーフになっています。

椿をテーマとした美術作品の収集で知られる、あいおいニッセイ同和損保コレクションから、尾形光琳、尾形乾山の工芸品をはじめ、横山大観、村上華岳、徳岡神泉、奥村土牛、堀文子らの日本画、さらに岸田劉生、鳥海青児、熊谷守一らの洋画など５７点の作品が展示されています。加えて開催館コレクションの堂本印象が描いた椿の作品１１点と、他の花１０点も出品されています。昨年春に企画されながら、コロナ感染拡大防止のため、１年遅れての開催です。

江戸中期の絵師として名高い尾形光琳の《椿図蒔絵硯箱》（18世紀 江戸時代）は、金蒔絵によるなだらかにカーブする箱の表面に螺鈿の白椿２輪が意匠された作品で出色です。光琳の弟で陶工の尾形乾山の《色絵椿文輪花向付》（18世紀 江戸時代）は、大胆にデフォルメされた椿が施されています。

尾形光琳《椿図蒔絵硯箱》 （18世紀 江戸時代､あいおいニッセイ同和損害保険蔵）

尾形乾山《色絵椿文輪花向付》 （18世紀 江戸時代､あいおいニッセイ同和損害保険蔵）

絵画では、個性豊かな画家たちによって描かれた多彩な椿絵の数々が咲き競っています。写実的な花の作品で知られる堀文子の《椿之図》（1982年）、《繚乱》（1982年頃）、《春の籠》（1985年）は上品な華やぎを湛えています。

堂本印象の描いた《椿花》（1963年）は、金彩を施したいくつかの葉の真ん中に大きな白い椿が一輪咲き、清楚な美を表現しています。《椿の花》（1926年）など鉛筆画に着色した作品も並び、印象がいかに椿を好んだか興味深く鑑賞できます。

横尾忠則現代美術館の「Curators in Panic〜横尾忠則展 学芸員危機一髪」
　
３名の学芸員が選んだ作品約７０点はなぜ…

昨年２月の開幕中にコロナ禍に見舞われた「兵庫県立横尾救急病院展」、その後に企画された「横尾忠則の緊急事態宣言」展に続き、混乱の中での美術館活動を映し出す試みです。今回のタイトルと趣旨は、年初から来年にかけて巡回中の「「GENKYO 横尾忠則　原郷から幻境へ、そして現況は？」など国内外で開催予定の横尾忠則の大規模な個展に、横尾忠則現代美術館の約１４０点もの作品が借り出され、学芸員もパニック状態で、自館の企画展をどうするか、といった現状を、そのまま反映したものです。
　
そこで今回の展示は、３名の学芸員が過去に企画した展覧会を振り返り、収蔵品の中からそれぞれの「推し作品」を選び、日ごろの調査の中で発見したこと、展覧会にまつわるエピソード、ただただ好きな作品、大規模個展への出展が叶わなかった作品への愛情などをコメントにした、ユニークな内容です。多種多様な横尾ワールドの約７０点が展示されています。
　
主な作品と学芸員のコメントを紹介します。《マン・レイの夢》（1987年頃、作家蔵〔横尾忠則現代美術館寄託〕）を選んだ学芸員のコメントには、１９８７年の横尾の日記に「板に釘でマンレイのポートレイトを描く」というメモがあったので、探したら見つかったと書かれています。

　
《落下するビートルズ》（1991年頃、作家蔵〔横尾忠則現代美術館寄託〕）のコメントには、ビートルズの背景に滝が描かれていますが、メンバーが手にしている魚は謎とか。横尾は滝の絵葉書を１万３０００枚も収集する偏執狂振りだったといいます。

　
《妖花》（2017年、作家蔵〔横尾忠則現代美術館寄託〕）は、２０１７年から翌年にかけて集中的に描かれた謎めいた女性像の一点です。女性の顔が花と一体化しているばかりか、目もと奇妙な紙切れが重なっていて、どこかチャーミングと、学芸員は指摘しています。

美術館では、今春から４階に新設された横尾忠則コレクションギャラリーにて、「YOKOO TADANORI COLLECTION GALLERY 2021」展を企画展と連動し、学芸員にとって様々な思い入れやエピソードの詰まった歴代ポスターを前後期に分け、一堂に展示します。

ＢＢプラザ美術館の「西洋画コレクション 印象派からエコール･ド･パリの作家たち」
　
ルノワールやユトリロ、佐伯祐三らの作品７７点

横尾忠則現代美術館から兵庫県立美術館を結ぶミュージアムロードの沿道にあるＢＢプラザ美術館は２００９年に開館して以来、「暮らしの中にアートを」を標榜し、所蔵品を中心にコレクション展や企画展を展開しています。当初から収蔵テーマでもある西洋画コレクションの中でも、今回は印象派からエコール・ド・パリ、そしてその周辺作家たちの作品７７点を展示しています。
　
印象派は、日本人にもっとも親しまれる西洋絵画のジャンルです。１８７４年春、ピエール=オーギュスト・ルノワールらによるグループ展に参加した主な作家たちを「印象派」と呼ぶようになります。その由来は、クロード・モネの作品《印象、日の出》に対して、批評家が「ただの印象を描いただけの稚拙な絵」だと酷評したことがきっかけで命名されたのでした。印象派の特徴は、光の変化に応じる色調や空気の揺れ動きを効果的に描いたことで、多くの人々を魅了することになります。
　
展覧会にルノワールの《薔薇をつけた少女》（1915年）や、モーリス・ユトリロの《ベシーヌ風景》（1922年）が出品されています。芸術の都パリに憧れ、１９００年にはスペインからパブロ・ピカソが、１９１３年には日本から藤田嗣治が渡仏。世界各地からパリへ集った作家たちは「エコール・ド・パリ（パリ派）」と称され、ロシア出身のマルク・シャガールや、佐伯祐三らが自らの表現を追求し、多彩な世界を切り拓いたのでした。

一方、当時の歓楽街モンマルトル界隈の喧噪を避け、セーヌ川沿いに移住した画家たちもいました。その一人アルベール・マルケの《ノートルダム 曇天》（1924年頃）や、マリー・ローランサンの《読書》（1950年）も出ています。

また１９０５年頃から１９１０年の間には絵画史上で重要なフォーヴィスムとキュビスムがパリを中心に興ります。「フォーヴ(野獣)の檻の中にいるようだ」と評されるほど強烈な色彩を心の感じるままに描き出したモーリス・ド・ヴラマンクは、フォーヴに生涯を懸けました。 そのヴラマンクから大きな影響を受けた佐伯祐三の《オワーズ河周辺風景》（1924年）も展示されています。

二つの世界大戦のはざまの揺れ動いた時代、パリで花開いた美術活動に情熱を捧げた画家たちは何を感じ、何を表現しようとしたのか、その感受性の一端を垣間見ることができます。 さらにオプティカル・アートの代表的なフランスの作家ヴィクトル・ヴァザルリの１９７０年代の版画作品が特別展示されています。

しらとり まさお 文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員 1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード　三蔵法師の道」などに携わる。

新刊 「シルクロードを界遺産に」と、提唱したのは故平山郁夫さんだ。シルクロードの作品を数多く遺し、ユネスコ親善大使として文化財保存活動に邁進した。 社長業を投げ捨て僧侶になった小島康誉さんは、新疆ウイグル自治区の遺跡の修復や調査支援を３０年も続けている。 シベリアに抑留された体験を持つ加藤九祚さんは90歳を超えて、仏教遺跡の発掘ロマンを持続する。 玄奘の意志に導かれアフガン往還半世紀になる前田耕作さんは、悲劇のバーミヤンの再生に情熱を燃やす。 シルクロードの現代日本人列伝 ―彼らはなぜ、文化財保護に懸けるのか？ 世界文化遺産登録記念出版 発売日：2014年10月25日 定価：1,620円（税込） 発行：三五館
｢反戦｣と｢老い｣と｢性｣を描いた新藤監督への鎮魂のオマージュ 第一章　戦争を許さず人間愛の映画魂 第二章　｢太陽はのぼるか｣の全文公開 第三章　生きているかぎり生きぬきたい 人生の｢夢｣を持ち続け、100歳の生涯を貫いた新藤監督。その｢夢｣に交差した著者に、50作目の新藤監督の｢夢｣が遺された。幻の創作ノートは、朝日新聞社時代に映画製作を企画した際に新藤監督から託された。一周忌を機に、全文を公開し、亡き監督を追悼し、その｢夢｣を伝える。 新藤兼人、未完映画の精神　幻の創作ノート 「太陽はのぼるか」 発売日：2013年5月29日 定価：1,575円（税込） 発行：三五館
第一章　アートを支え伝える 第二章　多種多彩、百花繚乱の展覧会 第三章　アーティストの精神と挑戦 第四章　アーティストの精神と挑戦 第五章　味わい深い日本の作家 第六章　展覧会、新たな潮流 第七章　「美」と世界遺産を巡る旅 第八章　美術館の役割とアートの展開 新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する 展覧会が10倍楽しくなる！ アート鑑賞の玉手箱 発売日：2013年4月10日 定価：2,415円（税込） 発行：梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから ・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想 ・中山恭子提言｢文化のプラットホーム｣ ・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」 ・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心 ・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり 「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。 ベトナム絹絵を蘇らせた日本人 「文化」を紡ぎ、伝える物語 発売日：2012年5月5日 定価：1,680円（税込） 発行：三五館
序　章　国境を超えて心の「家族」がいる 第一章　各界識者と「共生」を語る 第二章　変容する共産・社会主義 　　　　 世界の「共生」 第三章　ミニコミ誌『トンボの眼』から 　　　　広がる「共生」の輪 私たちは誰しも一人では生きていけな いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。 無常のわかる年代の、あなたへ 発売日：2008年3月17日 定価：1,680円（税込） 発行：三五館
アートの舞台裏へ 発売日：2007年11月1日 定価：1,800円（税込） 発行：梧桐書院 内容：アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。	アートへの招待状 発売日：2005年12月20日 定価：1,800円(税込) 発行：梧桐書院 内容：本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。 （木村重信さんの序文より）
「大人の旅」心得帖 発売日：2004年12月1日 定価：本体1,300円＋税 発行：三五館 内容：「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」 高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。	「文化」は生きる「力」だ！ 発売日：2003年11月19日 定価：本体1400円＋税 発行：三五館 内容：50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々 発売日：2002年7月5日 定価：本体1,500円＋税 発行：東方出版 内容：新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。	夢追いびとのための不安と決断 発売日：2006年4月24日 定価：1,400円＋税 発行：三五館 内容：「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。