挑戦する知人アーティスト

2004年12月20日号

白鳥正夫

 「芸術は見る者にとっても、創る者にとっても、果てしない実験である」。こんな言葉を聞いたことがあります。ともかく芸術は奥が深く永遠だということでしょうか。アートの仕事に関わって10年余、数多くの芸術に触れてきました。とりわけ美術に関しては内外の数多くの作品を鑑賞してきました。また多くのアーティストに出会うことができました。その中で私が継続的に作品を見続けている二人の知人アーティストを取り上げてみます。ジャンルも作風もまったく異なりますが、ともにたゆみなく挑戦する心意気は共通です。

大震災児童画展を内外に巡回

 上住雅恵さんの新作を紹介する個展「Santa Fe」が11月、神戸市のギャラリー島田で開かれました。この展覧会には、ニューヨーク州のサンタフェを題材にした作品を展示していました。これまでと同様にドアや窓を描いた組み作品に加え、サンタフェの特徴でもあるレンガ造りの家屋などが壁面を飾っていました。

神戸の個展で観客らに自作について語る上住雅恵さん(左端)


 上住さんはこの10年、こだわりのテーマを追求しています。家のドアや窓、街路の木々などを小さなサイズの油彩画に描き、それらの連作を壁面に配置して、個別的にも、全体的にも見せる手法です。黄色を基調にした作品は、一見単調なように見受けますが、作品に囲まれた空間に身を置くと、安らぎと物語性を感じるから不思議です。
 上住さんを知ったのは1996年にさかのぼります。その前年9月から3か月、ニューヨークなどアメリカの6都市で「阪神大震災児童画展」を開催しています。震災1年目に地元の芦屋市でも公開した際に、会場に出向きました。「子どもたちの目に震災がどう映ったのかを伝えたかったのです」と語る上住さんの取り組みに注目しました。
 上住さんは神戸市に生まれ、京都市立芸術大学美術学部の西洋画科を卒業した後、画家活動を続けるかたわら、児童画教室にも力を注いでいます。1995年の震災で、子ども向けの絵画教室のアトリエが半壊したのでした。
 約3か月後に再開した際に、まず思いついたのが被災体験を絵に描いてみてはとのことでした。子どもたちは、倒壊した巨大な高速道路のわきを延々と歩く姿や、給水車から配水を受ける市民らの表情をリアルに捉えていたのです。
 内外の巡回展や震災遺児支援のポストカードの制作などチャリティー活動も実施しました。震災後に取材旅行したニューヨークで様々な民族が生き生きと活動している姿に接して勇気づけられたといいます。そのニューヨーカーたちに子どもらの絵で頑張っている様子を見てもらいたいと思ったのが児童画展の発意です。

作品
「Air Santa Fe-2」
作品
「Cafe Santa Fe」



ニューヨークで個展重ねる

 それがきっかけとなり、1997年以降、毎年のようにニューヨークで上住さん自身の個展を開くようになりました。今年も5月に3週間にわたって、一連のサンタフェの建物などを展示しました。上住さんにとって、アメリカが創作意欲を駆り立てる場であり、発表の場としても定着したようです。
 女性が単身乗り込んで勇気ある行動と思えますが、いつも突然に、楽しげにニューヨークでの生活ぶりや写真なども添えてメールが送られてきます。

いかがおすごしですか ?
ちょっと遅くなりましたが、NYからです。
ギャラリーのオープニングレセプションも無事終えました。
日本からの訪問者とパリから娘も来てるので、毎日忙しくしててなかなかメールも送れませんでした。

今日は、NY最後の日です。
個展がおわった後は、またひとしごとなのです。 作品のキャンバスと木枠を全部はずして、木枠をダンボール箱に梱包して郵便局から送りだすのに必死です。適当なサイズのダンボール箱を手にいれるのと、郵便局がいつも長い列なのと、暑さのため大変でした。


 そのニューヨークでの上住さんの個展について、美術評論家のウィロー・ドウ氏は「一つの作品の中に同時性と連続性の両者を介在させながら、みずからの経験を多様に表現することに長けた画家である。(中略)その画は明晰かつ率直であり、一方では温かみと優しさを備え、見る人に主張し、また元気を与える」と分析しています。
 神戸の個展会場で上住さんは「来年3月には、娘のいるパリで初めての個展を開きます」と、うれしそうに話していました。会場探しや交渉、作品の送り出し、搬入と展示などすべてを一人でこなすことになります。こうした体験を通じ、上住さんの絵画世界がさらに広がることでしょう。 

ニューヨークの個展会場で
仲間らとくつろぐ上住雅恵さん



二足の草鞋も発想豊かに

 もう一人のアーティストは百貨店勤務の松河哲男さんです。展覧会催事の仕事で知り合いましたが、デパートで美術展など様々な催しを担当する以外に「別の顔」をもっていました。作品を生み出す美術家の顔です。11月は恒例となっている大阪市立美術館での二科展と、大阪市西天満にある千スペースのグループ展に新作を出品していました。

大阪のグループ展会場の
自作を説明する松河哲男さん


 千スペースのグループ展は2回目ですが「フリーAr〈ケェ〉ト」展と名付けられていました。フリーマーケットのようなアート展ということで、想像し、物を創るのが好きと言う人たちの集まりだそうです。
 松河さんの作品は、コミカルな表情をしたロボットが遊んでいる様子を創作しています。画面からはみ出し、よじ登ったはしごからぶらさがったり、床の椅子にこしかけています。これらのロボットは組み立てられており貯金箱としても使える遊び心に満ちあふれています。

作品「夕餉」


 最近の作品は、アクリル絵の具やパステル、石塑にベニヤ板・木材などを使い、工作する傾向が強まっています。対象を描くのではなく、こさえるといった感じのもので、まさに発想が勝負です。面白がる精神が作品を生み出します。
 松河さんは大阪市出身で、和歌山大学経済学部を卒業しています。もともと絵が好きで漫画研究会に所属するなどしていましたが、百貨店の宣伝部に配属され、イベントなどで、持ち前の創作精神が発揮されます。グラフィックデザインを手がけ、次第にドローイングや立体へと領域が広がっていきます。
 趣味と実益を備えた松河さんは、休日や勤務帰宅後に制作する日々です。1990年以降はイラスト展やデザイン展、グラフィックアート展などに積極的に出品し、多くの賞を獲得しています。1994年に朝日新聞社主催の第7回アートパフォマンスで大賞に輝いています。
 この時の作品が「PENGUIN BANK」、いわゆるロボット貯金箱です。「わかり易くて、美しいものに仕上がっています。肩の力を抜いているっていうのが、見る側に好ましく映ります。ひとつの次元にまで到達している感じです」が、審査評でした。
 さらに1999年に二科展デザイン部のイラスト大賞、2001年には池田満寿夫記念芸術賞に入選するなど着実に実績を上げています。「賞をいただくことは励みになりますが、要は見る人に楽しんでもらえるものへの挑戦です」と松河さん。1月24日から29日まで大阪市中央区のMANIFESTO GALLAERYで開く「松河哲男 誰そ彼せまる 小作品展」を開催します。
 紹介した二人のアーティストの作品も年々変化しています。芸術家は私たちにさりげない表情で接しますが、実は孤独な闘いをしているのです。自分との闘いです。世界的に有名な画家や美術品を鑑賞することも意義深いことですが、身近にいるアーティストを継続的に見守ることも味わい深い楽しみです。

作品「ミニゲーム」
作品「杭全(くまた)ロード」


しらとり・まさお
朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)などがある。

新刊
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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