｢知られざる画家｣にスポット

2021年3月5日号

白鳥正夫

新型コロナの感染拡大に伴う、京阪神での２度目の緊急事態宣言が今月から解除されました。美術館は目下、感染防止を気遣いながら、粛々と開館しています。例年なら春の行楽期、海外美術館の所蔵展や名だたる巨匠や人気アーティストらの展覧会が競って開幕するのですが、コロナ禍の影響もあって様変わりです。そうした中、西宮市大谷記念美術館では特集展示「没後10 年 奥田善巳−ネガとポジ・空間と平面−」を、さかい利晶の杜（もり）では企画展「生誕120周年 �燉ﾑ和作−サバクに立つ画家の眼差し−」を、ともに３月２１日まで開催中です。また兵庫県立美術館では２０２１年コレクション展第�T期の特集「同級生・同窓生」が７月４日まで開かれています。今回は「知られざる画家」にスポットをあて、それぞれが切り拓いた作品世界を取り上げます。

西宮市大谷記念美術館の特集展示「没後10 年 奥田善巳−ネガとポジ・空間と平面−」
奔放に、緻密に、抽象表現主義を追求

奥田善巳は知る人ぞ知る抽象表現主義を追求した美術作家です。筆者は２０１３年に兵庫県立美術館での小企画で「奥田善巳展」を見ていましたが、どんな作品だったか、全く憶えていません。今回の特集展示では、没後１０年、生誕９０年を機に、西宮市大谷記念美術館が所蔵する主に１９６０年代から９０年代にかけて制作された作品を中心に約４０点を展示しています。

奥田善巳（1931−2011）は京都府生まれですが、１９６０年代から神戸を拠点に活躍しました。当初は立体作品やドローイングによるコンセプチュアル(観念的)な作品を制作していました。１９６３年に読売アンデパンダン展（東京都美術館）でデビュー後、河口龍夫らと美術家集団「グループ<位>」を結成し、抽象表現の流れを汲み活動します。

１９７１年に「第2回現代国際彫刻展」コンクール（箱根彫刻の森美術館）でコンクール大賞を受賞。７０年代は「1972京都ビエンナーレ」（京都市美術館）や「アート・ナウ‘78」（兵庫県立近代美術館）などでも作品を発表します。１９８０年代以降は線描による抽象表現の油彩画を発表します。

９０年代には「いま絵画は−OSAKA’92」（大阪府立現代美術センター）をはじめ、「関西の美術1950s〜1970s」（兵庫県立近代美術館）、「21世紀への予感　日本現代美術50人展」（ナビオ美術館、大阪）、さらに２００９年には、神戸ビエンナーレ2009　招待作家展「LINK-しなやかな逸脱」（兵庫県立美術館などで活動を展開しています。

今回の代表的な出品作に《数字３》（1969年）があります。一見、左右が反転した数字の「３」が描かれていますが、近づいて見ると不等分に４分割されていてドラム缶の輪郭が浮かび上がります。４分割の「３」は、作家の名前「ヨシミ（４４３）」を暗示しています。

《エヴァの（２点組）》（1966年頃、植松奎二氏蔵）は、２つの缶にラベルを裏焼きして貼り付けた作品です。当時、個展会場でドラム缶やブリキ缶などの容器に同様の作品多数をインスタレーション展示した一部といいます。

このほか《CO−854》とか《CO−951》（いずれも1996年）といったシリーズの作品は、黒の地塗りに単色の絵の具で彩られた油彩画で、１９８０年代から他界するまで一貫して制作を続けました。奔放に筆を走らせるように描いていますが、緻密に構成された画面は、シンプルなようで冷静さと力強さが同居した表現の豊かさを感じさせます。

タイトルについて、担当の内村周・学芸員は「立体作品、ドローイングから抽象絵画へと移行した奥田作品の変遷を端的に言い表すため、〔ネガ（ティブ）〕と〔ポジ（ティブ）〕、〔空間（三次元）〕と〔平面（二次元）〕が奥田作品において相反するのではなく通底しているように思えたので副題にした」と、図録に記しています。

日本画の新旧コレクションも４５点も展示

西宮市大谷記念美術館では、「競演 近代日本画 新旧コレクションの魅力」も同時開催しています。同館は昭和電極創業者の大谷竹次郎から、邸宅と美術作品を西宮市に寄贈され、１９７２年に開館しました。旧コレクションは大谷竹次郎が所蔵していた日本画とフランスの近代絵画を中心に構成されています。日本画では、京都画壇の竹内栖鳳、山元春挙、上村松園、橋本関雪らに加え、横山大観、川合玉堂、伊東深水ら東京で活躍した画家の作品も多く含まれています。

新コレクションは、開館以降に収集した作品で、日本画も入江波光、西村五雲、菱田春草などコレクションの充実に努めます。とりわけ西宮に画室を構え油彩画の技法を果敢に採り入れて独自の画境を切り拓いた山下摩起や、中国遍歴を機に従来の南画とは一線を画した福田眉仙、前衛日本画グループ「パンリアル美術協会」の中心メンバーとして活躍した下村良之介ら、関西で活躍した個性派の画家たちの作品が加わりました。

ここでは上村松園の匂い立つような美しさの《清韻》（1943年）と、下村良之助の斬新構図で目を引く《月明を翔く 庇》（1988年）を掲載しますが、旧コレクション１８点と、新コレクション２７点が３つの展示室に競うように並び壮観です。

さかい利晶の杜の「生誕120周年 �燉ﾑ和作−サバクに立つ画家の眼差し−」

青を基調に、線描を重ねる独自の画業

�燉ﾑ和作は、戦前から戦後を生きた堺出身の画家です。戦後の日本の洋画壇の状況を嘆き、「サバク」に例え独自の作風を模索しながら、多くの風景画を描きました。しかし、美術団体などに所属せず、個展を中心に作品を発表してきたため、その画業はあまり知られていません。

全作品のうち３分の２は遺族の方から譲られ堺市博物館が所蔵しており、約２０年ぶりに２２点がまとめて出品されています。前期の奥田善巳より３０年早く生誕１２０年を記念しての展覧会です。

�燉ﾑ和作（1900−1968）は、１９２３年に早稲田大学英文科を卒業後、大阪に戻り教職に就きました。１９２８年に渡仏し、フォーヴィスムの流れをくむオトン・フリエスと、キュビスム以後の写実主義を代表するアンリ・ド・ヴァロキエに師事しました。

帰国後は京都を拠点に活動し、京都市立美術大学（現・京都市立芸術大学）の西洋画科で須田国太郎、黒田重太郎、川端彌之助らとともに教鞭をとりました。初期作品はアカデミズムに根差した堅実な画風でしたが、次第に�燉ﾑの特徴ともいえる青を基調に、色の対比を意識しながら線描を重ねる表現が色彩豊かに展開し、独自のスタイルを確立します。この手法には、２０世紀初頭にフランスで起こったフォーヴィスムの影響がみてとれます。

今回の展覧会の展示作品はすべて堺市博物館の所蔵です。３章で構成され、１章が「初期の画業―巴里のルツボの中につかって1900−1948」で、渡仏時に描いた《ジョワンビル風景》（1930年）や、京都の北白川から大津の坂本に抜ける山越えの途中にあった《水車小屋》（1948年頃）などが展示されています。

２章は「色のかさね、線のひびき−自分の眼で捕らえなければ 1949−1963」。�燉ﾑは京都で教鞭をとりつつ、関西圏の風景を多く描きます。青と黄色を基調に、金閣寺裏山での《衣笠松林》（1960年頃）や、《中書島風景》（1960年代前半）、《河岸の秋》（1960年頃）などが並んでいます。

３章は「旅―もっと奔放な絵を作りたい 1964−1968」で、晩年の精力的な制作旅行で描かれた日本各地の風景画などが展示されています。《港の春》（1965年）をはじめ、《桜島》（1965年）、《平戸天主堂》（1966年）、《奄美の漁村》（1968年）などが展示されています。

ほとんどが風景画の中、２章の《自画像》（1960年代前半）が目を引きます。第二次世界大戦での敗戦後、日本の転換期の１９５１年に「サバクに立つ画家」とのエッセイを朝日新聞に寄稿し、独自の画業を歩んだ�燉ﾑの信念を感じさせる１点です。

兵庫県立美術館の2021年コレクション展第�T期特集「同級生・同窓生」

「出品歴」競う２９作家の力作５４点

こちらは個展ではなく、複数作家のコレクション展です。兵庫県立美術館では、一昨年春から年２回に分けて、展示テーマを設け、横断的にコレクションを紹介しています。その第�T期の特集は、「同級生・同窓生」をテーマに、常設展示室３室を用いて、所蔵品のうち、官展や在野の美術団体展に出品された作品を、それぞれの展覧会ごとにまとめて展示しています。一部前期（〜4月18日）と後期（4月24日〜）で入れ替えますが、合わせて５４点が出品されます。

テーマの趣旨について、ひとりの人間がその人格とは別にいわゆる肩書きを持つことで、社会に対して一定の影響力を保つように、美術作品もそれ自体の美や表現力とは別に、「出品歴」という側面を持っています。その時代や社会における美術家や所属する団体、開催された展覧会の歴史的意義や価値をあらわにし、翻ってその作品の価値を高めることもあります。今回の展示を通して、作品が持つさまざまな側面やつながりを発見してほしい、と説明しています。

展示はプロローグとして「同窓生―美校を首席で卒業が誇り」に、東京美術学校を首席で卒業した金山平三の《秋の庭》（1909年、東京美術学校卒業制作）や、同じく首席卒業の小磯良平の《少女裸婦（上半身）》（1923年頃、東京美術学校在学時）などが展示されています。また同校に数年間だけ設けられた臨時写真科の卒業生であった中山岩太の《若きかなしみ》（1916年頃、東京美術学校在学時）も出品されています。

第一章は「同級生・同窓生―同じ釜の飯を食う」。戦前から戦後にかけての日本の美術界では、文部省などが中心に開催した公募展「文展」「帝展」など、いわゆる官展が大きな影響を与えてきました。一方でそうした動きから距離を置き、研鑽を積む「二科会」や「独立美術協会」、「行動美術協会」といった在野の美術団体がそれぞれ展覧会を開き、その実力を世に問うたのでした。ここでは戦前から戦後にわたって、そうした展覧会の同じ回に出品された作品をあわせて展示しています。

主な作品では、斎藤与里の《春》（1918年、第12回文展出品作）はじめ、新井 完の《あさがお》（1928年、第９回帝展出品作）、飯田操朗の《室内》（1933年、第3回独立展出品作）国枝金三の《さくら》（1934年、第21回二科展出品作）、池田永治の《まど》（1934年、第15回帝展出品作）などです。

第二章は「同級生―スター、誕生!?」。それぞれの美術団体の出身であることが日本の美術界では大きな意味を持っていました。しかし官展や在野団体の区別なくすぐれた作品を結集したいという人々の思いは、１９４０年に開催された「紀元二千六百年奉祝美術展覧会」で実現。戦後も新たな展覧会が企画されるようになり、荒廃した文化の復興に貢献したのです。それらの作品から、当時の作風や時代の変化を感じ取ることができます。

ここでは、津高和一の《血縁》（1959年、第5回サンパウロ・ビエンナーレ出品作）のほか、白髪一雄《天満星美髯公》（1960年、第4回現代日本美術展出品作）、菅井汲の《鬼（茶）》（1962年、第31回ヴェネツィア・ビエンナーレ出品作）、今井俊満の《騎士（2点組）》（1961年、第7回現代日本美術展出品作）などの力作が並んでいます。

なお同館では、常設の金山平三および小磯良平の記念室があり、さらに他の展示室では、「近現代の彫刻」にマックス・エルンストとジョアン・ミロの作品を、「近現代の彫刻」に三島喜美代の作品などを展示していて、数多くの作品を同時に楽しめます。

しらとり まさお 文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員 1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード　三蔵法師の道」などに携わる。

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・国家破綻危機のギリシャから ・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想 ・中山恭子提言｢文化のプラットホーム｣ ・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」 ・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心 ・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり 「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。 ベトナム絹絵を蘇らせた日本人 「文化」を紡ぎ、伝える物語 発売日：2012年5月5日 定価：1,680円（税込） 発行：三五館
序　章　国境を超えて心の「家族」がいる 第一章　各界識者と「共生」を語る 第二章　変容する共産・社会主義 　　　　 世界の「共生」 第三章　ミニコミ誌『トンボの眼』から 　　　　広がる「共生」の輪 私たちは誰しも一人では生きていけな いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。 無常のわかる年代の、あなたへ 発売日：2008年3月17日 定価：1,680円（税込） 発行：三五館
アートの舞台裏へ 発売日：2007年11月1日 定価：1,800円（税込） 発行：梧桐書院 内容：アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。	アートへの招待状 発売日：2005年12月20日 定価：1,800円(税込) 発行：梧桐書院 内容：本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。 （木村重信さんの序文より）
「大人の旅」心得帖 発売日：2004年12月1日 定価：本体1,300円＋税 発行：三五館 内容：「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」 高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。	「文化」は生きる「力」だ！ 発売日：2003年11月19日 定価：本体1400円＋税 発行：三五館 内容：50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々 発売日：2002年7月5日 定価：本体1,500円＋税 発行：東方出版 内容：新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。	夢追いびとのための不安と決断 発売日：2006年4月24日 定価：1,400円＋税 発行：三五館 内容：「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。