大阪と兵庫で個性派の４企画展

2020年12月8日号

白鳥正夫

アートは無限です。長年、アートに関わり見続けていますが、その表現の多様さに驚きます。コロナ禍の重苦しさを吹っ飛ばしてくれるような個性派の４展覧会を取り上げます。いま世界各地で神出鬼没にアート活動を展開して話題を呼ぶアーティストの「バンクシー展 天才か反逆者か」が大阪南港のＡＴＣ Galleryで１月１７日まで開催中です。また宝��市立文化芸術センターでは企画展「辻司 七〇年の絵路（カイロ）―メアンドロの光芒―」が、兵庫県立美術館アトリエ１では徳重道朗「ゆきゆきて神戸」が、さらに大阪のコンフォートＱ 十三ショップにて「LIVING with ART Lou Zhenggang & KOHEI NAWA」が、いずれも１２月２０日まで開かれています。今回は展示会場にも注目です。

大阪南港のＡＴＣ Galleryの「バンクシー展 天才か反逆者か」
世界で話題の作品約７０点以上が集結

バンクシーはイギリスを拠点に活動する謎の芸術家です。テーマパークや映画制作、とりわけストリートアートで、その名は日本でも多くの人に知られています。社会問題に根ざした批評的な作品を手がけるアーティストとして評価され、代表的な活動スタイルであるステンシル(型版)を使用した独特なグラフィティと、それに添えられるエピグラムは風刺的でダークユーモアに溢れています。その作風は、芸術家と音楽家のコラボレーションが活発なイギリス西部の港湾都市ブリストルのアンダーグラウンド・シーンで育まれたのでした。

バンクシーのグラフィティ作品の大半は壁面に描かれるため、すぐに塗りつぶされてしまい、現存しているものは多くありません。今回の展覧会には、世界中の複数の個人コレクターの協力のもと、オリジナル作品や版画、立体オブジェクトなど７０点以上が集められています。

またインスタレーションや映像など、バンクシーの世界観に入り込んだような体験ができる展示もあり、彼の魅力に多角的な方面から迫っています。世界のアートシーンに衝撃を与える数々の作品を展示した過去最大級の規模での企画展で、２０１８年からモスクワ、サンクトペテルブルク、マドリード、リスボン、香港、そして横浜の世界６都市を巡回し、１００万人以上を動員しています。

バンクシーは主にストリートで活動するグラフィティ・アーティストとして知られていますが、スタジオで制作もします。世の中のニュースをモニターし、その中から誰もが興味をもつ出来事を取り上げ、独特の方法で起きている問題の深刻さを提示します。そうして私たちが考え、注意を払い、行動に移すように促すのです。

展示は、「消費」「政治」「警察」「抗議」「戦争」「ネズミ」などテーマ別に分けて構成されています。バンクシーの作品はどれもキャッチーでユーモラスに見えますが、その背景には鋭い社会風刺や政治的メッセージが込められています。注目の作品を画像とともに掲載します。

まず《ガール・ウイズ・バルーン》は、ロンドン市内の壁に初めて描かれ、その後他の場所でも描かれているバンクシーの代表作です。平和への願いをメッセージした作品で、少女の手を離れ飛んでいく風船に、自由を感じる見方もあれば、喪失感を抱くかもしれません。２０１８年１０月のオークションで落札された直後に、作品がするすると額の中に下がり半分が切り裂かれたという衝撃的な出来事が、テレビ映像に映し出されたのを憶えています。バンクシー自身が仕掛けたのではと言われています。

《ラブ・イズ・イン・ジ・エア》は、パレスチナ・ヨルダン川西岸地区にあるベツレヘムの建物に描かれている作品です。男性は火炎瓶ではなく花束を持っており、パレスチナ人の人権を訴えています。「抗議」のテーマにしたコーナーに展示されています。

こちらは「消費」がテーマに展示された《ケイト・モス》で、アンディ・ウォーホルの代表作《マリリン・モンロー》を引用した版画作品です。ウォーホルの時代から、アート・マーケットの消費至上主義を指摘する作品です。

バンクシー作品にはストリート・アートのシンボルとして、労働者や弱者らの思いを代弁するネズミが登場します。「ラット」シリーズに、《ウェルカム・トゥ・ヘル》は、「地獄へようこそ」といった意味です。これらの作品は、ネズミを擬人化して人々の憤りを表現しています。

このように作品は、一見ユーモラスでシンプルなものが多いですが、その背景には鋭い社会風刺や政治的メッセージが込められています。展覧会には多様な作品が並んでいますが、一つひとつのアートワークに込められた意味は奥深く、日々の生活で忘れがちな「感じる」・「考える」きっかけにしたいものです。

宝��市立文化芸術センターの「辻司 七〇年の絵路（カイロ）―メアンドロの光芒―」
「祭り」や「菩薩」・「曼荼羅」をテーマに６０点
　
会場の宝��市立文化芸術センターは、市が宝塚ガーデン・フィールズ跡地に今春オープンに向けて、整備を進めてきました。新型コロナウイルスの影響でオ6月1日にオープンした施設は、センター2階に、質の高い展示や体験型の企画など様々な展覧会が開催されるメインギャラリーを、また、1階には創作体験できるアトリエやライブラリーなどを設け、従来の美術館ではなく気軽にアートを楽しみ、創造力を育むことができる施設となっています。ＪＲ・阪急宝塚駅から「花のみち」を通り抜けた場所で、一角に手塚治虫記念館があります。
　
辻司展は、宝塚ゆかりのアーティストの個展を展開する「Made in Takarazuka」シリーズの第一弾です。画家で行動美術協会会員である辻の７０年に及ぶ画業の足跡を代表作６０点と史料などでたどる個展です。日本各地の「祭り」や、西チベットに取材した「菩薩」や「曼荼羅」をテーマにした土着信仰や仏教世界、さらには「メキシコの生命の樹シリーズ」に表現された生命の喜びなど、画家のエネルギーが伝わる展示内容です。
　
辻司は１９３３年大阪府生まれです。１９５４年に大阪市立美術研究所に学び、関西総合美術展一席や行動展新人賞受賞。１９７１年に渡欧。スペイン滞在。大阪芸術大学教授や大阪市立美術研究所講師をはじめ、宝塚美術協会長や宝塚市展の審査員を務めています。この間、安井賞候補や行動展行動賞を受賞し、宝塚市民会館の緞帳《狐の嫁入シリーズ》なども制作しています。
　
展示は６章で構成されています。第１章が「具象と抽象の狭間」で、自分の個性が見つからず煩悶します。《水差しのある静物》（1955年頃）は、自身の作品が描けたといいます。第２章が「祭りとの出会い」で、日本各地の祭礼や民俗行事などを題材にします。《雪里の狐の嫁入》（1970年）ごも、おおさかの天神祭りをテーマに制作を重ねています。

辻司《水差しのある静物》（1955年頃）油彩

辻司《雪里の狐の嫁入》（1970年）油彩

第３章は「旅に出る」。１９９０年代に西チベット、２０００年代にメキシコに旅し、異国の文化や風土をテーマにした作品を手がけます。《アルチ寺の白い菩薩》（1998年）など迫力のある作品を仕上げます。第4章は「想い出」、第５章は「軌跡」で、多様な作品が並んでいます。

第６章は「祈り」。近年テンペラ、フレスコなど多様な手法を用いて仏教世界を描いています。《菩薩と飛天の曼荼羅》（2020年）は生きることの喜びと感謝が満ちあふれた作品です。会期中に８７歳の誕生日を迎える辻は、「まだまだ新しい作品も描いていきたい」と、豊富を語っていました。

兵庫県立美術館アトリエ１の徳重道朗「ゆきゆきて神戸」
神戸を「水」の観点から捉え直す展示
　
「注目作家紹介プログラム　チャンネル」シリーズの第11回として、愛知県を拠点に活動している徳重道朗にスポットをあてています。徳重は会場をなんらかの風景に見立て、その場所の特性を巧みに活かしたり、場所の意味を引き出したりするインスタレーションで知られる作家です。今回は展示会場内に流しの設備があるアトリエ1を使って、水や水利に関係する新作インスタレーションを展開しています。

この企画は、担当学芸員がいま最も注目すべきと考える作家を個展形式で紹介する試みです。美術館を訪れる人と同時代を生きる美術作家が、さまざまな「チャンネル」を通じ出会う機会となることを目指しています。
　
徳重道朗（1971年−）は１９７１年愛知県生まれです。１９９５年に名古屋工業大学工学部材料工学科卒業後、名古屋芸術大学大学院絵画研究領域を修了しています。１９９９年には。アーティストランスペースdotの設立、運営に参加し、これまでに多くの個展やグループ展で活動しています。２０１９年には、あいちトリエンナーレ地域展開事業「Windshield Time−わたしのフロントガラスから 現代美術 in 豊田」や、三重県立美術館での「パラランドスケープ “風景”をめぐる想像力の現在」でも作品を発表しています。

徳重によると、瀬戸内海に面している神戸市は、海が身近なだけでなく、山を背負う形で都市が作られているおかげで、市街地のすぐ近くに滝があったり、街中を流れるせせらぎがあったりと、自然の水系が豊富な反面、１９３８年の阪神大水害に代表されるような、水の負の側面の記憶もまた抱えこんでいる、との観点から、今回の展覧会では、神戸という都市を「水」という観点から捉え直すことを試みています。

会場はアトリエとして流し場が備え付けられていることもあり、それらも作品に取り込む形で展開しています。展示物としては神戸の水にまつわる写真や映像作品および蛇口から延長させた水道管で組み立てた造形物などによって、インスタレーションを構成しています。

コンフォートＱ 十三ショップの「LIVING with ART Lou Zhenggang & KOHEI NAWA」
リビング空間に婁正綱と名和晃平の作品
　
「もしも、リビングにアートがあったなら…」といったコンセプトのもとに、水面や雲、光など自然現象を描き独自の創造を探求する現代美術家の婁正綱と、「ものの表皮」に着目し、多様な表現を展開する彫刻家の名和晃平の作品を展示し、家具などと合わせコーディネートしたリビング空間です。
　
婁正綱（ろう せいこう）は、１９６６年、中国・黒龍江省生まれ。１２歳のとき、書の才能と知力を認められ、中国国家による特別教育を受けます。１９９６年に来日し、現在は中国を代表する女性書道家・画家として、日本や中国、米国で個展を開くなど国際的に活躍しています。これまで「生命と愛」「日月同輝」「心」「和合」「生生」「自然」などのシリーズ作品を創作しています。

名和晃平（なわ こうへい）は、１９７５年大阪府生まれ。２００３年に京都市立芸術大学大学院美術研究科博士課程彫刻専攻修了後、京都を拠点に活動しています。２００９年に「Sandwich」を創設。セル（細胞・粒）という概念を機軸として、鑑賞者に素材の物性がひらかれてくるような知覚体験を生み出しています。２０１８年にフランス・ルーヴル美術館 ピラミッド内にて彫刻作品《Throne》を特別展示しています。

今回の展示では、婁が近年取り組み制作を続けている「雲と水の心象風景」をテーマとした作品が鑑賞できます。自然界で最も一般的な物質でもある、雲と水。漂う雲、日の出、日の入、燦々と輝く水面、巨大な浪、津波などに対して、人はさまざまな感情を抱きます。婁は、こうした自然風景に感情をもって作品に映し出すことで、「原始性」と「普遍性」を表現しています。
　
一方、名和は近年、アートパビリオン「洸庭」など、建築のプロジェクトも手がけています。また２０１５年以降、ベルギーの振付家／ダンサーのダミアン・ジャレとの協働によるパフォーマンス作品「VESSEL」を国内外で公演中です。今回の２作品の展示は、ソファから立ち上がって視線を上げた瞬間に作品と向き合うギャラリー空間を意識してデザインされています。

しらとり まさお 文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員 1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード　三蔵法師の道」などに携わる。

新刊 「シルクロードを界遺産に」と、提唱したのは故平山郁夫さんだ。シルクロードの作品を数多く遺し、ユネスコ親善大使として文化財保存活動に邁進した。 社長業を投げ捨て僧侶になった小島康誉さんは、新疆ウイグル自治区の遺跡の修復や調査支援を３０年も続けている。 シベリアに抑留された体験を持つ加藤九祚さんは90歳を超えて、仏教遺跡の発掘ロマンを持続する。 玄奘の意志に導かれアフガン往還半世紀になる前田耕作さんは、悲劇のバーミヤンの再生に情熱を燃やす。 シルクロードの現代日本人列伝 ―彼らはなぜ、文化財保護に懸けるのか？ 世界文化遺産登録記念出版 発売日：2014年10月25日 定価：1,620円（税込） 発行：三五館
｢反戦｣と｢老い｣と｢性｣を描いた新藤監督への鎮魂のオマージュ 第一章　戦争を許さず人間愛の映画魂 第二章　｢太陽はのぼるか｣の全文公開 第三章　生きているかぎり生きぬきたい 人生の｢夢｣を持ち続け、100歳の生涯を貫いた新藤監督。その｢夢｣に交差した著者に、50作目の新藤監督の｢夢｣が遺された。幻の創作ノートは、朝日新聞社時代に映画製作を企画した際に新藤監督から託された。一周忌を機に、全文を公開し、亡き監督を追悼し、その｢夢｣を伝える。 新藤兼人、未完映画の精神　幻の創作ノート 「太陽はのぼるか」 発売日：2013年5月29日 定価：1,575円（税込） 発行：三五館
第一章　アートを支え伝える 第二章　多種多彩、百花繚乱の展覧会 第三章　アーティストの精神と挑戦 第四章　アーティストの精神と挑戦 第五章　味わい深い日本の作家 第六章　展覧会、新たな潮流 第七章　「美」と世界遺産を巡る旅 第八章　美術館の役割とアートの展開 新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する 展覧会が10倍楽しくなる！ アート鑑賞の玉手箱 発売日：2013年4月10日 定価：2,415円（税込） 発行：梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから ・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想 ・中山恭子提言｢文化のプラットホーム｣ ・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」 ・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心 ・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり 「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。 ベトナム絹絵を蘇らせた日本人 「文化」を紡ぎ、伝える物語 発売日：2012年5月5日 定価：1,680円（税込） 発行：三五館
序　章　国境を超えて心の「家族」がいる 第一章　各界識者と「共生」を語る 第二章　変容する共産・社会主義 　　　　 世界の「共生」 第三章　ミニコミ誌『トンボの眼』から 　　　　広がる「共生」の輪 私たちは誰しも一人では生きていけな いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。 無常のわかる年代の、あなたへ 発売日：2008年3月17日 定価：1,680円（税込） 発行：三五館
アートの舞台裏へ 発売日：2007年11月1日 定価：1,800円（税込） 発行：梧桐書院 内容：アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。	アートへの招待状 発売日：2005年12月20日 定価：1,800円(税込) 発行：梧桐書院 内容：本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。 （木村重信さんの序文より）
「大人の旅」心得帖 発売日：2004年12月1日 定価：本体1,300円＋税 発行：三五館 内容：「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」 高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。	「文化」は生きる「力」だ！ 発売日：2003年11月19日 定価：本体1400円＋税 発行：三五館 内容：50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々 発売日：2002年7月5日 定価：本体1,500円＋税 発行：東方出版 内容：新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。	夢追いびとのための不安と決断 発売日：2006年4月24日 定価：1,400円＋税 発行：三五館 内容：「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。