コロナ禍、現代美術の「力」を

2020年8月12日号

白鳥正夫

新型コロナ禍、再び感染者数が急増しています。目下、再開した美術・博物館などへの自粛要請がないものの不安は拭えません。そうした中、大阪と兵庫の3館では、現代美術展を開催しています。国立国際美術館では、世界で注目を集めているアーティストの日本の美術館で初めての個展「ヤン・ヴォー ーォヴ・ンヤ」が10月11日まで催されています。西宮市大谷記念美術館では、収集の一つの柱となっている現代美術作品を紹介する「ひろがる美術館ヒストリー」を9月27日まで、神戸のBBプラザ美術館でも、現代美術コレクションの「拡がる現代アート 眼で聴き、耳で視る」が8月28日までそれぞれ開かれています。現代美術は根源的な「美」を求め、人間の生や社会のあり方、はては宇宙の神秘に至るまで、造形物を通し見る者に様々なメッセージを発信します。それは美術の「力」を示しています。コロナ禍の日常をしばし忘れ、涼しい美術館で作品と向き合い、美術の「力」を受け止め、リフレッシュされてはいかがでしょうか。

国立国際美術館の「ヤン・ヴォー ーォヴ・ンヤ」
 日本の美術館で初、自身の体験や時代をテーマに

世界的なアーティストと言われてもヤン・ヴォーの名前や作品のことを知る人は少ないでしょう。知らない作家や作品に出あえるからこそ、美術館は魅力ある場所といえます。実は筆者も知ったのは最近です。2015年に京都市美術館等で開かれた「PARASOPHIA: 京都国際現代芸術祭」に、アポロの大理石像のトルソをアンティークの木箱に収めた立体作品など数点出品されていました。
 
ヤン・ヴォーは数奇な人生をたどっています。1975年、ベトナム・バリアに生まれますが、4歳の時に父親が手づくりのボートで、家族とともに社会主義体制に移行したベトナムを脱出します。海上でデンマークの船に救助され、難民キャンプを経てデンマークに移住。コペンハーゲン王立美術学校、フランクフルト(ドイツ)のシュテーデル美術学校で学びました。
 
ヤン・ヴォー作品の特徴は、自身の経験や家族の歴史、生まれた国の戦争、植民地時代の歴史など、社会的、政治的な歴史に彩られたレディ・メイドの物、写真や手紙などの蒐集品をはじめ、彼の周辺の大切な人たちの手によるものを取り込みながら作品化します。
 
現在はベルリンとメキシコ・シティを拠点に。欧米や中国で個展を重ね活躍しています。横浜トリエンナーレ(2008・2014)、ベルリン・ビエンナーレ(2010・2014)、光州ビエンナーレ(2010)、ヴェネツィア・ビエンナーレ(2013)など、多くの国際展に参加し、2015年のヴェネツィア・ビエンナーレにはデンマーク代表作家として出展しています。画像は第58回ヴェネツィア・ビエンナーレに出品された《All work》(2019年)の展示風景の参考図版です。


[参考図版]ヤン・ヴォー《All work》(2019年)
展示風景画像
(第58回ヴェネツィア・ビエンナーレ、2019年)


今回の展覧会には、ヴォーの教師や父親、 恋人、ミューズである甥といった、作家の周囲の大切な人たちにまつわる作品や、ベトナム戦争を押し進めた米国防長官ロバート・マクナマラの遺族との協働による作品など新作、近作を含めた約40点の作品が展示されています。
 
会場に入ると戸惑います。広い展示空間に作品が配置されていますが、通常の展覧会と異なり作品のタイトルや制作年などの説明は一切ありません。入り口に置かれている説明書で確認するようになっています。ただし「無題」が多く、要は作品とじっくり向き合うことです。
 
あえて説明すれば、「セントラル・ロトンダ /ウィンター・ガーデン」(2011年、公益財団法人石川文化振興財団蔵)は、1973年にベトナム和平に関するパリ和平協定が調印された建物に吊るされていたシャンデリアを使った作品です。父とともにこの場所を訪れ、関係者と交渉してシャンデリアを入手したそうです。


ヤン・ヴォー
「セントラル・ロトンダ/ウィンター・ガーデン」
2011年、
公益財団法人石川文化振興財団蔵
「ヤン・ヴォー ーォヴ・ンヤ」展示風景
(国立国際美術館、2020年):福永一夫氏撮影


またマクナマラ元国防長官の所蔵していた《ロット20:ケネディ政権閣議室の椅子2脚》(2013年)の椅子は、解体され木材や布などの「もの」として展示されています。ジョンソン大統領が使用した《ロット39:大統領の署名用ペン4点組》(2013年)などもあります。
 
近年では、「無題」(2019年)のように、ピーター・ボンデの油彩や父親が記したカリグラフィー作品などを組み合わせたり、ヴォーのミューズであり甥のグスタフを撮影した写真作品を再構成した作品があります。このほか《無題》(2020年)は、ジョニー・ウォーカーの木箱に天使像を入れた作品です。マルセル・デュシャンのレディ・メイド作品を思い浮かべました。


ヤン・ヴォー「無題」2019年
Courtesy of the artist
「ヤン・ヴォー ーォヴ・ンヤ」展示風景
(国立国際美術館、2020年):福永一夫氏撮影




ヤン・ヴォー「無題」2020年
Courtesy of the artist
「ヤン・ヴォー ーォヴ・ンヤ」展示風景
(国立国際美術館、2020年):福永一夫氏撮影

ヴォーはこうした作品を通して、アイデンティティ、権力、歴史、覇権主義、エロティシズムといったテーマが直接的に、あるいは比喩的に表現し、鑑賞者にも異なる角度からの視線を持つことを誘います。鑑賞者が各々異なる感情を抱くことが、そもそも作家の意図であり、私たち鑑賞者の異なる視点が交差して初めて作品が完成するのかもしれません。時として見る者に違和感や不快・不安を抱かせるかもしれませんが、それは私たちが信じてきた価値観を根底から揺るがすような力強さを持っているからだと思います。


「ヤン・ヴォー ーォヴ・ンヤ」展示風景
(国立国際美術館、2020年):福永一夫氏撮影


 

西宮市大谷記念美術館の「ひろがる美術館ヒストリー」
 16作家の従来の形式にとどまらない広がり

美術館にとって、作品を収集保存することとともに、美術作品を展示することが大きな役割です。コロナ禍とはいえ、それは変わりません。美術館では、展覧会を機に作品を購入したり、寄贈を受けて作品を収集することも。さらに作家や遺族からまとまった作品の寄贈を受けて展覧会を開催することもあります。

西宮市大谷記念美術館では、開館当初から2000年代初め頃までの展覧会を取り上げた「ひもとく美術館ヒストリー」を2018年に開催しています。近代絵画をコレクションの核とする、西宮をはじめ阪神間で活躍した作家たちの展覧会を積極的に開催し、新たな作品収蔵へとつなげていった経緯を紹介したものです。

今回の展覧会は、その第2弾で、1997年以降に企画・開催した現代美術作家の個展に焦点を当て、コレクション形成との関わりを検証しています。作家たちの表現が時代につれて、従来の形式にとどまらない広がりを見せています。その歩みを、16作家36点の作品を通して紹介しています。

こちらはヤン・ヴォーと違って、名前や作品を知る出品作家が多くいます。植松奎二・渡辺信子ご夫妻は、これまでも個展を数多く見ています。植松奎二は1947年神戸市生まれ。1975年にドイツに渡り、以後は西宮と箕面、そしてデュセンドルフに居住しながら、作品を発表し、1988年にヴェネツィア・ビエンナーレの日本代表に選ばれています。

西宮市大谷記念美術館では、「知覚を超えてあるもの」(1997年)と、「時間の庭へ」(2006年)が開催され、現在15点が収蔵されています。木、石、布、金属などの素材を駆使し、目には見えない重力や張力といった物理学の法則を、見る者に感じさせる試みで知られています、今回は《揺れるかたち−自重》(1995年)など6作品が出ています。


植松奎二《揺れるかたち−自重》
(1995年)



渡辺信子は1948年東京都生まれ。音楽家として出発し、具体美術協会メンバーとの出会いをきっかけに、1997年頃から美術作品の制作を始めます。木枠に布を貼る作品を手がけていましたが、現在は鉄製の野外彫刻も発表。《Blue and White》(1999年)など3点が出品されています。


渡辺信子《Blue and White》
(1999年)



京都府出身の國府理(1970−2014)も印象に残る彫刻家です。2013年に西宮市大谷記念美術館の個展「未来のいえ」で初めて作品を知り、あいちトリエンナーレで反転させた車体底面に苔を張りめぐらせた《虹の高地》を取材した翌年、不慮の事故で亡くなりました。今回展示の《Parabolic Garden ROBO》(2013年)は、本来その頭部にあるパラボラアンテナの中に自生する樹木を戴いて完成する作品です。


國府理《Parabolic Garden ROBO》
(2013年)



酒席をともにしたこともある三重県出身の元永定正の《作品65-1》(1965年)は、具体時代を代表する作品です。他には藤本由紀夫、松谷武判、太田三郎、大久保英治、杉浦康益、塚脇淳、石原友明、パラモデル、川村悦子、正延正俊、山口啓介、栗本夏樹の作品が展示されています。


元永定正の《作品65-1》
(1965年)


 

BBプラザ美術館の「拡がる現代アート 眼で聴き、耳で視る」
現代アート30作家の息づかい約130点

BBプラザ美術館は、2009年の開館以来「暮らしの中にアートを」を掲げ、コレクションを活かした展覧会活動を展開しています。当初100点に満たなかったコレクションは、購入や寄贈を受け、現在は1500点を超しています。

今回の展覧会タイトル「眼で聴き、耳で視る」という言葉は、阪神・淡路大震災で亡くなった洋画家の津高和一(1911−1995)の言葉です。「現実的には出来っこないことなのですが、(中略)それ以外のものを総動員して感受するというか、受け止めるというか、察知するというか、およそ美術はそんな類のものだと僕は思っています」(1994年の講演会)から引用しています。

また「拡がる現代アート」は、期せずして西宮市大谷記念美術館の展覧会と似かよっています。こちらは、近年寄贈され収蔵後初めて公開の津高の作品《不詳》(1980年頃)をはじめ、これまでに収蔵した現代アート30作家の約130点が出品されています。なじみのアーティストが多数います。


津高和一《不詳》
(1980年頃)



中でも大阪府生まれの森口宏一(1930−2011)は生前、閉館した大阪の番画廊で、晩年は毎年のように個展を開いていて、感性の若さに驚かされたものです。理知的な造形作家とはかけ離れ、酒好きで気さくな一面を持ち合わせ懇意にしていただきました。この展覧会には、《Façade》(1979年)と《休メ!Stand at ease!》(1983年)が出品されています。


森口宏一《Façade》
(1979年)



他にも、元永定正の夫人で大阪府出身の中辻悦子(1937−)の《連鎖U》(1984年)や、京都府生まれの具体メンバーだった上前智祐 (1920−2018)の《作品96》
(1994年)、香川県生まれの榎忠 (1944−)の立体作品《塊魂花》(2011年)などの作品が所狭しと並んでいます。


中辻悦子《連鎖U》
(1984年)




上前智祐《作品96》
(1994年)


さらに堀尾貞治(1939-2018)の震災画が、神戸わたくし美術館の協力を得て特別出品されています。会場から、その時代を敏感に感じ作品化した現代アート作家たちの熱き思いや息遣いが伝わってきます。



しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

新刊
「シルクロードを界遺産に」と、提唱したのは故平山郁夫さんだ。シルクロードの作品を数多く遺し、ユネスコ親善大使として文化財保存活動に邁進した。

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―彼らはなぜ、文化財保護に懸けるのか?

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発売日:2014年10月25日
定価:1,620円(税込)
発行:三五館
「反戦」と「老い」と「性」を描いた新藤監督への鎮魂のオマージュ

第一章 戦争を許さず人間愛の映画魂
第二章 「太陽はのぼるか」の全文公開
第三章 生きているかぎり生きぬきたい

人生の「夢」を持ち続け、100歳の生涯を貫いた新藤監督。その「夢」に交差した著者に、50作目の新藤監督の「夢」が遺された。幻の創作ノートは、朝日新聞社時代に映画製作を企画した際に新藤監督から託された。一周忌を機に、全文を公開し、亡き監督を追悼し、その「夢」を伝える。
新藤兼人、未完映画の精神 幻の創作ノート
「太陽はのぼるか」

発売日:2013年5月29日
定価:1,575円(税込)
発行:三五館
第一章 アートを支え伝える
第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開

新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱

発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

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三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
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