建築がテーマの二つの展覧会

2020年2月7日号

白鳥正夫

近年、建築を巡る話題が相次ぎました。オリンピックのメインスタジアムとなる国立競技場が竣工し、元旦にこけら落しされました。先にル・コルビュジエの建築で知られる国立西洋美術館が世界文化遺産に登録されています。世界遺産の建築では、パリのノートルダム大聖堂の尖塔などが焼失したのに続き、沖縄の首里城の正殿など複数の建物が全焼してしまいました。今回は注目を集める建築をテーマにした二つの展覧会を取り上げます。時を超えて受け継がれてきた建築の多様な魅力を伝える特別展「建築と社会の年代記―竹中工務店400年の歩み―」が、神戸市立博物館で3月1日まで開催中です。一方、完成に至らなかった素晴らしい建築構想を検証する「インポッシブル・アーキテクチャー ―建築家たちの夢」は、大阪の国立国際美術館で3月15日まで開かれています。絵画中心の美術展の中で、私たちの文化生活に関わる建築に焦点を当てた展覧会を鑑賞する絶好の機会です。

神戸市立博物館の「建築と社会の年代記―竹中工務店400年の歩み―」
400年の歴史、時代を映す街の顔数々

展覧会では、竹中工務店の前身である工匠時代から現在までに手がけた多様な建築を「社会との関わり方」という視点で8つの「かたち」に分類し、竣工写真をはじめ模型、図面、パンフレット、絵画など約1000点におよぶ資料で紹介しています。長い歴史の中で、時代を映す街の顔となってきた数々の建築物を顧みることができます。

現在、大都市のランドマークとなっている東京タワーや、あべのハルカスも竹中工務店が仕上げています。展覧会場の神戸市立博物館は、1935(昭和10)年に完成した正面が列柱の近代建築「横浜正金銀行神戸支店」を改修したもので、竹中工務店が施工しました。なお同館は、昨年11月にリニューアルオープンしています。

竹中工務店は1899(明治32)年、工匠の竹中藤右衛門が、神戸の地に竹中工務店を創立しました。そのルーツは、約400年以上前、織田信長の普請奉行を務めた竹中藤兵衛正高にまで遡ることができるといいます。以来、竹中家、そして竹中工務店は、現在に至るまで多くの建築を施工してきました。

展示構成と、それぞれの主な展示品を取り上げます。「T はじまりのかたち」で、創立以前から創立期にかけて、「東福寺方丈」(京都、1890年)や「正福寺本堂」(三重、1836年)などの神社仏閣ほか、「三井銀行神戸支店(第一勧業銀行神戸支店)」(1916年)や「横浜正金銀行神戸支店」などの和洋建築も、工匠が伝えてきた技術によって造営されました。


「東福寺方丈」
(京都、1890年)外観



正徳寺本堂の
木組み模型の展示

「U 出会いのかたち」では、今は姿を消した初代の「宝塚大劇場」(兵庫、1924年)や「朝日会館」(大阪、1926年)から、「有楽町マリオン」(1984年)、日本一高い超高層の「あべのハルカス」(2014年)や、2022年に完成予定の「大阪梅田ツインタワーズ・サウス」(2018年)など、劇場や商業施設の写真、模型、図面が展示されています。


「あべのハルカス」(2014年)天王寺公園越しの全景


「V はたらくかたち」には、都市の近代化に伴い。「御堂ビル」(1965年)や「大同生明江坂ビル」(1972年、いずれも大阪)などオフィスビルを完成させます。さらには阪神・淡路大震災で倒壊した旧神戸新聞会館の建て替えプロジェクトで復興のシンボルとなった「ミント神戸」(2006年)もあります。ここでは大阪朝日新聞ビルを描いた佐伯祐三の《肥後橋風景》(1926−27年、朝日新聞社蔵)の絵画作品も展示されています。


佐伯祐三《肥後橋風景》(1926−27年、朝日新聞社蔵)


革新的な建築物の「W 夢を追うかたち」では、「通天閣」(1956年)や「東京タワー」(1958年)、「東京ドーム」(1988年)など、現在も存在感を示しています。美術館や教育施設などの「X 感性を育むかたち」に移り、「佐川美術館」(1988年、滋賀)、さらには「名古屋大学豊田講堂」(1960年)や「神戸松蔭女子学院大学・短期大学」(1981年)、「立命館大学いばらきキャンパス」(2015年)などが取り上げられています。


「通天閣」(1956年)外観



「神戸松蔭女子学院大学・短期大学」(1981年)全景


個人邸宅や医療施設などの「Y 暮らしのかたち」には、「芦屋浜高層住宅(ASTM)」(1978年)や「アイランドタワースカイクラブ」(2008年)も。保存・修復・復元・再生された建物などの「Z 時を紡ぐかたち」には、「明治生命館」(1934年、東京)や「シンガポール国立美術館 保存再生」(2014年)などを竣工しています。


「芦屋浜高層住宅(ASTM)」(1978年)外観


最後の「[ みんなのかたち」では、これからの「みんな」にとって、建築がどうあるべきか、将来の姿を考えるコーナーです。25年前の阪神・淡路大震災などの災害が建築に与えた影響や、今後の新技術、建築における新しい動きなどを取り上げています。

会場を回っていて、400年もの歴史の積み重ねとはいえ、竹中工務店がよくぞこれだけの建築を手がけたものだと感心すると共に、往時に先端を誇示した建物も老朽化や、防災・機能面から建て替えられたものも数多くありました。建築は時代を映し、変化するものだと理解できます。

筆者は朝日新聞鳥取支局長時、「鳥取建築ノート」と題して週一回の連載企画を立て、建築に造詣のある若手研究者4人に執筆をお願いした思い出があります。鳥取県内にある名建築50件の沿革や現状をリポートしたのです。当時、県立図書館移転に伴い保存を巡っての論議などに一石を投じました。後に1冊の書籍になり、記録として残せた意義もありました。建築は社会と密接に関わっていることを再認識できた展覧会でした。

 

国立国際美術館の「インポッシブル・アーキテクチャー ―建築家たちの夢」
未完の建築に焦点、夢のプラン約50事例

現在も見ることが出来る建物や、姿を消してしまった建築の一方、完成に至らなかった素晴らしい構想や、あえて提案に留めた刺激的なアイディアも数多く存在しています。未来に向けて夢想した建築、技術的には可能であったにもかかわらず社会的な条件や制約によって実施できなかった建築、実現よりも既存の制度に対して批評精神を打ち出す点に主眼を置いた提案など、いわゆるアンビルト/未完の建築に焦点を当てたユニークな展覧会です。

20世紀以降の国外、国内のアンビルトの事例を「インポッシブル・アーキテクチャー」と称し、安藤忠雄、ブルーノ・タウト、新国立競技場で物議を醸したザハ・ハディドら錚々たる世界的に有名な建築家、美術家たち約40人による未完の建築物の模型や図面、関連資料などを展示しています。

世界の名だたる建築家、美術家たちによる壮大なスケールの作品のいくつかを、図録など参考に掲載します。まず映像制作:長倉威彦の《ウラジーミル・タトリン、第3インターナショナル記念塔》(CG 映像 1998年)は、その当時世界で最も高いエッフェル塔をしのぐ400メートルの構想でした。まさにロシア革命、ロシア・アヴァンギャルドの象徴的プロジェクトで、鉄製の二重螺旋の内部にはガラスの建造物が4つあります。


映像制作:長倉威彦
《ウラジーミル・タトリン、第3インターナショナル記念塔》
(CG 映像 1998年)


ブルーノ・タウトの《生駒山嶺小都市計画》(1933年、大和文華館蔵)は、山頂に飛行塔があり、その横にホテル、緑豊かな山麓から段々状に集合住宅や小住宅が計画されていました。タウトは1933年から36年まで日本に滞在した間に多くの著書を著わし、日本の伝統的文化を高く評価。生駒山嶺小都市は実現しませんでしたが、ドイツで多く手がけていた集合住宅設計の日本における唯一のものでした。


ブルーノ・タウト
《生駒山嶺小都市計画、遠望図、1933年12月》
(1933年、大和文華館蔵)


瀧澤眞弓の《山の家、模型》(1986 年 個人蔵)は、なだらかな曲線が特徴の建築物で、音楽を構成する要素であるリズムや流動性を造形のヒントにしたようです。瀧澤は東京帝国大学(現・東京大学)工学部建築学科を卒業した同期の5人とともに「分離派建築会」を結成(1921年)し、第2回作品展に出品しています。


制作監修:瀧澤眞弓
《瀧澤眞弓、山の家、模型》
(1986 年、個人蔵)


ヤーコフ・チェルニホフの書籍『建築ファンタジー 101 のカラー・コンポジション、101 の建築小図』より挿図(1933 年 個人蔵)は、1万7000枚ともいわれるドローイングから101点を選び、基本原理を記した書物です。そこには「新しい構成のプロセスや、新しい表現方法を示し、形態と色彩の感覚を訓練し、新しい創造と発明を鼓舞し、新しい発見を現実化させる手段を助けるのである」と記されています。


ヤーコフ・チェルニホフ 書籍
『建築ファンタジー 101 のカラー・コンポジション、
101 の建築小図』より挿図(1933 年、個人蔵)


安藤忠雄の《中之島プロジェクトT》は、1978年に中之島プロジェクトとして、既存建物を巨大な建造物で覆うことによって外部空間と一体化させる計画を立案していました。その10年後に創案された大阪市中央公会堂の再生計画が《中之島プロジェクトU―アーバンエッグ(計画案)公会堂、断面図》(1988 年、ギャラリー ときの忘れもの蔵)》で、鉄筋煉瓦造り3階、地下2階、塔屋付きの検固な建築物内部に、巨大な卵型の構造物を内包させる大胆な発想でした。


安藤忠雄
《中之島プロジェクトU―アーバンエッグ(計画案)
公会堂、断面図》
(1988 年、ギャラリー ときの忘れもの蔵)


マーク・フォスター・ゲージの《ヘルシンキ・グッゲンハイム美術館》(CG 映像、2014 年)は、斬新で奇抜な建築物の映像は、フィンランドのヘルシンキ市街地に位置するウォーターフロント区画での、グッゲンハイム美術館分館の新規建設のためのもので、幻の美術館となりました。


マーク・フォスター・ゲージ
《ヘルシンキ・グッゲンハイム美術館》
(CG 映像、2014 年)   
映像提供:マーク・フォスター・ゲージ・アーキテクツ


山口晃の会田誠提案による《都庁本案圖》(2018 年、個人蔵 撮影:宮島径)も、奇想天外な東京都庁の計画案です。高層部にお城が聳え立ち、石垣のように見えるのは、ガラス窓で、内部にはオフィス空間が広がっています。


山口晃《都庁本案圖》 会田誠提案による
(2018 年、個人蔵 撮影:宮島径)


このほか、設計コンペに落選した前川國男の《東京帝室博物館建築設計図案懸賞応募案》(1931)や、村田豊の《ポンピドゥー・センター競技設計案》(1971)も展示されています。一方、コンペに当選しながら後に経済的理由などにより廃案になったザハ・ハディド・アーキテクツ+設計JVの《新国立競技場》(2013−15年)は、記憶に新しいです。

会場には、黒川紀章の《農村都市計画》(1960年)がれば、岡本太郎の《おばけ東京》(1957年)など、建築家や美術家たちの果てしない夢のプランが一杯です。展覧会タイトルの「インポッシブル」という言葉は、単に建築構想がラディカルで無理難題であるがゆえの「不可能」を意味していません。逆説的に建築における極限の可能性や豊饒な潜在力が浮かび上がらせる――それこそが、この展覧会のねらいということです。



しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

新刊
「シルクロードを界遺産に」と、提唱したのは故平山郁夫さんだ。シルクロードの作品を数多く遺し、ユネスコ親善大使として文化財保存活動に邁進した。

社長業を投げ捨て僧侶になった小島康誉さんは、新疆ウイグル自治区の遺跡の修復や調査支援を30年も続けている。

シベリアに抑留された体験を持つ加藤九祚さんは90歳を超えて、仏教遺跡の発掘ロマンを持続する。

玄奘の意志に導かれアフガン往還半世紀になる前田耕作さんは、悲劇のバーミヤンの再生に情熱を燃やす。
シルクロードの現代日本人列伝
―彼らはなぜ、文化財保護に懸けるのか?

世界文化遺産登録記念出版
発売日:2014年10月25日
定価:1,620円(税込)
発行:三五館
「反戦」と「老い」と「性」を描いた新藤監督への鎮魂のオマージュ

第一章 戦争を許さず人間愛の映画魂
第二章 「太陽はのぼるか」の全文公開
第三章 生きているかぎり生きぬきたい

人生の「夢」を持ち続け、100歳の生涯を貫いた新藤監督。その「夢」に交差した著者に、50作目の新藤監督の「夢」が遺された。幻の創作ノートは、朝日新聞社時代に映画製作を企画した際に新藤監督から託された。一周忌を機に、全文を公開し、亡き監督を追悼し、その「夢」を伝える。
新藤兼人、未完映画の精神 幻の創作ノート
「太陽はのぼるか」

発売日:2013年5月29日
定価:1,575円(税込)
発行:三五館
第一章 アートを支え伝える
第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開

新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱

発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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