同時代の日本画家、多様で豊かな表現世界

2020年1月6日号

白鳥正夫

令和最初の新年、最初の寄稿は日本画家の展覧会を取り上げます。西宮市大谷記念美術館で「生誕130年記念 山下摩起をめぐる画家たち」が2月11日まで、京都府立堂本印象美術館では「DOMOTO INSHO 驚異のクリエイションパワー」が3月29日まで開催されています。山下摩起と堂本印象の取材をしていて気づいたのですが、この二人の生没年がほぼ重なり、ともに京都市立美術工芸学校絵画科を卒業後、京都市立絵画専門学校(現:京都市立芸術大学)に進んでいます。風景や人物、仏画まで描き、大阪四天王寺の五重塔壁画を制作しました。さらに西洋絵画に接近するなど、独自の画風を確立しています。日本画家による多様で豊かな表現世界を紹介します。

西宮市大谷記念美術館の「生誕130年記念 山下摩起をめぐる画家たち」
キュビスム風の代表作の《雪》や仏画も展示

山下摩起といっても、知らない方が多いかもしれません。筆者は作品の何点かは神戸や西宮の美術館で鑑賞していました。2013年に知人の紹介で宝塚歌劇団の元トップスターを務めた榛名由梨さんと懇談の機会があり、摩起が祖父であることを知り、その後に摩起の作品を目にすると親近感を憶えました。今回の展覧会には、西宮市大谷記念美術館が所蔵する14点を含む31点の作品にデッサン等の新資料、恩師ら関連の作品も合わせ約50点が出品されています。

山下摩起(1890〜1973)は、有馬温泉の旅館「下大坊」に生まれ、本名正直。1910年、京都市立絵画専門学校に入学し、山元春挙、菊池契月、竹内栖鳳らの指導を受けます。在学中より文展に入選、第6回展では褒状を受けるなど早くから評価されました。

1918年に国画創作協会が結成され公募展が開かれると、実験的な作品を出品し、22年頃より油彩画の研究を始め、28年にフランスへ留学し、フォヴィスム(野獣派)、キュビスム(立体派)などの新しい絵画運動に強い影響を受けます。帰国後は公募展へ洋画を出品しています。

日本画の制作を再開した摩起は1933年の第20回再興院展に六曲一双屏風《雪》(1933年)を出品します。今回出品の代表作で、竹に瑞鳥という伝統的な画題を、大刷毛を用いて大胆に構成し、右隻の「疎」と左隻に「蜜」を対比させています。


山下摩起《雪》左隻(1933年)
以下6点いずれも西宮市大谷記念美術館蔵




山下摩起《雪》右隻(1933年)


キュビスムの傾向が強く表れた意欲作ですが、作者の意に反し右隻のみ入選という評価を受けます。その後も公募展での落選が続き、公募展への出品自体を止めてしまいます。画壇と距離を置いた摩起は、大画面による作品制作への興味を深め、描き直しの困難な日本画に洋画の技法を積極的に採り入れて自由闊達に筆を揮いました。

1960年には大阪・四天王寺五重塔壁画を完成させますが、礼拝の対象である従来の仏画の概念を打ち破る、斬新な作風が注目されて朝日文化賞を受賞しました。以後、摩起の仏画は高く評価され、73年に83歳で亡くなるまで西宮の画室で精力的に制作を続けました。

今回の展覧会には多様な作品(いずれも西宮市大谷記念美術館蔵)が並んでいます。代表作《雪》をはじめ、フランス留学時代に下宿(パンション)周辺を描いた油彩画《パンション風景》(1928年)もキュビスム風の描法です。この時代の作品に《西洋婦人図》(1928−30年)もあります。


山下摩起
《パンション風景》(1928年)


一見浮世絵風の《婦女図》(1939年)は、コラージュを独自に解釈し画面に新聞紙を貼り付けたユニークな作品です。なぜか女性の目が描かれていません。《女三態之図》(1936年頃)は、白の地塗りの上に、緑・赤・青の着物をまとった三人の女性が描かれています。


山下摩起
《婦女図》(1939年)




山下摩起
《女三態之図》(1936年頃)


1958から60年にかけて大阪四天王寺の五重塔壁画を制作した後も、66年に東本願寺難波別院(南御堂)後門壁画《音声菩薩》、68年には東本願寺名古屋別院後門壁画《弥陀》などを手がけています。今回出品の仏画《大威徳明王》(1966年)は、焼きミョウバンを用いて画面を白く抜き、版画や拓本を思わせる仕上げです。《不動明王》(制作年不詳)や《観世音菩薩》(1950年以降)、《鍾馗》(1950年以降)なども展示されています。


山下摩起
《大威徳明王》(1966年)




戦前のデッサン等の新資料
(個人蔵) なども初めて公開


さらにフランス留学期をはじめとした戦前のデッサン等の新資料(個人蔵)が初めて公開されています。このほか摩起をめぐる画家として恩師の竹内栖鳳をはじめ、山元春挙、冨田溪仙、村上華岳、榊原紫峰、入江波光ら関連の画家たちの作品もあわせて出品されています。

なお同時開催の「絵画 西・東 コレクションにみる洋画と日本画のたのしみ方」では、所蔵品より油彩画と日本画の優品15点を比較展示しています。

 

京都府立堂本印象美術館の「DOMOTO INSHO 驚異のクリエイションパワー」
抽象表現で彩られた襖絵、14年ぶりに公開

一方、堂本印象は戦後、抽象表現や障壁画の世界にも活躍の場を広げ、海外の展覧会に多くの作品を出展するなど国際的にも活躍しました。1966年に自作を展示する堂本美術館を自らのデザインにより設立。1991年には所蔵作品とともに京都府に寄贈、翌年から京都府立堂本印象美術館として開館し現在に至っています。今回の展覧会ではなんと完全な抽象表現で彩られた高知・五台山竹林寺の襖絵を同美術館で約14年ぶりに特別公開。さらに28歳から72歳までの画風の変遷をたどる代表作58点を展示しています。

堂本印象(1891〜1975)は京都生まれ、本名三之助。京都市立美術工芸学校卒業後西陣織の図案描きに従事していましたが、日本画家を志して京都市立絵画専門学校に入学。1919年に第一回帝展で初入選して以来、約60年にわたる画業を通して風景、人物、花鳥、神仏など多様なモティーフを描き、常に日本画の限界を超えた最前線の表現に挑戦し続けました。とりわけ1950年代半ばからは、日本画家による抽象画という、それまでに見られなかった前衛的な表現に取り組み、画壇に強烈な足跡を残しています。

代表作を画像とともに掲載します。まず目玉の襖絵4題(いずれも1963年、竹林寺蔵)。《風神》全4面(〜2月2日展示)と《雷神》全4面(2月4日〜展示)、《瀬戸内海》全8面(〜2月2日展示)と《太平洋》全8面(2月4日〜展示)は、豪快な抽象表現で、日本の障壁画史においても画期的な作品です。文化勲章受章(1961年)後に取り組んだ襖絵は下図で構図を整理し、金地や銀地に黒や白の勢いのある線が交わり、華麗な色彩が画面いっぱいに弾けます


堂本印象《風神》
(1963年、竹林寺蔵、前期展示)   
以下6点いずれも京都府立堂本印象美術館蔵




堂本印象《雷神》
(1963年、竹林寺蔵、後期展示)


竹林寺は神亀元年(724年)、聖武天皇の命により、僧行基が唐の五台山になぞらえ開創した土佐屈指の名刹。本尊は「日本三文殊」の一つに数えられ、四国八十八ヶ所霊場第31番札所として参詣者が絶えることがありません。文殊堂や五重塔、国重要文化財指定の仏像17体、さらに国名勝指定庭園など見所も多い。1959年頃、当時の海老塚竜雄住職が、古い伝統を活かすためにも現代的な襖絵を奉納したいと、印象に依頼したといいます。

印象は多くの抽象画を遺していますが、今回の主な出品(すべて京都府立堂本印象美術館蔵)では、襖絵以外の多くは具象画です。初期作品に親子の猫が日向ぼっこをする《猫》(1922年)や、大正の町の風景を俯瞰した《坂》(1924年)があります。季節の情景を描いた《春》(1927年)には姉妹らしい2人の少女姿を、《雪》(1930年)には2羽の鷺の姿を巧みに捉えています。


堂本印象《坂》(1924年)



堂本印象《春》(1927年)


印象は浄土宗の信徒でもあり、幼少期から仏教に親しみ、生涯多くの仏画を描いた。《観音と文殊》(1943年)もその1点で、装飾的な華やかさを湛えます。《老松双雀》(1940年)と《中山七里》(1945年)は、文人画のように独自の感性で描いていて、余白と墨づかいがすばらしいです。


堂本印象《観音と文殊》(1943年)




堂本印象
《八時間》(1951年)




堂本印象
《細川ガラシャ夫人》
(1962年)



一転、《八時間》(1951年)や《パリ街はずれの家B》(1952年)は洋画風タッチで描かれていて、同じ画家の作品かと驚きます。さらに《細川ガラシャ夫人》(1962年)は、戦災で失われたカトリック大阪大司教区聖堂を、殉教の地である細川忠興邸の跡地に再興する際に壁画が依頼されその祭壇画《栄光の聖母》の右下に配置された下絵です。同じ頃、竹林寺の襖絵も手がけており、その自在さに驚嘆します。

1955年に日展に出品した《生活》は、幾何学な構成によって表された抽象画だった。印象は60歳代で次第に具象を離れ、抽象へ向かいます。ピカソ風の表現は日本画の概念を超えていましたが、伝統の墨守だけでは先細ると考え、前人未到の道を突き進んだのです。

伝統を打ち破って新たな芸術の創造を目指すことが真の伝統である、という印象の理念に基づいた作品は、日本画の画材である墨や岩絵具を用いた独自の抽象表現となり、印象自身によって「新造形」と名づけられました。まさにタイトル通りのクリエイションパワーといえるでしょう。

筆者の図録棚で見つけた「芸術の旅人 堂本印象の世界展」(2000年に大阪・名古屋・東京の高島屋各店で開催)の図録に、当時の内山武夫・京都国立美術館長が「堂本印象の芸術」と題して、次のような文章を寄せています。

 印象の絶筆は《善導大師》(昭和50年)という抽象画であったが、昭和48年には《入我我入》、昭和49年には《應無所住而生其心》のような具象画を仏画や経典に基づいて描いており、抽象・具象を問わず晩年の作品は色彩も明るく華やかである。印象の最後の境地は虚無を脱した、大きな無の世界であり、具象も抽象もない世界であったと言える。

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冒頭にも書きましたが、山下摩起と堂本印象の画業の類似性に注目しました。ともに関西出身で83歳と84歳で没しています。二人の約60年以上の画業の作品の一部ですが、今回の展覧会だけ見ても、幅広さが窺えます。日本画家でありながら洋画や抽象絵画に挑戦し、多様な評伝世界を展開し、あくなき絵画の革新を追い求めた業績に拍手です。



しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

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内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
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内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
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発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

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