森と湖の国、フィンランド陶芸の魅力

2019年9月6日号

白鳥正夫

フィンランドと言えば、森と湖の自然に恵まれた国を想像します。何年か前に見た「ムーミンが住む森の生活」を副題にした「フィンランドのくらしとデザイン」展の印象が残っています。そして今年2月には、フィンランド生まれの建築家の「アルヴァ・アアルト もうひとつの自然」展も観賞しています。日本とフィンランド外交関係樹立100周年の秋、大阪と兵庫で2つの展覧会が催されています。「フィンランド陶芸 芸術家たちのユートピア」が大阪市立東洋陶磁美術館で10月14日まで、「ルート・ブリュック 蝶の軌跡」が伊丹市立美術館・工芸センターで10月20日まで、それぞれ開催中です。日ごろお目にかかれないフィンランド陶芸の魅力を満喫する絶好の機会です。

日本・フィンランド外交関係樹立100周年記念特別展「フィンランド陶芸 芸術家たちのユートピア」 
大阪市立東洋陶磁美術館 〜10月14日
 
 自由な表現、絵画的な創作作品137件を展示

フィンランドのモダンデザインは、19世紀末、イギリスのアーツ・アンド・クラフツ運動の影響を受け、1900年のパリ万国博覧会で高く評価され、その成功はロシアからの独立の原動力となるとともに手工業の活性化につながったのです。既成概念にとらわれない自由な表現は、20世紀中期には世界的な潮流となるまでに発展し、その後の世界のデザインにも大きな影響を及ぼしました。

これまで日本では、主にフィンランドのプロダクト・デザインが紹介され、芸術作品については十分とは言えませんでした。今回、フィンランド工芸の世界的に著名なコレクターであるキュオスティ・カッコネン氏の所蔵作品から、137件により、フィンランド陶芸の黎明期から隆盛期を辿る、日本では初めての体系的な展覧会に仕立てられています。茨城を皮切りに東京、岐阜、山口の各都県の美術館を巡回し、大阪が最終会場です。

会場では、「マリメッコ・スピリッツ フィンランド・ミーツ・ジャパン」も同時開催されています。テキスタイル・ブランドとして、独創的な鮮やかな色彩で知られるマリメッコは、アルミ・ラティア(1912−1979)により1951年に創業されました。現在マリメッコで活躍する3名のデザイナーにより「JAPAN」をテーマとした新作パターンと、制作過程も紹介されています。またマリメッコデザイン監修により、大阪会場のために全く新しい茶室が設計されています。フィンランドと日本とが出会い、現代のお互いの文化を受け入れて生まれた創造的な空間も体験できます。

フィンランドにおける陶芸の躍進の基礎を築いたのがアルフレッド・ウィリアム・フィンチ(1854−1930)です。1932年に設立されたヘルシンキ郊外の巨大なアラビア製陶所の美術部門において、設備の整った環境で作家の自由な創作活動が認められていました。実用的な器に留まらず陶彫や絵画的表現の陶板作品など、多くの傑作が生み出されたのでした。

こうしてビルゲル・カイピアイネン(1915−1988)やルート・ブリュック(1916−1999)らの色彩豊かで物語性のある陶板や造形的な作品は、特に1940年以降、国内外で人気を博します。アラビア製陶所所属の作家が多数出品した1951年のミラノ・トリエンナーレでは、数々の作品が受賞、フィンランド陶芸が世界に知れ渡る契機となります。

主な作品を、プレスリリースを参考に画像とともに取り上げます。まずフィンチの《花瓶》(1897-1902年)は、下地の赤土に緑の色化粧を施し「掻き落とし」や白盛りで加飾、アール・ヌーヴォー調の色付けをしています。フィンチはブリュッセルで絵画を学び、アーツ・アンド・クラフツ運動の影響のもと1890年頃からアイリス工房で陶磁器制作を行っています。


アルフレッド・ウィリアム・フィンチ
《花瓶》
(1897-1902年)
以下5点の作品は、コレクション・カッコネン
photo:Niclas Warius


キュッリッキ・サルメンハーラ(1915−1981)の《壺》(1957年)は、荒い土でダイナミックに成形し、意図的に不完全に施釉しています。サルメンハーラは1950年からアラビア製陶所の美術部門で制作を行いました。教育者としての評価も高く、フィンランドにおける「近代陶芸の女王」と呼ばれています。


キュッリッキ・サルメンハーラ
《壺》
(1957年)


ブリュックの陶板《聖体祭》(1952−53年)は、実際に目にした祝祭の行進をモチーフに、型押し成形を応用した新たな技法で制作した大作です。様々な装飾が施されているにもかかわらず過度にならず、彼女が魅せられた神聖な雰囲気が伝わってきます。


ルート・ブリュック
《聖体祭》(1952−53年)


このほか、ミラノ・トリエンナーで金賞に輝いたトイニ・ムオナ(1904−1987)の《花瓶》(1897-1902年)や、アラビア製陶所美術部門の創設メンバーとして活躍したフリードル・ホルツァー=シャルバリ(1905−1993)の色とりどりの《ボウル》(1950年代)などが目を引きます。


トイニ・ムオナ
《花瓶》
(1897-1902年)



フリードル・ホルツァー
=シャルバリ
《ボウル》
(1950年代)


マリメッコ監修の茶室についても、補足しておきます。茶室は八角形で3畳余りの広さがあり、茶の準備をする水屋付きの小さな草庵です。出川哲朗館長の発案に茶室建築家の飯島照仁さんが設計デザインしました。外観や内装には、マリメッコが日本の茶文化を考慮し、落ち着いた色彩を持つ2019年のウニッコ(ケシの花)などを提示し、部分的に布の上に和紙を貼るなど、「ジャパン・ミーツ・マリメッコ」として、どこにもない茶室が形作られたのでした。まさに日本の伝統文化とマリメッコのデザインが融合を試みた茶室空間を創出しています。


茶室内部 床の間
(2019年) 
以下2点は朝日新聞社提供



茶室外観
(2019年)


担当学芸員の宮川智美さんは、「フィンランド国内でも、これほど多くの作品を一度にご覧いただくことは難しい、個人コレクションの素晴らしい陶芸作品が来日している貴重な機会です。19世紀末から1970年代までの作品によって、フィンランド陶芸の萌芽と発展の変遷を感じられます。いま注目を集めるルート・ブリュックを生んだ、歴史的背景についても理解を深めることができます。マリメッコのテキスタイルデザイナーも、どうよう陶芸家と同じような工芸教育のもとで学び、独創的なデザインを生み出してきました。フィンランドの陶芸とテキスタイルのエッセンスをご覧いただければと思います」と、強調しています。

「ルート・ブリュック 蝶の軌跡」
伊丹市立美術館・工芸センター 〜10月20日
 初期から晩年まで作品の変遷を辿る約200点

もう一つの展覧会は、「フィンランド陶芸」展でも11件の陶板が出品されていたフィンランドを代表するアーティストのルート・ブリュックの没後20年の回顧展です。2016年よりフィンランドやスウェーデンを巡回してきた生誕100周年展をベースに日本のオリジナル展示を加え、アート、デザイン、建築といった分野を超えたセラミックやテキスタイルなどの創作活動による約200点が展示されています。

正直言って、未知のアーティストでした。企画会社を立ち上げた朝日新聞社時代の同僚から、独立後に仕立てた展覧会と知り、今春先行した東京ステーションギャラリーで観賞しました。日本で初めて網羅する展覧会とあって、その多彩な作品を見て新鮮な驚きがありました。伊丹の後も、岐阜、久留米など5会場を巡回予定です。

ブリュックは、前記のアラビア製陶所の専属アーティストとして約50年にわたって活躍し、初期の愛らしい陶板から膨大なピースを組み合わせた晩年の迫力あるモザイク壁画まで、幅広い作品を手がけました。重厚でエレガンスな釉薬の輝きと、独自の自然観にもとづいた繊細な作品は、本国フィンランドでは、国民的なアーティストとして、今も多くの人々を魅了しているとのことです。夫がフィンランドデザインの巨匠としても知られるタピオ・ヴィルカラで、妻の作品の大ファンで。多くの作品を購入したとか。

主催者の指摘する見どころしては、まず日本では知名度がないブリュックの優れた一点もののレリーフを中心として、多ジャンルに及ぶ仕事や感性を知ることができます。次にブリュックのナイーブな感性が紡ぐロマンティックでどこかスピリチュアルな世界観は、日本人がこれまで親しんできた「明るく、愛らしい」というフィンランドの既存イメージを新たにします。さらに大量生産を避け、伝統技術と手仕事によるものづくりを貫いたブリュックの作品は、日本人の感性にも響く、などを挙げています。

展示は、ほぼ時系列に5章立て。T章が「夢と記憶」で、子ども時代の記憶よみがえらせたような幻想的なイメージや日常を器やタイルに絵付けしています。《結婚式》(1957年)は、一度施した釉薬や化粧を部分的に削る「掻き落とし」の技法で制作した絵画的な作品です。以下の作品もすべてタピオ・ヴィルカラ ルート・ブリュック財団蔵です。


ルート・ブリュック
《結婚式》
(1944年)
以下7点の作品は、
タピオ・ヴィルカラ ルート・ブリュック財団蔵
(C) KUVASTO, Helsinki & JASPAR, Tokyo, 2018 C2531


U章の「色彩の魔術」でも、子ども時代の思い出や家庭生活の情景、静物などを素材にした作品が並びます。チラシの表面を飾る《ライオンに化けたロバ》(1957年)は、イソップ童話に因んだモチーフで、一度目にすると残影が残る独創的な作品です。ひし形の目、ピンクの大きな鼻、頬には星マーク、腹や足に花の飾りがあるユーモラスで愛らしい百獣の王の姿です。


ルート・ブリュック
《ライオンに化けたロバ》
(1957年)


この章では、ブリュック自身の思い出を制作したと思われる《母子》(1950年)や、《ヴェネチアの宮殿:リアルト橋》(1953年)、《梨籠》(1950年)も出品されています。


ルート・ブリュック
《母子》
(1950年)


V章の「空間へ」では、展覧会名にもなっていますが、父が蝶の研究者だったこともあり、蝶をモチーフにした数多くの作品が並びます。その代表作として、標本のように色彩豊かな《蝶たち》や《蝶》(いずれも1957年)があります。


ルート・ブリュック
《蝶たち》
(1957年)



ルート・ブリュック
《蝶》
(1957年)


W章は「偉業をなすのも小さな一歩から」。ブリュックは小さなタイルを組み合わせる方法で、ヘルシンキ市庁舎やフィンランド銀行といった公共の場を飾るモニュメンタルな作品を手がけています。《スイスタモ》(1969年)は、1944年に旧ソ連に割譲するまでフィンランドの国土であった土地の名前をタイトルにしています。小さなタイルをちりばめ、色と形を追求し、大きなレリーフに挑んでいます。


ルート・ブリュック
《スイスタモ》
(1969年)


X章が「光のハーモニー」で、1970年以降のブリュックは陶のピースによって、平面上に光と影を立体的に表現しようと試みています。《色づいた太陽》(1969年)のように、作品はモノクローム化し、幾何学的な作品になります。若き日は建築家を目指していたという彼女は、晩年近くになって、一つの都市を連想させるような作品を制作しています。具象から抽象へ、その変遷を辿る興味深い展示構成になっています。


ルート・ブリュック
《色づいた太陽》
(1969年)


 伊丹市立美術館担当学芸員の岡本梓さんから、「幼虫から蛹、そして美しく舞う姿へと変容する蝶の様に、愛らしく温かみのある具象作品から無数のタイルを組み合わせた迫力ある抽象作品まで作風を変貌させ、挑戦し続けたブリュック。フィンランド人、アーティスト、そして女性として生きた実り豊かな人生と感性から創られた作品には、凹凸による光影や釉薬の深淵な輝き、細部に施された手作業の跡など、実物を前にしてこその発見や感動がありますので、ぜひ会場で味わって下さい」とのコメントを寄せていただいています。

 



しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

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・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
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「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

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発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

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