映画の灯をいつまでも

2004年11月20日号

白鳥正夫

 久しぶりに骨のある邦画を見ました。その名も『血と骨』で、舞台は大阪です。第11回山本周五郎賞を受けた梁石日の原作の映画化です。崔洋一監督がメガホンを取り、主演に個性派のビートたけし、共演に美ぼうの鈴木京香を配した話題作。作家が実在の父をモデルにした作品で、「怪物」と呼ばれた男の鮮烈にして壮絶な生き様を見事に描き出しています。斜陽化と言われる日本の映画界ですが、こうした映画が製作されると、その意義を見直したくなります。『血と骨』の感想とともに、映画の役割を考えてみました。

『血と骨』のパンフレット表紙



『血と骨』、たけしが迫真の演技

 まず『血と骨』の物語は、1920年代に日本で一旗揚げようと、済州島から多くの出稼ぎ労働者が大阪へやってきた頃の話です。そんな人たちの中に、強靭な肉体と凶暴な精神を持つ主人公・金俊平(ビートたけし)がいます。かまぼこの町工場で働いていたが、ある日、幼い娘を抱え飲み屋をしていた李英姫(鈴木京香)と知り合い、力ずくで自分のものにし、結婚します。
 やがて二人の子どもに恵まれますが、俊平は大酒を飲んでは暴れ、家財道具まで壊す始末。家族は怯えて暮らす日々です。俊平はかまぼこ工場を立ち上げ、事業が成功し富を得ることになります。そんな折、俊平の息子と名乗る男が現われ、怖い父親にもびくともせず好き勝手に振る舞います。ところが金をもらって家を出ようとし、家族にはビタ一文渡す気のない俊平と大乱闘になります。

『血と骨』のチラシ表紙


 人間の持つ常識や道徳のかけらすらなく、自宅の隣の地に女性を囲い欲望のままに生きる俊平。一方、理不尽な夫に耐えて子を育てる凛として美しく生きる英姫と対比させながらストーリーは展開します。こうした両親の生き様を見て育っていく息子は、徹底的に父親を許す事ができず、ついには立ち向かっていきますが、虚しく家を去っていきます。
 「血は母より、骨は父より受け継ぐ」が原作のテーマですが、一方で、在日の人たちの家族の絆を描き、現代に生きる者に、「生きる」ことの厳しさを問いかけてきます。それにしてもビートたけしの演技は光っています。大乱闘の場面は迫真に満ちています。鈴木京香ら助演、脇役らの配役の妙もあって見ごたえ十分です。
 監督の崔さんは大島渚監督らの助監督を経て、1993年に『月はどっちに出ている』で各種映画賞を受賞しています。「朝日ベストテン映画祭」でも邦画の部門一位になりました。私もこの催しに関わっており、崔さんの映画づくりには注目していました。『血と骨』でも、6年にわたる構想と脚本を20数回書き直すという力の入れようでした。
 『血と骨』は、関西一円の映画館で上映中ですが、梅田ピカデリーでは20−26日まで一日4回上映されます。それ以降でも上映される館があるそうなので、ぜひ足を運んでほしいと思います。

ビートたけし演じる主人公をはさんでのキャスト



映画は「文化」であり総合芸術

 敗戦後の10年間、日本は激動と混乱の日々が続きました。貧困下、生きることに懸命だった日本人にとって、映画は最大の娯楽であり、慰めでもありました。多くの人が映画館で時代劇や、やくざ映画にあるいはラブロマンスに、まるで主人公になったような気分で見たものです。
 しかしテレビとビデオの急速な普及は映画産業に大きな打撃を与えたのです。全国の入場者数は1958年の11億2700万人から、現在は約1億2000万人にまで激減しています。ピーク時には年間一人平均11回も映画を見ていたのに、いまや1回程度になってしまったのです。
 「映画は嫌いだ」なんて思っている人は少ないはずです。なのに映画館に足を運ばないのはなぜでしょう。話題作はビデオで楽しめるからでしょうか。ただストーリーの面白さだけを求めるのなら、それでいいかもしれません。とはいえ映画は劇場の暗闇で、五官を通じて楽しむものです。
 誰かの言葉に「暗闇で映画を見るのは、鑑賞でなく体験だ」というのがありました。日常から離れ、次第にスクリーンの世界に溶け込んでしまいます。『男はつらいよ』(山田洋次監督)の寅さんの人情ドラマは毎度、旅に出ては失恋するおなじみのストーリーなのだが、やはり面白いのです。
 映画は総合芸術でもあります。松本清張原作の『砂の器』(1974・野村芳太郎監督)を見終わった後は、感動の余韻が続きました。日本の四季を縦断する親子の流浪の旅を、東京交響楽団の演奏によるピアノ協奏曲「宿命」が奏でています。映像と音楽の見事な調和に酔いしれたものです。
 映画ほど日常生活でこれほど身近に体感できる「文化」はありません。そこには音楽も、美術も、ファッションも、旅も、料理も様々な「文化」が散りばめられているからです。

金俊平(ビートたけし)と
朴武(オダギリジョー)父子の大乱闘



名画こそ大型スクリーンで

 映画を見る立場から見せる立場も経験した私は、今一度、映画の魅力を伝えたいと思います。先に触れましたが、朝日新聞社では1958年から「朝日ベストテン映画祭」を継続開催しています。一年間に上映された映画から優秀作品を邦画と洋画の両部門で選ぶ映画祭です。
 私が担当した1994年の邦画部門の一位に原一男監督の『全身小説家』が選ばれました。小さなプロダクションが手がけ、関西では大阪の三越劇場だけしかか上映されなかったのです。ガンで亡くなった異能の作家、井上光晴さんの生涯を、文学活動やガンの進行に伴い、その時々の心境をインタビューし、ドキュメントタッチで描いた力作でした。
 私は1995年の映画生誕百年を期し、朝日新聞日曜版の連載「シネマ CINEMA キネマ」で紹介された作品の鑑賞会「朝日シネマの旅」を企画しました。映画の再生と活性化を願っての企画だったのです。
 映画は家にいながらビデオで──。こうした風潮を逆手にとって、映画の魅力を認識させる企画が必要だと思ったからです。私は「名画なればこそ、大型スクリーンで」と、意を強くしました。
 準備に半年、どうにか「朝日シネマの旅」は船出することができました。1994年春からスタートし、初回を飾ったのが『ローマの休日』です。しかもおなじみの評論家、水野晴郎さんのトーク付きでの興行でした。大入り間違いなしと満を持していたのだが、観客は550人定員の半数にも達しませんでした。
 二番手は、ジュリエッタ・マシーナ主演の『道』(1954/イタリア)。イベントに取材記者と朝日放送のアナウンサーの対談で臨みましたが、上々の入りで前回の赤字を埋めることができました。「興行は水もの」を実感したのです。
 その後の『俺たちに明日はない』(1967)、『死刑台のエレベーター』(1969)、『三つ数えろ』(1946)のアメリカ映画で苦戦しました。しかし我慢の興行が実り、山田洋次監督を招いての『非情城市』(1989/台湾)、新藤兼人監督を迎えての『モロッコ』(1930/アメリカ)、字幕で有名な戸田奈津子さんがトークの『タクシー・ドライバー』(1976/アメリカ)は、ほぼ満席となりました。
 「朝日シネマの旅」は8カ月にわたって計17本を上映し、延べ一万余人を動員して幕を下ろしました。連日来ていただいた年配の映画ファンが目立った。しかし『理由なき反抗』(1955/アメリカ)には、若い人もいて「半世紀も経つのに、そんなに古い感じがしなかった」との感想も聞かれました。
 山田洋次監督は「朝日シネマの旅」で、斜陽化について「映画はまだまだ若い芸術なのに」と嘆いていました。わずか一世紀あまりで映画の灯を絶やしたくはありません。ビデオやDVDではなく、スクリーンで見てほしい。観客が足を運んでこそ、映画は育っていくのです。

「朝日シネマの旅」のチラシなど


しらとり・まさお
朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)などがある。


「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたち平山郁夫画伯らの文化財保護活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者の「夢しごと」をつづったルポルタージュ。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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