フェルメール展、西日本最大の6点集結

2019年3月5日号

白鳥正夫

寡作で知られるオランダ絵画黄金期の巨匠、ヨハネス・フェルメール(1632−75)の作品6点を集めた西日本最大規模の展覧会「フェルメール展」が、大阪市立美術館で5月12日まで開催中です。すでに先行の東京・上野の森美術館では日本美術展史上最多の9点が集い、ほぼ4ヵ月の会期中に68万人を超す入場者がありました。フェルメールは、「光の魔術師」と称され、美術史における後世の評価は不動といえます。フェルメールの初期から後期の希少で選りすぐりの傑作を鑑賞できる貴重な機会です。

写実性と綿密な構図、光の巧みな表現で再評価

フェルメールは、オランダのデルフトに生まれました。21歳で結婚し画家として活動を始め、生涯のほとんどを故郷デルフトで過ごしています。主に手紙を書く女性や、男女の語らいの光景など、人々の日常を題材とする風俗画を描いています。

当時はデルフトの画家組合の理事を務め、その絵を愛好するパトロンもいて高い評価を受けていましたが、1675年に43歳で没すると、あまりにも作品数が少なく、次第に忘れ去られていったのです。その後、19世紀になってから再認識され、あらためて評価されるようになります。

フェルメールの技法は、映像のような写実的な表現と綿密な空間構成で、美しく洗練された作品を残していました。そして何より光による巧みな質感表現は、静謐な質の高い作品として、注目されたのです。寡作ゆえの希少性もあって、やがて世界的なブームを巻こすことになるのです。

フェルメールが描いた作品は、世界でわずか35点ほどしか確認されていません(諸説あり)。それゆえ神秘化され、国内で公開される度に反響を呼んできました。現在、出身国のオランダに7点が残るのみで、アメリカに13点、ドイツに6点、その他フランス、スコットランドなど7カ国13都市に分散されています。

いまや世界屈指の人気を誇る画家フェルメールですが、その熱狂が始まったのは、近年になってのことです。作品点数が少ないことから、美術ファンの間でもルーベンス(1577−1640)やレンブラント(1606−69)ほどには知られていませんでした。 世界的なブームは、1995年から翌年にかけて米国ワシントンとオランダのデン・ハーグで開かれたフェルメール展に端を発します。この展覧会でフェルメール人気が一気に広まったのでした。

日本での初お目見えは1968年の国立西洋美術館での「レンブラントとオランダ絵画巨匠展」。《ダイアナとニンフたち》(1655−56年頃)が来日してから、その後何度か所蔵美術館展などでも1−2点出展されました。

展覧会名にフェルメールが登場したのは、2000年に今回と同じ大阪市立美術館で開かれた「フェルメールとその時代展」です。この時はなんと《真珠の耳飾りの少女》(1665−66年頃)など5点がやってきて、約3ヵ月の会期で約60万人の動員でした。2008年には東京都美術館で「フェルメール展 光の天才画家とデルフトの巨匠たち」が催され、《小路》(1658−59年頃)など一挙に7点のうち5点が日本初公開で、93万人を超えました。

宗教画から人々の日常を描く風俗画へ移行の6点

さて今回の展覧会では、初期の《取り持ち女》は日本初公開で、後期の《恋文》が大阪会場だけの出品です。フェルメール作品とともに、同時代の絵画約40点も出品されていて、17世紀オランダ絵画の広がりも鑑賞できます。まずはフェルメールの6作品を制作年順に取り上げます。

《マルタとマリアの家のキリスト》(1654−55年頃、スコットランド・ナショナル・ギャラリー)は、現存するフェルメール作品の中で、最も大きく、縦158.5、幅141.5センチあります。パン籠を手にした姉のマルタが、家事をしないマリアへの不平を告げられたイエスは、座って教えを聞こうとするマリアを讃える唯一の宗教画です。新約聖書「ルカによる福音書」の一場面で、20代の最初期の作品でした。


ヨハネス・フェルメール
《マルタとマリアの家のキリスト》
(1654-1655年頃、
スコットランド・ナショナル・ギャラリー)
National Galleries of Scotland, Edinburgh.
Presented by the sons of W A Coats
in memory of their father 1927




次いで《取り持ち女》(1656年、ドレスデン国立古典絵画館)も初期作の1点で、宗教画、物語画に取り組んでいたフェルメールが初めて描いた風俗画です。娼家を舞台に女性の肩に手を回し、金貨を渡す男性客の背後に、取り持ち女が顔をのぞかせています。彼女を明るく照らす光、表情や手の動きなど、独自の筆遣いが見てとれます。年記が残っている3点の一つで、右下には画家のサインと共に制作年も記されています。


ヨハネス・フェルメール
《取り持ち女》
(1656年、ドレスデン国立古典絵画館)
bpk / Staatliche Kunstsammlungen Dresden /
Herbert Boswank /
distributed by AMF




《リュートを調弦する女》(1662−63年頃、メトロポリタン美術館)は、薄暗い室内にリュートを抱え、右手で弦を鳴らし、左手で音階を整える女性の様子を描いています。窓越しに何かを見つめているのか、耳を澄まし音に注力しているのでしょうか。机の上には楽譜らしきものが重なるように置かれ、壁には、愛する人が遠い彼方にいることを示唆する地図が描き込まれています。


ヨハネス・フェルメール
《リュートを調弦する女》
(1662-1663年頃、メトロポリタン美術館)
Lent by the Metropolitan Museum of Art,
Bequest of Collis P. Huntington, 1900(25.110.24).
Image copyright © The Metropolitan Museum of Art.
Image source: Art Resource, NY




手紙や恋文などをモチーフにした3作品が出品されています。《手紙を書く女》(1665年頃 ワシントン・ナショナル・ギャラリー)は、フェルメール作品の中では珍しく、モデルがこちらを向いて微笑んでいます。同一モデルなのか、同じ黄色のマントをまとう作品が何点かにみられますが、日本側監修者の千足伸行・成城大名誉教授は、「フェルメールの実家には黄色の毛皮で作った同じような衣服があったといい、彼の妻が着ていたものではないかとも推測できます」との見解でした。


ヨハネス・フェルメール
《手紙を書く女》
(1665年頃、ワシントン・ナショナル・ギャラリー)
National Gallery of Art, Washington,
Gift of Harry Waldron Havemeyer and
Horace Havemeyer, Jr.,
in memory of their father, Horace Havemeyer,
1962.10.1



《手紙を書く婦人と召使い》(1670−71年頃、アイルランド・ナショナル・ギャラリー)は、この絵画は、後期の最も独創的なとも言われています。召使いの女性が窓の外を眺めている間に女主人が手紙を書いている構図です。画面手前の床には、赤いシールや捨てられた手紙が落ちています。窓から入ってくる光はメイドの顔や、女主人の上半身にもあたっています。繊細な光の描写はフェルメールならではです。


ヨハネス・フェルメール
《手紙を書く婦人と召使い》
(1670-1671年頃、
アイルランド・ナショナル・ギャラリー)
Presented, Sir Alfred and Lady Beit,
1987 (Beit Collection) 
Photo © National Gallery of Ireland, Dublin NGI.4535



最後に《恋文》(1669−70年頃、アムステルダム国立美術館)は、部屋の手前からまるで中を覗き込むよう名「構図です。 明るい室内でリュートを膝に乗せ、手紙を受け取る女主人訳ありげな表情を浮かべています。 画中には、「恋」を暗示する楽器や地図などの寓意的なモチーフが描かれています。この作品は1971年、盗難の憂き目に遭っていますが、13日後に発見され美術館に戻されたとのことです。


ヨハネス・フェルメール
《恋文》
(1669-1670年頃、アムステルダム国立美術館)
Rijksmuseum. Purchased with the support of
the Vereniging Rembrandt, 1893

 

フェルメールと同時代のオランダ絵画約40点

展覧会には、フェルメール作品だけではなく、17世紀オランダ絵画約40点も出品されていて、「肖像画」「神話画と宗教画」「風景画」「静物画」「風俗画」といったジャンル別での展示構成になっています。こちらも主な作品を取り上げます。


フェルメール作品以外の17世紀オランダ絵画が並ぶ展示風景

フェルメールが描いた同様の「手紙」を題材にした作品があります。ハブリエル・メツー(1629−67)の《手紙を読む女》と《手紙を書く男》(ともに1664-1666年頃、アイルランド・ナショナル・ギャラリー)は対の作品です。フェルメール作品に共鳴し類似した技法や描き方が窺える。フェルメール関連した題材で、ヘラルド・ダウ(1613−75)の《本を読む老女》(1631−32年頃)も出品されています。


ハブリエル・メツー
《手紙を読む女》
(1664-1666年頃、
アイルランド・ナショナル・ギャラリー)
Presented, Sir Alfred and Lady Beit, 1987
(Beit Collection) 
Photo © National Gallery of Ireland, Dublin NGI.4537



ヘラルト・ダウ
《本を読む老女》
(1631-1632年頃、アムステルダム国立美術館)
Rijksmuseum. On loan from the City of Amsterdam
(A. van der Hoop Bequest)


このほか、ピーテル・デ・ホーホ(1629−84)の《人の居る裏庭》(1663-1665頃)と、ヤン・ステーン(1626−79)の《家族の情景》(1665−75年頃)、ヤン・デ・ブライ(1626/27−97)の《ハールレム聖ルカ組合の理事たち》(1675年、いずれもアムステルダム国立美術館)なども鑑賞できます。


ピーテル・デ・ホーホ
《人の居る裏庭》
(1663-1665年頃、アムステルダム国立美術館)
Rijksmuseum. On loan from the City of Amsterdam
(A. van der Hoop Bequest)



ヤン・ステーン
《家族の情景》
(1665-1675年頃、アムステルダム国立美術館)   Rijksmuseum. On loan from the City of Amsterdam
(A. van der Hoop Bequest)


ところで筆者は「フェルメールとその時代展」が催された2000年にオランダを訪れました。フェルメールが生まれ、43年の生涯を過ごしたデルフトの町を歩き、マウリッツハイス美術館で《真珠の耳飾りの少女》(1665年頃)や《ディアナとニンフたち》(1653−54年頃)、《デルフトの眺望》(1659−60年頃)を鑑賞することができたのです。

フェルメールの作品は、これまでにアムステルダム国立美術館やパリのルーヴル美術館、ロンドンのナショナル・ギャラリーなどで、そして日本での過去の展覧会と今回の来日作品を加えると、19点を鑑賞したことになります。

フェルメールの現存作品を世界各地に追いかけた作家の有吉玉青さんは、『恋するフェルメール』(2007年、白水社)を著しています。その中で「フェルメールの前で沈黙してしまうのは、当然のことだった。なぜならばフェルメールを愛しているから」との記述がありました。有吉さんのような心境にはなれませんが、今回の展覧会でフェルメール作品を前に、果たしてこれから何点その数を増やすことができるだろうか、としみじみ見入ったのでした。

 



しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

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