「超絶」の美術作品を二つの展覧会に見る

2019年2月2日号

白鳥正夫

「超絶」とは、広辞苑によると、他よりとびぬけてすぐれること、とある。そうした形容がふさわしい二つの展覧会を取り上げます。文字通り「驚異の超絶技巧!明治工芸から現代アートへ」は、大阪・あべのハルカス美術館で4月14日までの開催です。本物と見まがう野菜や果物、自在に動く動物や昆虫、精緻な装飾や細かなパーツで表現された器やオブジェ…などが並んでいます。一方、先駆的な芸術表現で活躍するアーティストの「横尾忠則 大公開制作劇場〜本日、美術館で事件を起こす」が、神戸の横尾忠則現代美術館で5月6日まで催されています。観客の前で作品をつくる公開制作をテーマにしたユニークな展覧会で、アトリエで孤独に彩作する作家活動からは「超絶」しているといえます。百聞は一見にしかずではありますが、二つの展覧会に見た凄腕の一部を画像とともに紹介します。

大阪・あべのハルカス美術館の「驚異の超絶技巧!明治工芸から現代アートへ」
木工や金工、七宝など多ジャンルの造形の数々

木工や金工、七宝、陶磁、自在置物などで、超人的な作品を生み出した明治期の職人たちや、そのDNAを受け継いだ現代の工芸作家がいます。「驚異の超絶技巧展」は、現代の若手作家のアートにもスポットを当てています。すでに東京の三井記念美術館を皮切りに、岐阜、山口、富山を回り、新年の大阪会場が最終となります。

明治維新の影響で、それまで藩のお抱えだった蒔絵師や、刀装具に関わる金工師らの職人たちは、幕藩体制が崩壊し、パトロンを失い窮地に陥りました。そこで彼らは、外国人の好みを取り入れた工芸品を作り始め、新たな販路を求めたのです。その「超絶技巧」とも形容される技術によって生まれた作品は、万国博覧会などでも好評を博し、政府により殖産興業として位置づけられ、華やかな色彩で飾られた欧米向けの輸出製品が数多く制作されたのでした。


並河靖之
《蝶に花の丸唐草文花瓶》
(清水三年坂美術館蔵)




柴田是真
《古墨形印籠》


近年、陶磁や七宝、金工、牙彫、刺繍絵画など、主に輸出用としてつくられた工芸作品が海外から里帰りし、その緻密な技巧を目にする機会が増えました。「没後100年 宮川香山」展や、「明治有田 超絶の美―万国博覧会の時代―」展なども開催され、いずれも好評で脚光を浴びました。

今回の展覧会は、2014〜15年に全国6会場を巡回した「超絶技巧!明治工芸の粋」展の第2弾で、国外に流出した明治工芸を精力的に収集する村田理如氏(京都・清水三年坂美術館館長)のコレクションなどから、多岐にわたるジャンルの作品約140点を展示し、古今の驚異の造形に迫っています。主なジャンル別出品作を取り上げます。  

まずは明治を代表する工人の一人、並河靖之(1845−1927)は、器胎に金属線を貼って文様の輪郭線を作り、釉薬をさして、窯で焼き付ける有線七宝において、精緻な文様と洗練された色彩表現を極めました。《蝶に花の丸唐草文花瓶》や、《紫陽花図花瓶》(いずれも清水三年坂美術館蔵)が目を引きます。  

明治期の漆工では、もとは蒔絵師だった柴田是真(1807−91)が新技法の研究、開発でも知られています。《古墨形印籠》は、一見墨とみせかけ、ひび割れや、欠けた様子も漆でわざと作っています。大正期に活躍した赤塚自得(1871−1936)の《藤花蒔絵提箪笥》(清水三年坂美術館蔵)は縦横無尽に藤花が施されていて絶品です。


安藤緑山
《パイナップル、バナナ》
(清水三年坂美術館蔵)



高瀬好山
《飛鶴吊香炉》


前原冬樹
《一刻:皿に秋刀魚》
(2014年)



稲崎栄利子
《Arcadia》
(2016年)

牙彫では、安藤緑山(1885−1959)が異彩を放っています。《パイナップル、バナナ》は目玉作品の一つでチラシの表紙にもなっています。緑山の作品は、《胡瓜》《トマト》《松竹梅》など精緻な彫刻と入念な着色で本物そっくりに作られています。木彫の旭玉山(1843−1923)の《銀杏鳩図文庫》(いずれも坂美術館蔵)は、第54回美術展覧会で一等賞金牌を受賞した作品です。  

自在作品では、高瀬好山(1869−1935)の《飛鶴吊香炉》の丹頂鶴の飛ぶ姿をリアルに表現していて羽が伸縮できます。陶磁では、宮川香山(1842−1916)の《崖ニ鷹大花瓶》(眞葛ミュージアム蔵)が高浮彫の薔薇の下に猫の姿を精緻に表わしています。金工作品では、宗金堂の《象嵌銅香炉》や、正阿弥勝義の《群鶏図香炉(蟷螂摘)》(いずれも清水三年坂美術館蔵)などが並んでいます。

現代作家では、前原冬樹(1962−)の木彫《一刻:皿に秋刀魚》(2014年)が展示会場の冒頭を飾っています。まさに食べ残したサンマの骨にしか見えないのですが、サクラの一木造りというから驚きです。他にも極小のパーツを貼り付け成形した稲崎栄利子(1972−)の陶磁作品《Arcadia》(2016年)や、大竹亮峯(1989−)の木彫《飛翔》(2017年)、高橋賢悟(1982−)の金工作品《origin as a human》(2015年)、本郷真也(1984−)の《流刻》(2017年)など、世間的にはさほど知名度がないが機知に富んだ「超絶技巧」の作品が目白押しです。


本郷真也《流刻》 (2017年)の前で説明する
担当学芸員(あべのハルカス美術館)



横尾忠則現代美術館の「横尾忠則 大公開制作劇場〜本日、美術館で事件を起こす」  
演劇仕立ての展示構成、作品と写真・映像も


公開制作する映像なども
ある展示会場
(横尾忠則現代美術館)



2012年に開館した横尾忠則現代美術館では、3000点以上の作品や資料等を収蔵し、様々な切り口で企画展を開いていますが、今回は標題のようなテーマで、各地で実施した公開制作のアクリル画や版画約70点の展示と、そのプロセスを収めた写真や映像でたどっています。  

グラフィックデザイナーとして出発した横尾忠則(1936−)は、ポスターからイラストレーション、ブックデザインなど、様々な印刷メディアへと展開します。1980年にニューヨークで見たピカソ展に衝撃を受け、翌年に「画家宣言」をします。しかしアトリエがなく、制作できる場所を求めてやむなく選んだ手段が公開制作でした。アトリエが出来た後も様々な場所で公開制作の機会を持つようになったのでした。


《Lisa Lyon in Kobe,
July 22, 1984 (No.3)》
(1984年、
横尾忠則現代美術館蔵)




《青い沈黙》
(1986年、
世田谷美術館蔵)




《赤い夢》
(1989年、
ニューハウス工業
株式会社蔵)


観客の前で作品をつくる公開制作は、横尾が個展会場などでしばしば行ってきた制作方法です。横尾にとって、「人に見られることでかえって余計な自我やこだわりが消え、無心状態で制作に集中することができる」というから半端ではありません。公開制作は「描く」という肉体的行為を再認識するための格好の手段となっているのです。

2000年代に入ると、代表的シリーズとなる「Y字路」が描き始めますが、公開制作においても、各地の美術館で開催される個展に合わせて、その土地にちなんだ「ご当地Y字路」を次々と生み出しました。そこでは横尾自身が仮装して制作するPCPPP(Public Costume Play Performance Painting)も行われるようになります。  

プレスリリースによると、横尾は公開制作を演劇にたとえています。舞台の上で起こる事件=創造の現場を見つめる観客と、その熱気やエネルギーを創造=事件に利用するといった考え方です。その間には、即興的でスリリングな共犯関係が成り立ち、これら事件の現場を検証することで、横尾の制作に対する姿勢や創造のプロセス、その変遷を見てほしい、との趣旨です。

展示構成も演劇仕立てで、第一幕、幕間、第二幕となっています。まず第一幕が「1984−1986 なぜ事件は起こったか」で、「画家宣言」後に取り組んだ公開制作の現場を取り上げています。出し物としては、スタジオ200での《Lisa Lyon in Kobe, July 22, 1984 (No.3)》(1984年、横尾忠則現代美術館蔵)や、世田谷美術館での《青い沈黙》(1986年、世田谷美術館蔵)のほか、《浪漫主義者の接吻》(1986年、愛知県美術館蔵)、《戦士の夢》(1986年、セダン現代美術館蔵)などが披露されています。

幕間は「1989−1999年 事件はどこかに潜んでいる」。1980年代後半は制作スタイルの変化で公開制作は減少します。しかし90年代に入って、制作途上の作品を完成させたり、完成した作品に手を加えたりする様子を公開します。作品に思いがけない変化が見られた、といいます。ここでは、《赤い夢》(1989年、ニューハウス工業株式会社蔵)をはじめ、《恩讐を越えて》(1995年、大手前学園大手前大学蔵)、《時の花》(1999年、横尾忠則現代美術館蔵)などが紹介されています。


猫のいるY字路》
(2008年、作家蔵
〔横尾忠則現代美術館寄託〕)



物語の始まりと終わり》
(2011年、
岡山県立美術館蔵)

第三幕の「2004−2012年 Y字路が事件を呼ぶ」では、舞台装置のほとんどがY字路です。横尾の個展が全国各地で開かれるようになり、その土地にちなんだ様々な事物が盛り込まれます。主役の横尾は工事作業員やとび職の服などを身にまといY字路に家を建て、道路を作り、時に壊したりもします。兵庫県立美術館での《猫のいるY字路》(2008年、作家蔵〔横尾忠則現代美術館寄託〕)や、岡山県立美術館での《物語の始まりと終わり》(2011年、岡山県立美術館蔵)など、数多くの作品が展示されています。

また第二幕の展示小室には、2005年に熊本市現代美術館で公開制作した《坂本スミコ嬢の肖像》や《八代亜紀嬢の肖像》(いずれも作家蔵)、《石田エリ嬢の肖像》(作家蔵〔横尾忠則現代美術館寄託〕)などもあって、楽しく鑑賞できます。

公開制作について、横尾の言葉が図録に次のように記されています。

公開制作の現場には特殊な空気が流れている。観客の緊張感が逆に気持を解放してくれる。一種の演劇的空間だけれど、台本がない。台本がないが、即興で事を運んでいけるスリリングさは演劇と呼んでいいかも知れない。セリフも演技も必要ない。したいことをすることが約束されている唯一の自由な空間(舞台)だ。これは『事件』なのだ


横尾忠則現代美術館の展覧会は、いつも内覧会で見せていただいて、その切り口に感心します。オープン時の「反反復復反復」に始まり、「ヨコオ・ワールド・ツアー」、「ようこそ!横尾温泉郷」、前回展の「在庫一掃大放出」などタイトルも洒落ていますが、展示内容も新鮮です。約60年という半世紀を超す長い時代を、常に先駆的なイメージの創出と独自の斬新な想像力を失わずに、膨大な作品の創作を持続し、なおも「体力の続く限り、公開制作に取り組んでいきたい」と語る横尾の作家魂は、まさに「超絶」の一語に尽きます。

 



しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

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・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
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発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
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発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
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発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
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内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

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