年末の展覧会アラカルト

2018年12月3日号

白鳥正夫

寒さが身にしみる年末の季節です。2018年は猛暑に加え、豪雨に台風、さらに地震の自然災害に見舞われました。被害を受けられた方も多いでしょうが、気分一転し、展覧会で心をほぐされてはいかがでしょうか。今年最後の寄稿は、関西で開催中の展覧会アラカルトです。「だまし絵」で知られる「ミラクル エッシャー展」は、大阪のあべのハルカス美術館で新年1月14日まで催されています。兵庫県立美術館では県美プレミアムとして、挿絵の手品師の「M氏コレクションによるJ・J・グランヴィル」と、「類は友を呼ぶ」展が3月3日までロングラン開催中。さらに和歌山県立近代美術館では、近代絵画史に名を残す「創立100周年記念 国画創作協会の全貌展」が年内の16日まで開かれています。

あべのハルカス美術館「生誕120年 イスラエル博物館所蔵 ミラクル エッシャー展」
「ありえない世界」を緻密に描いた約150点


《相対性》(1953年)



《滝》(1961年)



《昼と夜》(1938年)



《眼》(1946年)


オランダ出身のマウリッツ・コルネリス・エッシャー(1898-1972)は、「だまし絵(トロンプ・ルイユ)」や「トリックアート」の第一人者で、20世紀を代表する奇想の版画家です。本年が生誕120周年にあたることから、世界最大級のコレクションを誇るイスラエル博物館から初めて約150点が出品されています。

エッシャーは、生涯を通じて約450点の木版画を中心とした「版画」作品を生み出しました。現実には存在し得ない風景や、ひとつの絵の中に重力が異なる世界が存在するなど「ありえない世界」を緻密に描くミラクルな作風は、多くの人々を魅了し続けています。日本では長崎県佐世保市のテーマパーク・ハウステンボスが、約180点を所蔵し、これまで各地で巡回展を開いていて鑑賞した方もいるでしょう。

今回の展覧会では、代表作をはじめ、初期の作品や木版、直筆のドローイングなどから、エッシャーの独創的な作品を生み出す過程を、「科学」「聖書」「風景」「人物」「広告」「技法」「反射」「錯視」の8つの視点から、展示しています。

個々の作品は見てのお楽しみですが、いくつかの作品を画像で紹介しておきます。代表作の1点《相対性》(1953年)は、階段を上り下りする様子を、3つの方向に重力が働く空間に組み合わせていて、視点を変えれば違和感が無いが、全体を見れば不可能な光景です。

《滝》(1961年)もありえない図形で、水が滝のように流れているが、水車小屋の水路をたどっていくと水が上へ逆流しています。《昼と夜》(1938年)も、昼と夜の世界が鏡像のように左右対象に置かれ、それぞれの領域に白と黒の鳥が入り込んでいく構図です。これは循環し、溶け合う2つの世界を「正則分割」の技法で描いています。さらに《眼》(1946年)は特異な作品で、瞳孔に見えているのが骸骨です。その意味するところは、「私たちはみな死と向き合っている」との意図です。

エッシャーの代表的な構図の原点ともいえる「メタモルフォーゼ」シリーズの、貴重な初版プリントの《メタモルフォーゼU》(1939-40年)も見どころです。「メタモルフォーゼ」とは、オランダ語で「変身」を表す言葉で、4メートルの超大作。抽象的な形が次第に具体的な姿に変容していく横長の構図は、エッシャー自身の再生や復活への祈りが感じられます。



《メタモルフォーゼU》(1939-40年)   
以上、5枚の画像はAll M.C. Escher works
(C)The M.C. Escher Company, The Netherlands. 
All rights reserved. www.mcescher.com


 

兵庫県立美術館県美プレミアムV「M氏コレクションによるJ・J・グランヴィル」  
奇妙奇天烈な世界!シート作品約200点


『ル・マガザン・ピトレスク』
(1847年)より
《第一の夢:罪と贖罪》



こちらは「天花人魚鳥獣虫…挿絵手品師による奇妙奇天烈な世界!」を謳い文句の展覧会です。ナンシーに生まれたJ・J・グランヴィル(1803-1847)は、フランスの代表的な諷刺画家・挿絵画家です。動物と人間が変身・合体し、生物と無生物とが混交する幻想的作品は、20世紀のシュルレアリスム絵画を先駆するとさえ評されます。

展覧会では、国内有数のグランヴィルのコレクターであるM氏が所蔵する書籍約20冊と、そこから分割したシート作品約200点などを展示し、近代美術史の中でも類まれなイマジネーションの持ち主であったグランヴィルの足跡をたどっています。  


『当世風変身譚』
(1829年)より
《散歩》



プレスリリースを参考に展示構成を記します。第1章が「諷刺画家グランヴィル登場」で、成人後パリに出てリトグラフによる風刺画シリーズ『良きブルジョワの日曜日』(1827年)で注目を集めます。人物を動物に見立てたリトグラフ集『当世風変身譚』(1828-29年)を出し、その後は編集者シャルル・フィリポンによる諷刺新聞『ラ・カリカチュール』に活躍の場を得て、政治や世相を揶揄する作品を次々と発表しました。

第2章の「挿絵本での活躍」では、『ラ・フォンテーヌの寓話』(1838年)、『動物たちの私的公的生活情景』(1842年)といった木口木版を主体とする挿絵本を紹介しています。特に『もうひとつの世界』(1844年)では、人間と動物とのありとあらゆる合体や変形、さらには生物と非生物の混交にいたるまでイメージの奔流を見ることができます。

第3章は「晩年、そして没後」。『生きている花々』(1847年)や没後出版された『星々』(1849年)のように、美しい女性を花や星に見立てたロマンティックな作品も。死後発表された《第一の夢:罪と贖罪》に描かれた夢想的なイメージの変容は、奇想の作家グランヴィルの絶筆にふさわしいものです。

兵庫県立美術館県美プレミアムV「類は友を呼ぶ」  
類似作品をテーマごとに構成し約170点展示


谷中安規
《少年時代》
(1932年)


同じ会場で開かれている「類は友を呼ぶ」展は、類似した作品を見比べながら鑑賞する展覧会です。本来、作品は一点一点見るのが鑑賞の基本といえます。ただ、いくつもの作品が並ぶ展覧会では、作る側はテーマや同一作家の作品を並べて展示していたり、見る側も関連づけて鑑賞し、作品の背景を考えたりしています。今回は、類似作品の比較を促し、共通する点を解説し、逆に個々の独自性が明白になるよう、担当学芸員は所蔵作品の中から展示品を選んでいます。  


中川雄次郎
《授業の中にて》
(1934年)



展示は、線の諸相を紹介する「千の線」をはじめ、白と黒の対比で描かれた「白と黒」、金山平三(1883-1964)の風景画の中でも特にモチーフの取り上げ方や構成の仕方が似ているものをまとめた「モチーフ」、既成の物を集合させたり、積み上げたりした彫刻が並ぶ「集積」など10章から構成、近代から現代までの絵画や彫刻、版画誌、インスタレーション作品など幅広い作品約170点を展示しています。  

「白と黒」では、対比が明快な木版画の作品を取り上げています。明治の終りから昭和にかけて描いて彫って刷る作業を一人でこなした創作版画の芸術家もいました。ここでは谷中安規の《少年時代》(1932年)と、中川雄次郎の《授業の中にて》(1934年)も一例です。  


榎忠
《RPM−1200》
(2006−18年)



常設の小磯良平記念室も作品展示を大幅に変更しています。日本近代洋画の巨匠のひとりで神戸生まれの小磯良平(1903-1988)は、優美で気品のある人物像で定評があります。昨年、美術館に寄贈された《踊り子》(1938年)や、戦後の群像画である《歩む男達》(1955年)のほか、アトリエの様子を描いた作品などを集め展示しています。  

県美プレミアムは、収蔵品の中からテーマによって特集展示や小企画などがあり、学芸員の腕の見せどころにもなっていて注目です。今回の「類は友を呼ぶ」展も、作品を選ぶ苦労が感じられました。かつて特別展で鑑賞した榎忠の金属部品を無数につなぎ合わせた幻想都市のような彫刻インスタレーションの《RPM−1200》(2006−18年)や、鋼鉄の廃材で作った実際に発砲できる大砲の《FALCON C2H2》(2007年)などの作品も出品されていて見ごたえがあります。

和歌山県立近代美術館「創立100周年記念 国画創作協会の全貌展」
《日高河清姫図》など絵画史上に残る名品約90点


村上華岳 重要文化財
《日高河清姫図》
(1919年、
東京国立近代美術館蔵)



国画創作協会は、「生(うま)ルヽモノハ藝術ナリ」と宣言し、既存の価値観にとらわれない自由な創作を目指し、大正7(1918)年に京都で設立されました。在野の美術団体として、7回の展覧会を開催しますが、昭和3(1928)年に解散してしまいます。わずか10年間の短い活動でしたが、大正以降の絵画史上に多くの名品を残しています。創立100周年になる今年、記念の特別展として、村上華岳の重要文化財《日高河清姫図》をはじめ国画創作協会展覧会(国展)出品作を中心とする約90点により、国画創作協会の足跡をたどっています。  

国画創作協会の設立に加わった小野竹喬はじめ、土田麦僊、村上華岳、野長瀬晩花、榊原紫峰ら5人の日本画家と、第1回国展後に会員となった入江波光を含めた主要6作家の代表作のほとんどは、この国展の活動から生まれたのでした。国画創作協会の回顧展は、平成5(1993)年に東京と京都の国立近代美術館で開催されて以来、25年ぶりとのことです。  


岡本神草
《口紅》
(1918年、
京都市立芸術大学
芸術資料館蔵)



展示は、時系列に3章で構成されています。図録などを参考に、各章の内容と主な出品作を取り上げましょう。第1章は「国画創作協会の創立 前期国展(第1回〜第3回展)」。国展の作家たちは、既存の日本画の価値観にとらわれることなく、「創作ノ自由ヲ尊重スルヲ以テ第一義」とかかげ、約10ヵ月後に京都と東京で第1回展を開きます。第3回展までの応募作品は278点、389点、449点と増えていて、入選を期す当時の人々の熱気が感じられます。  

この章の作品には、第2回展に出品された村上華岳の重要文化財《日高河清姫図》(1919年、東京国立近代美術館蔵)をはじめ、第1回展の岡本神草の《口紅》(1918年、京都市立芸術大学史料館蔵)や、第3回展の榊原紫峰の《奈良の森》(1920年、京都市美術館蔵)など、日ごろお目にかかれない作品が展示されています。  
第2章は「会員たちの渡欧と日本美術展」で、西欧美術研究のため会員らが渡欧、パリを拠点にイタリアやスペイン、イギリスなども巡ります。大正12(1923)年に発生した関東大震災後に開催された大阪毎日新聞社と東京日日新聞社主宰の日本美術展覧会は、帝展や院展に加え、国展からも出品し、国展会員たちの渡欧の成果も発表されます。土田麦僊の《巴里の女》(1923年)や、入江波光の《湖岸》(1923年、いずれも京都国立近代美術館蔵)なども並んでいます。  


小野竹喬
《春耕》
(1924年、
笠岡市立竹喬美術館蔵)




土田麦僊
《大原女》
(1927年、
京都国立近代美術館蔵)

第3章は「国画創作協会の発展と解散 後期国展(第4回〜第7回展)」。関東大震災で2度延期された第4回国展は、大正13(1924)年に東京で開催されます。この時の応募作品数は573点にも及びますが、それ以降、最後の第7回展まで430点、335点、245点と下降します。そして昭和3年、巨額の負債などを理由に活動の幕を閉じます。  

この章では、第4回展の小野竹喬の《春耕》(1924年、笠岡市立竹喬美術館蔵)や、甲斐庄楠音の《舞う》(1921年、京都国立近代美術館蔵)、第6回展の土田麦僊の《大原女》(1927年、京都国立近代美術館蔵)、さらには榊原始更の《幽庭》(1928年、個人蔵)などの大作が目を引きます。  

この度の記念展は、「国画創作協会の全貌展」と銘打っているだけに充実した内容です。作品の全てに解説が添えられていて、日本近代美術の歴史を動かした日本画の一つの流れについて鑑賞できる良い機会になっています。

 



しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

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第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
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新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
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発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

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